暗黒錬金術師伝説6 暗黒!ソフィーのアトリエ 作:dwwyakata@2024
完全に破壊されているナーセリーは。実は、更に昔に滅ぼされた小さな街の側に作られて「いた」。
この街も、ドラゴンだかに襲われたかで滅びたようなのだけれど。
規模はキルヘン=ベルに匹敵し。
墓場や地下の構造物はまるまる残っている。
当たり前の話だが。
こういった場所は猛獣の住処だ。
更にタチが悪いことに。
夜になると霊が出る。
そして、噂に過ぎないのだが。
この近辺で、邪神を目撃した、という話があるらしい。
流石に邪神ともなると、高位の錬金術師が、凄腕の護衛達を連れて、やっと相手に出来る存在だ。
今のあたしには流石に無理。
というわけで、廃墟は迂回。
その少し北にある、廃鉱山に出向く。
今回はフリッツさんとジュリオさん。モニカとオスカー。それにコルちゃんの五人と一緒に来た。
ハロルさんは、使っている銃の性能を調整したいとかで、今回はパスされた。
コルちゃんが来ている事を。
実はフリッツさんはあまりよく見ていないらしい。
表情は飄々としているが。
コルちゃんに、あまり優しくない言葉を掛けていた。
「此処は既に人の領域じゃあ無い。 それは分かっているね」
「分かっています。 貴方ほどの武力はありませんから、身を守ることに専念するのです」
「それほどまでに、商売の材料が欲しいのかね」
「それは当然です」
コルちゃんは、怖れる様子なく言う。
モニカは冷や冷やしているようだが。
ジュリオさんが、以外に冷静に言う。
「大丈夫。 あの人は、見かけよりずっと理性的な人だよ」
コルちゃんは実際、足手まといにはなっていない。
ちょっとタフネスに問題があるが。
今回、試験として。
友愛のペルソナを背負ってきている。
なお、本人は承諾を二つ返事でしたらしい。
理由は簡単。
実戦で使えるかのモニター役として、料金を貰ったから、らしい。
ちゃっかりを通り越して、したたかである。
既に、街道を離れて半日。
岩などを利用しつつ。
周囲を常に確認しながら移動。
それにしても、こうして歩いていると。
本当に荒野が何処までも拡がっている。
日時計と影の向きから、現在の位置を確認しつつ進む。
ちょっと油断すると。
あっという間に今の場所が分からなくなる。
隠れるのに使った岩陰などには、模様を残しておくが。これは、基本的に街道からどれくらい離れているのか、どの方向にあるのかを、調べて書き記している。
もしも、誰かが迷った時。
これを見れば、街道にたどり着ける。
そういう意図もある。
もっとも、街道でさえ安全とはとても言えないのが現在なので。
あくまで自分達用、というのが重要なのだが。
フリッツさんが片手を上げる。
止まれ、という意味だ。
ジュリオさんが、さっと殿軍に回る。
どうやら、何か大きめの死骸があって。スカベンジャー達がわいわいとそれを貪っている様子だ。
「島魚だ」
フリッツさんが声を落として言う。
この辺りに川があるのか。
島魚というのは、水陸両用の凶暴な生物で、小型のものでも全長は七歩から八歩くらいはある。
その上肉食性の傾向が強く。
陸上でも活発に動き回って、酷い場合には川から半日も離れている場所にいた人間を襲うことがある。
勿論川辺では、更に戦闘力と凶暴性が増すため。
非常に危険な生物として、見かけたら駆除するのが基本だ。
今見ている死骸は、サイズからしてごく小型のようだが。
問題は、この辺りの地図があまり良く出来ていないことで。
川があるとすると。
島魚におそわれる事を警戒しなくてはならないし。
更に問題なのは。
あの島魚を殺した奴が近くにいる可能性が高い、という事だ。
しばし様子を見ていたフリッツさんだが。
判断。
「魔術で殺されている。 恐らく人間の仕業だ。 魔族かヒト族かは分からないが」
「こんなところで、島魚と一戦やらかす何て、何を考えていたのかしらね」
「植物……いないや」
「いずれにしても、この場から離れよう。 食事中のスカベンジャーを刺激して、無駄な戦闘をする事も無い」
頷くと、ちょっと迂回して北上。
其処で今日は休む事にした。
岩陰にテントを張り。
ツーマンセルで見張り。
交代をしながら、翌日を待つ。
なお、荷車に七日分の食糧は積んで来ているが。
明日中には鉱山跡を見つけてしまいたい。
何が起きるか分からないからだ。
ここに来るまでほぼ丸一日かかっている。
人間は、食事をせずに動き回れる日数がそれほど多く無い。
荷車を破損し、食糧を失った場合。
あたし達は文字通り遭難する。
ツーマンセルで、あたしとフリッツさんが見張りになった。
焚き火を囲み。それぞれ死角を補いながら、軽く話す。これは眠気を誘発するのを避ける為だ。
フリッツさんは、意外にもと言うべきか。
荒野では、殆ど人形のことは口にしなかった。
ジュリオさん以上に雰囲気が厳しい。
ジュリオさんは、多分あたし達を気遣ってか、笑顔を作ることが多いのに。
フリッツさんは本職だからだろう。
ずっと厳しい表情のままだった。
「ソフィーくん。 君は錬金術師という事だが、あの本、プラフタくんが師匠というのは本当かね」
「本当ですよ」
「彼女は魔物なのかね」
「いえ、元々は人間だったようです。 魂だけが本に宿っている状態だとか。 死人だと言う事は事実でしょうね」
ふむと、フリッツさんは考え込む。
フリッツさんによると。
魂がものに宿るケースは実際にあるらしい。
傭兵として各地を回っていると、不思議なものを見る。
滅ぼされた村は彼方此方で見かけるが。
恨みを残して死んで行った者が、いつまでも消えること無く霊として居座っているケースも多く。
そういう場合は、恐ろしい怪奇現象も起きるそうだ。
「だが、プラフタくんは、そういう事はしないようだね」
「いつか、人間に戻してあげたいですけれど」
「流石にそれは驚天の奇蹟だ」
「驚天の奇跡を起こすのが錬金術ですよ」
あたしは何度もそれを見てきている。
フリッツさんは、一本取られたと、苦笑いしたようだった。
それから、交代して。休む。
こういう場所で休む訓練も。
自警団でやった。
魔術を軽く展開して、虫除けにすると。
地面に横になる。
横になった方が、飛び起きるのが早い。
休み方はそれぞれだが。
休んでいる状態から、即座に反応して、戦闘態勢に入れるようにする。それは訓練されているから出来る。
夜明け近くまで眠り。
其処からまた交代して見張り。
そして陽が上がってから。
偵察にモニカとコルちゃんが出て。
すぐに戻ってきた。
「どうやらそれらしい場所が見つかったわ」
ただし。
やはり、一筋縄ではいきそうにもなかったが。
皆で鉱石を掘っていたらしい穴の周囲に展開。
穴そのものはそれほど深くない。
問題は、その中に。
明らかに獣の気配がある、という事だ。
眠っているようだが。
気配はしっかりしているし。
此方に気付いている可能性は決して低くないだろう。
各地には、名前を与えられている、要注意の猛獣が存在する。いわゆるネームドと呼ばれる連中で。
猛獣の中でも、特に大きな被害を周囲に与えていたり。
危険な性格をしていて、人間の味を覚えていたりするケースがこれに該当する。
ネームドの戦闘力は、通常の猛獣とは比較にならない事が多く。
ドラゴンスレイヤーでも遅れを取るような奴もいるそうだ。
キルヘン=ベル周辺でも、猛獣では無いがノーライフキングなどはアンタッチャブル扱いされているし。
場合によっては国が軍を出して討伐する。
そういったネームドでないと良いのだが。
フリッツさんが、ハンドサイン。
一度距離を取れ、と指示してきた。
ジュリオさんも同感のようだ。
一旦離れた後。
あたしはレヘルンを取り出す。
「これでパンと行きます?」
「それが噂の氷結爆弾か。 先手を取れるのは良いが、獣の正体と戦闘力が分からない以上、まだ使用は控えた方が良い。 上位のネームドになると、特定の強力な魔術を使いこなし、四大属性を無効化するケースがある」
「ひえ」
素直に感心した。
其処まで出来る猛獣がいるのか。
フリッツさんは、待っていろとハンドサインを出すと。
コルちゃんを手招きし。
二人で入る。
多分だが、いざという時には、コルちゃんを逃がすのが目的だろう。
そして此方に情報を伝えさせると。
更に言うと。
相手はとっくにこっちに気付いている可能性が高い。
敢えてコルちゃんを連れて行くのも。
お見通しだよと、相手に示すためなのだろう。
ジュリオさんが剣に手を掛けている。
モニカもだ。
オスカーは、荷車に手を掛けていた。
これは、最悪の場合に、逃げる事ためだ。
フリッツさんを殿軍にすれば、多分よほどのとんでもない相手で無い限りは、逃げ切る事も出来るだろう。
あたしは、いつでもレヘルンを放り込めるように準備をしたまま、洞窟の入り口に張り付く。
間もなく。
すっと、音もなく。
コルちゃんが出てきた。
「十拍後に、レヘルンを」
「はーい」
心臓の鼓動十拍分。
カウントすると。
飛び出してきたフリッツさんの姿を見届けつつ、レヘルンを放り込む。
全力で跳び離れ、モニカと一緒に防御魔術全力で展開。
レヘルンが炸裂。
洞窟から飛び出してこようとしていた、大型のキメラビーストの恐らく亜種だろう獣を。
一撃で、洞窟の入り口の彫像としていた。
あれの直撃を食らったのだ。
ひとたまりもない。
強烈な冷気が、ごっと音を立て周囲にまき散らされる。
まあ、こうなったら、毛皮とかは使いものにならないか。
あたしは無造作に近寄ると。
杖の一撃で、洞窟の主を気取っていた獣を、粉々に粉砕していた。
頭だけは持って帰る。
かちんこちんに凍っていたが。まあキルヘン=ベルに到着する頃には、丁度良いあんばいに解凍されているだろう。
モニカが汗を拭う。
フリッツさんは、多分何かの錬金術の道具らしいもので。
冷気を防いだようだった。
「流石に凄まじいな。 大都市になると錬金術の爆弾も売っているが、魔術ではこれには対抗できん」
「まだプラフタには40点代しか貰った事がありません。 あたしはひよっこですよ」
「それでも、だ。 ……これでそんな評価をつけるとは、プラフタくんは本当に凄い錬金術師だったのだろうな」
奥にはもう気配はないと言う。
バラバラになった凶暴な獣の死骸を避けながら。
凍り付きそうなほどに冷え込んでいる洞窟に入る。
奥の方。
つるはしなどの朽ち果てた残骸がある。
やはり此処で掘っていたのだ。
そして人間が来なくなって。
此奴が住み着いたのだろう。
手分けして、辺りを掘り返す。
あたしは、プラフタに言われた事を思い出しながら。
雑音が強く聞こえる方を探してみる。
鉱石らしいのを見つけたので、耳を近づける。
雑音は弱めだ。
これは駄目だな。
次。
ちょっと壁を掘り返してみる。
発破は流石に使えないが、少し掘るくらいなら大丈夫だろう。奥の方から、雑音が強い鉱石を発見。
かなり大きいが。
オスカーに手伝って貰って引っ張り出す。
洞窟の温度が少しずつ上がって来た。
潮時だろう。
同じように、雑音が強めの鉱石を幾つか拾う。カーエン石もあった。集めておく。ただ、ハクレイ石はなかった。
「引き上げるよー」
皆に声を掛ける。
さて、ここからが気を付けなければ行けないところだ。
戦利品を抱えて引き上げるときが、一番気が緩みやすいのである。
ましてや今回は、この間以上に荷車ぎっしり。
戦闘の要になるジュリオさんとフリッツさんは手が空いている方が良い。あたしとオスカーで荷車を動かす。
さんさんと太陽が照りつける中。
徐々に解凍されてきた獣の首が。
ぎざぎざの凄惨な切り口から。
血を滴らせ始めていた。
口の方は油紙で塞ぎ。
傷口の方は、荷車の中にある桶に向けてあるので。血を追って獣が来る事はないだろうが。
氷が溶けてくると。
此奴がキメラビーストの亜種で。
それ故に大きい事がよく分かってきた。
「此奴はファングだな」
フリッツさんがいう。
キメラビーストには危険な亜種が複数いるが。
その一つらしい。
手練れの傭兵団が本来は相手をする獣で。
ひよっこの集団だと、襲われてそのまま壊滅するケースもあるそうだ。
まあ今回は不意を撃てたので、一瞬で殺せたが。
そうでなければ、此方に死者が出ていただろう。
良かった。
なお、コルちゃんだが。歩きながら言う。
「実は、背中に一撃貰ったのです」
「どうして言わないの!?」
「仮面が守ってくれたのです」
そういえば。
友愛のペルソナが、ずっと怒り顔になっている。
そうか、此奴。
寝たふりをして気を伺い。
そして与しやすそうで、なおかつ美味しそうなコルちゃんを、背後から奇襲した、というわけだ。
まあ獣らしい思考回路である。実際ホムは、この手の獣には美味しそうに見えるらしく、襲撃を受けることも多いそうだ。ホムは商人をしている事も多いので、その場合は荒野を行くとき護衛の傭兵も警戒に必死だろう。
モニカが問診しているが。
コルちゃんは至って平気だそうだ。
「この魔術防御は凄いですね。 私だけだったら、きっと死んでいたと思います」
「私も一瞬ひやっとさせられたよ。 と、どうやら客のようだな」
空を舞う影。
明らかに此方を狙っている。
アードラだ。かなり大きい。
まあいい。アレも、分解すればそれなりに良いお金になる。それに恐らくアレは、きっと此方にずっと気付いて、帰路につくのを待っていたのだろう。弱ってから仕留めに掛かるというわけだ。
返り討ちにしてくれる。
勿論コルちゃんを狙って急降下してくる翠の巨体。
あたしはフラムを掴むと、下手投げで放り投げた。
爆裂。
空中での爆発は、翼に対して致命的なダメージを与える。
アードラの場合、魔力も使って飛んでいるようだが、それでも顔面の至近距離でフラムが炸裂したら、どうにもならない。
翼がへし折れたのが見えたが。
流石に大物。
それでも体勢を立て直して、爪にコルちゃんを引っかけようと、迫ってくる。
瞬時に動いたのは、ジュリオさんとフリッツさん。
二人が残像を作って動き。
アードラを左右から斬りつけた。
鮮血が派手にぶちまけられる中、それでもかっさらって飛んでいこうと、まだ突っ込んでくる。
若い個体だな。
狡猾なようで頭が悪い。
モニカが壁を展開。
真正面から激突したアードラは、凄まじい形相に見えるほど、顔をグチャグチャに潰され。
更にその時には頭上に跳び上がっていたオスカーのスコップが。
脳天をたたき割っていた。
とどめは。
刺すまでもないか。
いずれにしても、その場で解体。時間はあるし、休憩も兼ねて、休みながら燻製にする。解体の手際が良いのを見て。
フリッツさんは、褒めてくれた。
「おお、手慣れているな」
「有難うございます。 コルちゃんとフリッツさんに、一番良い場所をあげますね」
「どうしてです?」
「さっきのキメラビースト亜種はそもそも美味しくないし、何より二人が一番危ない仕事をしたでしょ。 コルちゃんとフリッツさんには、美味しい部分を食べる権利があるんだよ」
そういうものなのか。
コルちゃんは小首をかしげていたが。
燻製肉を見ると、商魂が働いたらしい。
この場で食べる分は良いとして。
キルヘン=ベルで売れないか、というのである。
いいんじゃないのだろうか。
ただ、荷車はもう満杯である。
骨なども手際よく砕いているモニカと相談。少し考えた後、あたしは決める。
「それならば、ジュリオさん、頼めますか。 袋を一つおろしますので、それに換金できそうな燻製と、骨、後は羽ですね。 詰めます。 帰り道にまた運んで貰えないでしょうか」
「いいよ。 ただし戦力は落ちるから、気を付けて欲しい」
「その辺りはフォローしますよ」
コルちゃんが嬉しそうに頷く。
商魂たくましいと言っても。
まだあたしより年下という事か。
それから、黙々淡々と帰路につく。
なんだかんだで、結構危ない場面もあった。
だが、それでも。
ベテランの護衛と。
錬金術の火力があわされば。
何ら怖れる事は無い。
そう判断するのは、間違いではなかった。