暗黒錬金術師伝説6 暗黒!ソフィーのアトリエ 作:dwwyakata@2024
そこで生きていく事は、とても大変な事なのです。
街ですら安全ではありません。
外は獣に匪賊。
そんな世界では、どれだけ厳しくても、皆で協力しなければいけないのです。
序、死の待つ道
今の時代、荒野だけでは無く、街道にさえ死の臭いが満ちている。
貧困層は街では暮らせない。
だから、街を出るしか無い。他にも事情があって、街を出るケースは幾つかある。
しかし城壁に守られていない街の外は安全では無い。街の中でさえ場合によっては怪しいが、それでさえ天国に思える程に。
そんな場所では頑強な魔族でさえ生きていけない。
取る道は三つだ。
一つは、匪賊になる事。
腕に自信があれば、匪賊になり。街に襲撃を仕掛けて弱者から奪い取り。その代わり風に晒され獣と戦いながら生きるしかない。
この道が一番多い。
実際問題、匪賊をしている内に、一族で村を立ち上げるケースもある。
そういった村は、基本的に旅人に対して非常に容赦ない。入った瞬間、殺されるようなケースもある。
ただし現在は二大国が各地に伝令を派遣していて、大きめの匪賊については監視しているし、各地に腕利きも配備している。匪賊が大型化するケースは500年前に比べると減ったようだ。
それがあたしが、プラフタの記憶をたどって出した結論。
二つ目の道。
それは何処かしら、受け入れてくれる村や集落を探して、あてもなく旅に出ること。
いわゆる流民だ。
これは非常に危険な賭だが。
街の高い生活費や税金。場合によっては役人の圧政。
更には、ネームドの猛獣やドラゴン、邪神の脅威。
これらに晒された場合、なし崩しに街を出なければならなくなるケースがある。
実は現在、流民や匪賊が発生する理由の最大のものはこれだ。
つい最近も、高位のドラゴンが暴れて、比較的大きな三つの街が壊滅するという悲劇が起きた。
生き残りは街を復旧しているが。
この場合、ドラゴンが迅速に退治できたからで。
軍さえ返り討ちにして、その場にドラゴンが居座ってしまった場合。
また、更にタチが悪いケースで。
高位の邪神が襲撃してきた場合。
復旧どころでは無い。
高位の邪神になると、あたしでも知っている雷神ファルギオルのように、複数の国を滅ぼしたケースもあり。
倒せるかさえ分からない。
高位の錬金術師と軍、更に腕利きの傭兵が、命がけの勝負を挑み。
撃退出来れば御の字、という相手だ。
現在人間に対して敵対的な邪神は三十柱以上が確認されていると、この間ジュリオさんに聞いた。
これはアダレットとラスティンを合わせての数字で。
つまり人跡未踏の地区に敵対的な邪神が潜んでいる可能性もあり。
それを考えると。
辺境では、いつ何が起きてもおかしくない。
つまり、安全な生活なんて。
今の世界には、何処にも無い、という事だ。
匪賊でもなく。
流民でも無い場合。
何を選ぶか。
簡単である。
それは死だ。
力ないものが荒野に放り出されたら、もはや待っているのは死しか無い。これは悲しい現実である。
そしてこの世界では。
この現実が故に。
人間が増えない。
大都市でさえ壊滅させるドラゴンや邪神が実在し。
そいつらを討伐し切れていない状態。
しかもドラゴンに至っては、倒しても倒しても沸いてくると言う状態である。
公認錬金術師は精鋭揃いと聞くが。
それでも邪神が相手になると、分が悪いケースも目立つだろう。
プラフタの戻った記憶を聞きながら。
あたしはそう分析していた。
プラフタも分析に同意する。
「結局この世界は、人間の国家がまとまった以外には、500年前とあまり変わっていない、というのが実情のようですね」
「そうだね。 でもプラフタ、改善はしているんじゃないの?」
「……不思議な話ですが、500年前にも、人口は減りも増えもしていなかったような記憶があるのです」
「そっかあ」
人間に対して、ドラゴンがそれほど攻撃的では無かったのか。
或いは、人間がもっと繁殖していて、それ以上に駆逐されていたのか。
いずれにしても、世界は。
根本的な所から狂っていて。
変えなければならない、という事を意味している。
この世界のポテンシャルは大きい。
人間はもっと養えるはずだ。
ドラゴンは何を考えて襲撃してくるのか。
邪神にしてもそうだ。
ドラゴンには高い知性が無い、という噂がある。プラフタに聞いてみたが、そういう説がある、とだけ答えられた。或いは専門家ならもっと詳しいか、プラフタの記憶が戻れば分かるかも知れないが。
いずれにしても、プラフタもドラゴンが喋るところを見た記憶が無いし。
高位のドラゴンも、頭脳戦と呼べるものをやる事は無く。
力が強いだけで。
破壊と殺戮の限りを尽くすのみだそうだ。
あたしが知る限りでも、ドラゴンはそうである。
となると、ドラゴンは五百年まったく変わっていない、という事になる。
それなのに、これだけの脅威であり。
今でも暴れ出すと大きな被害が出る上。
駆除しても幾らでも沸いてくる。
これは、世界の欠陥では無いのか。
更に危険なのが邪神だ。
此奴らはドラゴン以上の戦闘力を持つ。ドラゴンでも高位のものは邪神並と聞くが、なんと邪神は上位次元というものに干渉できるらしい。魔術ではこれは無理で、錬金術の、それも極めて高度なものでないと不可能だとか。
邪神には明確な知性と悪意があり。
人間に対しての攻撃を厭わない。
前にジュリオさんから聞いた三十柱を超える邪神は、人間から逃げ回って存続しているのでは無い。
国家でも手が出せない相手、なのだ。
これでファルギオルでも復活したら、それこそ大変な事になるだろう。
ただ、気になることをプラフタが言う。
「曖昧なのですが、私が知る限り、500年前にはもっと多く人間に対して敵対的だった邪神がいたような気がします。 その上邪神は下級のものでも、数百年もすれば復活するはずです」
「二大国が頑張って減らしたとか?」
「いえ、考えにくいですね。 錬金術師の質が上がったと言っても、相手は邪神です」
「……そうなると、深淵の者?」
「分かりません」
世界の裏で暗躍していると噂の深淵の者。
正体はよく分かっていない。
だが、今回のドラゴン騒動でも、ドラゴンを倒したのはアダレットの軍では無くて、深淵の者では無いかと言う噂があるそうだ。
そも深淵の者自体が、何をしたいのかよく分からない集団で。
あたしも色々な噂は聞いているが。
それ以上の事は分からない。
ただ、匪賊が勝手に壊滅させられていたり。
猛獣が殺されていたことはあって。
それは、深淵の者がやったのかも知れない、という事は思っていたが。
プラフタの戻った記憶と現状のすりあわせを終える。
結局の所。
世界はあまり良くなっていない。
しかしながら、公認錬金術師制度がラスティンで導入されて。
錬金術師の質は向上し。
大きな街などの周囲には森などの緑が作られ、ほんの少しずつだが荒野は減っている。
あたしのおばあちゃんなどの凄腕は、村レベル小さな街レベルでも、周辺の環境改善に尽力し。
結果、キルヘン=ベルに至っては、それほど強力な城壁で守られていないにもかかわらず、現時点では比較的安全だ。
猛獣は森などに入ると性質が比較的穏やかになるし。
何より食糧を確保できるので、人も飢えない。
緑があるという事は土地に保水力もあり。
畑なども耕して、充分に自給できる食糧を確保できている。
こういう点だけは。
ほんの少しだけは改善しているとみるべきか。
しばらくああでもないこうでもないと話をしていると。
不意にアトリエの戸が鳴った。
知らない気配だ。
ドアを開けてみると。
見た事がない子供が二人、立っていた。
虫を思わせるかぶり物をしている。
誰だ。
キルヘン=ベルは小さな街。
子供の顔なんて、一人残らず知っている。
最近加わった子供だって全員覚えている。
こんな子らは知らない。
「あれ、誰?」
「私はアトミナ」
「僕はメクレット」
どうやら双子か姉弟か、雰囲気がとても似ている。
つかみ所が無い。
着込んでいる服も、子供用のものだが、虫を意識しているデザインなど、非常に独特だし、何より上物だ。
それだけじゃあない。
目が違う。
子供はどうしても、目が子供だ。
此奴らの目は子供じゃ無い。
あたしは、すっと目を細めた。
「キルヘン=ベルの子じゃ無いね? 誰?」
「今日商人達と一緒に街に寄ったから、錬金術師に会いに来たの」
「噂になっているらしいからね。 キルヘン=ベルで、ぐんぐん錬金術師が力を付けて、町の発展に寄与しているって」
プラフタは後ろに隠しているが。
本当か。
確かにあたしの噂は、既に隣街まで届いているとか、前にキルヘン=ベルに立ち寄った商人に聞いた。
だが、それでもだ。
この子供らは不可思議だ。
「今後、何かあったら仕事を頼むかも知れないから、よろしくね」
「アトミナ、そろそろ行こう」
「分かっているわよ」
アトミナという子供。
本当に幼児か。
メクレットという男の子に促されて。アトミナという女の子はその場を去り。一瞬だけ此方を見たメクレットも。視線からしてとても子供とは思えなかった。
ドアを閉じる。
商人は時々来るようになったから、それはいい。
此処で上質な錬金術の道具が購入できるという噂が流れ。
それで、らしい。
商魂たくましい話で。
知らない奴がいても、不思議では無い、という事だ。
だがあの二人は。
嫌な予感がびりびりする。
「どうしたのですか、ソフィー」
「プラフタは感じなかった?」
「何をです」
「今の子供達、ただ者じゃないよ」
少なくとも。
相当な修羅場をくぐっているのはほぼ確実と見て良いだろう。
あたしの間合いも見きっている様子だったし。
多分錬金術の道具で武装していたのではあるまいか。
この間、ひよっこであるあたしが作った友愛のペルソナや仕込み手甲も、その破壊力は手練れの魔族であるヴァルガードさんを唸らせる程だったし。
CQCの達人であるテスさんは、仕込み手甲を使ってみて、これは凄いのでとても嬉しいと大喜びでわざわざアトリエにまで礼を言いに来た。
それは逆に言うと。
例えば生前のプラフタクラスの錬金術師が本気で作った錬金術の装備で身を固めた場合は。
ドラゴンとガチンコも出来るのではあるまいか。
「俄には信じられませんね。 今の子供達はちらりと見ましたが、どう見ても十歳程度にしか見えませんでした。 最近話に聞いた、歴史上最年少公認錬金術師でもそれより少し年下という話で、私も錬金術を始めたのは十代、大成したのは二十代だったと記憶しています。 あの年で、錬金術を極めるのは無理でしょう」
「プラフタが断言すると重みがあるね」
「そも、恐らく史上最年少公認錬金術師と言っても、現時点で錬金術を極めているとは思えません。 もしもソフィーが言うのが正しいとなると、錬金術師の親がいるか、それとも……」
魔術などで姿を偽装しているか。
或いは錬金術の装備で同じような事をしているか。
だが。どちらにしても意味が分からない。
大体だ。
あたしは二人を間近で見たが。
魔力波動がおかしかった。
ヒト族のものとも魔族のものとも違う。
ホムでもない。
いや、ホムに近かったかも知れない。
小首を捻っていると。
いきなりドアが激しくノックされた。
今度は知っている気配だ。
ドアを開けると。
息を切らせたモニカだった。
「どうしたの」
「早馬よ。 五十人規模の人間受け入れ希望が来ているらしくて、隣街まで護衛を派遣して欲しいって」
「ええっ!?」
五十人規模。
流石にそれは多い。
キルヘン=ベルはおばあちゃんが育て上げた街だけあって、まだまだキャパには余裕があるが。
それでもまず街道をその人数で移動するのが危険だ。
下手をすると、街道の途中で匪賊に捕捉攻撃されたり、猛獣に襲われたりして、壊滅する可能性がある。
本来なら、軍が動くレベルの案件だ。
今の時代、人間はそれだけ貴重なのである。
「それもまずい事に、その護衛戦力を出せる状態ではないらしいの」
「どういうこと!?」
「この間ドラゴンに壊滅させられた三つの街の話は聞いているわよね」
「まさか、その生き残り!?」
モニカが頷く。
どうやら、街を襲ったドラゴンを屠った後、再建作業が始まったらしいのだが。
それどころでは無い街が出て。
ごたごたのあげくに。
街を離れる民がかなりの数出たという。
最初は傭兵や軍が護衛していたが。
どの街にもキャパがある。
救貧院がある街もあるが。
それでも受け入れきれる数では無い。
其処で少しずつ民を受け入れつつ、受け入れきれない民を他の街へ、という風にして、流れ流れてキルヘンベルまで来た、という事らしいのだが。
問題はその関係で、既に傭兵などの仕事がパンク状態。護衛に回す戦力もない、という事だった。
更に街の方でも、五十人からの人間を喰わせていく食糧備蓄が無いらしく。生存環境もないという。
まずい。
下手すると匪賊化しかねない。
それも五十人規模の匪賊となると、かなり厄介だ。近隣の匪賊を糾合して、非常に危険な勢力になりかねない。
そう思ったあたしに、モニカが先手を打つ。
「匪賊化の心配は無いわ」
「どういうこと?」
「労働力として働ける人間は、他の街が引き取ったという事よ。 今隣街で足止めを食らっているのは、子供や老人、負傷者。 それに最後まで彼らの面倒を見ると決めて残った老魔族が一人と、それなりの腕前の傭兵が一人だけ、だそうよ」
「最悪だ……」
なるほど、それはモニカが来る訳だ。
そんな人達が街道に出たらどうなるか。
ましてや安全が完全確保されているわけでも無いキルヘン=ベルとの間の街道に出でもしたら。
あっという間に猛獣のおやつ。
匪賊のエジキ。匪賊の中には人間を喰う奴もいる。子供なんて、格好の食糧にしか見えないだろう。
生きて此処までたどり着ける者はいないのではあるまいか。
だが、これは逆に好機でもある。
人数は力に変えられる。
ナーセリーを復興するための人員はまだ足りないと思っていたが。
彼らの受け入れに成功すれば。
或いは。
荷車を出し。薬を積む。爆弾も。
モニカには、あたしは準備し次第行くと伝えて、それで準備に戻った。プラフタは、浮いたまま言う。
「彼らを助けるのですね」
「当たり前だよ。 キルヘン=ベルのためにもなるし」
「そうですか……」
はて。
あたしはなにか妙なことを言ったか。
いずれにしても、準備を手早く終えて飛び出すと。キルヘン=ベルの入り口には、錚々たる面子が揃っていた。
さて、今回は遠出になる。
荷車はもう四台あり。其処にオスカーが名物女将と一緒に食糧を積み込んでいる。この荷車を押す人員が四人。彼らは新米だが、一応実戦経験もある。
他にあたしとモニカ。フリッツさんとジュリオさん。コルちゃんとオスカー。更に面倒くさそうにしているが、ハロルさんも出る。
今回は残念ながらテスさんは来ないらしい。匪賊戦を想定して、守りにCQCの使い手が必要になった、と言う事だ。彼女はたくさんの弟妹を抱えているが、今回はキルヘン=ベルを大戦力が離れる事になるため、教会に預けるらしい。面倒はパメラさんが見てくれるだろう。
あたし達に加えて、獣人族の戦士が四人。
最近絡む事が多くなったタレントさんもこの中にいる。
ホルストさんの両腕に等しいヴァルガードさんとハイベルクさんは此処に残る。
今回の作戦は大規模だ。それだけ街に隙も出来る。故に重鎮は残らなければならない。
其処で作戦の総指揮は、ベテラン傭兵であるフリッツさんが執る。
ジュリオさんが良いかなとあたしは思ったけれど。この人はあくまで旅人で、しかも異国人だ。
こういう作戦の指揮は流石に任せられないだろう。
本人もそれは理解しているようで。
しゃしゃり出ることは無かった。
ホルストさんが手を叩いて。
装備を調え、整列した皆の前で言った。
「事は一刻を争います。 早馬によると、五十名ほどの民は、数日以内には隣街を「出発」するそうです」
「追い出されるの間違いだろ」
ぼそりと呟いたのは。
犬のような顔をした獣人族の戦士。皮肉屋で知られるベンさんだった。
咳払いすると、笑顔のままホルストさんは続けた。
「ベンの言葉もあながち間違いではありません。 此方では受け入れの準備および、この隙を狙って仕掛けてくるかも知れない匪賊に対する守りを固めます。 皆さんは何があろうと、全員を必ず守りきって、キルヘン=ベルの新しい住民を此処まで護衛してください」
「ヤー!」
敬礼をすると。
かなりの大所帯となった一団が、キルヘン=ベルを出る。
さて、今回は大変だぞ。
武装については、皆にそれぞれあたしが作った錬金術の道具と、更に爆弾類が行き渡っている。皆訓練して使いこなせるようにしているが。大型の獣の襲撃も予想される上に、護衛対象が戦力外だ。
気合いを入れ直す。
これは今までで。
一番厳しい仕事になるかも知れなかった。