暗黒錬金術師伝説6 暗黒!ソフィーのアトリエ 作:dwwyakata@2024
彼女、最初の頃は吹き替え動画で今でも現役の某おまんじゅうのようだと言われていた事があるようですね(笑)
まあ確かに言われて見れば……。
それはそれとして。本作では彼女も厳しい世界で苦労しながら生きています。
皮鎧を着込んだ女傭兵レオンは、槍を抱えたまま、壁際に蹲って雨に打たれていた。髪はぼさぼさ。手入れどころではないのだから当然だ。こうやって民を見張っていないと、何が起きても不思議では無いのだ。休んでいるつもりだが。気が休まる暇は一瞬も無かった。
昔の事を思い出す。
きらびやかな衣装。
華やかな世界。
だが飛び出した。
其処に居場所はないと感じたし。
何よりも、自分を満足させるものがないと考えたからだ。
本来男が使う名前であるレオンと名乗り。
槍を手に戦うようになり。
外の世界の現実を知った。
傭兵は荒くれ揃い。
時には匪賊化する事さえある。
獣は恐ろしく。
ドラゴンや邪神は理不尽の権化。
こんな事になるのだったら。
あの窮屈な世界でずっと過ごしていれば良かった。そう何度思ったことか。
だが、持ち前の負けん気と。
幼い頃から英才教育を受けていた槍の腕前で。
どうにか今まで生き延びてきた。
生命線である槍をぎゅっと握る。
悲惨な旅路だった。
この街に辿り着くまでさえもが悲惨だった。
途中までは軍や手練れの傭兵が多数来てくれたから、匪賊も猛獣も、撃退はそれほど難しくなかった。
だが街や村に着く度にもめ事が起き。
そして護衛対象が減ると同時に。
傭兵も軍も。
数を減らしていった。
どんどん救貧院は態度が悪くなり。
役人は横柄になり。
錬金術師がいる街も減っていった。
今、残った五十人は、街の隅で固まるようにして、身を寄せ合っている。
老人、子供、けが人。
いずれもが、労働力として期待出来ず。
戦力として宛てにも出来ず。
そしてこの街では養えないと判断され。
食糧が尽きたら出て行けと、暗に言われ。
街の隅に追いやられ。
ゴミでも見るような視線で、街の住民に見られ続けていた。
子供は痩せ元気も無い。
というか、乳幼児を抱えた母親もいるが。
栄養が足りなくて、乳もろくにでないようだった。
レオン自身は、何度か声が掛かった。この街に残って自警団に加わってくれないか、と。それだけの活躍はしたからだ。
今側にいる老魔族、シェムハザさんもそうだ。
年齢は160歳と、魔族の限界寿命200歳にかなり近い老魔族で。
まだ戦えるが。
本来なら、とっくに引退して。後進に魔術を教えたり、知識を伝えたりしている年齢だ。
ヒト族のレオンと一緒に此処にいる理由は、単純である。
最後まで、この民の群れを。
見捨てないと決めたからだ。
好漢と呼ぶべきだろうか。
今時珍しい人である。
レオンとは違う。
レオンは、結局の所、我が儘から居場所を捨てて。結局なし崩しに、こんな仕事をするようになってしまった。
帰ったところで家に居場所なんてない。
どうせ兄や姉が家は継ぐだろうし。
元々の地位なんて、今は「ああそういえばそんなものもあった」というくらいでしかない。
戦い以外で食べていくことも出来る自信はあるが。
今はともかく。
戦う事が、最優先だった。
顔を上げる。
役人が来た。
申し訳程度の食糧を荷車に積んでいる。
とうとう来たか。
「用意できる分の食糧は用意した。 キルヘン=ベルに向かってくれ」
「死ね、といいたいのね」
「気の毒だが、この街の許容容量を超えた人数だ。 此方としても、これ以上の事は出来ないんだよ」
役人の声は冷たい。
この街は、そこそこの規模だが。
それでも人の死は見慣れているのだろう。
そもそも、ドラゴンに焼け出された民だ。
この街に辿り着くまでに、大勢死んだ。
多くは負傷と病気で。
獣や匪賊に襲われ。
或いはPTSDを発症して自殺した者もいた。
今生きている人達も。
皆、絶望しか顔に映していない。
「早馬をキルヘン=ベルに出した。 向こうには錬金術師がいる。 しかもかなりの腕前で、たどり着ければどうにかしてくれる可能性が高い。 そこまでどうにか皆を守りきってくれ。 罪滅ぼしになるかは分からないが、私の私財をはたいて、食糧も少し上乗せしておいた。 どうにかこれで凌いで欲しい」
「それはどうもありがとう」
皮肉を口にしてしまうが。この役人は、自責の念に駆られたとはいえ、自分に出来る事はきちんとしてくれたのだ。責めるわけにはいかない。
無言のまま、のしのしとシェムハザさんが来る。
老齢の魔族は、頭の上に生える角が増え、ねじくれる傾向がある。
紫色の肌をしたシェムハザさんは、男性の老魔族だが。頭の上はそれこそ、寝癖を放置した頭のように、複雑に角がねじくれている。
レオンもシェムハザさんも。
既に満身創痍。
前の街からここに来るまでに、傭兵も軍もあらかた他の仕事で削られ。
比較的短い道のりなのに、二度も匪賊の襲撃を受け。
必死に撃退した結果だ。
難民と化している民には被害は出させなかったが。
この街で引き取ってくれた30人を除くこの場にいる50人には。
もはやなんの未来もないように見えた。
シェムハザさんが、ゆっくり、皆に話しかけた。
「乳飲み子を抱えた母親から食事を。 隣街キルヘン=ベルには錬金術師がいて、急激に発展しつつある関係上、そこそこに豊かだそうだ。 其処までたどり着ければ、この旅は終わる。 厳しい旅になるが、何とか堪えて欲しい」
恨み言さえ飛んでこない。
誰しもに。
そんな余裕さえ無いのだ。
食糧を食べ始める力なき民。
レオンは、自分も食べるように言われて、首を振った。
シェムハザさんはマナを吸収して力に出来るから良い。
だが、ホムもヒト族も獣人族も。
食べないと力が出ない。
だが今は。
もっと悲惨な状況の弱者がたくさんいる。
自分だけ食べる訳にはいかなかった。
「行くぞ」
「キルヘン=ベルまでは四日と聞いています。 とても食糧は足りません」
「最悪途中で獣を仕留めるしか無い」
「無理です」
今、荒野で生きている獣は、基本的に草食動物でさえ自衛能力を持っているのが当たり前だ。
ウサギなどの比較的弱い生物でさえ。
角などを生やして、強烈な突貫を仕掛けてくる。
つまり専門的な技術を持っていないと、狩る事は出来ない。
レオンは倒せる。
だが、この人数を満腹に出来る分の獣なんて、とても仕留めきれっこない。
大型の猛獣なら、一匹でどうにかなるかも知れないが。
疲弊したレオンとシェムハザさんでは。
返り討ちにされるのが関の山だ。
シェムハザさんも、それを理解しているのか。
腰を上げはじめた民に言う。
「戦闘では儂とレオンが敵を食い止める。 敵として想定されるのは猛獣と匪賊だが、話によるとアードラが危ない。 可能な限り此方で撃ちおとすが、子供は兎に角下に隠せ」
「……」
「儂とレオンがやられたら、後は一心不乱に西に走れ。 他の人間には構うな。 これだけいれば、上手く行けば……助かるかも知れない。 キルヘン=ベルからも今救援部隊が出てくれているかも知れない。 もし出てくれていれば、更に生存率が上がるだろう」
ホンモノの絶望だ。
音楽教師と恋愛ごっこをしたり。
きらびやかなドレスをデザインして、コンテストに出したりしていた事が嘘のようだ。
レオンは覚悟を決めている。
自分は此処で死ぬ。
実は、この街に残らないかと、声を掛けられたのだが。
断った。
この人達を見捨てられない。
シェムハザさんもそうだ。
だから、行くしかない。
死ぬとしてもだ。
雨の中。
五十人の飢えた民が歩き出す。
街の外の地面はぬかるんでいて。
歩くだけで、体力が奪われていくのが分かった。
避難民の中で。
金を持っていたり。
頑健なものは。
どんどん脱落していった。それぞれ、街に受け入れ先があったからだ。
若い人間も同じく。
労働力は何処の街でも必要としているからだ。
専門技術を持っている場合もしかり。
今此処にいるのは。
何も持っていない人達。
バケモノのような凶悪ドラゴンに理不尽に全てを奪われた人達。
この世界の。
歪みの犠牲者だ。
街道を黙々と行く。
最前列をレオンが。
最後尾をシェムハザさんが。
時々列が止まるのは。
疲れ果てた民が座り込んでしまうからだ。
既に後方に街は見えない。
二大国といっても所詮この程度。ラスティンは今回の対応で、流れ込んだ民に対して良くしてくれているが。
それでも人間の勢力圏が小さい以上。
これが出来る限界だ。
呼吸を整えながら、レオンは感覚がなくなりつつある手を見る。
槍を振るって、匪賊を何人も殺した手。
今度は匪賊に殺される番か。
殺されるにしても。
可能な限り道連れにしてやらなければならないだろう。
雨は止まない。
むしろ、激しさを増すばかり。
そして夜になった頃。
ようやく休憩所が見えた。
とは言っても、屋根があるだけ。
むしろ此処に大人数がいると、匪賊の襲撃を誘発するかも知れない。勿論この近くにも、匪賊の小集団は確認されているのだ。
シェムハザさんが魔術で火を熾し。
体を温める用に声を掛けて回る。
快癒しようがない傷口から血がまだ流れ出ているのを見て。
レオンは声も掛けられなかった。
自分だって、傷口が治りきっていないからだ。
膿んでいる箇所もある。
深手はないが。
もろに金瘡(刃物傷)を受けてしまっていたら。今頃其処から腐って、命に関わる状態になっていたかもしれない。
気配。
人間だ。
数人の武装した男達が近づいてくる。装備は雑多だが、どうみても実戦経験者だ。
匪賊だな。
そう判断して、シェムハザさんと目配せ。
民達を守るように前に出ると。
ヒト族で構成された匪賊達は、へらへらと笑った。
「何だよ、話くらい聞いたらどうだ」
「匪賊と話す事なんかないわ」
「そうかよ。 そんなボロボロで、何が出来るんだ?」
ゲラゲラ笑う匪賊ども。
今は夜で。
夜に力が倍増しになる魔族がいても。
余裕を崩していない。
つまりこれ以上の人数がいる上に。
此方の状態を充分に観察してから、姿を見せた、という事だ。シェムハザさんが老いている事も見抜いていたのだろう。
恐らくは、街から出たときには、既に観察を始めていたのだ。そして、街の傭兵や自警団が助けられない位置まで出た時点で、仕掛けて来た。
それくらいは、この仕事をしているから、レオンでも分かる。
「まあ聞けよ。 ボロボロでも傭兵と魔族が相手だと被害がこっちにも出るからな。 穏便に済ませたいんだよ」
「ならば去りなさい」
「……数人寄越せ。 俺たちも腹が減ってるんでな。 子供を数人寄越せば、そのまま通してやるよ」
ぞくりと来た。
匪賊の中には、旅人を襲っていわゆる畜生働きをする奴がいるが。
その後は、殺した人間を喰うことが珍しくもないと言う。
特にホムは肉が美味だとかで。
此奴らに掴まると、まず助からない。
文字通りのケダモノだ。
「どうした、どうせキルヘン=ベルに向かってるんだろ? その荷車の食糧じゃ、どうせもたねーよ。 間引かないと先へは進めないぜ?」
「それなら、あなたたちの食料を奪おうかしらね」
「面白いことを言うなあ」
ゲラゲラ笑う匪賊ども。
だが、レオンは本気だ。
後ろに庇っている民は、身を寄せ合って震えあがっている。
あの中から生け贄を出せなどと。
許せる話では無い。
「あのなあ、こっちとしては最大限譲歩してるんだよ。 若いのは奴隷に売り飛ばし、子供は肉に、爺婆は殺してかっぱぐ。 問答無用でそうしても良いのを、「提案してやっている」のが分からないのかアホが?」
「アホは貴方よ」
一閃。
舌を良く動かしていた男の頭を、上半分吹っ飛ばす。
更に、剣に手を掛けた一人を突き貫いた。
同時に、わっと周囲から匪賊が沸く。
「血路を開くまで固まれ! 血路を開いたら合図するから、西に走れ!」
シェムハザさんが、雷撃の魔術を発動しながら叫ぶ。
だが、もう力が残っていない。
匪賊どもは放たれた稲妻に撃たれても、立ち上がって走ってくる。
レオンは前に出ると、一人目を串刺しに。
斬りかかってきたもう一人の一撃をいなしながら、足をすっぱりと切り裂いた。後ろに回った一人が斧を振りかざして躍りかかってくるが、石突きで腹をつき、更に体を旋回させて喉をぱっくり抉る。
しかし、足を切り裂いた相手が、レオンの足を掴み。
そいつを背中から串刺しにした瞬間、激痛が走った。
矢が肩に突き刺さっている。
槍を敵から抜くが。
刺さった位置が最悪らしく、動くだけで失神しそうな痛みが走った。下手に抜くと却ってまずい。
数人を殺され。
更にレオンの動きが鈍り。
シェムハザさんも余力が無いと見なした匪賊どもが、どっと勢いづいて襲いかかってくる。
せめて、此奴らだけでも。
道連れに。
だが、想定外の事態が起きる。
匪賊の周囲に。
ぼやっと影が浮かび上がったのである。
半笑いで襲いかかってきていた匪賊達が。
足を止め。
そして絶叫した。
「ノーライフキングの手下どもだ!」
それは。死者の軍勢だった。
或いは人間。
或いは獣。
いずれも、体が崩れ。死んでいるのは一目で分かるのに。それなのに動いている。緩慢だが、確実に。
聞いた事がある。霊を宿したり、外法の魔術によって、死体を動かし走狗にする例があると。
それだろう。
動きは鈍いが、死んでいるから簡単には壊れない。何より命令も忠実に聞く。厄介極まりない相手だ。
算を乱した匪賊に、想像以上に素早く動いた獣の死体が躍りかかった。
腐った牙が匪賊の喉を食い千切る。人間の死体が、その死んだ匪賊を引っ張っていく。
仲間にするつもりなのだろう。
阿鼻叫喚の地獄絵図の中、シェムハザさんが叫ぶ。
「今だ、皆走れ!」
「走って!」
悲鳴を上げ、死者の群れに押し包まれる匪賊はどうでもいい。もう槍も振るえそうにないが、それでも無理矢理体を動かして、行く手を遮ろうとした人間の死体をタックルで吹き飛ばした。肩に鈍痛。
シェムハザさんが巨体から豪腕を振るい、辺りの死体を薙ぎ払う。
わっと逃げてくる民。
だが力がない。
負傷者も多い。
ろくに食べていない。
何より生物として弱い個体ばかりなのだ。
転んでしまう者もいる。
半分も逃げ切れるかどうか。だが、絶対に諦めない。
泣いている子供の手を引いて、走る。親らしい相手に預ける。戻ってまた倒れている人を助け起こし、必死に走らせる。その間も、襲ってくる死体を叩き伏せる。感覚がおかしくなってきているが、それでも必死に槍を振るう。
逃げ遅れた者はいないか。
目を配り、躍りかかってくる獣に、槍を向けた。
獣の死体は、知能も喪失しているらしく、そのまま串刺しになるが。動きを止めず、凄まじい重量が掛かる。
槍が。
折れる。
ぱたぱたもがいている獣の死骸。
流石に構造的に壊れると動かなくなるのか。
ぐっと、泥水だらけの顔を手で拭うが、それだけで気絶しそうな鈍痛が走った。
倒れている匪賊から槍を奪い取ると、呼吸を整えながら、焚き火をよく見て周囲を確認。
もう命は捨てる気だ。
シェムハザさんが可能な限り逃がしてくれているはず。
西に行けば、キルヘン=ベルの人達が来てくれるはず。
いつの間にか、匪賊は皆殺しになり。レオンは完全に死体どもに囲まれていた。
ノーライフキングだか何だか知らないが。
どれだけ死体を集めたのだろう。
あらゆる種類の死体がいる。
これは逃げ切れないな。
覚悟は決まっている。
だから心は静かで。
鈍痛だけが邪魔だ。
そして、焚き火の中に。
包囲されるようにして、数人の子供が、抱き合って震えているのが見えた。
止めた方が良いことは分かっているのに。
矢を無理矢理引き抜く。
激痛が走るが。もうそれどころじゃない。
子供達の側に駆け寄ると。
ゆったり歩み寄ってくる死体どもに啖呵を切った。
「来なさい。 全部地獄に叩き返してやるわ……!」
死体どもは無感動に。
一斉に襲いかかってくる。
最初に来た奴を、槍で張り倒す。
槍は鈍器としても使える。
押し包んでくる相手を、切り、薙ぎ、刺し、必死に遠ざけようとするが。
痛みも感じていないのか、焚き火を踏み越えて迫ってくる死体もいる。
もう包囲網さえ維持していれば良いと考えているのか。余裕の態度だ。これは死体に意思があるというのではなくて、多分ノーライフキングとやらの余裕なのだろう。
呻きながら、死体が。
獣の死体が、ゆっくりタックルを浴びせてくる。
普通だったら避けられるけれど。
後ろに子供がいる。
吹っ飛ばされて、地面に転がった。
天地がぐるぐるする中。
もう感覚が無い手で。
槍を掴み、必死に立ち上がる。
血が流れすぎた。
気付くと、腐りきった手で、首を掴まれ。
つり上げられていた。
魔族の死体らしい。
かなり高い所で、ネックハンギングされたレオンは、もう抵抗らしい抵抗も出来ず。槍で相手の腐った腕を刺したが。効いてもいないようだった。
もう悲鳴も上げられない子供達。
後ろでは、何も聞こえない。
死体が押し包んで、子供達を鏖殺しているのだろうか。
させるか。
そう思うも、物理的にもう体が駄目なのだから、どうしようもない。
首を絞める力も、徐々に強くなって行く。
嗚呼。
コレで終わりか。
此奴らの仲間入りして。
人間を襲うのか。
ごめん。
無力だったから、全員助けられなかった。
傭兵というのは水物の仕事だ。
死ぬときは簡単に死ぬし。
死んでも顧みられない。
軍人だって似たようなものだが。
それより更に酷い。
意識が薄れていく中。
爆発音がした。