暗黒錬金術師伝説6 暗黒!ソフィーのアトリエ 作:dwwyakata@2024
目が覚めると、知らない人が此方を見ていた。
まだ雨が降っているが。しかも夜だが。
灯りの魔術をシェムハザさんが展開していて。それで分かった。
「貴方は?」
「レオンよ。 可愛い錬金術師さん」
「ああ、貴方が」
そういえばそうだった。
血まみれの状況から救助したから、誰だか一瞬分からなかった。包帯の上から半壊した軽鎧をつけているが。包帯が見えているし、戦闘は出来そうに無い。
意識が戻ったのか。
「とても良く効く薬で助かったわ。 錬金術師は本当に凄いわね」
「まだ治りきってはいないでしょうから、戦闘は駄目ですよ」
「分かっているわ。 その代わり、ほら」
荷車の開いた箇所に、ちょっと状態がまずい人を代わりに乗せる。
これで、谷を突破するくらいまでは走れるはずだ。
荷車を押すのも避難民にやって貰う。
問題は谷だが。
フリッツさんが言う。
「先ほど、ジュリオとコルネリアくんで軽く偵察に行って貰った。 予想通り、谷の上で待ち伏せがいる」
「つまり、このままは進めないと」
「そういう事だ。 だが、それを逆手に取る」
つまり、今から動く、という事だ。
死体どもは仕掛けて来ていないが。
それもこの谷を抜けてしまえば、ノーライフキングの勢力圏ではないから、だろう。
もう諦めたか。
それとも最後に一気に仕掛けてくるか。
いずれにしても、谷の出口が勝負だ。
其処を突破したら、恐らく勝ちと判断できるだろう。
皆の負傷も癒えている。
ただ体力がまだ心許ない。
故に一手を加えるべきだが。
フリッツさんは何人かを呼ぶ。
その中には、あたしも混じっていた。
軽く説明をされる。
なるほど。理にかなった作戦である。
あたしもそう思ったし。
一緒に上に登るオスカー。コルちゃん。それとジュリオさんも納得したはずだ。
あたしも含めて四人が。
避難民五十人と、その護衛の命を握ることになる。
体力は少しは回復しているものの、タフな獣人族の戦士達でさえ、これ以上の激しい戦いは厳しいだろう。
此処を突破した所で、死体の大軍勢が待ち伏せていたり。
匪賊どもが一斉に襲いかかってきたり。
ネームド級の猛獣が姿を見せたりしたら。
もう終わりだ。
だが、その場合でも、半分は生還できるように。
手を打つのである。
無言のまま、作戦開始。
この作戦の正否が。
生還に掛かる。
流石にあたしも。
気を引き締めざるをえなかった。
作戦は単純だ。
まず、引き続きシェムハザさんは照明弾を打ち上げ続ける。これに対して、谷の上に登るメンバーは、松明一つ持たない。
豪雨は収まってきているが。
まだ夜闇だ。
暗視なんて便利な魔術もあるが。
これは脳に直接働きかける事もあり、戦闘しながら同時発動するのが難しい。一人が棒立ちで暗視しながら指示をして。他が戦うというのが本来の使い方になる。勿論あたしも、例外的な使い方は出来ない。
しかも今日は星もない。暗闇の中を動き回るのは困難だ。
本来なら。
オスカーが、植物と会話しながら、コルちゃんとジュリオさんに指示、あたしにも声を掛けてくる。
崖の上は植物がちらほらあった。
だから、植物と会話が出来るオスカーが。
此処では有利だ。
「ソフィー、ぎりぎりになる。 気を付けろ」
「ヤー」
会話は最小限。
崖のギリギリを進むようにして、ゆっくり移動。
徐々に崖の上。
一番高い地点にと上がる。
その過程で、オスカーが植物から話を聞き。匪賊が何処にどれくらい隠れているかは把握した。
此処からはジュリオさんの出番である。
コルちゃんも支援をする。
すっと、コルちゃんが走り抜ける。
伏せている敵が、一瞬気を取られた瞬間。
背後に回ったジュリオさんが、匪賊の口を塞いで首をかっ切る。
夜闇の事だ。
闇に目が慣れていても。
此方が植物を味方に付けていて。
崖の上には、多少の植物がある時点で。
圧倒的優位を得られるのだ。
一人ずつ、斥候に出ている匪賊を片付けていく。
敵は照明弾が上がっている此方の方に注意していて。
対応が遅れるはずだが。
それでも斥候をあらかた始末した頃には。
おかしいと悟り始めたようで。
声が聞こえはじめた。
「斥候はどうしている」
「戻りません」
「まさか、罠に……」
残りの匪賊が、まとまっていることを確認。
オスカーが、植物に被害を与えないことを条件に、位置を詳細に告げてくれた。崖の上にある洞窟。
その入り口付近だ。
内部にこの辺りの匪賊どもの元締めがいると判断して良いだろう。
連日の戦いで部下を殺されまくって、相当に頭に血が上っているはずだ。
「もういい、仕掛けるぞ! 崖を崩して混乱させた後、背中を追い討って死体どもの方へ追い込んでやる!」
「残念」
激高した野太い声が聞こえたが。
その声が、却ってあたしに居場所を教えてくれる。
下手投げで投擲したのはレヘルンだ。
フラムやクラフトだと。
緩んでいる地盤を崩す可能性があった。
ちなみに今回持ち込んでいる最後のレヘルン。
外すと後が無い。
投擲し。
爆裂させた。
ごっと、周囲の雨粒さえ凍らせながら、冷気が来る。
オスカーが、植物たちに謝っていた。
強烈な音。
バキバキと激しいそれは。地面が凍り付いていくものに違いなかった。
更に照明弾を打ち上げる。
氷柱と。
その周囲に立ち尽くしたり、砕けたりして命を無くした匪賊の死骸。
わずかに生き残ったのがいる。
ジュリオさんが無言で突入すると。
全員にとどめを刺していった。
さて、これで終わりか。
殺気。
オスカーが、とっさにあたしの後ろに躍り出るが、吹っ飛ばされる。
野獣の反応速度だ。
吹っ飛んだオスカーは、谷の方には行かず。近くの岩に叩き付けられて、動かなくなった。
ジュリオさんが異変に気付くが。
あたしはもうそれどころじゃない。
前にいるのは、真っ黒い何かもやもやしたもの。
猛獣ではない。
霊である。
霊とは、よく分からない姿形を取る。
此奴のように。
物理攻撃は効くには効くが。
それ以上に此奴らの特性は、空間転移を自在にこなすこと。更に魔術も使う事、だ。
ノーライフキングはこの辺りで、霊の親玉のような事をしている。
厳密にはプラフタも霊なのだろうが。
目の前にいる此奴からは、悪意しか感じない。
偵察要員として来ていたコルちゃんを庇う。
放電している霊。
下手に動けば。
一瞬で決まる。
此方が詠唱している余裕など無いだろう。
ジュリオさんは遠すぎる。
谷にいるメンバーの支援は期待出来ない。
友愛のペルソナで防ぎきれるか。
いや、厳しい。此奴から感じる魔力は魔族並だ。さっき匪賊が激高していたように。手下を散々潰されたノーライフキングが、直接派遣してきたほどの部下、という事になる。ならば。
不意に、あたしが態勢を崩す。
もらったとばかりに、霊が極太の雷撃を放った。
それは白い蛇となって、雨の中を驀進してくるが。
あたしはコルちゃんを突き飛ばし。それをもろに真正面から受け止めた。
凄まじい衝撃が走る。
泥水を伝って、直接あたしにも雷撃が走ってくるが。
それも友愛のペルソナと。
あたしの魔術で防ぐ。
更に押し込んでくる霊。
ただでさえ態勢を崩しているあたしの魔力が、凄まじい勢いで削られる。
壁を抜かれたら、一瞬で消し炭。
流石に冷や汗が流れるが。
次の瞬間。
ジュリオさんが、霊を斬っていた。
悲鳴を上げる霊。
そう。
あたしが敢えて隙を見せることによって。
あたしに攻撃を集中させ。
ジュリオさんの攻撃機会を作る。
そしてジュリオさんが持っている剣は、色々魔術が掛かった特注品。アダレットの精鋭騎士が持ち込んでいるのだ。当たり前の話である。
雷撃が止む。
体中の虚脱感が酷い。
体の彼方此方から煙も上がっているが。
それでも薄く笑う。
勝った。
徹底的に霊を切り刻むジュリオさん。もたつきながら、逃げようとするよく分からない塊。
だが、最初の一撃で気を失わなかったオスカーが。
頭から血を流しつつ。
お返しとばかりに、スコップをフルスイングで叩き付けていた。
ジュリオさんが鋭い一撃なら。
オスカーのそれは、文字通りの必殺の重い一撃だ。
物理攻撃が通用する霊にも、それは同じ。
不定形が拡散し。
それにあたしが、魔術砲を叩き込む、。
更にコルちゃんが出て。
ようやく溜まった仕込み手甲のマナをフルにつぎ込み。
一撃を叩き込む。
爆裂。
周囲の雨が、凄まじい熱で蒸気に代わり、吹き付けて来る中。
誰もが肩を揺らして呼吸を整える。
余裕のある者など。
一人も残っていなかった。
そして、ここからが本番だ。
照明弾を打ち上げる。
安全確保の合図だ。
同時にあたしたちは、谷の下にいるメンバーが動き出すのを確認。
コルちゃんは身軽に谷の向こう側に渡る。ジュリオさんも。
そして、両側から、安全を確保しつつ、谷の出口へと走る。オスカーは途中植物と話ながら、もう危険が無い事を確認していた。
谷の出口。
さて、此処が最後だ。
四人が見守る中。
最前衛を任された獣人族の戦士達が来る。彼らは展開して、地面の下から死体が沸いてきても対処できるようにする。
更に避難民達が来た。
まず避難民達を谷から逃しながら、ゆっくり扇状に獣人族の戦士達が拡がり、警戒範囲を拡げる。
適当なタイミングで、シェムハザさんも来て、照明弾を打ち上げた。
かなり弱々しい。
魔力が限界なのだろう。
無理も無い。
相当な老齢なのだ。
モニカが見えてきた。
ハロルさんも。
ハロルさんは谷の出口に留まると、長距離射撃の態勢を整える。どこから敵が来ても、初撃は取れるようにするためだ。
そして荷車隊が通り。
フリッツさんが最後尾で姿を見せて。
ようやく一安心した。
谷を、抜けたのだ。
「谷を抜けて、もう少し行くと、開けた場所に休憩所がある。 其処まで歩け! 其処にたどり着ければ、キルヘン=ベルは指呼の距離だ!」
「僕が殿軍になる。 君達から降りてくれ」
ジュリオさんが、崖の向こうから声を掛けてきた。
頷くと、あたしは。
オスカーが言う通りの経路で、崖を降りる。
オスカーが、大きく嘆息した。
「酷い話だな。 お前がいなければ、キルヘン=ベルでも、あの人達をよその街に更に追い払わなければならかったんだろ?」
「そうだね」
荒野の世界だ。
食べられるものには限界がある。
そして、あの人達に。
もう次の街に辿り着く力なんて無かっただろう。
フリッツさんが、ジュリオさんを確認すると、隊列の中央に戻り。
そしてあたしは、フラフラになりながらも、歩き続ける。
もう少しだ。
キルヘン=ベルについたら、お風呂に入って、ゆっくり寝て。それから。
歩きながらうつらうつらしている事に気付いて、顔を叩く。
戦闘が警戒される状況で、気を緩めるとは何事だ。
おばあちゃんに怒られてしまう。
それだけ疲労がひどいという事だが。
それでも許されることでは無い。
休憩所が見えた。
廃屋もある。
少し、皆に其処で休んで貰う。
嫌みな事に。
今更ながら雨は止み。そして、夜明けの光が見え始めていた。
キルヘン=ベルでは、既に住民が総出で、負傷者の引き受けと、治療のための態勢を整えて待ってくれていた。
安全を確保した時点でジュリオさんが先行。
状況を伝えてくれたのだ。
あたしも、キルヘン=ベルに入ると同時に、腰砕けになってしまった。
流石に魔力を使いすぎた。
錬金術の道具も。
道具類は、まだホルストさんにかなり納品している。特に医薬品は、相当量のストックがある筈だ。
後は、もう街の皆に任せて良いか。
パメラさんが、てきぱきと指示を飛ばして、老幼の手当をしている。
負傷者も、本格的な治療を、何人かいる魔術師が始めていた。
モニカも引き続きそれを手伝おうかとしていたが。
留守のキルヘン=ベルを守っていたヴァルガードさんに止められる。
夕方を少し過ぎていたから。
荒々しくなっていた。
「もういい。 お前は充分すぎるほど働いた。 今日は大丈夫だから、戻って休め」
「しかし」
「くどい!」
モニカは口を引き結ぶと。
分かりました、と返事して、家に戻る。
彼女は今回無理をしすぎた。
これ以上無理をすると倒れるかも知れない。
厳しすぎるように見えて。
ヴァルガードさんの判断は妥当だ。
ホルストさんが来る。
なんと、プラフタもである。
「大丈夫でしたか、ソフィー」
「見ての通りです、ホルストさん。 キルヘン=ベルでも何かあったんですか?」
「何度も匪賊の襲撃がありましたよ。 恐らくは貴方たちを襲うのと連動しての行動でしょうね」
もっとも。
全て撃退したそうだが。
まあそれはそうだろう。
ホルストさんからして、優れた戦士だし。
現役で超強いヴァルガードさんもハイベルクさんもいる。
此方へのトラブルも想定して、戦力を出したのだ。それにあたしが作った爆弾だってある。
「全員は引き受けられそうですか?」
「問題なく」
「それは、良かった」
「ソフィー、もう大丈夫ですから、アトリエに戻りましょう」
プラフタが、たまりかねたのか提案。
あたしは苦笑すると。
丁度様子を見に来たエリーゼさんに肩を借りて、アトリエに歩く。正直、此処で寝たいくらいだったが。そうもいかないか。
エリーゼさんは無言のまま肩を貸してくれたが。
プラフタはがみがみという。
「無茶苦茶な撤退行だったと聞いています。 そんなにボロボロになるまで無理をして」
「でも、助けられた」
「……それだけは褒めてあげます」
「ふふ」
それに、だ。
大勢匪賊どもも殺せた。
何よりだ。
あの切り札としてノーライフキングが繰り出してきた霊の実力で、大体ノーライフキングの戦力も分かった。
もはやノーライフキング。
おそるるに足らず。
おばあちゃんの封印で、相当に弱体化したのだ。
考えてみれば、今回の戦力の大盤振る舞いっぷりもおかしかったと言える。相当に焦っているのだろう。自分の弱体化を。
そして奴は賭けに失敗した。手持ちのコインを殆ど失ったのだ。この状況で出し惜しみしていたとは思えないから、奴は今丸裸同然の筈。
ならば、今こそ。
決戦の時だ。
アトリエにつくと。
モニカ、と声を掛けようとして、口をつぐむ。
モニカもボロボロになっていて、今頃家族に怒られているだろう。
家族、か。
エリーゼさんが、先に風呂に入るかと聞いてきたけれど。先に寝ることにする。そうすると、既に用意していたらしいぬれタオルを出す。
エリーゼさんは熱使いだ。
一瞬で濡れタオルを暖かくした。
そしてあたしの顔やらを拭くと。
用意してある寝間着に着替える手伝いをしてくれた。
戦闘用の衣服は汚れているし。
何よりゆったりと寝られないからである。
「起きたらお風呂に入って、体を綺麗にするのですよ」
まだプラフタもがみがみ言っている。
だが理由は分かる。
プラフタも、同じように悲惨な荒野での逃避行を続けた身だ。
だからこそ。
あたしが同じ目に会っているのを見て、気楽ではいられなかったのだろう。
今回ばかりは。
流石にあたしも疲れた。
後は全てをプラフタと、キルヘン=ベルの皆に任せて。
眠りの闇に、落ちる事にした。
(続)
過酷な追撃からどうにか避難民を救ったソフィー。
これが。
この世界での、当たり前なのです。
これでも、500年前よりずっとマシになって、これなのです。