暗黒錬金術師伝説6 暗黒!ソフィーのアトリエ   作:dwwyakata@2024

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獣の中で強く育ち、そして名前を持って呼ばれるようにまでなった存在。

それがネームドです。

破壊力は尋常では無く、放置しておけば多くの人が殺されます。

退治しなければなりません。


3、沈黙の王

強力なキメラビーストがいる。

 

その話はあたしも聞いたことがあった。

 

最初にフリッツさんがターゲットに指定したのはそいつだ。正確には、そいつを倒す前に、各地にいる大型のアードラを片付ける事が先になったが。

 

アードラの上位種は非常に大型で、行動範囲が広く。

 

ものによっては魔術も使いこなす。

 

これが非常に厄介で。

 

街の側まで接近を許すと、子供などがかっさらわれて、喰われてしまう事がある。

 

猛禽は見かけ以上に殺傷力が高いのだ。

 

このため、アードラは種類に問わず、定期的に駆除をしなければならないのだが。

 

どうも近場で大型のアードラが見かけられることが多かったので。

 

その駆除が最優先、とされた。

 

アードラの上位種である、カイゼルピジョンと呼ばれる連中で。

 

実のところ、アードラとは別種の大型鳥類という説もあるらしいのだが。

 

いずれにしても、消す必要があることには変わりは無い。

 

生態系に君臨するにしてはあまりにも数が多すぎるし。

 

何より人間の領域に近づかれると困る。

 

よって、まずはこれらの駆除が最初になった。

 

戦術は簡単。

 

あたしがうに袋を放り投げる。

 

以上である。

 

広域に拡散する爆圧で羽をへし折り。

 

地面に落ちてきたところを袋だたきにして八つ裂きにする。

 

カイゼルピジョンは片翼だけでもあたしより大きいくらいで。かぎ爪に至っては、あたしの二の腕ほどもある。

 

こんなのが街を襲ったら。

 

子供なんてひとたまりも無い。

 

匪賊や街の側に出没していた獣を、この間の戦いであらかた処理したので、ある程度遠出が出来るようになり。

 

その結果、この迷惑で危険な害獣を駆除することが可能になった。

 

またこの鳥は。

 

肉食なので肉こそ美味しくないものの。

 

肉そのものは食べる事が出来るし。

 

骨も頑強で。

 

そのまま素材として利用できる。

 

またその美しい瑠璃色の羽毛は、一枚一枚が非常に頑強で。

 

破損していない部分は、そのまま装飾品になるほどだ。

 

くちばしも鋭く。

 

これも利用価値がありそうである。

 

というわけで、近隣を回って十数羽を撃墜。

 

街道から、空の脅威を一掃した。

 

アードラは流石に駆除するのが難しいほどの数がいるが。

 

流石に単独で歩き回るお馬鹿な商人はいないだろう。アードラくらいは対応出来る傭兵を連れているはずで。

 

何より、アードラまで処理すると、生態系がズタズタになる。

 

これで、ひとまず空の脅威は去ったと判断。

 

続けて川沿いの調査を開始。

 

此処での問題は。

 

ぷにぷにである。

 

奴らは水さえあれば何処にでも現れる。

 

種類によっては殺傷力も高い。

 

場所によっては、ネームド指定されるぷにぷにが出現するらしいが。

 

今の時点では幸い、キルヘン=ベル周辺で姿は見かけられていない。

 

それでも、今までは周辺の調査が不十分だったことを考慮し。

 

徹底的に、川沿いを洗う。

 

一週間ほど掛けて、キルヘンベル近郊を通る川の上流下流を調べ上げ。

 

とりあえず、数種類のぷにぷにの存在は確認したが。

 

幸いなことに、殺傷力が高い種類は見かけなかった。

 

これでまずは一段落と判断。

 

フリッツさんの指示でキルヘン=ベルに戻る。

 

遠征から戻ると。

 

街の雰囲気が、ちょっと良くなっていた。

 

大量に納品したインゴットとクロースで。

 

街の人達の衣服が刷新され。

 

自警団の装備も目に見えて良くなっていたのである。

 

一週間ほどで、レオンさんとロジーさんが、せっせと働いてくれたらしい。

 

今回の遠征には、コルちゃんは参加しなかったのだけれど。

 

それも、きっとこの街の装備刷新に参加するため、だったのだろう。

 

後、あまり美味しくは無いとはいえ。

 

遠征で大量に持ち帰ったカイゼルピジョンの肉。

 

これも燻製にすることで。

 

大勢の腹を満たす事が出来る。

 

ただしあくまで非常食として使う。

 

今後何があるか分からないし。

 

もちが良い食べ物ばかりでは無いからだ。

 

遠征の指揮を執ったフリッツさんはカフェに直行。あたしはアトリエに帰ろうと思ったのだが。

 

モニカに首根っこを掴まれた。

 

「忘れたの。 貴方も出るの」

 

「えっ!?」

 

「素材はおいらがプラフタと一緒にコンテナに入れておくよ」

 

「私も手伝うよ」

 

オスカーと、今回の遠征にも参加してくれたタレントさんが言ってくれるので、言葉に甘えておくことにする。

 

川の上流下流に出かける事で。

 

結構色々な素材が手に入ったのだ。

 

薬草にしても、オスカーが分けてくれるかどうかを、薬草に聞いてくれたし。

 

結果かなり品質が良いものが手に入った。

 

今の時点で山師の薬は50点ぴったりだが。

 

腕も上がっているし。

 

55点を狙えるかも知れない。

 

カフェに入る。

 

ふと、気付いた。

 

空気がひりついている。

 

何かあったなと、即座に判断。

 

フリッツさんが促すので、席に着く。テスさんが、お茶を淹れてくれた。

 

重役扱いの人間が揃ったのを見ると。

 

ホルストさんが言う。

 

「近隣の安全確保ご苦労様でした。 しかしながら、問題が発生しています」

 

「内容を」

 

「はい。 どうやら、これから討伐を考えている沈黙の魔獣が、街に接近しているようです」

 

「!」

 

沈黙の魔獣。

 

ネームドの猛獣である。

 

これから討伐を考えていた強力なキメラビーストの本名で。

 

実のところ、戦う場合。

 

あたしが初対戦するネームドになる。

 

勿論その実力は折り紙付き。

 

そもそも名前の由来が。

 

相手が言葉を発する暇すら無く殺される。

 

そういう意味だからだ。

 

種族としてはキメラビーストだが、話によるとその体長は通常種の倍近いという。体重は体長が二倍になれば八倍になるので、如何に桁外れのバケモノなのか、これだけでもよく分かる。

 

しかもプラフタの言葉によると。

 

キメラビーストは作られた生命だ。

 

あまり荒野に多数がいるのも、考え物だろう。

 

「偵察に出ていたベンが発見したところ、現時点で街から三日ほどの所にある山師の水辺まで来ています」

 

「そんなに近くまで。 ひょっとすると、今は更に近づいている可能性もあるという事か」

 

「いえ、元々あのキメラビーストは、非常に慎重なことで知られています」

 

ヴァルガードさんに、ホルストさんが説明する。

 

今回の件もあって。

 

少し資料を引っ張り出して調べたという。

 

それによると、沈黙の魔獣は60年以上前から存在が確認されており。

 

昔はキルヘン=ベルから歩いて一ヶ月以上北上した街の近辺で、旅人や商人を相手に猛威を振るっていたという。

 

それがラスティンから公認錬金術師を含む強力な討伐隊が派遣され。

 

追い払われた。

 

つまり、危険を察知して、逃げたと言うことだ。

 

それから数年は姿が見えなかったらしいが。

 

50年ほど前に、街から一週間ほど離れた山岳地に生息している事が確認。

 

同一個体である事が確認され、危険性から手を出さないように、という指示がラスティンからあった、という事だ。

 

なるほど。

 

そうなると、そのキメラビーストは、相当に狡猾な個体だと言う事だろう。

 

だが、ならば気付くはずだ。

 

片っ端から、周辺の脅威が蹴散らされていることに。

 

頭が呆けたり、衰えて。

 

簡単に仕留められる人間を狙って、街に近づいて来たのか。

 

いや、恐らくは違う。

 

何か要因があって、危険だとは知りながら近づいて来たと見て良いだろう。

 

いずれにしても、侮って良い相手では無い。

 

それに、獣は獣。

 

手近な獲物がいれば襲うだろう。

 

駆除の時期を早めなければならない。

 

フリッツさんが腕組みする。

 

「何かしらの脅威の存在が考えられる。 余裕を持った戦力での討伐が望ましい」

 

「ソフィー、すぐにでも行けますか?」

 

「装備の補給と、休憩を済ませたら」

 

「分かりました。 二日の猶予を与えます。 準備に取りかかってください」

 

解散。

 

ホルストさんの指示で、アトリエに飛んで帰る。

 

幸い、アトリエでは。

 

戦利品を、既にコンテナに詰め終えていた。

 

オスカーが待っていたので、話をしておく。

 

そうすると、オスカーは、やっぱりかあと、嘆息した。

 

「何かあったの?」

 

「植物たちが、キルヘン=ベルに入ってから怖がってたんだよ。 多分何かの脅威が近づいているって気付いていたんだ」

 

「……まずいかも」

 

「ああ。 幾ら沈黙の魔獣って言ってもキメラビーストだろ? つまりそいつを追い立てた何かがいるって事だ。 邪神とかドラゴンじゃないと良いんだけどな……」

 

その通りだ。

 

オスカーの言う通り、そういった桁外れの災厄の可能性がある。

 

つまるところ。

 

沈黙の魔獣をさっさとブッ殺した後は。

 

周辺を調査。

 

更なる脅威を確認し。

 

最悪の場合、逃げ帰る必要が生じてくる。

 

コンテナに入って、在庫を確認。

 

爆弾類は充分にある。

 

良い薬草が入ったので、薬を調合しておく。傷薬に、いざという時に使うレーション。後は栄養補給用のゼリー。

 

このゼリーは、瓶に入れて用いるのだが。

 

青っぽい色合いなので、ぷにゼリーとなづけている。

 

とはいっても、おばあちゃんのレシピから作ったもので。

 

材料にはぷにぷにを使用していない。

 

単純に色がそれっぽいからそうなづけただけだ。

 

なお、色がえぐい反面。

 

味は良いし。

 

栄養価も申し分ない。

 

問題は、食べた後舌が真っ青になる事だが。

 

まあそれくらいは、大した問題ではないだろう。

 

更に言うと。

 

果実を材料にしているので。糖分が豊富に含まれていて。

 

考え事をする時などは、氷室に入れておいたこのゼリーを口に入れることで、効率よく進められる。

 

なお、ホルストさんには納品したが。

 

「嗜好品」としてしか使えないと言われてしまって。

 

それほどの値段はつかなかった。

 

あくまであたしが求められているのは。

 

実用品の作成なのだ。

 

こればかりは、仕方が無いとも言える。

 

出かけている間に、織って貰ったクロースの処理を済ませて。

 

夕方少し前に、ホルストさんの所に納品。

 

布は幾らでもいる。

 

特に錬金術で強化した布となればなおさらだ。

 

かなり良い値段がつく。

 

とはいっても、お金をあたしが独占していては意味がない。

 

街で出来るだけ使うようにと、ホルストさんには言われているし。

 

何より素材などを買うときに奮発するようにとも。

 

何より、自警団や他の皆を護衛として連れて外に出るときに給金も払うようにと言われてもいる。

 

この辺りは。

 

説教されるのも、まあ仕方が無いのだろう。

 

一人の所に過剰なお金が集まり、外に出ないと言うのは。

 

ろくでもない結果しか生まないからだ。

 

「今回は最大限の戦力で行きたいですが、構いませんか」

 

「そうですね、自警団メンバーは最悪の事態に備えて残したいのですが、どういう編成を考えています?」

 

「フリッツさんとジュリオさん。 モニカとオスカー。 コルちゃんとハロルさん、それとそろそろレオンさんも。 彼女も病み上がりとはいえ戦えるのでは」

 

「……良いでしょう」

 

レオンさんは、この間の戦いで、敵を相手に勇猛に一歩も引かなかったという。

 

実力を見たい。

 

それに、彼女には今後、装備品の調整などで世話になるだろう。

 

今回の戦いで、腕前を見ておきたいし。

 

ある程度関係を構築しておきたい。

 

さて、許可は貰ったので、今の面子に声を掛ける。

 

レオンさんは二つ返事で引き受けてくれた。

 

さて、此処からだ。

 

準備を整えて、早めに休む。

 

沈黙の魔獣が街道に近づく前に。

 

早めに先手を打たなければならない。

 

 

 

街道を東に。

 

この間ノーライフキングの手下を倒した谷を通り。

 

其処から北上。

 

少し行った所に丘があるのを、東に見ながら進む。

 

この間と違って、即座の危機がある訳では無いが。それでも急ぐ必要がある。何より相手は獣。

 

移動していてもおかしくないのだ。それも、人間より遙かに早く、である。

 

本来キメラビーストは、長距離移動する習性を持たないが。

 

しかしながら、プラフタの話を聞いて、それを信じるとすると。

 

そもそもまともな生物では無かった、という可能性が出てくる。

 

そうなると、どのような行動を取っても、不思議とはいえないだろう。

 

皆から離れ。

 

丘に行っていたコルちゃんとジュリオさんが戻ってくる。

 

周囲に沈黙の魔獣の姿無し。

 

報告はそれだけだ。

 

というか、目立った獣もいないという。

 

そうなると、目撃地点の山師の水辺に行くのが良いか。

 

山師の水辺というのは、名前の通り、ずっと昔に山師が多く訪れていた場所だ。

 

その頃には、近くに小さな集落があり。

 

その水辺にも、猛獣がいなかった。

 

だが、今は違う。

 

いつ頃からか、かなりの数の陸魚が住み着くようになり。

 

キメラビーストも姿を見せ。

 

更に匪賊も現れるようになった。

 

この匪賊は、山師が転落したものだったのだが。

 

まあそれはともかくとして。

 

危険すぎて近づけなくなり。

 

更に集落も放棄され、民も今キルヘン=ベルの東にある街に移ったこともあって。もはや誰も訪れることは無い。

 

途中、疲弊しすぎない程度に急ぎつつ。

 

途中見かけた猛獣は基本的に駆除する。

 

やはり街道近くに行くと死ぬと言うことが、猛獣たちの間でも何かしらの方法で情報伝達されているらしく。

 

街道の側では、ほぼ猛獣は見かけなくなっていた。

 

良い事だ。

 

今後もこうやって駆除作業を進めていけば。

 

商人が安心して通ることが出来るようになる。

 

問題は、それでも猛獣は必ず一定数が来る事で。

 

どうやってそれを駆除するかを、考えなければならないことなのだが。

 

一日野営をして。

 

更に北上。

 

街道から外れれば外れるほど。

 

猛獣は多くなってくる。

 

匪賊の姿も見かけるようになって来たが。

 

向こうは此方に気付くと、すぐに逃走開始。放置。

 

恐らくは、街道近辺に勢力を作っていた連中だ。

 

それならば、此方の恐ろしさを思い知らされているだろう。

 

だったら、その恐怖だけを引き継いで、周囲にばらまけ。

 

そうする役割があり。

 

それは有用だ。

 

いずれ駆除するにしても。

 

駆除するまでに、有効活用していくのが、好ましいだろう。

 

ただ、背後を突かれると流石に面白くない。

 

もしも此方の様子を窺っているようだったら、遠慮無く斬るべし。

 

そうフリッツさんとは相談し。

 

皆と意識共有もしてある。

 

なお、ハロルさんは今回長銃身の大きめの銃を持ち込んでおり。

 

その銃は口径も大きい。

 

大型の獣を相手にするという事で、必要と判断したようだ。

 

これなら長距離狙撃も出来るので。

 

フリッツさんとジュリオさんが警戒。

 

もしも此方を伺っている奴がいるようなら。

 

ハロルさんが射撃。

 

それで片付ける段取りになっている。

 

幸いにもと言うべきか。

 

面倒が無くて良いと言うべきか。

 

そうやってハロルさんが撃つ機会は二回に留まり。

 

死体の処理はほぼ必要がなかった。

 

死体を残しておくと、スカベンジャーに人間の味を覚えさせることになるので、好ましくないのだ。

 

黙々と、時々わずかなトラブルを挟みながらも移動。

 

やがて。

 

目的の水辺に。

 

到着した。

 

山師の水辺とは良く言ったもので。

 

近づくだけで危ない事がよく分かる。

 

少し離れた所から手をかざして見てみるが。

 

まず側を流れている川が。

 

おぞましいまで汚れている。

 

泥水、というのなら良いだろう。

 

得体が知れない色なのだ。

 

虹色というかなんというか。

 

明らかに有害だ。

 

飲んだら腹を下す程度ではすまないだろう。

 

何が起きている。

 

この上流辺りに、ノーライフキングの住処がある筈で。確かに今回、威力偵察の意味でも、此処に足を運ぶ戦略的価値はあったか。

 

フリッツさんが、遠めがねを使って見ている。

 

あたしも手をかざして様子を確認しているが。

 

荷車に積んできた装備で足りるか、少し不安になって来た。

 

「キメラビーストが5。 大型のぷにぷにが11。 陸魚、20以上」

 

「まともに相手にしていたらとても手が足りませんね」

 

「全くだ。 あれだけの数が、どうやってこんな汚染された川に住み着いたのか」

 

フリッツさんの分析に、ジュリオさんがぼやく。

 

モニカが咳払い。

 

「それで、どうします?」

 

「やむを得んな。 一度距離を取る。 連中はどうやら、特に対立せず、小さな縄張りを守りながら相互不干渉を貫いている様子だ。 それならば、下手に仕掛けると、全部まとめて襲いかかってくる可能性がある」

 

「あの例の沈黙の魔獣は」

 

「見当たらない」

 

確かに。

 

あたしが見た限り。

 

普通の倍は大きいという、キメラビーストの姿は見当たらない。

 

此方に気付いて背後に回っている、とかだと最悪だ。

 

レオンさんとハロルさんに、背後を警戒して貰う。コルちゃんが、荷車の中から、ごそごそと取り出したのは、彼女の私物。

 

チーズである。

 

乳製品が大好きらしいコルちゃんは、栄養補給の大半をそれで済ませているらしい。というか、錬金術のエネルギーを、それで賄っているらしいのだ。

 

勿論肉野菜も食べられるらしいのだけれど。

 

それでも、まずは乳製品、らしい。

 

遠出をする場合は、基本的に固形チーズを持ち込むのが彼女の流儀らしく。

 

キルヘン=ベルに到着した後も。

 

地元の名産ミルクを最初に購入したそうだ。

 

黙々とチーズを食べ始めるコルちゃん。

 

何が起きるか分からないから。

 

今のうちに食べておこうというのだろう。

 

賢明な判断だ。

 

あたしはしばらく周囲を観察して、思う。

 

こういうとき。

 

無人で周囲を見てきてくれる道具があったら、便利なのではないだろうか、と。

 

それだ。

 

拡張肉体について。

 

むしろそれが一番好ましいかも知れない。

 

後ろを見る、というのなら。

 

友愛のペルソナが既にそれを達成している。

 

現時点では、死角が無い状況は出来ているのだ。

 

それならば。

 

更に遠くまで、安全な状態で確認できれば。

 

より強い。

 

メモをしておきたい所だが。

 

フリッツさんが、何かに気付いたようで。

 

しっと、鋭く警戒を促す声を上げた。

 

全員がさっと緊張する。

 

すぐに水辺から死角になる岩陰に隠れる。

 

荷車を中心に、死角が無いように隊列を組み直す。

 

フリッツさんがいう。

 

「大きな殺気だ。 例のネームドだろう」

 

「場所は……」

 

「近い」

 

今の時点では、誰も場所を特定出来ていない。

 

だが、フリッツさんが近い、と断言したという事は。

 

恐らく向こうがやる気になった、と見て良い。

 

そして、その時は。

 

唐突に訪れた。

 

突然。

 

影が出来た。

 

コルちゃんを抱えて横っ飛び。

 

地面に、叩き付けられたのは。

 

信じられないぐらいの巨大な腕だった。

 

しかも、一撃でクレーターが作られている。

 

一瞬遅れて。

 

爆裂の音が、周囲を蹂躙していた。

 

どういうことだ。

 

誰も見えていなかった。

 

それどころか。

 

どこから近づいて来たかさえも分からなかった。

 

ジュリオさんが斬りかかるが。

 

ふわりと、柔らかく消える巨大キメラビースト、沈黙の魔獣。

 

そして、今更ながら思い知らされる。

 

ネームド猛獣の。

 

圧倒的な力を。

 

再び誰にも認識されなくなる巨大キメラビースト。

 

だが、殺気は圧倒的で。

 

此方を確実に狙っている。

 

気を抜いたら、確実に次の瞬間、首を食い千切られる。

 

なるほど、討伐に今まで成功しなかった訳がよく分かった。

 

此奴の実力は。

 

キメラビーストの領域を完全に超越している。

 

このハイド技術。

 

恐らく、超一級の傭兵並みだ。

 

フリッツさんでさえ、冷や汗を掻いて周囲を見回しているくらいである。

 

文字通り沈黙のまま敵に忍び寄り。

 

相手が死んだ事さえ認識させない。

 

再び、横殴りの一撃。

 

今度はオスカーだ。

 

対応出来ず、オスカーが吹っ飛ばされ、地面に叩き付けられ、更にバウンドして岩に背中から直撃。

 

ずり落ちるオスカーは。

 

友愛のペルソナのおかげで、致命傷は避けたが。

 

蒼白なまま、吐血していた。

 

まずい。

 

このままだと、一方的になぶり殺しになる。

 

あたしはレヘルンを取り出すと。

 

周囲に放り投げる。

 

炸裂。

 

連続して、氷の風が周囲に吹き荒れる。

 

勿論当たる事なんて期待していない。

 

今やっているのは。

 

相手の移動経路を塞ぐこと。

 

そして、冷気の乱れが生じれば。

 

其処から、敵が仕掛けてくる事を察知できる。

 

距離を取ったか。

 

冷気に乱れは見られない。

 

いや、違う。

 

フリッツさんが頭上を見上げた。

 

あたしが即応。

 

踏み込むと。

 

下手投げの変形フォームで。

 

全力で真上に向けて、フラムを投擲する。

 

ぼっと音がしたのは、空気を蹴散らしたから。

 

フラムそのものは、魔術でガードしていたから潰れなかったが。

 

今の投擲には、あたしが魔術で、相当にパワーを込めた。だから、空気を蹴散らすほどの速度で飛んだ。

 

起爆。

 

上空から強襲しようとしただろう沈黙の魔獣に直撃。

 

初めての直撃弾に。

 

獣の王が、悲鳴を上げた。

 

「今だ! 畳みかける!」

 

熱の余波が降り注ぐ中。

 

フリッツさんが跳躍。

 

二本の剣を振るい。

 

落ちてくる巨体に向けて、無数の斬撃を叩き込む。

 

だが、流石に多くの討伐隊を退けてきた古豪だ。体勢を立て直すと、傷だらけの体でありながら、空中機動を実現。魔術を応用しているのだろうが、なんと空中でダッシュをし、フリッツさんの斬撃を全てかわしてみせる。

 

だが、それこそが。

 

フリッツさんの狙い。

 

獣は見た筈だ。

 

腰だめして、剣を深く構えたジュリオさんが。

 

踏み込むと同時に、横殴りの一撃を放つのを。

 

それは一閃。

 

強烈な衝撃波となって。

 

獣に襲いかかった。

 

テンプルスライドという、アダレット騎士団に伝わる技らしい。

 

腕利きになると衝撃波を剣から飛ばせるらしいが。

 

ジュリオさんが今実践したのが正にそれ、というわけだ。

 

空中での無理な機動が徒になり。

 

もろに直撃を受ける沈黙の魔獣。

 

毛皮の彼方此方から血を噴きながらも、凍り付いた地面に、無理矢理体を叩き付け、跳ね起きる。

 

同時にモニカとレオンさんが突貫。

 

モニカの放った斬撃をかわそうとして、獣は気付いただろう。

 

足の裏が、地面に張り付いてしまっている事に。

 

レヘルンの凶悪な冷気が故だ。

 

焦る様子が此処からも見える。

 

多数の斬撃と、レオンさんの刺突が、滅多打ちに獣を打ち据えるが。

 

しかし、獣も流石古豪。

 

吠えた、のだろうか。

 

音は良く聞こえなかったが。

 

二人が一瞬にして吹っ飛ばされる。

 

友愛のペルソナの防御の上から。

 

二人を吹き飛ばすほどの衝撃波を放った、という事だ。

 

魔術によるものだろう。

 

無理矢理足を引きはがすと。

 

沈黙の魔獣は、凄まじい形相で、真っ正面から特攻してくる。

 

狙いはあたしだ。

 

痛打の原因になっているのが、悉くあたしだから、だろう。

 

流石に老練の者。

 

見抜いている。

 

魔術砲を真正面からぶち込む。

 

奴は機動より速度を重視。

 

真正面から突貫。

 

魔術砲の一撃を、無理矢理ぶち抜いて、突撃してくるが。

 

あたしが真横に飛び抜き。

 

其処には既に構えを執ったハロルさん。

 

腰を落とし、銃の反動が極限まで殺せる体勢のまま。

 

至近まで引きつけた怪物に。

 

魔術が乗った、巨弾を叩き込む。

 

左目に直撃。

 

一瞬の硬直を見逃さない。

 

コルちゃんが横っ腹に、仕込み手甲の一撃。

 

爆裂。

 

ゆらぐ。

 

着地したフリッツさんと、大技を放った硬直が解けたジュリオさんが突貫してくる有様を見て、わずかに躊躇する巨獣。

 

その隙に。

 

サイドステップしたあたしが、オリフラムを、奴の傷口に突き刺す。

 

本能的に悟ったのだろう。

 

まずいと。

 

飛び退こうとする獣だが。

 

既にあたしは。

 

起爆ワードを唱えていた。

 

ピンポイントフレアと名付けた、一点突破型の収束火力が、奴の体内に直接叩き込まれる。

 

巨体が瞬時に燃え上がる凄まじい有様を、あたしは見た。

 

それでも、転げ回って何とか消火しようとする凄まじい執念だが。

 

その時。

 

何とか立ち上がったオスカーが。

 

スコップを、奴の頭に降り下ろし。

 

立ち上がったモニカが、全力での剣撃をありったけ。

 

更にレオンさんが、渾身の刺突を叩き込む。

 

悲鳴を上げた巨獣は、逃げようとするが。

 

回り込んだフリッツさんが、右手の剣を高く、左手の剣を低く構える。見ていたあたしがぞくりとするほどだ。

 

其方に行くと死ぬ。

 

そう判断したのだろう。

 

巨獣は、全身から煙を上げながら、必死にあたしの方に突貫してくる。あたしを倒せば、まだ退路があると思ったのだろう。

 

だが残念。

 

お見通しだ。

 

奴から見て左。

 

眼が失われたことによって生じた死角から。

 

ジュリオさんが突貫。

 

全身ごとぶつかるようにして。

 

奴の動きさえ偏差で読み。

 

のど元から、首の向こう側に抜けるようにして。

 

剣を貫き通す。

 

ぎゃっと、凄まじい声を上げ。

 

それでも暴れ狂う獣。

 

尻尾を振るい、周囲に無数の火焔弾を吐き散らし、爆裂させる。

 

流石だ。

 

だが終わらせて貰う。

 

ジュリオさんが剣を引き抜いたときには、あたしは最大限バックステップして離れ、レヘルンを放り投げていた。

 

奴はそれを見て、ヤバイと思ったのだろう。

 

さっきの音無き咆哮ではじき飛ばそうとするが。

 

しかし一瞬早く。

 

奴の下半身が、凍り付いていた。

 

コルちゃんが。

 

レヘルンを叩き込んだのだ。

 

使い方さえ分かれば。

 

誰でも使える。

 

誰でも作れるわけでは無いが。

 

使う事そのものは。

 

誰でも出来る。

 

勿論コントロールは完璧では無かったから、わずかにずれたが。

 

それでも、巨獣は絶望の悲鳴を上げた。

 

蛇の尻尾も、今の一撃で凍り付き、砕けて散る。

 

下半身が完全に死んでも、なおどういう仕組みか動いているバケモノだが。

 

あたしの投げたレヘルンが、顔の至近に。

 

それを見て、どうやらついに死を悟ったらしかった。

 

最後は、静かだった。

 

むしろ、強敵と戦えて、満足だったのかも知れない。

 

巨大な氷柱が出来る。

 

それは、下半身が凍り付き、砕けていた巨獣の上半身を。

 

下半身と泣き別れにするようにして、砕きながら空へと噴き上げ。

 

そして、思い出したように。

 

凍っていたり。

 

半生になっている内臓が、。

 

辺りに降り注いだ。

 

忘れていたように。

 

真っ赤な血の雨が、辺りに降り注ぐ。

 

そして、落ちてきた、もはや原形をとどめていない死骸が。

 

地面に激突。

 

粉々に砕け散っていた。

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