暗黒錬金術師伝説6 暗黒!ソフィーのアトリエ 作:dwwyakata@2024
アトリエに戻ると。
丁度釜が納入されている所だった。
ロジーさんが、この間街に加わった元難民の人達数人と、力を合わせて釜を運び入れている。
アトリエの入り口は、ドアを大きく広げる事が出来るようになっているのだが。
それはこの時のためだったのだなと、何となく見ていて思った。
釜の設置まで、あたしはやる事がないので。
隙を見て、コンテナに収穫を運び入れる。
なお、護衛してきたホムは。さっそくコルちゃんと話を始めているようで。
何か良い物資が街に行き渡れば良いのだけれどと。
あたしはオスカーとモニカに手伝って貰い、回収した素材をコンテナに入れながら思うのだった。
コンテナの上では、プラフタが指示を出している声と。
ロジーさんが細かく設置する際の注意について、色々と話をしている。
釜そのものも並行にしなければならない。
更に、これから最終的な加工はあたしがやらなければならないので。
まだまだ手間が掛かる。
コンテナで作業をしている内に。
ロジーさん達は引き揚げて行った。
上がってみると。
黒光りする釜が。
前に使っていた釜があった場所に。
どんと鎮座していた。
重厚で。
とても力強い。
暖かみがあったおばあちゃんの釜とは。
随分雰囲気が違う。
「ソフィー。 では、さっそくこれを使えるようにしましょう」
「先に掃除はしなくてもいいの?」
「もう済ませてあります」
そうプラフタが言う。
確かに周囲は妙に綺麗だ。
モニカが手伝うかと聞いて来たが。
プラフタは、大丈夫だと、やんわりと断った。
まあ此処からは。
あたしが経験を積まなければならないから、なのだろう。
事前に準備をした薬品類を出す。
二人を帰してから。
まず、周囲の空気の流れを、魔術で遮断する。
これについては、錬金術の道具でやる場合もあるらしいのだけれど。
あたしの場合は魔術が使えるし。
一度使えば、停止するまでは効果が継続するので、気にしなくても良い。
もっとも、その分空気が薄くなるので。
長時間の作業では、体を壊す可能性が出てくる。つまりぱっぱとやって。さっさと終わらせなければならない、という事だ。
まず最初に、釜をコーティングする。
これにつかう薬品は。
金属を覆い。他のものと反応しないようにするものだ。
板材などを作る時に使う、ニスのようなものだと、プラフタは言うが。
しかしながら、絶対に素手では触らないようにとも念押しをされたので。
結構な有毒物なのだろう。
念入りに、丁寧に。重ねて塗っていく。塗るのには刷毛を使うが、これも使う前に徹底的に蒸留水で洗浄し、更に煮沸消毒までしている。
釜の内側だけではなく、縁の辺りにもしっかり塗り混まなければならない。もっとも、外側までは必要ないが。
この塗りの作業を、乾燥させた後、数度繰り返し。
その後、熱を加え。
中和剤を練り込んでいく。
中和剤を使って変化を促した後。
更に別種の薬品を塗り込む。
こうすることにより。
金属と、釜の中に入れるものが、変化を起こさないように。徹底的に、ものとして隔離するのだ。
前の釜は、この隔離する薬剤が、剥がれ掛けていたらしい。
プラフタの指示を受けながら。
何度か冷や汗を拭いつつ。
外で空気を吸ったり。
休憩を入れながら。
作業を進めていく。
温度を一定に保たなければならない場面もあり。
その時は魔術で外側から干渉しつつ、ぼんやりと見守らなければならなかった。当然この間、他の錬金術は出来ないし、色々と面倒である。
また、薬品を塗り重ねる時にも。
それぞれ空気の全入れ換えを行わなければならず。
しかも埃などが入らないように遮断もしなければならないので。
兎に角大変だ。
「釜がどうして高いか分かりましたか?」
「うん。 まあこれは高いね……」
「私達も、釜を最初に手に入れるまでは、随分と苦労を重ね……た気がします。 口惜しいですね。 隣にずっといた人の顔も名前も思い出せないというのは」
「何か大きな出来事があったのかな」
プラフタは黙り込む。
図星か。
まあいい。
少し手が空くので。
その間に、この間考えたレシピを見せる。
内容的にはそれほど難しいものではない。
簡単に説明すると。
自動で動く荷車である。
命令は前進、後退、待機、追従、くらいしかできないが。
荷車が重さを判断し、無理がある場合は警告もしてくれるという優れものだ。多分客観的に見ても優れていると言えるだろう。
作り方は友愛のペルソナと同じで。
荷車に塗料を使い。
中和剤で変化を誘発し。
更に意思を持たせる。
こうすることによって、簡単な命令を実行できる荷車が完成するのである。
荷車そのものが意思を持つ、というのが重要で。
例えば悪霊などを憑依させる場合、この悪霊に命令を錯覚させるのが結構大変だったりするのだが。
荷車そのものが意思を持つことにより。
荷車がダイレクトに行動してくれる。
重量警告機能も中々である。
あたしのレシピを見て、プラフタはしばらく黙り込んでいたが。
いずれにしても、内容は問題ないと判断したようだった。
プラフタにレシピを書き込む。
だが。
ここのところ、プラフタは、レシピを書き込んでも、劇的な記憶の回復をしなくなってきている。
今回も、それに関しては同じだった。
「……街で顔役をしていた気がします。 しかし良い思い出が無いようにも思います」
「500年前と言えば、公認錬金術師制度もなかった時代でしょ? 錬金術師が二人もいたら、顔役は当然じゃ無いのかな」
「それも引っ掛かります」
何だか分からないが。
プラフタは、顔役というものに、もの凄い不快感を覚えるというのである。
あたしがこの世界の不公平さに不快感を覚えているのと同じだろうか。
まあ、何か大きな事があったというのは、ほぼ間違いなさそうだ。
釜の作業に戻る。
最後の薬液を塗り。
中和剤を塗って。
変化を誘発させる。
これまでに使っているのは、念入りに蒸留した水から作った、高精度の中和剤である。
同じ調合の時は。
同じ中和剤を使う。
これは絶対だ。
いずれにしても、釜は完成。
良い感触である。
ただ、乾燥を兼ねて、数日は寝かせた方が良いと言う事なので。その間に、釜を使わなくても出来る荷車の方を作る。
まずは自分の荷車から改良である。
少し前に改良したばかりだが。
それでも、更に強化出来るのなら、やっておいた方が良いだろう。
塗料を使い。
中和剤を練り込み。
変化を促しつつ。
顔も描く。
ご機嫌で作業をしているあたしだが。丁度様子を見に来たモニカが。極彩色に塗られている荷車と。
荷車の後ろに描かれている顔を見て。
真顔になった。
「何をやっているの、ソフィー。 前衛芸術?」
「錬金術だよ」
「釜は、もういいのかしら」
「その釜を乾かすのに時間が空いたから、新しいレシピを試しているところ」
今のところ、変化をさせる過程で、抵抗は無い。
ただ、この手の錬金術は、「ものに意識を宿らせる」過程でどうしても時間が掛かってしまう事と。
模様次第で、命令がとんでも無い内容にすり替わってしまうのが問題で。
今回の場合も。
マーブル模様に塗りたくっている模様は。
きちんとそれぞれ意味があって、車軸などに伸びているのである。
「ま、前のシンプルな荷車の方が良かったのではないかしら」
「マイスターミトン便利でしょ? 友愛のペルソナも」
「それはそうだけれど」
「だったら文句言わない。 これが完成したら、荷車が勝手に動くようになるんだから」
荷車が勝手に動くと、モニカが愕然と呟く。
モニカは何だか未知の生物でも見ているような目で、あたしが楽しく塗料をまぶして、中和剤で変化を促している荷車を見ていたが。
いずれにしても、理解が及ばないと思ったのだろう。
魔術でも、エンチャントといって、ものにある程度の何かを付与するものがあるのだけれども。
それも、此処までの細かい事は出来ない。
出来る事は出来るが、それは超高度な魔術に分類されるもので。
とてもではないがひよっこが手出しできる範囲の魔術ではない。
錬金術が、魔術の上位互換だとよく分かる。
作業完了。
後は調整を明日以降やって、上手く行っているか確認だ。
釜が乾くまでは時間がある。
その間に、これのお披露目も出来るだろう。
街の顔役達が、いつもの実験場に揃ったのは、翌日夕方。
魔族にはこの時間が丁度良い事もある。
あたしが持ってきた、極彩色で、顔が描かれている荷車を見て、皆真顔になったが。咳払いしたあたしが命令をすると、荷車は見事に動いた。
前進。
後退。
それぞれよどみなく動く。
動きはとても滑らかで。
どよめきさえ上がった。
動いているのを、そのまま停止させることも出来る。また、追従を指示すると、あたしが蛇行して歩いてみても、結構器用についてくる。石などの障害物を置いた場合も、きちんとかわして、時間は掛かってもあたしの所まで到達する。
更に、である。
重量制限の確認機能は売りの一つだ。
石材などを乗せていくと。
どうしても荷車に大きな負担が掛かってしまう。
ある一点で、荷車が喋る。
「重量オーバーです」
「おお……」
ホルストさんが、感心したように頷く。
ハイベルクさんは、腕組みした後、眉をひそめた。
「あの極彩色と顔は何とかならんのか。 子供が怯えて泣くぞ」
「錬金術で必要な事なのだろう。 なんならカバーでも掛ければ良い」
「カバーは良いですけれど、顔は隠すと動かなくなるので注意してください」
「そ、そうか」
助け船を出してくれたらしいヴァルガードさんが、困り果てた様子でぼやく。ハイベルクさんはしばらく悩んでいたが。
しかしながら、実用性は認めざるを得ない、と判断したのだろう。
「後は安全性だな」
「オスカー、ちょっと良い?」
「おいらで実験かよ」
「ごめんごめん。 でも、ぶつかったら一食おごるから」
そういうと、オスカーはまんざらでも無い顔をした。
すぐに痩せられるオスカーだが。
体型からも分かるように、結局の所食べるのは大好きなのだ。
さきほど追従させた時にもあたしにしっかりついてきたように、荷車は命令者の指示通りに動く。
この命令者設定は、荷車の顔の部分に触れて、認証コードを呟けばいい。
それについて説明した後。
オスカーが命令者になってもらう。
なお、認証コードは上書きされ。命令者は一度に一人しかなれない仕組みだ。
色々なものを造り。
ものに意思を宿らせるようになってきてから。
あたしでも、これくらいの応用は出来るようになって来ている。
もっとも、こんな程度の応用は、プラフタに言わせれば初歩の初歩だろうけれど。
「前進、前進、待機。 おっ、本当に凄いな」
「障害物に向けて進ませてみて」
「了解だ。 後退、後退、お、迂回するんだな」
「そうだよ」
そしてここからが問題だ。
あたしが荷車の進路上に立つ。
オスカーに頷く。
少し躊躇った後、オスカーは荷車を、あたしに向けて前進させた。
この場合、荷車がぶつかる役をするのは、当然あたしである。オスカーに命令者をやってもらうのは、責任が伴うから。失敗した場合オスカーへのわび賃としての一食おごり、というわけである。
当たり前の話だ。
前にマイスターミトンや友愛のペルソナの実験の時にはモニカにやってもらったが、あれは剣術に対する知識が深いからである。あたしはステゴロの方が得意だし、仕方が無かった。
荷車は、黙々淡々と進んでいたが。
あたしの前に来ると、ぴたりと止まり。
警告音を発した。
「人にぶつかる可能性があります。 迂回します」
「素晴らしいな」
また感嘆の声が漏れる。
ハイベルクさんも、流石にこれでは文句の言いようもないと思ったのだろう。
とはいっても、最後までこの恐ろしい顔はどうにかならないのかと、ぼやき続けていたが。
とにかく、お披露目は成功である。
ホルストさんに納品の話をすると。
少し悩んだ後、五両ほど欲しいと言われた。
サイズに関しては、作業用のものが四つ。大型のものが一つ。
大型のものは、本来牛などを用いて引くサイズのものだが。
牛は結構あれで忙しい。
荷車を引くのに使わなくても仕事がある。
その分手が空く、というわけだ。
勿論繊細な作業をする場合は、人間が手押しに切り替えることも出来るわけで。
キルヘン=ベルを今後拡張していくことを考えると。
有用な戦略物資である。
様子を見に来ていたコルちゃんが挙手。
「私にも一つ貰えますか」
「良いよ。 正式な注文と言う事で構わない?」
「はい。 ホルストさん、お値段は其方の指定値にあわせますのです」
「分かりました。 後で具体的な値段のすりあわせをしましょう」
荷車そのものに関しては、一旦ホルストさんがロジーさんの所に発注してくれるらしい。ロジーさんはロジーさんで、材木加工などを何人かに分割発注するそうだ。あたしがやるのは差額分の作業で。それ故に、さほど高額にはならない。
こうすることによって、ロジーさんの所にも、材木加工をする人にも収入が入る。
また、この荷車が導入されることによって、老人や子供でも、厳しい運搬作業への協力が可能になるため。
家を建てたり。
街の守りを固める設備を強化したりと言った力がいる作業にも。
積極的に参加する事が出来るし。
更には賃金も発生する。
こうすることでお金が回るのは、とても大きい。本来なら力仕事に適さない人でも、力仕事に荷担でき、より効率よく経済が回るのだ。
またこの荷車は、単独では殺傷力を有さないため、他の街に対してかなりの高値で売ることが出来るだろう。
当然あたしのオリジナルレシピだが。
勿論理論上出来るという事は、他の錬金術師も似たようなものを作っている可能性が高い。
流石に公認錬金術師がいる都会では売れないことを考慮し。
強気の値段では売らない方が良い、といった工夫がいるが。
まあその辺りは、あたしが考える事じゃ無くて。
ホルストさんが戦略を練る話だ。
いずれにしても、お披露目は上々。
あたしの所にも新しい仕事が入る。
更に釜ももう出来上がる。
今の時点では。
大体、何もかもが順調だ。
家に戻り、釜の状態を確認。プラフタがチェック項目を挙げてきたので、全てを確認していく。
全部見たところ。
問題は無い。後もう少し乾燥させれば完了だ。さび止めに関しては、錬金術で変化させている金属で作っているので、あまり気にしなくて良いと言うことだが。一応念のためさび止めは塗っておく。
勿論さび止めを塗るのは外側の部分だけで。
今まで散々コーティングした場所と変な反応を起こされると困るので、それに関しては丁寧に線を引いて、混ざらないよう注意する。
今までの作業と、つぎ込んだお金が台無しになったら最悪だ。
あたしも今までとは桁を違うお金を扱うようになって来ているし。
逆にそれが故にお金がどれだけ大事かもよく分かっている。
丁寧に処置を済ませると。
魔術で空気の入れ換えをして。
更に細かく仕上げをして。
終了。
あと、数日この緊張感が続くと思うと。流石に疲れがこみ上げてきたので、もう寝ることにする。
ベッドに入ると。
プラフタが、話を振ってくる。
「ソフィー。 上手く行っていると思っていますか?」
「どうしたの、急に」
「どうなのです」
「そうだね、少し上手く行きすぎているとは思うね。 戦闘ではかなり危ない目にもあっているけれど。 錬金術は順調すぎるくらいかな」
灯りを消す。
暗闇の中で。
プラフタは。本である体が、魔力を帯びているためか。
うっすら輝いている。
と言うか、魔力があるあたしには、輝いて見えている、と言うべきなのだろうか。
「私は錬金術に関しては兎も角、魔術に関しては才能が無く、結局使う事が出来ませんでした。 体もそれほど強い方ではありませんでしたから、錬金術を使えるようになって、文字通り世界が変わったように感じていたような記憶があります」
「あたしもそれは同じかな……」
「いえ、魔術が使え、体術も出来る上、基礎的な錬金術の機材類を最初から所有していた貴方とは、土台が違っていました」
「……」
プラフタは何を言おうというのだろう。
気を引き締めろ、という事か。
だが、プラフタはあたしの作るものに、いつもかなり厳しい評価をしている。そして努力した分の評価もしてくれる。
今更、それが必要だろうか。
「私は、順調に進んでいると思っていた時に、とても大きな挫折を味わったような気がしてなりません」
「……ひょっとして、思い出せない友達にも絡んでいるのかな」
「そうかも知れません。 その失敗のことを思い出す事は出来ないのですが、とても心苦しいです。 私に取って誰よりも大事だったその人は、私以上にその失敗で傷ついていたような気がしてならないのです」
昔は、錬金術師とは呼べないような詐欺師が、大手を振って歩いていたという。
プラフタの苦労は、そういう所から来るのだろうか。
いや、どうも違う気がする。
何か、大きな事を見落としているのではないのだろうか。
プラフタの記憶の欠損には。
どうも作為的なものがないか。
竹馬の友がいたのなら。
どうして真っ先に思い出せないのだろう。
その友達のことで。
余程のことがあっただろう事は、容易に想像できる。
だが、それにしても。記憶が戻ってきているし。錬金術に関しては公認錬金術師顔負けの知識を持つだろうプラフタが。
どうして其処だけは思い出せない。
考えられる事としたら。
トラウマか何かか。
「気を付けなさい、ソフィー。 人はとても残酷な生物であるように思えてならないのです」
「……」
それについては大丈夫だ。
あたしは、自分を知っている。
自分がどれだけ残忍で。
利己的な怪物であるかを理解している。
怪物であってもどうにもならない事だって分かっている。
だが、プラフタは、それも知っている筈だ。どうして今になって、そんな忠告をしてくるのか。
気にはなる。だが、それ以上は、分からなかった。