暗黒錬金術師伝説6 暗黒!ソフィーのアトリエ 作:dwwyakata@2024
どうしてこれほど過酷な世界に「ヒト」四種族は生きているのか。
長年の執念による研究がそれを暴き出しました。
文字通り人生を掛けてそれを成し遂げた存在は。
天才でもなんでもなく。ただ執念をもって、研究を続けた一人の人間だったのです。
序、開示される闇
アダレットとラスティンの中枢部に潜り込んでいる者達を除き、深淵の者幹部全員が魔界に集まる。
定期報告のためだ。
少し前から実用化された、上位次元から干渉してドラゴンを一方的に葬る道具が完成したこと。
それによる戦果。
強力な魔力を膨大に含んだ素材を簡単に回収出来るようになったこと。
これらは大きな成果だ。
500年。
深淵の者が結成されてから、ほぼそれだけの時間が経過している。正確にはもっと前から存在していたのだが、錬金術師ルアードによってまとめられ、今のような秩序ある組織に変わったのはその時だ。
魔術ではドラゴンには勝てない。
機械でも。
これは、多くの者達が実施し。そして己の屍と共に立証してきた事だ。
ドラゴンとは何なのか。
邪神と違い、上位次元からの干渉には無力だが。
世界には常に同数が存在し。
そしてこの世界のバランスを、狂いながらも保とうとしているらしい、という事は分かっている。
実のところ、ドラゴンを効率的に狩る事が出来るようになってからも、人口は目立って増えていない。
ある街では増えても。
別では減る。
また、ある程度人が増えた街に、突如邪神レベルの実力を持つドラゴンが襲来し、焼き払っていく。
公認錬金術師でさえどうにもならない程の力を持つドラゴンも。
中には存在している。
そういった連中が、何故いるのか。
大量のサンプルを入手できたことは、実に幸運。
深淵の者に所属する錬金術師達が解析を進める中で。
同じく、深淵の者に所属する学者が、興味深い報告を挙げてきた。
現在87歳と高齢のヒト族だが、アンチエイジングの錬金術処置は受けていない。腰が曲がった老婆だ。
老婆といえどその頭脳は未だに衰えを知らず。
魔女と言えば、このような姿をしているのでは無いかと言うローブを着込み。
鷲鼻にぎらついた目と。
非常に威圧的な姿をしている。
手にしているふしくれた杖。
そして滾るように溢れる魔力が。
彼女が魔術師であり。
この年でも、魔術を使わせると魔族ですら中々いないほどの使い手であることを証明していた。
彼女は錬金術の才能は持たない。
しかし魔術の専門知識と。何より膨大な書籍の管理で。
深淵の者では「新参」でありながら。幹部としてその人生の大半を組織と研究に捧げてきた存在である。他人にも厳しいが、それ以上に自分に厳しい事でも知られていた。
「世界中の神話および古代の文書を検証した集大成の結果が出ましたので、報告をば」
魔王の膝元にいるアトミナとメクレットに。
老婆、シャドウロードはしわがれた声を放つ。
この老婆の声そのものに強い魔力が含まれていて。
抵抗力がない者は、それだけで屈服してしまうほどだ。
魔声、とでもいうべきものだろうか。
「聞かせて貰おうかしら」
「ははっ。 今まで、この世界の歴史については非常に謎が多く、始まりすらいつか定かでは無い事は、此処にいる皆様方がご存じかと思います。 この婆めが集めた膨大な書籍を調べても、統一性がまったくなく。 頭を悩ませていたのですが。 終生を掛けて膨大な書籍を調べた結果、ある結論に達しました」
「うむ、言ってくれるかい」
前置きが長いのは仕方が無い。
何しろこの老婆。
六十年以上も、或いは実地で調査し。書籍を読みふけり。
何を思ってか、錬金術によるアンチエイジングをしなかったものの。
この魔界に、あまりにも膨大な情報を、ジャンクも含めて集めて来た功労者だ。その血を吐くような努力は、最初期からの幹部でさえ敬意を払っている。
「この世界が「出来上がって」から、まだ3000年程度しか経過しておりませぬ」
「何……たったそれだけか」
「間違いございません」
たったの3000年。
老婆はなおも言う。
「しかしながら、ある意味3000年というべきではないのかも知れません」
「具体的に聞かせてくれるか」
「はい。 地質学などの分野からも調査した結果、この世界は明らかに数十億年を経た大地の上にありまする。 しかしながら、およそ3000年ほど前に、突然我々。 ヒト族、魔族、獣人族、ホムが。 招かれるように出現しているのでありまする。 正確にはその文明が、ですが」
「へえ……」
興味深いと、アトミナが呟く。実際問題、創造神が迫害されていた人間達をこの世界に招いた、という神話は各地にあり。多くの人間が共有する認識である。神話ではあるが、ほぼ間違いなく事実だろうとも言われている。メクレットは無言で続きを促した。シャドウロードは頷く。
「この年数を割り出すのに、本当に苦労いたしました。 何しろアダレットとラスティンに散っている様々な資料で、それぞれ好き勝手な歴史が書き記されているものでしてな」
「……続けよ」
「はい。 残っている最も古い文書によると、「創造の神は我等を救われた」という文字が残っておりまする。 これらの文字は、現在使われている「統一語」とは別のものにございます」
「そうなると、神話の通り、「救いを求めた」我等の先祖を、創造神がこの世界に招き寄せた事は間違いないと」
老婆は静かに頷いた。
だが、その説には大きな問題がある。
イフリータが挙手。
魔族の中でも深淵の者最古参の幹部であり。
思想的には最も鷹派という言葉が近い彼は。創造神を憎みぬいている。
反発も当然だろう。
しかしながら、その彼でさえ、地道な調査に生涯を捧げたシャドウロードには敬意を払っている。
故に口調は決して荒々しくは無かった。
「だが、救いを求めたとしてだ。 その前に我等はどのような世界にいて、何をしていて、何に迫害され、或いは絶滅に追いやられ、この世界に来たのだ。 我等は魔族と前の世界でも呼ばれていたというのが定説だが、それは何故だ。 我等人間のどの種族にも、その記憶どころか記録さえない。 定説はあっても、真実と結論出来なかったのはそれが故だ」
「分かっております。 それが最大の謎でありました。 しかしながら、ある文書を見つけました」
その文書とは。
統一語の前に使われていた文字から。
統一後に変化していく過程を記されたもの。
そしてその過程が明らかにおかしいというのである。
老婆は言う。
「神話には、創造神が統一語を授けた、とありまする。 しかしながらこの文書をご覧ください」
立体映像で表されたのは。
古い古い文書。
彼方此方欠けているし、朽ちかけている。
その文書の途中から。
不意に統一語に切り替わっているのだ。
「何だこれは……」
「ただの悪ふざけかと思いましたが、この文書の前半と、統一語に切り替わってから、文法が一切混乱していないのでありまする。 これが指し示すことは、この婆めには一つしか思い当たりません」
「聞かせてくれ」
「すなわち、我等の思考や記憶などは、創造神によって書き換えられたのでありましょう」
愕然とする皆。
だが、物証があるのだ。
確かにそう解釈するのが正しい。
しかしながら、疑念も残る。
アトミナが挙手。
「わざわざ報告すると言う事は、何かまだ掴んでいるのでしょう?」
「ええ。 此方の文書をご覧ください」
「統一語前の古文書か」
「はい。 此処の単語が、なかなか解読できずに苦労しましたが。 しかしながら、時間を掛けてどうにか解読できました」
その単語の意味は。
醜い奴ら、である。
書いたのは、どうやらヒト族の者らしく。
文書の内容をシャドウロードが読み上げていくと。
皆、憤然と立ち上がった。
それには、ヒト族の「学者」を称する者が、魔族や獣人族を、ヒト族より「醜く劣っている」「気持ちが悪い」などと書き連ね。徹底的に尊厳を侮辱する言葉が並んでいたのである。
現在では考えられない話だ。
社会からドロップアウトした存在はいる。
匪賊となった者達だ。
醜いと言われ迫害される個もいる。
事実、それを嫌と言うほど側で見てきた。
異種交配を避けるためか、別種族の体に生理的嫌悪感を抱く場合はある。獣人族がヒト族に対するそれなどが有名だ。しかしながら、獣人族がヒト族そのものを侮辱しているわけではない。むしろ直線的な思考しかできない自分達よりも、優れた発想を持つヒト族に、彼らは敬意を払っているほどだ。
今の時代は。
人間は、皆共通の言語を使い。
それぞれ足りないものを補いながら、過酷な世界の中で生きている。
種族単位での対立は存在しない。というよりも、タブー中のタブーだ。
更に皆を怒らせたのは。
次の言葉だった。
「我等だけが神の寵愛を受けるに相応しい」
「何たる傲慢! この学者を自称する愚者の魂を探し出して引き裂いてくれる!」
「待ちなされ」
シャドウロードが、別の文書を出してくる。
それも立体映像によって皆の目に触れるが。今度は統一語に変わっていた。
「魔族は夜に優れた力を発揮するが、日中には力を発揮しきれない。 この辺りは、生活時間帯をカバーしあって、この荒野で生きていかなければならないだろう。 獣人族は力こそ強いが、若干思考が直線的だ。 ヒト族で補助すれば、更に優れた戦力として荒野の猛獣どもを打ち払える。 ホム達の手先の器用さは素晴らしい。 彼らなら、私の想像通りのものを造り出せるかも知れない」
「何だこれは」
「本当に同一人物が書いた文章なのか」
「筆跡を調べた所間違いございませぬ。 当たった専門家が全員同一人物だと断言しておりまする」
老婆の言葉に誰もが黙り込んだ。
そして、咳払いしたシャドウロードは。核心となる言葉を吐いた。
「人種差別」
「何だそれは」
「どうやらそう呼ばれる悪しきものが、創造神が皆を書き換える前には存在していたようなのです。 あの学者の言葉も、統一語前の醜い発言の数々も、全てはそれに起因するもののようで。 そして驚くべき事ですが、これを全ての人間が持ち合わせており、それぞれの種族でさえ一枚岩では無く、互いに「人種差別」をしていた模様です」
「俄には信じられぬ。 我等人間は互いに足りぬ処を補い合い、そしてようやく荒野で生きていける程度の生物でしかない。 あの忌まわしい創造神に何かされる前は、そのような愚かしい生物だったというのか」
呻いたのは、ティオグレンである。
誇り高き獣人族の、特に最強を謳われるケンタウルス族の首長である。
勿論誇りの中には、弱きを助け強きを挫くものもある。
想像以上の衝撃を受けているのは当然と言えるだろう。
「どうやら、想像よりも創造神がやっていたことは面倒なようね……」
アトミナがぼやく。
メクレットが顎をしゃくると。
今度は、ホムの一人。
深淵の者の幹部としてもかなり古参の、アルファが前に出た。
ホムは性別が他の人間種族からは見分けづらいのだが、アルファは男性である。なお、左目と右手がない。
匪賊に殺され掛けた時に失ったのである。
喰われたのだ。
ヒト族や獣人族の匪賊にとっては、ホムはごちそうだ。力が弱いし、肉を美味しいと感じる者も多いそうだから。
故に、匪賊に掴まったらほぼ助からない。
連中にしても、荒野に暮らしているのだ。獲物を捕らえたら食べてしまわないと生きていけないわけで。
ホム達は匪賊をこれ以上もないほど怖れる。そして向いていないからか、匪賊にはほぼならない。
ごく希に高い身体能力を持つホムもいるらしいが。性格的な問題なのか、匪賊には殆どならないようだ。
アルファはそんな世界で匪賊に掴まり。腕を切りおとされ。目玉をえぐり出され。喰われた。家族に至っては、生きたまま解体され、喰われるのを間近に見た。救出が間に合わなければ、多分アルファも全部食べられてしまっただろう。
特に残虐な匪賊に掴まったわけでは無い。
この世界の匪賊とはこのようなものなのだ。
再生手術を受けるかと何度か話が振られているが。全てアルファは拒否している。
どうやらアルファにとっては、不完全でいい加減な世界に対する怒りを保つためにも。この不自由は「必要な」ものらしかった。
ただ、義手はつけている。それも、意図的に不自由で、醜くしてくれと頼む徹底ぶりである。失った目には、敢えてそう分かる赤い義眼を入れていた。ホムに赤い瞳を持つ者はいないのだ。
アンチエイジングを受けているから若々しいが。それ故に、逆に痛々しい姿は目立つ。
「此方からも報告なのであります」
「聞こうか」
「此方はシャドウロード殿とは別の結果です。 しかしながら、ある意味一致しているかもしれません」
「うむ」
シャドウロードと違い、アルファはこの世界そのものを「物質的に」調べてきた存在である。シャドウロードも地質学は調べているが、少し方向性が違い。痕跡などから文明について探ってきたのだ。
ホムの中には錬金術を使う者がいるが、アルファはその一人。
そして、多くの子孫を敢えて残して、世界中に間諜として散らせている。現時点で、深淵の者の「息が掛かった」商人の内、七割はアルファの子孫である。ただしそのネットワークは複雑で、「息が掛かっている」事に気付いていない者も多い。
つがいを作る事は他の人間種族に比べると比較的珍しいホムだが。経済的な条件などが整い、子供を作るとなるとたくさん作る。繁殖方法が他の人間種族と根本的に違い、性欲という概念そのものがほぼないらしいが。それはそれとして、ホムは子供を作るとなると徹底する。価値観の違いとはそういうものなのだ。
「此方の研究成果によると、人間の生活痕跡は、どうやら3500年前程まで遡る事が出来るようなのです。 しかしながら、先ほどの話との差異になる500年。 この空白期の情報が、徹底的、偏執的なまでに消し去られています」
「創造神の仕業か」
「恐らくは。 統一語前に使われていた言葉も、殆ど3000年前の前後、つまり変換期のものしか残っていません。 その前にあった文明は、あらかた消去されている、と見て良さそうです」
「……なるほど。 貴重な情報、感謝するよ」
二人が礼をし、下がる。
咳払いすると、アトミナは皆を見回した。
「今後創造神を叩き起こす事は確定として。 問題はますます奴の目的が分からなくなってきた事ね」
「確かに。 一体我等に何をしたのか、どうしようとしたのか……」
「いずれにしても、その人種差別なる悪行を我等の先祖が行っていたとは。 恥じるべき事でありましょう」
イフリータが悔しそうに言う。
彼も、シャドウロードの言葉を疑っていない。
当たり前の話で。
イフリータはシャドウロードがまだ若い頃から一緒に各地を回る手伝いをし、フィールドワークも書類集めも、ラスティンが建造している巨大図書館へ足を運ぶ手伝いも、全てしているのである。
勿論全ての任務に同行していたわけでは無いが。
シャドウロードが人生を掛けて「世界」を調べていたことは、イフリータも良く良く知っている。
だからこそに。その結論を否定するような真似は出来ない。
ヒュペリオンが前に出る。
「計画は、このまま変更無しでよろしいのでしょうか」
「どういう意味かしら」
「今回、お二人の提示した情報によると、この世界に、創造神に我等が何かしらの理由で招かれたとして。 招かれた当初は、想像を絶するほどに愚かだったようです。 現在でも油断するとすぐに腐敗する政治や自己の利益のみ考えて弱者を踏みにじる商人ども、我欲のまま跳梁跋扈する匪賊どもをみてもとても賢いとは言えませんが。 もしも下手に創造神を刺激すると、想像を絶するカオスが到来する可能性があるのでは」
「その場合は、創造神を我等で制御すれば良いだけだ」
メクレットの言葉は、普段アトミナに追従してから喋る穏やかなものではなく。
強い信念に満ち。
その場の全員を黙らせるだけの迫力があった。
ヒュペリオンが頭を垂れ、そして会議は解散になる。
アトミナが、肩をすくめた。
「シャドウロードの研究も、アルファの研究も、嘘だとは思えないわね。 さて、どうするかしら」
「先も言ったとおりだよ。 何もする事に変わりは無い」
「そうなると、計画は進展させるとして。 プラフタはどうする? あの様子だと、まだ記憶が戻るには時間が掛かるわよ」
「気長に待つさ。 ソフィーは才覚こそ怪物級で、最終的には僕達やプラフタを超えるかも知れない。 だが、今はまだ、一人前になったばかりの錬金術師だ。 公認錬金術師の下の方くらいの実力はあるかも知れないが、世界を積極的に、ダイナミックに変えていくほどの力は無い」
時間は、いくらでもある。
くつくつと笑うアトミナとメクレット。
そして二人は護衛を伴い、魔界を出る。
少しばかり、やる事があるのだ。
寺院の側に出る。この近くに最近ある化け物と呼んで良い存在が住み着いたが、それについてはまあどうでもいい。
魔界に侵入は出来ないし。
した所で瞬殺である。
それよりも、護衛を連れて出向く先がある。
ちょっと大がかりな錬金術をやるので、下見をしなければならないのである。
素材などは揃っている。
錬金術をする人間もいる。
後は、時を待つだけだが。
ぼんやりしているのも芸がない。
幾つか、こなしておかなければならないだろう。
今後、プラフタの記憶回復を待って、最終的な作戦に移行するわけだが。その時、プラフタは此方の行動を見てどう思うか。
理解し合えるのか。
その自信が無い以上。
打つ手は全て打っておく。
それが最低限の前提だった。