暗黒錬金術師伝説6 暗黒!ソフィーのアトリエ   作:dwwyakata@2024

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重力の軛を突破しようとしているソフィー。

更に更に高度な錬金術について学び続けます。

真綿が水を吸い込むように。

全ての知識がソフィーに収束していきます。

天才を超える天才のもとに。


1、収束点

グラビ石の生成に成功したけれど、色々と問題はまだ大きい。あたしはグラビ石を使って、色々な事を実施しながら、そう考えていた。

 

まず実施したのは、グラビ石を使った道具の考案である。

 

そもプラフタにグラビ石を教えて貰ったのも、全自動荷車を使用する際、荷物を運び入れるのと、運び出すのは結局人力である事を指摘されたからである。

 

かといって、全自動荷車は現時点で充分な機能を備えている。

 

あまりにも多機能を盛り込みすぎると、今後必要な拡張性を損なってしまうし、使うのも難しくなる。

 

ついて来いと言えばついてくる。

 

止まれと言えば止まる。

 

人は轢かないし障害物は避ける。

 

あの荷車を使う人間が子供や老人などの非力な存在である事を考えれば、それで充分なのである。

 

余程の都会であれば、子供を働かせなくてもやっていけるかも知れないが。

 

此処は辺境。

 

自警団がしっかり見張りをしていなければ、匪賊や猛獣がいつ攻めこんできてもおかしくない場所だ。

 

当然経済をしっかり回して、皆にお金が回るように考えて行かなければならないし。その過程で、子供にも老人にも、相応の労働をして貰う。

 

一番まずいのは、飢えて動けなくなることで。

 

これは隣街でも、他の場所でも。

 

実態を見ている。

 

ああなることだけは避けなければならない。

 

ましてや錬金術と言う大きな力を得た今。あたしはキルヘン=ベルの重役の一人としてカウントもされている。

 

である以上、細かい所まで考えて。

 

街の発展にダイレクトに貢献できるものを作っていかなければならないのだ。

 

幸いにもというべきか。

 

コルちゃんに複製して貰ったグラビ石は、プラフタが最高品質と断言するほどの出来であり。

 

これを削ったりした欠片だけでも、相当な応用が出来る。

 

ただ問題は、グラビ石はそもそも放置していると、空の彼方に飛んで行ってしまうという事で。

 

これに関しては欠片も例外では無い。

 

今、あたしの側に浮いている、プラフタとよく似た赤い装丁の本。これも、装丁の部分にグラビ石から削りだした破片を入れて変質し、浮く魔術の負荷を軽減しているが。実際に上手く行くまで、かなりの調整が必要になった。

 

最近ではコルちゃんの所に行くと、彼女は真っ青になる。

 

グラビ石を複製するのが相当な負担だとは聞いていたが。

 

余程に体にダメージを与えるのだろう。

 

まあ、こればかりは手持ちでどうにかしていくしかない。

 

今考えているのは、グラビ石を利用して、ものそのものを軽くする事だが。しかしながら、これをどうすればいいのか悩ましい。

 

最初に考えたのは布を使う事。

 

布にグラビ石を仕込み、これで物資を包むことだが。

 

尖った物資を掴むときに手や布を破損しやすいこと。

 

更に布を放置すると飛んで行ってしまうことが問題になる。風など吹こうものなら、貴重な道具が空の彼方だ。

 

かといって、魔術で浮遊を制御するようになると、今度はこれはこれで手間がいる。もうグナーデリングによる身体能力強化で良いのでは無いかと言う疑念も上がって来てしまう。

 

しかしながら、グナーデリングは能力の底上げをするものであって。

 

元々非力な老人や子供、ホムの力が二倍になった処で、多寡が知れている。

 

其処で、色々悩んだ末に。

 

今考えている道具が、目の前にあるものである。

 

細長い石材を三つ組み合わせたものなのだが。

 

三節棍のように、それぞれがつながっている。

 

長さはそれぞれが均等ではなく。

 

地面に固定する部分が一番長く。

 

途中は非常に短い。

 

そして先端部分は長さを調整する事が出来、二つ目と先端で、土台の石材と丁度同じ長さになるようにしてある。

 

この先端部分にグラビ石を用い。

 

更に意思を仕込む。

 

吸着で重い物資をこの先端部分にくっつけ。

 

グラビ石の重さを無くす機能を使って重い物資を持ち上げ。

 

そして運ぶ。

 

つまり、積み降ろしを自動でしてくれる道具だ。

 

使う際には、まずはこれを運ばなければならないが。まあ重さに関しても、其処まで大変では無い。

 

最初に設置さえしてしまえば。

 

積み降ろしは全部自動でやってくれるようになる。

 

ただ、当然のことながら制御が難しい。

 

石材に意思を持たせる事そのものは別に難しくは無い。今までも、さんざんものに意思を宿らせ道具は作ってきた。

 

問題はその後。

 

吸着によるものの持ち上げ。更に荷車や人間を傷つけないようにする制御。そして降ろろしてから吸着を外すという稼働。

 

これらにかなり高度な制御が必要なことが分かった。

 

例えばマイスターミトンや友愛のペルソナは、魔術を代理で詠唱して展開するだけなので、ある意味とても簡単である。

 

グナーデリングにしても、命令はあまり多く無い。

 

だがこの全自動積み降ろしは。

 

複雑な作業を幾つもこなさなければならない。

 

もしもこれらの作業を命令で実施する場合、側に人が一人つかなければならない上に。命令も順番にしていかなければならない。

 

つまり、かなり複雑な手順を「覚えなくては」ならないため。

 

誰でも使える状態ではなくなる。

 

実際、命令をして動かす状態にまでは、比較的簡単に持っていくことが出来たのだが。

 

これを全自動でやるとなると。

 

相当にハイレベルな制御が必要になる事が分かり。

 

与える意思についても、複雑化する事になる。

 

となると。意思が変な風に作用することなども考えなければならない。

 

錬金術師が昔意思を与え、自動的に本棚に戻るようにした本が野生化し、防衛機能を使って人を襲う。

 

それは実際に起きている事故であり。

 

プラフタを見た戦士が、大体剣に手を掛けるのも。

 

それら危険な「意思の暴走」を起こしたものを見ているからだ。

 

プラフタに意見を聞いてみると。

 

彼女は少し考え込んでから言う。

 

「これは今までとは桁外れに難易度が高い戦略物資です。 これを作れるのであれば、何処の街でも錬金術師として歓迎されるでしょう」

 

「そっかあ。 じゃあどうにかしないとね」

 

しかしながら現実問題として。

 

そう簡単にはいかないのも事実である。

 

そもそも上手く行っていたら、とっくにレシピまで完成している。試作段階の処で躓いているから、こうなっているのであって。

 

だがそれでも。

 

なんとか成し遂げたい処ではある。

 

しばし考え込んでいたが。

 

それならば、吸着部分を柔軟に動くようにしたらどうだろう、という結論に達する。

 

現時点でも、重い荷物を積み降ろしする時に、石材の一部が吸着するのだけれども。その機構をもう少し複雑堅牢にして見てはどうだろう。

 

先端部分の少し手前に。

 

ちょっと長めのロープを接着する。

 

石材を脆くしてしまっては意味がないので。

 

ロープを四本。

 

巻き付けて、その先端部分に変質させたグラビ石を埋め込んだ石材を入れる。ロープの両端は自由に動くようにする。

 

つまり八本の触手と石材の先端部分が。

 

それぞれものの重さを失わせ。

 

更に吸着するわけだ。

 

この工夫に三日掛かったが。

 

ものに意思を宿らせることは、思いついてしまえば出来るようになっている。

 

塗料と中和剤。

 

更に錬金術での変質を経て。

 

石材の先端と、八本の触手で。

 

自在にものを掴み。

 

持ち上げることが出来るものが出来た。

 

後は、物資を自動認識し。

 

地面に何かしらの理由で貼り付いてしまっている等の理由で、持ち上げられない場合は警告する仕組み。

 

持ち上げた物資と荷車を認識するための目。

 

荷車にぶつからないように、物資を移すための意思。

 

更には人間にぶつからないようにするための判断力。

 

これらを、順番に。

 

プラフタと相談しながら、レシピ化していく。

 

かなり複雑な模様を石材に書き込まなければならず。

 

縄は更に複雑になった。

 

また、土台になる石材。

 

関節部分。

 

いずれも頑強さが要求される。

 

当たり前の話で、一回や二回荷物を積み降ろしすれば済む話ではないのだ。

 

それこそ工事をする場所によっては。

 

一日数百回は積み降ろしをしなければならないだろう。

 

しばらく考えた後。

 

取り替えができるようにする事。

 

更に、関節部分には防御魔術を常時展開して、摩耗を抑えること。この二つをしっかりと盛り込む。

 

こうして、三週間掛けて。

 

他の調合も進めながら。

 

戦略物資、自動荷物積み降ろし装置が完成した。

 

だが、現時点では出来ただけである。

 

最終的には、この装置も。

 

極めて単純な命令だけで動くようにする。

 

設置。

 

こう命令することにより、グラビ石を利用して重心を固定し。その場で倒れたりしないようにする。元々石材を使ってどっしりしたつくりにしてあるので、かなり安定はしているが。

 

魔族と獣人族が蹴りを入れたくらいの衝撃でははじき返せる程度の防御魔術も掛けておいた。安定さえすれば、後は強度に気を付ければ大丈夫だろう。それと、地面が脆かったり水平ではない場所では使わないようにするために、まず自分が水平か、足場が大丈夫かを判断し、そうでない場合は警告する機能も入れた。

 

続いて積み込み。

 

これは石材に書かれた顔の方に荷車と荷物置いた後。

 

積み込み、と命令することで自動実施してくれる。

 

実験を家の前でするが。

 

触手を八本に増やしたのは正解だった。

 

出来るだけ荷物を崩さないように。

 

かなり器用に動いて、荷車に積み込んでくれる。

 

重い石材も。

 

袋に包まれた物資も、である。

 

ただ、軽いものに関しては、人力で積み込んだ方が早いという事もあって。わざわざこの全自動荷物積み降ろし装置を使うまでもあるまい。

 

また重すぎる石材を荷車に積み込もうとする場合。

 

掴んだ時点で、警告を発するように設定もした。

 

更に積み降ろしも同じようにする。

 

この場合、顔が向いている方に荷物を積み降ろす。

 

基本的に、荷車を向こうに。

 

荷物を手前に、というルールが必要になるが。

 

それだけを覚えてしまえば大丈夫だ。

 

更に設置解除。

 

こうすることで、地面から剥がして、持っていくことが出来るようになる。

 

作る際には複雑だが。

 

使う人間が覚える事は少ない。

 

まず顔が描いてある向きに対して、手前に荷物、向こうに荷車。

 

命令は基本的に積み込みと積み降ろしの二つ。設置と設置解除は作業終了時に、作業の監督か何かがやればいい。

 

荷物が重すぎる場合は警告が出る。

 

人にぶつからないようにも動く。

 

更に基本的に細かすぎる物資は、人力で積み込む方が早い。

 

とりあえず、これで使う人間が覚える事は最小限になったし。

 

更に関節部分、触手部分は交換も可能になった。

 

ただしこれは、物資としては非常に大がかりなものになる。戦略物資としての利用が大前提になるだろう。

 

使い方にしても、現場で二つ、或いは三つ使うのが基本になるか。

 

荷車に、荷物を積み込む場所で一つ。

 

積み降ろしをする場所に一つ。

 

それぞれ配置することで。

 

工事を円滑かつ、スムーズに行う事が出来るはずだ。

 

だが問題は、これの意思が暴走した場合で。

 

今回のこの道具は。

 

複雑な意思をかなり繊細なバランスでコントロールしている。

 

扱いには注意が必要だ。

 

大人が腰を痛めたり、或いは魔術師が浮遊の魔術を掛けて回ったりするような大荷物を、持ち上げなくても良くなる反面。

 

この装置に無理をさせることは厳禁、となる。

 

一応、それぞれの細かい命令や意思伝達が出来なくなった場合、動かなくなる機能もつけたが。

 

無茶をさせるとすぐに壊れるようでは駄目だ。

 

完成後も三日ほど掛けて丁寧に見直しを行い。

 

細部の細部まで調整した。

 

ただ、その調整を行っている段階では。

 

かなりの人数が、アトリエに見学に来ていたが。

 

ソフィーが何か大がかりなモノを作っている。

 

そういう噂が流れていたらしい。

 

まあアトリエは小高い場所にあるし。

 

アトリエの前であたしが何か良く分からないものをずっといじくっていれば、また何か作っている、と判断する方が普通だろう。

 

とりあえず、満足するものが出来たので。

 

レシピに起こす。

 

今までに無いほどの、長大なレシピになった。

 

また、かなり大量の物資。更には塗料も必要になってくる。

 

これは、もしこのレシピを読んだ錬金術師がいたとして。

 

再現できるかなと。

 

少し不安になった。

 

プラフタはレシピを覗き込むと。

 

しばし読み込んだ後。

 

唸る。

 

「とても独創的で面白い道具ではありますが。 少し機構が複雑すぎますね。 事故が起きないように、色々と検証作業を重ねた方が良いでしょう」

 

「しばらくは試作品扱いにする?」

 

「不具合については、恐らくは機構の破損以外では起きないでしょう。 レシピの完成度は私から見てもかなり高いと言えます。 ただ、機構が複雑で、その破損が起きる可能性が高いのが不安です」

 

「それなら、ガチガチに防御魔術掛けようか」

 

世界に満ちている膨大なマナ。

 

自動で魔術を展開するように意思を持たせる事は可能だ。

 

しかしながら、関節部分の動きが少し悪くなってしまうかも知れない。

 

其処だけは気を付けないといけないか。

 

プラフタはしばし考え込んだ後。

 

アトリエの前で、一週間ほど試運転した後、お披露目会に出すように、という条件付きで、レシピを認めてくれた。

 

試行錯誤したレシピだ。

 

駄目だと廃棄するのは非常に心苦しい。

 

一週間まるまる費やしてしまうのは時間的なロスが痛いが、これは錬金術の専門家であるプラフタの言う事を聞くしか無いか。

 

仕方が無い。

 

とにかく、ひたすら荷物の積み込みと、積み降ろしの作業を、家の前で実施させる。いずれにしても、薬も爆弾も、今まで作った戦闘用のアクセサリ類も、幾らでも必要で。作れば作るほど街のためになる。

 

時々アトリエの外に出て、全自動積み降ろし装置の状態を確認。

 

設置と設置解除の具合を確認するためにも。

 

押したり引いたりもして見る。

 

また、関節部分のダメージも時々確認。

 

いずれにしても、それほど問題らしい問題は起きていない。

 

関節部分もほぼ痛んでいない。

 

問題は触手に使っている縄だが。

 

ニスと塗料でガチガチにガードしてあるので、多少の風雨くらいにはびくともしない。ただこれは最初から消耗品と割り切っているので、他のパーツが十年くらい使えるとしても。

 

触手部分は一年に一回くらいは交換が必要だろう。

 

交換そのものは簡単なので。

 

これはさほど問題ない。

 

ばらしてオーバーホールすることも。

 

レシピに設計図を書き込んでいるので、多分後発の錬金術師にもできる筈だ。

 

フリッツさんがアトリエに来る。

 

面白そうな道具を動かしているという話を聞いて。

 

野次馬に来たらしい。

 

迷惑だと追い払うのは悪手だ。

 

今後もこの凄腕には、常に先陣を切って貰いたいのだから。

 

「動くところを見せてくれないか?」

 

「構いませんよ」

 

丁度そうしようと思っていた所だ。

 

荷車に石材を積み込み。

 

積み降ろす。

 

そのやり方を説明すると。

 

フリッツさんは大まじめに考え込んだ。

 

「サイズによっては、大型の都市の城壁構築などにも応用できそうだな」

 

「そういったものを見た事がないので、何とも言えませんが」

 

「そうだな……」

 

フリッツさんが説明してくれる。

 

人口が万を超える都市。例えばラスティンで言うと首都ライゼンベルグだが。周囲を分厚い城壁で覆われているという。

 

この城壁は魔術による防御と、錬金術による自動迎撃機能が付けられており。

 

生半可なドラゴンなど簡単に追い返すくらいの力があるのだとか。

 

それはそうとして。

 

高さや具体的な分厚さ。

 

それに時々破損する際の修理などについて、説明を受ける。

 

なるほど。

 

そうなると、この自動積み降ろし装置の、更に巨大版が必要になってくるかも知れない。

 

「そういった道具は使っていないんですか?」

 

「いや、基本的に錬金術師も魔術師も動員されるが、もっと小規模な道具ばかり使っているのを見かけるな。 良くてものを浮かせて運ぶくらいだ。 貧民が汗水垂らして、命の危険もある石材運搬をやっている」

 

「ふむ……興味深いですね」

 

そうなると。

 

プラフタが言う通り、あたしの実力は客観的にも一人前であり。

 

この道具を大型化することで。

 

仕事の省力化を図れるかも知れない。

 

危険な仕事はこの装置に任せて。

 

その分の人手は、他に回せば良い。

 

今の時代。

 

やることはいくらでもある。

 

丁度キルヘンベルでも城壁の追加と移設を行い始めているのだけれども。

 

緑化する予定地の最辺縁に城壁を新しく作り。

 

途中都市区画にする予定の場所には、石畳と、住居建築予定地を、縄張り(文字通り縄を張って区画を決めておくこと)し始めている。

 

連日皆働いている訳で。

 

アトリエから見ると。

 

忙しく行き交っている全自動荷車が、毎日見えるほどである。

 

「現時点で、これの耐用年数は10年を予定しています。 この触手部分だけは、1年で取り替えなければなりませんが」

 

「そんなに保つのか!?」

 

「素材を変えればもっと保つでしょう。 これは普通の石材ですが、例えばインゴットに変えて錆を止める工夫をしたりすれば……」

 

ただしその場合。

 

コストも跳ね上がる。

 

さっきフリッツさんが言っていたような超大型のものになると、豪商の屋敷が建つくらいのお金が簡単にすっ飛ぶはずだ。

 

現在の人類の都市は。

 

最大規模でも人口十万。

 

これはアダレットとラスティンの首都がそれぞれこのくらいで。

 

万単位の人間が住んでいる都市は、十を超えない。

 

それくらい、各地の都市は小さいのだ。

 

フリッツさんが言うような超大型自動荷物積み降ろし装置は、少しばかり現実的ではないかも知れない。

 

故に作られないのだろう。

 

少なくとも、現状の世界では、作るメリットが一つも無い。

 

「コレに似たものは、見た事がありませんか?」

 

「いいや、流石にこれは独創的だ。 ものを浮かす道具は時々見かけるが」

 

「分かりました。 それならば、当面はこれの量産を視野に入れます」

 

「それで充分すぎるほどだろう。 石材の運搬は兎に角悲惨な労働だ。 これがあれば、どれだけの人が助かるか分からない」

 

フリッツさんは傭兵だ。

 

各地を回って仕事をする。

 

それこそ、キルヘン=ベルのように安全を確保されている場所だけではなくて、もっと危険な所も散々廻っている筈で。

 

その言葉には重みがある。

 

それから二日間、耐用実験を続け。

 

プラフタの許可が出た。

 

レシピをプラフタに書き込む。

 

最近は、殆ど碌な記憶が戻っていなかったから、今回もあまり期待していなかったのだが。

 

プラフタは、不意に黙り込むと。

 

しばし、話しかけないでくれと言い出した。

 

どうやら、これは久々に大きな事を思い出したらしい。

 

あたしも、精神が不安定な身だ。

 

他人が苦しむことについても分かる。

 

だから、プラフタが話してくれるまでは。

 

放っておこうと思った。

 

 

 

その夜。

 

大きな道具を完成させた達成感に、気持ちよく眠って。夜中に目が覚めて、水を飲んでいると。プラフタが声を掛けてきた。

 

「ソフィー。 体の調子は大丈夫ですか」

 

「うん。 もうすっかり」

 

「そうですか。 出来れば、あのような無茶は二度としないで欲しいのです」

 

「どうしたの急に」

 

死ぬ前のプラフタが子供だとは思えない。

 

時々大人げない言動はするが。

 

それでも、恐らくは成人していたはずだ。

 

プラフタは世界でもトップレベルの錬金術師だったようだけれども。それでもいくら何でも十代で錬金術の頂点を極められたとは思えない。

 

それが、急にこんな言葉を掛けてくるとは。

 

この世界では。

 

人が簡単に死ぬ。

 

街を出たら、もう其処には死が大きな口を開けて待っている。

 

街にいたとしても、錬金術師がいなければ。

 

飢餓と病気、貧困と獣の襲撃に、怯えなければならない。

 

そしてプラフタは。

 

ろくな幼少期を送っていないというような事をいっていた気がする。

 

それに本になるなどと言う事は。

 

恐らく碌な最期も迎えなかったのだろう。

 

それに、500年前と言えば。

 

アダレットとラスティンの二大国家がまだまとまっておらず。

 

今以上の混沌が世界を覆っていたはずだ。

 

今では、辺境でも、キルヘン=ベルのようにある程度まとまっている都市はあるが。当時は、とてもそうだとは思えない。

 

つまり、死など見慣れていたはずで。

 

ドライな精神をしていなければ、むしろおかしかっただろう。

 

「ソフィー。 この世界に未来はあると思いますか?」

 

「ないね」

 

「即答ですか」

 

「だってそりゃあそうでしょう」

 

500年掛けて。

 

少しでも世界はましになったか。

 

一応、混沌の度合いは低くなっただろう。

 

だが、それだけだ。

 

アダレットとラスティンのどっちかが潰れでもしたら。即座に以前以上の混沌が到来するだろうし。

 

錬金術師だって、腐敗していないのがおかしいのだ。

 

今、一人前になったばかりのあたしが、これだけの影響力を持っていることからだけでも分かるように。

 

錬金術と言うものは、文字通り神の御技だ。

 

どうしてか今は、公認錬金術師制度が上手く行っていて。

 

錬金術師は世界のために働いているけれど。

 

500年前はそうではなかったという話だし。

 

そして何より。

 

今の状態でも。

 

この世界はどうにもできない状態なのである。

 

例えば怪物級の天才が登場したとする。

 

その天才が、錬金術で世界をダイナミックに改革したとしよう。

 

それこそ、あたしが緑化した土地など比較にならない面積を、一気に豊かにし。どこでも森が出来。畑にする事が出来。

 

美しい花々が咲き誇り。

 

獣は穏やかで。

 

ドラゴンは暴虐を振るわず。

 

邪神と呼ばれている神々さえ。人間に理解を示し、それぞれの力を世界のために振るうようになってくれるようになったとして。

 

その究極の錬金術師が腐敗したら。

 

この世は終わりだ。

 

つまるところ、この世界ははじめの一歩からして躓いてしまっている。

 

創造神がやる気をなくしてしまっているのだ。

 

だからこんな荒野ばかりが拡がっている。

 

本来土地に宿っている生命力さえ。

 

ネームドの猛獣や、邪神どもに奪われてしまっている。

 

そんな世界の。

 

何処に未来があるというのか。

 

「それでは、現在はあると思いますか」

 

「うーん、そうだね……」

 

現在にグレードを落とせば。

 

どうにかあるかもしれない。

 

例えばあたしは、今キルヘン=ベルのためにせっせと働いているし。隣街の負担も減らそうと頑張っている。

 

東の街の惨状はよく分かっている。

 

だからキルヘン=ベルの拡張事業が一段落したら、東の街で負担し切れていない貧民を受け入れるのには賛成だし。

 

力がついていけば。

 

もっと大きな範囲を緑化し。

 

そして世界を豊かにして行きたいと思っている。

 

だが、あたしの力は其処までだ。

 

使っているのは神の御技。

 

錬金術。

 

だが錬金術を使うのは、あくまであたしという病んだ人間だ。

 

あたしが壊れた場合。

 

その後には何が残る。

 

プラフタがいうには、あたしは相当な才覚の持ち主らしい。この若さで、此処まで伸びる錬金術師はいないそうだ。

 

だが、あたしのおばあちゃんがそうだったように。

 

錬金術師は選ばれた存在なのであって。

 

誰もがなれるわけではない。

 

もしも錬金術を、例えば手順さえ間違わなければ誰でも使える、というものだったのであれば。

 

それは世界の未来を切り開く力になったかもしれない。

 

だが。今の世界の錬金術は。

 

選ばれた存在のためだけに存在している。

 

不愉快極まりないが。

 

それが事実だ。

 

故に、現在をどうにか維持することが出来ても。

 

それは薄氷の世界の話で。

 

どこかにほころびが生じたら。

 

この不安定な世界は。

 

一瞬で崩壊してしまうかも知れない。

 

「なるほど、そういうことですか。 貴方の見解は」

 

「うん。 それがどうかしたの」

 

「それでは更に問います。 未来を作れるようにするには、どうしたら良いと考えますか?」

 

「世界の根本から変えないと駄目だね」

 

ずばりと、あたしが指摘する。

 

これは持論でも何でもない。

 

ただの事実だ。

 

前にフリッツさんに聞いたが。創造神は実在しているという噂があるとか。強力な邪神が跳梁跋扈しているのである。創造神がいてもおかしくない。

 

ならば、まず最初にするべき事は。

 

その創造神の尻をけり跳ばして。

 

やるべき事をやらせる事だ。

 

この世界の現状維持は。

 

奇蹟の技を使う錬金術師がいてもやっと。

 

そもそも、この世界全体に影響を行使できる創造神がいるのだったら。

 

そいつが怠けているとしか思えない。

 

それとも、何かしら理由があってこのような世界にしているのだとしたら。

 

叩き起こして、せっせと働かせる。それ以外にはないだろう。

 

「方法次第では、未来はあるかも知れない、という判断で構いませんか? ソフィー」

 

「その方法が難しすぎて、どの錬金術師の手にも余ると思うけれど」

 

「……実はずっと考えていたのです。 今と同じ問答を誰かとして。 そして私は、その誰かと決別したように思うのです」

 

何となくぴんと来た。

 

ひょっとしてだが。

 

プラフタは。

 

「未来を取るか現在を取るかで、誰かと戦いでもしたの?」

 

「……強烈な記憶として蘇りました。 その時の強い哀しみが、今も心を締め付けているようです」

 

「そっか……」

 

「私は、未来はいかなる時でも考えなければならないと思っています。 ソフィー、貴方は、未来の可能性は限りなく細いとは言いましたが、それでも可能性そのものは否定しないのですね」

 

少し考える。

 

あたしは、そこまで前向きでは無いけれど。

 

何かしら活路があるのだとしたら。

 

やるべき事は、抜本的な解決だとも思う。

 

あたしがどんだけ頑張ったって。

 

おばあちゃんと同じ事を。

 

より広範囲で出来るかもしれない、というだけだ。

 

恐らく錬金術を極めれば、アンチエイジングなども出来るだろう。神々と同じ、永遠に老いず、そして戦い続けられる体を手に入れる事が出来るかも知れない。

 

だが。それでも。

 

この世界そのものを。

 

根本的に変えることなど、更に更に遠い。

 

同じ神でも、普通の神と創造神では。

 

それこそ、立っている場所が違うのである。

 

「その道は、いばらの道というのも生やさしい、悪夢の道だと思うけれど」

 

「一つだけ、心当たりがあります」

 

「!」

 

「賢者の石というものを知っていますか」

 

聞いた事がある。

 

おばあちゃんが、良く言っていた。

 

錬金術における究極の目標。

 

それはあらゆるものに応用可能な、究極の「それ」。

 

ある時は不老の霊薬に。

 

ある時は神々を切り裂く武器の素材に。

 

ある時はドラゴンを瞬時に消し飛ばす神の爆弾に。

 

それぞれ姿を変えうる、究極なる個。

 

これを作り出す事が出来た錬金術師は、歴史上ほとんど存在せず。ましてや高純度の賢者の石となると。

 

それは記録にさえ、残っていないという。

 

「賢者の石は何故に万能の個であると思いますか」

 

「うーん、理論さえ分からないから、何とも」

 

「それは、賢者の石が世界の構成要素の根本たる、「1」だからです」

 

何となくプラフタがいいたことが分かってきた。

 

つまりだ。

 

「最高純度の賢者の石を完成させることが出来れば、創造神に本当の意味でアクセス、つまり交渉の場に引っ張り出せる?」

 

「可能性はあります。 創造神の真意を聞き、そしてもしも説得して翻意させることが出来れば」

 

ふむ。面白いかも知れない。

 

だけれども。それは現時点では現実的では無い。

 

あたしにはそこまでの腕前は無い。

 

何よりも、賢者の石とやらを作るのに、どれだけの超高度な素材が必要になるのか、見当もつかない。

 

ただ、プラフタの言いたいことは分かった。

 

このままどれだけ頑張っても、所詮は現状維持。

 

そしてある一点が崩れたとき。

 

この世界は猛獣に蹂躙された小石の山のように。

 

一瞬にして壊れさるだろう。

 

「分かった。 目標として、考えて見るよ」

 

「……ありがとう、ソフィー。 今の私には、口惜しい事に自分で錬金術を行う肉体がありません。 せめて口だけではなく、体も動かせれば」

 

「それについても、少しずつ考えて行かないとね」

 

改めて、寝ることにする。

 

この世界の未来か。

 

もしもそれを変える事が出来るのであれば。

 

あたしも、このくだらない命を賭けてみる価値が、あるのかも知れない。

 

プラフタの言う事も。

 

そして対立していた相手の言う事も良く分かる。

 

あたしが思うに、恐らくその対立していた相手というのは。プラフタがどうしても思い出せない、竹馬の友、比翼の存在だった人だろう。最終的に致命的な決裂が起きて、殺し合いになって。

 

そしてプラフタは本になった。

 

推測に過ぎないが、多分これは間違っていないはずだ。

 

プラフタほどの錬金術師だ。恐らくは、相手も無事にはすまなかっただろう。多分相討ちになったとみて良い。

 

だが、プラフタは本として、今もいる。

 

だったら、ひょっとして。

 

少し考え込む。

 

だが、まだ状況証拠が揃わない。

 

これ以上考えるのは。

 

色々と、材料が揃っても遅くは無い。そう思って、あたしは思考を閉じたのだった。

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