暗黒錬金術師伝説6 暗黒!ソフィーのアトリエ 作:dwwyakata@2024
特異点ソフィー=ノイエンミュラーも加速度的に力を伸ばしていく過程で。
世界への違和感に気づき始めていました。
凡才と天才の気づき方の差ではありましたが。
気付いた事そのものに代わりはなく。
やがてその違和感が、真相と深層へとつながっていくのです。
序、人形劇
いつ命を失うか分からない世界だからこそ、娯楽は必要だ。腰に帯びた双剣で、数限りない敵を倒し、人間も猛獣も屠ってきただろう男。傭兵であるフリッツさんはそういう。
フリッツさんには頼まれて、幾つかの道具を提供してきた。
錬金術で作り上げた高強度の糸。
更に、人形の素材になる粘土。
この粘土は、錬金術によって、焼くことによって極めて強靱に仕上がるように変化させている。
人形作りは。
とても繊細な作業だそうで。
どうしても、普通の素材では、再現しきれないものが出てくる。
空き屋の一つを貰い。
其処で大きな声で高笑いしながら人形をいつも作っているフリッツさんだが。
今日あたしが足を運び。
頼まれていた粘土を納品すると。
そんな話をしてくれた。
なお、手がけたらしい人形が机の上に並んでいるが。
いずれもが素晴らしいできばえで。
人毛を使っているらしい髪も。
ガラス玉を埋め込んでいるだけの筈の瞳も。
球体関節を隠している手足も。
いずれもが、命が宿っているかのようだった。
手入れがされているから今は美しいけれど。長い間放置して汚れれば、おぞましいほど不気味になるかも知れない。
フリッツさんがそうさせるとは思えないが。
男性の人形も。
女性の人形もある。
脚本に沿った役なのだろう。
悪役らしい恐ろしい人形もあった。
「人形劇では、どうしても一度に登場させることが出来る人数が限られてしまう」
まあそうだろう。
錬金術で人形に意思を与えたとしても。
動かして、それでも。
結局、一度に多数を「演じさせる」のは難しい。
何しろ劇は無音で進むわけでは無い。
演劇だったら、人間が演じるのだから、多数が出る事も出来る。
音楽を流したり。
或いは解説を別の人間がする事も出来るだろう。
しかし人形劇は。
どうあっても一人か二人しか参加できず。
その都合から、動かせる人形も、少数になってくる。
脚本だって。
色々と絞らなければならない。
多人数が入り乱れる戦いなど、場面としては作りようがないだろう。
「故に、一人一人の人形と、向き合っていかなければならないのだ」
悪役の人形も幾つかあるが。
いずれも手入れされていて。
皆、不満そうにはしていない。
少なくとも、人形が不幸そうには見えなかった。
「この荒野の世界だ。 いつ死ぬかも分からない。 だから人形劇の演目も、その話だけで全てが完結するようにするのがマナーだ」
「続きを見られるかは分からないから、ですか」
「そうだ。 色々と、縛られているのが人形劇というものなんだよ」
悪役の人形を手入れしながら、フリッツさんは言う。
決して、粗雑な扱い方はしていない。
悪役は、むしろ憎まれることが仕事。
故に、より敬意を払わなければ人形が可哀想だと、フリッツさんは信念を語るのだった。
分からないでもない。
人間の味を覚えさせるわけにはいかないが。
スカベンジャーは世界にとっては大事な存在だ。
汚いものを手早く片付けてくれる彼らこそ。
ある意味、世界にとっての土台になっているとも言える。
「何か参考になるものがあれば良いのだが」
「参考になるものはあります。 それと……一つお願いがあります」
「何かね」
「等身大の全身稼働可能な人形は作れますか?」
すっと、フリッツさんは目を細める。
人形と言えば五月蠅そうなこの人だ。
用途が気になるのだろう。
「材料があれば作る事は出来るだろう。 だが、何に使うつもりかね。 人形の扱いはとても難しい。 素人に任せておくと、あっという間に痛んでしまう。 きちんと扱ってくれる相手にしか、私は人形を作るつもりも渡すつもりもない。 ましてや等身大の人形ともなるとね。 私の専門は人形劇用の人形だからね」
「ああ、それは心配ありません。 「動かします」ので」
「ふむ、興味深い。 聞こうか」
興味を持ってくれたか。
あたしが動かすと言えば、全自動荷車や、全自動荷物積みおろし装置。それに拡張肉体を見ているフリッツさんには、違う意味にとることが出来るはず。
一応、此処が最初の関門になる。
だが、それも突破出来た、という事だ。
プラフタと話を以前した。
プラフタが人に戻るにはどうしたら良いのか。
事実上、現時点のプラフタは、死霊が本に宿っているのと同じ状態である。つまり死者を生き返らせるくらいの奇蹟が必要になる。
流石に今のあたしには其処まではできない。
だから、まずは順番にこなして行く。
最初にやるのは。
人形へ移って貰うこと、である。
プラフタが嫌がるような人形ではなく。
できる限り生前の姿に近い方が良い。
これらの説明をフリッツさんにすると。
何度か頷いた。
「面白いな。 人形に魂を吹き込むのは作り手の技量次第なのだが。 その人形を、実際の魂が動かすのか。 ふむ」
「人形そのものは変質させて、ある程度人間が出来る事を出来るようにはします。 食事は……無理ですけれど。 例えば喋るとかは出来るように」
「それもまた素晴らしい」
プラフタは、今の生活を喜んでいない。
それをあたしは知っている。
例えばプラフタは、本棚に入って寝ている事があるが。起きてくるときに、凄く不機嫌そうになっている事が珍しくない。
それはそうだろう。
もとヒト族なのである。
本棚に挟まって寝ることが、楽しいとはとても思えない。
あと、最近気付いた事がある。
プラフタは非常に神経質なのだが。
その性格。
後から作ったものの可能性が高い。
例えば身近な人ならばモニカはその典型で。
あたしとオスカーと三人揃って悪ガキトリオ時代の彼女は、むしろ優等生タイプではなかった。
今のような、能力が全般的に高い才女。モニカが優等生となって純粋にもてるようになったのは、きちんとパメラさんが教育したからで。
その辺があたしと違う。
パメラさんは何しろ長生きしているので。
子供をどう育てれば伸びるか、良く知っているのである。
同じようにあたしやオスカーに対しても。
伸びる育て方をしてくれた。
その点に関しては。
教会は反吐が出るほど嫌いなあたしも。
感謝は欠かしていない。
その一方で、熱心な教会の信者であるモニカとは、何かとぶつかり合ったりもしたのだが。
ともかくである。
プラフタの神経質さは。
モニカと同じ、後付けの性格を感じるのである。
そして魔術に関して自信があるあたしの勘だ。
多分気のせいではないだろう。
プラフタに喜んで貰おうと思っているのもあるのだが。
あたしとしては、同じ目線でものを見て欲しいし。
更に自由に動けるようにもなって欲しいのである。
元々ヒト族だったのに。
本に宿る亡霊などと言う不自然な状態を続ければ。
その内爆発してしまうだろう。
そうなったら。
あたしも伸びしろを潰されてしまう。
あたしとしても利が無いのである。
こういう風に、「理」が原因にはなっているが。
まあこれでも、あたしにも心はあるつもりだ。
プラフタが人間に戻りたいと思っているのなら。
その手助けはしてあげたい。
匪賊に掛ける情けはないが。
まっとうな相手には情を掛けているつもりもある。
そうでなければ、赤の他人のために。
この街のインフラ整備の道具を、頭を捻って作る事はしないし。
キルヘン=ベルの隣にある東の街の惨状について、考える事も。
ましてやナーセリーの復興なんて、考えもしないだろう。
考え込んだ後。
フリッツさんは頷く。
「糸については問題ない。 粘土についてもいつも納入してくれているものでかまわないだろう。 ただ全身を稼働できるようにするとなると厄介だ。 人形劇の人形もそれぞれ愛情を注がないと作る事は出来ないのだが、相応に手間は掛かる」
「お給金なら用意しますよ」
「まあそれは有り難いのだが、出来るなら最高の品を作りたいだろう? それに恐らくだが、メンテナンスも必要になる」
人形に関すると熱くなるフリッツさんだが。
話はとても理性的に聞いているし。
此方としても話しやすい。
しばらくああだこうだと話しあって。
そして幾つかの結論を出す。
まずフリッツさんには。
錬金術で変化させ強い魔力を帯びた粘土を納入する。糸に関しては現状のもので問題ないらしい。
体内に張り巡らせるそうである。
いずれにしても、数ヶ月を掛けて作るそうで。
当然フリッツさんは傭兵としてこの街に雇われていて。
事実上の雇われ司令官として、かなり忙しそうにしている。
たまに人形劇を子供達に披露したりもしているのだけれど。
それ以上に剣を振るって、外に獣狩りに出ている時間が多いし。
人形を弄る時間は更に少ないだろう。
プラフタの体に関しては、此処で話を付けておくだけでいい。
一度戻る。
アトリエでは。
プラフタが待っていた。
「何処へ行っていたのですか、ソフィー」
「プラフタの体についてちょっとフリッツさんと相談してきた」
「フリッツとですか」
「そうだよ」
少し不安そうにするプラフタ。
実は前にフリッツさんがアトリエに来た時。
プラフタがどう動いているのか知りたいと言いだし。
プラフタがマジギレした事があったのだ。
重役が会合しているときには極めてまともなリーダーシップを取ってくれるフリッツさんなのだが。
趣味になると一転、完全なスプーキーと化す。
その点もあって、プラフタはフリッツさんを信頼している反面。
趣味モードに入ったフリッツさんのことは。
苦手以上に。
とても困った相手、として認識しているようだった。
「フリッツの作った体ですか。 気が進みませんが……」
「それよりも設計図」
「話を聞きなさい」
「プラフタが生きていたときの姿に、出来るだけ近づけたいと思ってね」
困り果てた様子のプラフタ。
あたしは絵が独特だし。
どちらかというと本に関して詳しいエリーゼさんもそうだろう。
そこで、レオンさんに来て貰った。
彼女は服をデザインすることに関しては、相当な力量を持っていて。
あまり過去の事を話してはくれないけれど。
防具がとにかく凝っていることで、特に女性の自警団員に評判である。防具に付けてくれるしゃれた小物などが、いちいち心に刺さるという。
今まであたしが聞いたプラフタの特徴から。
レオンさんがゼッテルに書き起こしていく。
辟易しているプラフタだが。
これは我慢してもらうしかない。
「何だか覗きをされているようなのですが……」
「恥ずかしい?」
「というか嫌です」
「でも、人には戻りたいでしょ」
痛いところを突かれたプラフタは。
大きく溜息をつくと。
協力を少しずつしてくれた。
以前聞いた星の瞳。
その話をすると。
レオンさんは、珍しいと口にした。
「それ確か、相当レアな身体的特徴じゃなかったかしら」
「恐らくそれが衆目を引きつける要因となったのでしょう。 しかしその結果、良い事が起きた記憶がありません」
「まあ綺麗な人は、それなりに苦労しているものだからね」
「レオンさんも綺麗じゃないですか」
レオンさんは真顔になって此方を見ると。
少し考え込んだ後。
意外な言葉を返してきた。
「私はラッピングしているだけよ。 プラフタさんは素が綺麗なの」
「そのラッピング、あたしはあんまり興味ないんですけれど、確か結構な技術が必要なんじゃなかったでしたっけ?」
「無駄な技術よ。 私もきちんと装備を作っているからこの街では評価されているけれど、アクセサリやら趣味の服やら売っていたら。 今頃たたき出されていたのではないかしらね」
それは流石に無いと思うが。
何しろ彼女、この街に難民が逃れてくるときに。シェムハザさんと一緒に文字通り体を張って、難民達を守り。そして瀕死の重傷まで負った。
この街の人間は武断的な性質が強い。
多分だけれど、おばあちゃんと一緒に彼方此方を回ったベテラン戦士達が、中核になっているからだろうけれど。
いずれにしても、ホルストさんからも、ヴァルガードさんからも、ハイベルクさんからも。
他の自警団メンバーからも。
レオンさんの悪い噂は聞いたことが無い。
やがて、似顔絵が描き上がる。
プラフタが少し驚いたようだった。
「これは、完璧に近いですね」
「わ、美人」
「確かにソフィーの言う通り素が美人ね。 これだったら、殿方の心を」
「止めて。 止めてください、レオン」
急に。
プラフタが、非常に不機嫌になった。
多分逆鱗に触れたと察したのだろう。
レオンさんが、笑顔のまま。書き上がった似顔絵と全身の図を残して、アトリエを出ていった。
後で謝っておく必要があるだろう。
あたしもこれ以上聞くつもりは無い。
人には、立ち入ってはいけない場所、というものがあるのだから。
あたし自身それをよく分かっている。
ましてやプラフタは人格が変わるほどの経験を恐らくはしているはずで。
そんな彼女に、無神経に根掘り葉掘り聞くのは非礼を通り越して鬼畜外道の所行だろう。そんな事をするつもりはない。
一旦話を切り上げる。
アトリエを出て、プラフタの「設計図」を持って行くのだが。
ドアを出るとき、ふと気付いた。
プラフタは、泣いている。
そんな気がした。