暗黒錬金術師伝説6 暗黒!ソフィーのアトリエ 作:dwwyakata@2024
存在の声が聞こえるギフテッドを持つこの娘は
とてつもなく何処か歪んでいました。
その歪みは他人によって決定的になりましたが。
最初から隔絶した天才であったソフィーは。
常人とはそもそも決定的に相容れなかったのです。
序、苦痛の日々
笑顔を作るのに苦労した。本当に大変だった。そもそもあたしにとって、笑顔というのは最初理解出来ないものだった。
此処はキルヘン=ベル。
辺境の小さな街だ。
そしてあたしはソフィー=ノイエンミュラー。錬金術師の素質を持つだけのヒト族だ。
この過酷な世界にぽつんと存在している小さな街。人口もそれほど多く無い。用心棒をしてくれている魔族も獣人族もヒト族も、合計して十人を超えない。ホムに至っては噂でしか聞いたことが無い。
街の中央には、仕事をしていないのでは無いかと言う噂がある創造神の教会があって。優しいパメラさんといういつまで経っても老けない不思議なヒトが、シスターを務めている。
彼女には色々恩があるから今でも頭が上がらない。
街の中には夜には酒場になるカフェや。多くの施設が建ち並ぶ通りが一つだけ。
他はどれもあまり豊かとは言えない家が建ち並んでいて。
その端っこに。
あたしの家がある。
一人暮らしだけれど。
これでも生活は出来ている。
おばあちゃんが偉大だったからだ。
この街の守護神と呼ばれた錬金術師で。ドラゴンを退けたり、匪賊を退けたり。多くの活躍の結果、名前を残しているという。あたしが小さな時に死んでしまって、それからはパメラさんを一とする親切な人達に助けて貰って、何とか自立できる年まで成長する事が出来た。
知っている。
街の外は地獄だ。
これでも何百年前かに比べると安定したらしいけれど。街道にも獣やドラゴン、それに匪賊が出る。
この街は、これでもまだマシな方で。
本当に小さな村になってくると。
ろくに食べるものもなくて、住んでいる人達はガリガリにやせこけてしまっているらしい。
錬金術師がいる街はいい。
自衛力があるし、薬も自前で作れる。
逆に言うと。
おばあちゃんが錬金術の素質があると言ってくれたあたしだからこそ。
この街の皆は、助けてくれた。
それだけだ。
そうでなければ、今頃この家も取りあげられてしまっていたかも知れない。
人前では笑顔を浮かべる。
これも大変だ。
昔から。
幼い頃から。
ずっと耳鳴りのように何か聞こえ続けている。
それは時に囁くようだったり。
或いは怒鳴るようだったり。
悲鳴だったり。
何が何だか、よく分からない。
はっきりしているのは。
ろくでなしとして知られた父が、その話をした瞬間、豹変したことだ。それまでは、まだ初の娘と言うこともあって(ちなみに母親は行きずりの娼婦らしい)、クズなりに笑顔も見せてくれていた父だが。
おばあちゃんの所からあたしをさらい。
そして仲間の匪賊の所に行くと。
母を手始めになぶり殺しにし。
あたしにもありとあらゆる暴虐を加え始めた。
殴る蹴るを容赦なく加えられたあたしは、泣くことも出来ず、朦朧とする意識の中で、ただ胃液を吐き戻すことしか出来なかった。
おばあちゃんが助けに来るまで。それが続いた。
あたしはじっと身を丸めて。
いつ飛んでくるか分からない暴力と。
奴隷として売り飛ばそうと相談する匪賊。それに対して、此奴を徹底的に苦しめて殺す方法だけを知りたいと唾を飛ばして叫び、時々死なない程度にあたしを痛めつけに来た父親から。
必死に身を守るしか無かった。
父親は錬金術師としての素質が無かった。
故に、あたしが錬金術師としての素質を持って生まれ。
挙げ句の果てに、その中でも特にレアらしい「ものの声を聞く」力を持って生まれたと聞くや。
その殺意と鬱憤を全開にしてぶつけたのだ。
父親は。彼奴は。
錬金術の素質が無い事で、街の人達に白い目で見られ続け。非行に走った。
だが理由があろうとなかろうとやって良い事と悪い事がある。
おばあちゃんもそれで流石に愛想が尽きたらしい。
今まではどんなに素行不良であっても、息子であったから、何処か甘く接していたらしいのだが。
流石にこの行動はあまりにも目に余りすぎた。
何よりおばあちゃんはキルヘン=ベルの顔役。
自分の息子の悪行の責任は。
自分で取らなければならなかった。
そうなると、おばあちゃんは強かった。
何しろ近隣に名を轟かせていた錬金術師。キルヘン=ベルのような辺境が、此処まで大きくなったのも、おばあちゃんの力が大きかったのだ。
匪賊を皆殺しにし。
そして父の両腕を切りおとすと。
あたしを助けて、キルヘン=ベルに戻り。
其処で法に従って、父を処刑させた。
父は最も重い刑罰で、数日間を掛けて苦しみの限りを与えて殺されたらしいけれど。
これは匪賊に協力するわ、街の子供(あたしの事)を誘拐して暴行を加えるわ、更に匪賊と一緒に商人の隊列に畜生働きをするわの言い逃れようが無い悪事をしたからで。
それまで庇っていたおばあちゃんでさえも。
父を許すことは無かったそうだ。
結局、そういうわけで。
数年前に死んだおばあちゃんのお墓には。
おばあちゃんとおじいちゃんしか入っていない。
おじいちゃんはずっと昔に死んだので、そもそも知らない。
だから、今日も。
あたしは、造りものの笑顔を浮かべて。
耳鳴りのように聞こえる得体が知れない声に苦しみながら。
街外れの森に行く。
お墓参りのためだ。
おばあちゃんはあたしを助けてくれた。
おばあちゃんのおかげであたしは街の人達に良くして貰い、孤児同然なのに此処まで育つ事が出来た。
でも、どうしてだろう。
時々、すごく暗い感情がわき上がってくる。
どうして素質が無ければ錬金術を使う事が出来ないのか。
この世界を作った神様は。
何故そんな不公平なことをしたのだろう。
パメラさんには良くして貰っているけれど。それでもどうしても教会に行く足が鈍るのは。
神様への疑問が大きいから。
教会で飾られている神様の像はとても綺麗。
主神教と呼ばれる信仰を管理している教会の主。この街にいるのは「司祭」という階級らしいけれど。
その司祭さんは親切な人だ。
だがそれとこれとは別で。
あたしの中では。どうしてもあの神様への疑念と。
この不公平な世界。
何よりずっと続いているこの耳鳴りのような声が。
どこかで。
どうしようもなく。
引き裂いてやりたいほど。
不愉快だった。
森に入ると、薄暗い中。更に声が強くなる。幽霊が出るという噂もあるこの森の奥に、おばあちゃんのお墓がある。
毎日は足を運べないけれど。
あたしが足を運ばなくても。今でも人望があついおばあちゃんのお墓は。誰かが手入れしてくれている。
少し髪の毛の寝癖を直す。
このくせっ毛は、おばあちゃん譲りらしく。
あの父親の血を継がなくて良かった、と思うばかりだ。
一方で目元は父親に似ているらしく。
あたしは鏡を見るのがあまり好きじゃ無い。
小さいけれど。
心のこもったお墓。
周囲をお掃除して。
そして手を合わせる。
神様に祈るのでは無く。
おばあちゃんに何があったかを軽く報告する。元気にやっている事だけでも告げれば、それでおばあちゃんは喜んでくれるだろう。その筈だ。
別方向の街はずれにある無縁墓地には足を運ばない。
彼処には、最終的にバラバラにされたあの父親の死体が埋まっている。
あんな所に行くくらいなら。
それこそ、舌でも噛み切った方がマシだ。
森を出ると。
モニカがいた。
あたしの親友の一人。
すらっと背が高い彼女は、勉強のしすぎて目を悪くしてしまっているけれど。文武両道で眉目秀麗。絵に描いたような優等生だ。
教会が推薦しているいわゆる「神聖系統」と呼ばれる魔術も使いこなす。あたしも魔術を使えるけれど。あたしのは単純に強力な魔力をそのまま敵に叩き付けるダイナミックな「物理系統」と呼ばれるものだ。モニカは神聖系統の魔術を学ばないかと何度か誘ってきたけれど。
気が進まないから、話には今まで乗っていない。
モニカは剣術も優れていて。
現に魔族や獣人族の用心棒に混ざって、街の自警団に所属している。周辺の匪賊にも名前は知られているらしく、戦闘時の凄まじい剣捌きから、「瞬き殺し」と呼ばれているそうだ。
その二つ名の通り。
顔の上半分を瞬く間に切りおとされた匪賊は、五人や六人ではないらしい。
「ソフィー、またおばあさまのお墓に行っていたの?」
「うん。 何とかやっている事は伝えたかったから」
「そう。 でも、教会には顔を出さないの?」
「それは勘弁。 気が向いたら行くよ」
帰り道を一緒に歩く。
モニカは背が高いし、髪も長い。
髪を伸ばしているという事は、戦闘に自信があると言うことで。長いクリーム色の髪が邪魔になって彼女が敵に遅れを取ったことは一度もない。
装備も軽装だが。
彼女は得意の魔術で防備を強化していて。
生半可な投石くらい、そのままはじき返してしまう。
強い戦士になると、ヒト族でも魔族でもそれは同じ。
ヒト族のモニカでも、魔族の強い戦士と互角以上に渡り合うが。
この世界では、種族における強さはあくまで参考程度に過ぎず。
本来は弱いとされているホムの中にも、伝説に残るような戦士がいる反面。戦闘が苦手な魔族もいるし。力が弱い獣人族もいる。
「神様はいつも皆を見守ってくれているのよ。 貴方も少しは感謝しないと」
「その意見は平行線だなあ」
「……そうね。 強制はしないわ」
「うん」
この件は二人の間では結論が出ない。
あたしはモニカと何度も口論して。喧嘩になったこともある。
その度に仲直りして。
今ではどちらも強制しない、という事で意見が一致していた。
モニカは、この世界が明らかに不平等で荒廃しているのは、皆の努力が足りていないからで、神様に何もかも頼るべきでは無いと言う。
だがあたしから言わせれば。
生まれたときから素質だの何だのに左右され。
それで人生が決まってしまう世界に。
何の平等があるのだと言いたい。
神様が見守っているのなら。
荒野を彷徨い、何一つ報われず餓死した子供に何をしていたのか、聞きただしてやりたい。
あのとき、あいつが、父親があたしを思う存分痛めつけ、どうやって処分するか話しあっていたときに。
なんで鉄槌を下さなかったのか問い詰めてやりたい。
だが、それで何度も喧嘩になったから、もうモニカとその話はしない。
それだけだ。
通りに出ると。
幼なじみのもう一人。オスカーがいた。
まるまると太った青年で、植物に対する愛情を常に公言している変わり者だ。少し目つきが鋭すぎるが、気の良い青年で。ちょっと太りすぎている事さえ除けば、好感を持てる人物である。
手を振って近づいてくるオスカー。
太っているが。
身はかなり軽い。
このため、風船と陰口をたたく者もいるが。
あたしは、ある理由から、オスカーのことをずっと親友だと思っているし。実はかなり体重が変わりやすく、その気になればすぐに痩せられることも知っている。
同年代の子供があまりいない事もあって。
二人はあたしの大事な親友だ。
「おー、二人とも。 墓参りの帰りか?」
「そうだけれど、どうかしたの?」
「それがなあ。 また街道の方で猛獣が出たらしくてな。 たまたま凄腕の傭兵がいて、一瞬で斬り伏せてくれたらしいんだけど。 村の方にまた近づいて来ているって、皆が騒いでるんだよ。 ソフィーも採集だとかで出るんだろ。 気を付けろよ」
「ありがとう。 気を付けるよ」
猛獣、か。
錬金術師さえいればまるで怖くないのに。
そういう声は最近聞こえるようになって来ていた。
幼い頃は良かった。
まだ幼いのだから、錬金術が出来なくても仕方が無いと、多くの街の人は言った。だが、もうソフィーは場所によっては結婚出来る年だ。
それならば、話も違ってくる。
そろそろ錬金術で、キルヘン=ベルに貢献して欲しい。
そういう声も。
どうしても、耳に届くようになっていた。
家の前で二人と別れる。
オスカーは八百屋(※実家)の手伝いがあるし。
モニカはあの話からして、巡回任務だろう。かなり年老いた魔族の用心棒、ヴァルガードさんと。老練な戦士のハイベルクさんと。夕方辺りに巡回に出る筈だ。魔族の力が半減する日中を避け。更に猛獣が活動しやすい夕方から夜に掛けて、敢えてエサとなって彷徨くことで、誘き寄せて仕留める。
何、この街の用心棒は、おばあちゃんと一緒に彼方此方を回った猛者達だ。
生半可な相手に遅れは取らないだろう。
モニカも二人に実力を認められていて。
引退後には街の自警団の指揮を執って欲しいとまで言われているようだ。
ただ、中堅所の戦士達はそれを面白く思っていないようで。
モニカに突っかかる姿も見たことがある。
実力か。
そういう点では、あたしはまったく駄目だ。
錬金術についても、おばあちゃんの残した本を読みながら試行錯誤。それでも、簡単な薬くらいしか作れない。
何よりも、どうしても。
あのことが気になってしまう。
あいつは。
あたしを痛めつけながら。何度も叫んでいた。
どうしてお前には。
素質が備わったんだ。
俺には。
素質が備わらなかったんだ。
それだけで、俺の人生は台無しだ。何もかもが終わりだ。
見捨てられて、村八分にされる気持ちがお前に分かるか。生まれたときから勝ちが確定しているお前に、俺たちみたいな負け犬の気持ちが分かるか。
殺してやる。
お前も。ババアも。
錬金術師はみんな殺してやる。
アルコールの凄まじい臭いをまき散らしながら。
彼奴は吠え続け、あたしを殴り蹴り。
死ぬまであたしを視線で殺そうとさえしていた。
錬金術は何だろう。
家に入る。
一人きりになると、あたしはすっと表情が消える。笑顔を作るのは、どうしても難しい。
普段は怒りとこの世への不満で。
口を引き結んでいる事が多かった。
鏡はあるが、その前は意図的に通らないようにしている。
そのため寝癖が目立つ事も多く。
そしてベットに転がると。
ぼんやりと天井を見ながら、呟くことが多かった。
「黙れよ……」
周囲の声が。
煩わしくて仕方が無い。
そして黙れと告げても。
声は止まる事がなかった。