暗黒錬金術師伝説6 暗黒!ソフィーのアトリエ 作:dwwyakata@2024
まず最初に工夫したのは靴底だ。
靴は基本的に貧富の差がもろに出る品である。
革製の靴にしても、木靴にしても。
いずれにしても、足を守るのと引き替えに。
足に大きなダメージを与える。
其処で、靴の中に柔らかい緩衝材を入れる事を思いついた。
この緩衝材は、以前から作っている錬金術の糸から作った布で。レオンさんと相談して、出来るだけ柔らかく仕上げたものである。
綿というものもあると聞いているが。
残念ながら、この近辺では手に入らない。
商人も今まで持ち込んでいない。
それがあったら完璧だったのだが。
羊毛を使う手もあったが。
とりあえず錬金術で作った布にしたのは、魔術を掛けやすくなるからである。布地に、直接魔法陣を仕込めるからだ。
魔法陣は、回復魔術を仕込む。
これによって、常時足のダメージを回復する事が出来る。
全身を回復しても良いのだが。
それは他の道具類に任せれば良い。
今、レシピを見ながら。
常時体力が回復する道具を作成中だ。
靴そのものにも工夫を凝らす。
まず靴は長靴状にし。
その側面と上部に、グラビ石の破片を仕込む。
全体的にこの靴は、外側は皮で造り。
内側は布で柔らかく仕上げ。
更に回復。
体が軽くなるという二段構えの強力な効果をもたらす。
悪路を踏破するには兎も角。
街道を高速で駆け抜けるには、これで充分なはず。戦闘時の機動も、身体能力を倍にするグナーデリングと組み合わせれば、更に強力になる筈だ。
問題は、グラビ石を組み込むポイントで。
こればかりは、自分で何度も試して、外を走り回った。
ソフィーが凄まじい勢いでアトリエの周囲を走り回っている。
そういう噂が流れていたらしく。
何度もすっころんだりしながら、改良を加えていく内に。
やはり見物人が来ていた。
テスさんが直接来たのには驚いたが。
テスさんはCQCの達人という事もある。
この靴はサイズの調整も難しくないので、履いて貰って。試して貰う。
彼女は流石に戦闘モードになると、重心を落として非常に安定した姿勢を取る。此処から極めて的確な打撃を、手技中心にうち込んでくる。
これが非常に重いのだが。
少し手合わせをして。
テスさんにアドバイスを貰った。
「もう少し重心が低くなるようにしてくれると嬉しいかも」
「うーん、そうなると個々人ごとで調整する機能が欲しいかなあ」
「流石に其処までは分からないわ。 ごめんなさい」
「いえ、参考になりました」
次にモニカにも試して貰う。
モニカも履いたときに、少し違和感があると言っていたが。
テスさんとは感想が真逆だった。
重心が低すぎる、というのである。
なるほど。
そうなると、靴を履いたときに、体型に合わせてグラビ石が自動でセットされるようにする方が良いか。
それから、モニターを募って、何人かに履いて貰い。
データを取る。
その結果分かったのは。
それぞれが、皆戦いやすい姿勢を持っていると言うことで。
靴そのものはとても使いやすいと褒めてくれているという事。
後は重心がどうにか出来れば、という意見が決まって出てくる、という事だった。
偵察だけ。
移動だけ。
それらに使うのならば、今の完成度で問題ない。
走ってみた感触だと、グナーデリングを着けた状態で走ると、通常の四倍くらいのスピードが出る。
つまり馬なんぞより遙かに早く走れる。
しかし、それで体勢を崩すようでは意味がない。
そこで、幾つか工夫を仕込む。
まず外側の皮だが。
皮の内側にゼッテルを組み込み。これに水を弾く魔術を仕込む。
これで、靴そのものは、極めて頑強になる。
水浸しの悪路でも、靴の中に水が入らなくなるからだ。
更に足の甲側の皮を二重にして、糸で縫い合わせる。
この間に耐水の魔術を掛けたゼッテルと、更にグラビ石を仕込む事により。足に違和感無く。更に重さも感じずに走り回ることが出来る。
側面も同じだ。
また、靴底に関しては。
錬金術によって変質させ、非常に強靱にした皮を用いる。
皮そのものは、どれもその辺で仕留めてきた獣の皮だが。
こうやって加工することによって、多少石を踏んだくらいでは破れない程度には強くなる。
そして内部に固定されている柔らかい布が。
足そのもののダメージを緩和する。
そして此処からだ。
靴の上部につまみを付け。
これで重心を調整できるようにする。
それほど難しい仕組みでは無く。
ただグラビ石の位置を多少動かすだけだが。
これをつけた後、テスさんとモニカ、他の戦士にも試してもらった所。
皆が満足してくれた。
後はお披露目回である。
テスさんも使っていたことから。
既にあたしが作った「凄い靴」の話は、ホルストさんまで上がっていた。
お披露目回をするために、街の重役が集まる。
その中には、最近キルヘン=ベルに住み始めた人間も、何人か混じっていた。
プラフタが、それを見て不安そうにする。
何となく理由は分かるが。
今の時点で、ホルストさんが極めて上手に皆を統率してくれている。
街の自治や。
治安がおかしくなる事は無いし。
あたしに変なちょっかいが掛かる事も無い。
盗みなども報告されていない。
たまに他人のものを奪いたくなるような精神病を抱えている者もいるようだが。
実はこの病気、モニカが得意とする神聖魔術系統の回復術で緩和が可能で。しかもあまり数が多くないこともあり。今の時点では、この街で悪さをする人間が出る心配はないだろう。
新しく来た住民達は飢えていないし。
基本的に生活満足度は高い様子なので。
今の時点では、其処まで神経質に心配をしなくても良いかも知れない。
いずれにしても、皆が見ている前で。
あたしが作った「凄い靴」こと、「旅人の靴」のお披露目をする。
敢えて水をブチ撒いて悪路にした所を、通常の数倍のスピードで軽やかに走り抜けて見せた後。
他の人間にも実践して貰う。
使い方はごくごく簡単。
つまみで重心を自分好みに固定するだけ。
なおこのつまみには引っかけもついており。
簡単には外れないので、走っている途中に勝手にずれることもない。
何人かに走って貰い。
その快適さに、誰もが満足の声を上げてくれた。
なお魔族用に、大きなものも用意してある。
今のところキルヘン=ベルには、魔族は殆どいないが。
体のサイズが違いすぎるので。
こればかりは、靴の調製ではどうにも出来ないので、仕方が無い事だ。
「素晴らしい靴だな」
「足の裏に掛かる負担がとても小さい上に、本当に風を切るようにして走れる」
「ただあらゆる意味で非常に緻密で高価な品だ。 普通の靴とは素材にしても作る手間にしても比較にならない。 これは作るのにコストが掛かりそうだな……」
重役の何人かがぼやく。
実のところ、この間のイサナシウス迎撃戦の後。物資の補給をしたところ、ホルストさんが話を振ってきたのだ。
潤沢だった資金だが。
少し減りつつあると。
ここしばらく、物資の消耗が激しかったこと。
東の街の荒れ方も酷く、商人の到来が減って、外貨の獲得がならなかったこと。
更に、破損した武器防具などの修繕費用。
それらもあって、もう少し戦略物資を増やして欲しいと頼まれたのである。
流石に全自動荷車や、全自動荷物積み降ろし装置は、本当に信頼出来る相手にしか売らないにしても。
爆弾や薬に関しては。
もっとたくさん作って欲しい、というのだ。
それも商人に高く売れるものを、である。
この靴についても、現時点では、十足程度を納入して欲しいとホルストさんに言われたが。
これは少し少なすぎる。
偵察を主任務にする自警団員と。
後は、東の街などに急を知らせるメンバー用だとしても。
最小限の数値だ。
ちなみに、ヴァルガードさんは、あたしが念のために用意した一足だけで良いと言った。多分自分ではあまり使おうという気にならないのだろう。
魔族は空を飛ぶことも出来るし。
身体能力を上げるグナーデリングだけで、充分に満足していたようだから、である。
十足か。
それなりの値段は提示してくれたが。
ホルストさんは、こっちを見て頷く。
薬と爆弾など、外貨に替えられるものを作ってどんどん納入して欲しい。
そういう意図はすぐにくみ取れた。
嘆息すると、アトリエに戻る。
絶賛はされたけれど。
どうにも釈然としない。
これがあれば。隣街との連絡ももっと順調にこなせる。
だが、経済的な面では、やはりキルヘン=ベルを優先しなければならないし。
イサナシウスとの戦いでの総力戦の影響は大きい。
しばらくは、爆弾と薬の質を上げ。
街周辺をより安全にして良くしかないか。
では、納入依頼のあった十足と。
あたしと一緒に行動するメンバーの分を作るとして。
他に何かしら、戦略物資として活用できるものはないか。
少し考えていると。
プラフタが声を掛けてくる。
「ホルストとの話は聞いていました。 どうやらこの間の戦いでの経済的消耗が大きくなっているようですね」
「そうだよ。 あたしが思った以上に、ちょっと打撃が大きいみたいだね」
「それでも、まだ余裕はあるのでしょう?」
「今はね。 ホルストさんにも話したのだけれど、ドラゴンが今後攻めこんでくる可能性を考慮すると、もっと力を蓄えておきたいから」
プラフタは少し考え込む。
単身邪神を倒すほどの錬金術師だった彼女だ。
ドラゴン程度は、それこそどうでも良い相手だったのだろう。勿論上位のドラゴンは話を別にして、である。
だが、プラフタは。
想像していない切り口で話を始めた。
「経済はあくまで人が生きるための手段に過ぎません。 このまま行くと、目的と手段を取り違えることになります」
「プラフタ。 隣街の惨状を見たでしょ」
「勿論最低限の豊かさが必要なのは分かっています。 しかしお金があまりにも増えすぎると、良くないことが起きます」
「そんなことは言われなくても……」
さては、プラフタの所でそういう事があったのか。
確かに、豊かになり、発展していくと。
どうしても山師の類が姿を見せる。
実はホルストさんに聞いたのだが。
商人の中には、タチの悪い商売を持ちかけてくる輩が出始めている、というのだ。主にどこぞとも知れない鉱山だののスポンサーになって投資しないか、だの。どこぞで何やらが高値になっているので取引すれば儲かるだの。
そういった話は全て断っているようだが。
プラフタの危惧は分からないでもない。
彼女も街の重役だ。
だから、話はしておく。
そうすると、やはりと、プラフタは嘆息するのだった。
「ひょっとしてだけれど。 前にプラフタ、人間時代に街の顔役していたって話だったよね。 そういう連中、見境無く受け入れていた?」
「困っている人間を助けるのが使命と考えていました。 そうしたら、いつのまにか、街には多くの救いようのない輩が満ちあふれていた。 そんな苦々しい記憶があります」
「それは大丈夫だよ。 ホルストさんにしても、他の重役にしても。 おばあちゃんが生きていた時代から、その手の輩は嫌って程目にしていたしね。 ……何より、あのクズが、そういうのと結託して、何回か危ない事もあったらしいし」
あたしの言葉が。
絶対零度を帯びたのを、プラフタは気付いただろうか。
口に出すのも嫌だが。
今はプラフタとの関係を壊したくない。
だから説得力のあるやり方をとるしかなかった。
だがあたしも不愉快だ。
故に口にも出る。
プラフタは黙り込むと。
しばし、気まずい沈黙が続く。
あたしは、適当に空気を変えようと、調合することにした。どうせしなければならないのだ。
「お薬作る」
「残った近隣のネームドの処理についても考えておきましょう。 確か後三体……四体でしたか」
「後三体だね。 いずれもデビルホーンに比べるとかなりの小物だし、そこまで心配はしなくても大丈夫だろうけれど。 まあ容赦なく叩き潰さないとね」
歴戦の猛者が。
ちょっとした油断から。
格下の相手に負けた。
そんな話はいくらでもある。
人数が増えても同じ事。
歴戦の勇者達が、バカみたいなアクシデントから、普段は絶対に遅れを取らないような相手、それも単独に不覚を取った。
そんな話もあるが。
笑い話では無くて、実話なのだ。
自警団に混じって鍛えていたときに。
ハイベルクさんに何度も教えられた逸話だ。それも、天下のアダレット騎士団の話だそうである。
油断は戦闘力を何分の一にもする。
例え負ける要素がない相手でも。
絶対に手を抜くな。
徹底的に叩き潰し。
相手に反撃の隙さえ与えるな。
それがハイベルクさんの教えだ。
何でもおばあちゃん達でさえそういう危ない場面が若い頃にはあったらしく。それで、口を酸っぱくしてまで言っているそうである。
山師の薬が出来上がる。
プラフタは見ると、点数を結構厳しめに付けた。
「59点」
「おっと、少し下がったね」
「材料の質が良くないからです。 街の中の森に足を運んでみると良いでしょう。 みずみずしい魔力に満ちていますし、きっと良い薬草が採れます」
「そっかあ」
黙々と薬を造り。
適当な分量が出来たところで、納品に行く。
化膿止め、熱冷まし、何種類かのメジャーな病気の特効薬、栄養剤。一通りセットにして納品。
ホルストさんも頷いてくれたが。
品質はしっかりチェックされた。
やはり在庫だけで作っていると、これ以上の品質の薬を作るのは無理か。
だが、街の近くで牙を研いでいるネームドがまだ残っている以上、極端な遠出は出来ないのも事実。
プラフタに言われたとおり、モニカとオスカーと一緒に森に。
確かに、地面からわき上がるような魔力を感じる。
植物も、非常に生き生きとしていて。
青々と葉を拡げていた。
木によっては、既にかなりの高さまで成長している。
緑化の成功が、子供にも分かるほどだ。
「ソフィー。 こっちに良い薬草があるぜ。 少し葉っぱを分けてくれるってよ」
「ありがとう。 この辺?」
「そうそう、其処から」
言われたまま、葉を貰う。
モニカは相変わらず苦虫を噛み潰したような表情でやりとりを見ていたが。
しばらく薬草を採取している内に、すっかり成熟した木苺の実を発見。
嬉しそうにした。
「オスカー、これ貰っても良いかしら?」
「ちょっと待ってな。 ええと、この辺りは持っていって良いそうだぜ」
「はいはい、ありがとう」
オスカーが指した奴は、虫が食っていない。
モニカはそれに気付いているのかいないのか、てきぱきと収穫。
様子からして、タルトでも作るのだろう。
教会の子供達にはごちそうだ。ただ、あまり多くは用意できないだろうが。
あたしも教会に出るつもりは無いが。
彼処にしか居場所がない子供が不幸になる事など望みはしない。
森から出ると。
二人には話しておく。
「近いうちに、街の近くにいるネームドを全滅させるよ」
「おっ。 意外に早かったな」
「いいや、この後の本番に備えて、出来るだけ早めに仕込みは住ませた方が良いから」
「本番?」
ドラゴン戦。
あたしがそう口にすると。
流石に二人も押し黙った。
ほぼ間違いなく、ドラゴンが来ると見て良い。多分この辺りで一番近い北の谷の奴だろう。
昔は害が無かったが。
それもいつまでも害がないかと言われればノーだ。
ドラゴンと戦うための装備と道具を。
可能な限り早く揃えておきたい。
同時に、ノーライフキングも仕留めておきたいが。
いずれにしてもドラゴンの様子次第だ。
アトリエに戻る。
そして、薬草を見せると、プラフタは喜んだ。やはり、かなり品質が良いらしい。これならば、充分な品質の薬が作れると、太鼓判も押してくれた。
さて、此処からだ。
イサナシウスと同等以上の実力を持つ相手と、いつでも戦えるように。
準備を、入念に整えておかなければならない。
戦いは間違いなく苛烈になる。
だが、負けるわけにはいかない。
この世界の理不尽が形になって押し寄せてきている以上。
あたしは必ず。
勝って叩き潰してやる。
(続)
荒野の理不尽の権化である巨大獣を討ち取ったソフィー。
ですが、その程度で満足する事もありません。
更なる強さへの渇望は増していくばかりです。
ソフィーと言う名の燎原の黒い炎は、更に燃え広がります。