暗黒錬金術師伝説6 暗黒!ソフィーのアトリエ 作:dwwyakata@2024
ナーセリーは滅びた集落だ。
元々キルヘン=ベルから別れた小規模集落で、この荒野世界で生きて行くには厳しすぎた。
鉱石を売って外貨を稼いでいたが。常に生活は貧しかったらしく。
あまり良い話を今も聞かない。
ナーセリー出身者で、逃げ延びてキルヘン=ベルに住み着いた人もいるのだが。当時の事はあまり話そうとしない。
もう少しキルヘン=ベルの人口が増えたら、復興も現実的な話になってくるが。現時点では不可能だ。
心情的にも厳しい所があるだろう。
キルヘン=ベルが現時点では、基本的にドロップアウトする人間がいない状況にある事も踏まえて。
敢えてそっちに移り住みたいという者が出るとも思えない。
そしてこのナーセリーの奥。
元墓場だった辺りには。
邪神が出ると言う噂がある。
弱めの個体でも、最低でも中堅所のドラゴンくらいの実力はある、邪とは言え「神」。人間に禍為す存在としては文字通り意思を持つ災害である。
流石にあたしも、ドラゴンと戦う事は考えても。
邪神が出るのは看過できない。
廃墟と化した街は、もう既に殆ど朽ち果てているが。
奥の方に墓場がある。
手をかざして見るが、既に昼間から、タチが悪い魔力が迸っていて。
あまり足を運びたい場所では無かった。
この墓場、一時期はキルヘン=ベルの人間も引き受けていたらしい。
おばあちゃんが復興する前、もっともキルヘン=ベルが衰えていた頃には。ナーセリーも破滅寸前だったわけだが。
どうも周辺を調査する限り。
ナーセリーは一種の出城のような扱いを受けていたらしく。
ネームドなどが襲ってきた場合、食い止めるための「防波堤」のような役割をしていたらしい。
墓所があるのもその名残。
籠城戦をする場合。
最終的に食べるのは、墓場に埋まっている死体だ。
もっとも、衰えきっていたナーセリーは、籠城戦どころではなくこの世界そのものに蹂躙されてしまったわけで。
今では、ただもはや主も分からない墓が点々としているだけである。
足を踏み入れる。
墓石が多数並ぶ中。
奥の方から、強烈な気配がする。
恐らくこれがリッチとやらだろう。
周囲に猛獣がいるが、ジュリオさんが一瞥するだけで距離を取る。ざっと見回すが、それほど強いのはいないようだ。
「空気が悪いわね」
「靴は今のうちに替えておいた方が良いかもよ」
「そうするわ」
モニカも、戦闘時は旅人の靴を使わない派か。
まあ彼女は基本的に繊細な剣術を使う。
ジュリオさんのように一刀両断でもないし。
フリッツさんのように双剣で舞うわけでもない。
昔と違ってナックルガードのついた剣を使っているわけではないが。
剣術はどちらかと言えば手数と技量で稼ぐタイプ。
魔術をそれに含めて、元々の戦力を上乗せする技巧派だ。
故に、靴は戦闘用に履き慣れているものが良いのだろう。
オスカーが、しきりに周囲を見回している。
そういえば、雑音がちょっとばかり酷い。
きりきりと、何か歯ぎしりのような不愉快な音が聞こえているが。
オスカーに話を振ると。
やはり聞こえている様子で、若干不愉快そうにした。
いつも陽気なオスカーが不愉快そうにしているのだ。
碌な内容では無いだろうなと思ったら。
その通りだった。
「冒涜だなこれ」
「何の事?」
「強い負の魔力で、植物が苦しんでる。 奥に何か悪いのがいて、そいつが魔力をねじ曲げてやがるんだ」
確かに強い魔力は感じるが。
ハロルさんが、不意にしっと声を立てた。
全員が、その場に展開。
墓石の影に隠れる。
朽ちた墓石は、いずれもが名前さえも風雨に削られていて。誰かの冥福を祈った形跡すらも残っていない。
何かいる。
奥の方、黒い影が揺らめいている。
邪神かと一瞬身構えたが、違う。
ぶつぶつと何かを口にしながら。杖を手にした人影が歩いている。その全身から、真っ黒な魔力が漏れ出していて。
それがその存在を、黒く見せているのだ。
嫌な音は、あからさまに其方から聞こえた。
「リッチだ」
「なるほど」
そういうことか。
霊はどちらかと言えば形を持たない場合が多いのだが。コレは確かに知名度が上がらないかも知れない。
遠目には人。
それもこんな所で出くわせば、匪賊にしか見えないだろう。
魔力が見える人間だけでは無いのだ。
更に言えば、こんな所にわざわざ来る物好きもいない。
哨戒の任務で来た人間が発見しなければ、誰も気付くことはなかっただろう。
確かに魔力は強いが。
正直、どうと言うことも無い。
ジュリオさんが頷く。
事前に通達してある。
半殺しにしろと。
勿論手に負えないようならば、殺す事も最初から視野に入れているが。
基本的に、あまりに危険度が高い猛獣や、何かしらの敵性存在は、どうしても有名になる。
この程度の魔力では。
はっきり言って、この荒野では中の下程度の脅威でしかない。
ジュリオさんが出る。
モニカとオスカーも続いた。
黒い影が気付くが。
次の瞬間、ハロルさんが狙撃。
一発が、的確に杖を貫通。
体勢を崩したリッチに。
ジュリオさんが、膝蹴りを叩きこんでいた。
のけぞった所に、モニカが更に斬撃を数発入れ。
オスカーが、横殴りにスコップを叩き込む。
情けない悲鳴を上げたリッチが、あたしに気付いたときには。
既に砲撃の詠唱完了。
一冊増えて、四冊になった拡張肉体が。それぞれ別属性の詠唱を行い。あたしの詠唱を短縮。
威力が変わらないまま。
砲撃を展開。
必死にそれでも魔術で盾を作るリッチだが。
砲撃はその眼前で不意に上空に軌道を変え。
そして上空で一回転すると、地面に対して強烈な圧を加えた。
オーラブレイクと名付けた術式である。
どんな奴でも上からの攻撃には弱い。
というわけで、上から面制圧をする。
そういう目的で組んだ術だ。
不意を打たれた上に、滅茶苦茶に叩きのめされたリッチは、地面で伸びていた。首筋にジュリオさんの剣を突きつけられ、小さな悲鳴を上げる死者。
「な、何、何をする……」
「ああ良かった。 口利けるくらいの意識は残ってるんだね」
「ひいっ!」
リッチが悲鳴を上げたのは。
あたしが高出力の魔力塊を右手でバチバチ言わせながら、リッチを見下ろしつつ。頭を踏みつけたからである。
間近で見ると、死体のような姿だ。恐らく、朽ち果てた肉体の残骸も利用しているのだろうが。
踏んだときの感触から考えて。
その気になれば一瞬で消し飛ばせる。
しかもあたしは全身を魔術防御していることが、リッチには一目で分かったのだろう。
元々戦力差がある上。
不意打ちで継戦能力を喪失。
そしてあたしは何かあれば即座に殺すつもり。
霊を殺すというのも妙だが。
霊は粉々に砕ければ普通に消滅するし、物理攻撃だって通る。
「錬金術師か貴様!? その非常識な魔力、単身で使えるとは思えぬ!」
「その通り。 それで聞きたいことがあってね」
「な、何の用だ! わしはただ、少しでも力を付けようと思って、己の命まで捨てたのに、何ら報われず世界を彷徨っている哀れな年寄りぞ!」
「嘘つけよじいさん。 その禍々しい魔力、周囲から吸い上げたんだろ。 植物たちが困ってるんだよ」
普段、滅多に怒声を張り上げないオスカーだが。
怒るときは怒るし。
本気で怒ったときには、むしろ声が冷える。
あたしとモニカくらいしか聞いた事がないが。
オスカーは本気で怒らせると結構怖い。
溺愛する植物たちを苦しめた。それもこんな荒野で細々と必死に暮らしている植物を、という事で。
オスカーは本気で頭に来ているようだった。
「猛獣だって荒野を少しでも緩和してくれる植物に敬意を払って苦しめるような真似をしないのがこの世界なのに、あんたはやってはいけないことをしたんだよ。 気がついているのか?」
「わ、わしは……」
「オスカー、その辺で。 モニカは見ない方が良いと思うので回れ右」
「……はあ。 好きにしなさい」
さて、此処からだ。
後は体に聞くだけである。
「では、此処からは聞いたことだけに、嘘をつかないように返事をしてね。 嘘にはあたし敏感なんだ。 嘘ついたら少しずつ体壊して行くからねえ」
これは嘘だ。
ただ悪意には何となく反応できる。
あのクズが悪意の塊だったからだろうけれども。
それを此奴に言う必要はない。
完全に震えあがっているリッチに対して。あたしは口だけ笑顔を保ったまま。順番に聞いていく。
「まず貴方は、元人間で間違いないね」
「そ、そうだ。 ヒト族の魔術師で、名前は……」
「名前はいらない」
「ハイ」
此奴、さては何となく分かってきたが。
生前は魔術師として、相当なコンプレックスを持っていたのだろう。
基本的に魔術は錬金術に勝てない。
これはこの世界の絶対法則で。
あたしも錬金術をやってから、それがよくよく分かった。実際問題、あまりにも素の力が違いすぎるのだ。
有名なドラゴンキラーや邪神を退治した存在が、錬金術師や、錬金術の道具を装備した戦士ばかりなのも、今ならば当然だろうと言える。
「まずどうやってリッチになったのか教えて」
「そ、それは魂を固定化する魔術によって……」
「その魔術の詳細は」
「ハイ、それはですね」
口が良く滑るようになったリッチに対して、あたしは質問を続け。
メモはモニカにとって貰う。
モニカも神聖魔術はかなり巧みに使えるので、豊富な知識があるのだ。故に用語などの理解もスムーズである。
リッチが言うには、魔術による魂の固定化というのは、「幽世」というものに干渉して行うそうである。
この「幽世」というものは、基本的にこの世界と表裏の関係に存在していて。
其処に邪神などの本体もある、ということだ。
なるほど。用語は少し違うが、実は納得できる。
プラフタの話によると錬金術において、最大級のものになると、世界そのものに干渉するというものがあるらしい。
空間操作とも違い。
更にそれより一段階上のものになるそうだ。
魂は高次元の存在とか言う話もあるらしいが。
これについてはあたしは疑っている。
そんな高尚な代物だとは思えないからである。
神々だって多分そうだろう。
実際問題、邪神も人間が倒しているわけで。
高次元へはあくまで「干渉」出来るだけであって。高次元の住人なら、なんでわざわざ次元のランクを落として人間なんぞに構いに来るのか、良く理由が分からない。
教会などで言っているような、神々は信仰心によって人々を救うだの、力を得ているだのというのは嘘っぱちだろうとも思う。
だってそうならば。何故人間より先に存在していた神々が、人間ごときの信仰心だとかに依存するのか説明が出来ないからである。
ともあれ、恐らく「幽世」とやらは、この世界とずれた世界とみて良い。
なるほど。
そうなってくると、魂の固定化というのは、かなり厄介な術式の筈だ。
続きを促し、リッチが震えながら話すところに依ると。
基本的に魂というのは、肉体と重なりあうようにして「幽世」とやらに存在しているらしいのだが。
何かの切っ掛けで、例えば肉体が死ぬなどが良い例だが。座標がずれてしまうことがあるらしい。
この結果。
霊が誕生するそうだ。
リッチは意図的にこの座標のずれを引き起こすことによって。
人間時代の数倍の魔力を得るのだそうだ。
理屈は分かってきた。
そして具体的にそれをどうやるかと聞いたが。
結構頭が痛い話をされる。
「広さ二十歩四方ほどの専用の魔法陣を用意し、其処で十年以上過ごしながら、詠唱を小分けに行い、魔術を行いまする」
「十年以上」
「わしの場合は十七年掛かりました。 他のリッチに聞いたところに依ると、余程の熟練者でも十年は最低でも掛かるとか」
既に卑屈になっているリッチだが。
それはどうでも良い。
十七年。上手くやっても十年。
こいつにしても、生前の魔術の腕前は、先ほど感じた魔力から換算しても、相当なものだった筈で。
少なくとも、素の状態でのあたしくらいはあった筈だ。
今あたしが此奴を圧倒できているのは、錬金術の道具によるサポートがあるからで。
それがなければ、あたしはさほど強くない。
平均的なヒト族の魔術師より強いかも知れないが、少なくとも此奴を恐怖させるほどの力は展開できない。
呪文の詳細を聞くが。
どうやら呪文そのものは単純だ。
ただし、実行するまでに、馬鹿馬鹿しいまでの時間と労力が必要だ、というだけである。
ただ、錬金術を用いれば。
恐らく、大幅に手間を短縮できるとみて良いだろう。
「こ、これで全てにございます」
「そうらしいね」
「で、では! 悪事はいたしません! 人里にも近寄りません! ですから、その、た、たすけ」
「オスカー、もういいよ」
無言でオスカーが、スコップを降り下ろす。
ただの鉄塊だったら兎も角、オスカーが使っているスコップは、あたしが作ったインゴットで強化している特注品だ。猛獣の頭をかち割れるのもそれが故である。
植物を痛めつけ、乾ききった地面から魔力を吸い上げていた此奴を。
オスカーは早く殺させろと、さっきから視線で訴えていた。
全て聞き終えた以上用は無いし。
リッチ自身も、こうなったことを半分以上後悔していた様子だ。
ならば死なせてやるのがむしろ情けだろう。
オスカーの一撃は容赦なくリッチを砕いた。
悲鳴を上げながら、溶け消えていくリッチ。
あたしはその残骸らしい石を拾い上げる。
見た事がない代物だが。
どす黒い魔力が充満している。
此奴が、恐らくリッチそのものの核で。その魂を固定していたものなのだろう。少し解析してみたい。
プラフタなら、分かるかも知れない。
いずれにしても、これは、プラフタを人間に戻すのに、必要な道具となる筈だ。
「さて、戻ろうか」
「ソフィー。 此処の植物たち、連れていきたいんだけど、いいか?」
「植え替えるの?」
「そうだ。 あいつのせいで、この辺りの土はもう駄目だ。 みんな苦しいって言ってるからな」
この歯ぎしりのような音。
多分それなのだろう。
まあいい。
周囲には大した猛獣もいないので、手分けして探す。植物は枯れそうなものが多少あるが、その程度だ。
オスカーがスコップで掘り返して、根っこごと持っていく。
どの植物も、基本的に豊かな土で育てれば、有益なものばかりらしい。
後は墓場か。
いずれにしても、此処を荒らしていたリッチがいなくなった以上、この辺りの安全確保は一旦は出来た、という事になる。
問題は噂の邪神だ。襲来の可能性が高いドラゴンに対しても、対策を急ぐ必要がある。
いずれにしても、少し計画を急ぐべきかも知れない。
どのみちノーライフキングを潰せば、当面の「日常的」安全は確保できる。
突発的な事象に対する安全に関しては、あたしがどうにかするしかない。
こればかりは可能な限りの準備をしておくしか対策は無いだろう。
植物の運び出しを終えて、そのまま帰路につく。
旅人の靴の威力は凄まじく。
やはり、その日のうちに、キルヘン=ベルに戻る事が出来た。
枯れた植物を積んだ荷車はオスカーに任せる。多分緑地の何処かに植え替えるのだろう。緑化作業は今後も継続する予定なので、オスカーには頑張って貰う必要もあるし、荷車を貸すくらい全然問題ない。
今回は採集した素材もないし。
そのままアトリエ前で解散。
モニカは色々言いたそうだったけれど。そのまま戻っていった。
さて、この石だ。
アトリエに入ると。
プラフタが待っていた。
「どうしたのです、ソフィー。 禍々しい気配を感じますが」
「ああ、これ。 見て」
「!」
プラフタも驚いたらしい。
リッチの体内で生成されていた、という事は。恐らくだが、これが魂を移すための切り札になる筈だ。
術式に関しても分かったことが幾つもある。
錬金術を使って、詠唱の極限短縮が出来るかもしれない。
元々プラフタは霊みたいなものなので。
これで、人型の体を得られる。
後は、フリッツさんに貰った肉体を、使いやすいように徹底調整すれば終わり、である。
モニカのメモを見せ、プラフタと話す。
彼女はこれは邪法だと一刀両断したが。
しかしその後。
少し時間をおいてから言い直した。
「以前より、根絶の力については話していますね」
「うん。 絶対に手を出してはならない力、だよね」
「恐らくですが、リッチは殆ど無意識のまま、根絶の力に極めて近しい力を使っていたのでしょう。 多少違いますが、周囲の植物へのダメージが、その力が如何に恐ろしいものかをよく示していると言えます」
確かにそれもそうか。
だが、プラフタは意外な事に、更に続けた。
「しかしながら、この石と、邪法を工夫すれば、根絶とは別の力……そう、言うならば創造の力につなげる事が出来るでしょう」
「それは本当?」
「私も、錬金術師だった頃に、創造の力については夢想したことがあります。 この世界の不平等を是正できないか、というものです。 ただ……それをいつ夢想したのか、まるで覚えていないのですが」
なるほど、記憶の欠如の影響か。
だが、それもまた面白い。
いずれにしても、どう改良すれば良いのか。
話をする。
まず、錬金術によって変質させるのが絶対条件とプラフタは断言。あたしもそれについては同意だ。
この力を逆転させ。
魔術もそれにそって組み直す。
元々、魔術師はどれだけ背伸びしたって錬金術師には勝てないのだ。
それならば、魔術師から得られた知識を改良し。
錬金術師が使いこなせるようにすればいい。
さて、始めよう。
少なくともこれで。
筋道は立った。