暗黒錬金術師伝説6 暗黒!ソフィーのアトリエ 作:dwwyakata@2024
ハロルさんにインゴットを渡して、加工を頼む。
流石にこれだけ強力な金属を触るのは初めてだと、ハロルさんはぼやいていた。何しろ強い魔力を帯びて輝いている程である。ロジーさんも、渡したら子供のように喜ぶ事は疑いない。
前に渡したレンズと、更に精密作業用のマイスターミトンを使って、ハロルさんは黙々と仕事を始める。
才能の不平等か。
あたしは余計な才能があって。
ハロルさんには欲しい才能がない。
錬金術は才能がなければそもそもスタートラインにさえ立てず。
魔術は才能でたどり着ける上限が明確に決まっている。
こんな不平等が。
あってたまるか。
無言で怒りを押し殺すと、アトリエに戻る。
さっそく、作業を開始。
ハロルさんが部品を作るのと同時に。
プラフタのコアになる幽世の羅針盤の、中枢部品を作る。
深核をまず、強力な中和剤に着けて。
熱し。
叩いて伸ばし。
柔らかくしていく。
そしてリッチから取り出した例の石も。
同じように中和剤に入れて。
変質させる。
変質させるとき。
今までに無い凄まじい音がした。
悲鳴のような、というべきだろうか。
深核を中和剤にするときも、強烈な音が聞こえた気がするが。それともまた、桁外れの凄まじさだ。
プラフタに、音が凄いと言うと。
彼女はさもありなん、と言った。
「根絶に近い力を、錬金術によって切り替えているのです。 おぞましいまでの声がするのは、避けられないでしょう。 何か決まった言葉には聞き取れませんか?」
「いや、でも抵抗は感じないよ」
「それならば、進めていきましょう」
頷く。
中和剤は元々圧倒的な魔力を含有している特別製だが。
見る間にリッチから取り出した石は。
魔力を吸い上げていく。
それこそ、真綿が水を吸い込むように、である。
やがて中和剤は。
全ての魔力を失った。
追加で中和剤を入れつつ。
幾つかの薬品を加え。
変化を促進していく。
それと同時に、深核の変化も行う。
熱を加え。
更に中和剤を掛けて、叩いて伸ばす。
伸ばしながら、形状を変化させていく。
これについては、リッチから取り出した石に関しても同じだ。
この青白い石は、中和剤で変化させると、柔らかくなってくる。人肌くらいの温かさである。触っていて分かるが。中に途方もない魔力が循環していて。ちょっと扱いを間違えると、すぐにドカンと行く事がよく分かる。
超一級の危険物だ。
急いで安定させないといけないだろう。
深核の方は、加工が終わる。
青白いパーツが、幾つかと。
土台になる部分。
更に、リッチから取り出した石の変質を進めていく。青白かった石が、徐々にミルク色に変わっていく。
プラフタが、途中で何度か口を出し。
その度に薬品を加え直す。
「ソウルストンと呼ばれるものがあります」
「図鑑で見た奴だね」
「はい。 正体は未だによく分かっていないのですが、いずれにしても霊に関係していると言われ。 一説には魂が石になるまで圧縮されたものとも言われています。 コレは恐らく、そのソウルストンの何十倍、何百倍も圧縮率が高い、自然界ではあり得ない存在だとみて良いでしょう」
そうか。
まだ魂を移す作業そのものはしていないのに。
そんなとんでもないものを作っているのか。
冷や汗を何度か自分で拭う。
安定はして来たが。
それでもここから先。
失敗は許されないのだ。
呼吸を整えて、更に次の作業に。
中和剤に超圧縮ソウルストンとでも呼ぶべきこの石を入れ。熱を今度は一気に上げる。こうすることにより。表面に、分厚い魔力の層を造りつつ。
更に、薬品を加え。
物理的にもコーティングして。
安定させるのだという。
なるほど。
理屈はよく分かった。
ただ、凄まじい臭いだ。
使っている薬品が、複数種類の薬草を変質させたものである上。
それらの薬草を変質させるときにも、同じ中和剤を使っている。
深核を使った中和剤だ。
薬草にも、強烈かつ凄まじい変化をもたらし。
普通だったら薬になるような薬草でさえ。
触ると指が溶けるような、強烈な中間生成液に変わる。
これらをフラスコに入れ。
慎重に混ぜ合わせながら。
魔術で時に空気を操作し。
温度を炉に入れて調整し。
そして、今釜で反応させている。
ミルク色だった石が、徐々に桃色の球体になり。更にそこから美しい白銀色を帯びて来た頃には。
気付くと、三日が経過していた。
中和剤の魔力は完全に枯渇。
用意していた深核中和剤は。
ストックがなくなった。
またコルちゃんに増やして貰うにしても。二週間は掛かるという判断をしなければならない。
トングを使って。
拳大の球体を取り出す。
完璧な球だ。
そして、膨大な魔力が、安定して内部で渦巻いているのが見えた。指向性を持って。ゆっくりと回転している。
水に手を沈めると出来る渦のようだな。
そうあたしは思う。
そして、事前に深核を加工して作って置いた部品を、この球体に合わせて調整。ほんのわずかな歪みも許されない。
自分でも、ハロルさんに渡した、精密作業用のマイスターミトンをつけると。
小さなハンマーを使って。
丁寧に。丁寧に。
調整をしていく。
やがて、土台になるくぼみと。
それを包み込むような四本の曲がった柱が出来た。
実は、これもメンテナンスを想定し。
柱をそれぞれ外せるように作ってある。
まず土台に、超圧縮ソウルストンを載せ。
曲がった柱を土台に外側からセットし。
横から支えをスライドさせて、柱を固定する。この支えと、柱を入れるためのくぼみを土台に作ってあり。
何度か調整して、超圧縮ソウルストンが傷つかないように、慎重に調整を行った。
七回の調整を経て。
ようやく超圧縮ソウルストンが固定される。
意識が飛びそうになって。
慌てたプラフタに、声を掛けられた。
「ソフィー!」
「らいじょうぶ……」
「モニカを呼んできます!」
「……」
寝台に横になる前に。
危ない中間生成液や。作業道具はコンテナにしまっておく。
それが終わった頃。血相を変えたモニカがすっ飛んできた。
「何をしているの! 無茶ばかりして!」
「ごめん、眠らせてくれる?」
「掃除はしておくわ。 眠りなさい」
返事をする余裕も無い。
寝台にぼてりと横になると。
そのまま目を閉じる。
意識が一瞬で消し飛んだ。
目が覚める。
時計を見ると、丸一日が経過していた。
そういえば、二週間近くロクに寝ていなかった。苦笑いをしながら、適当にコンテナから食糧を引っ張り出す。
肉があったので、焼いて食べる。
黙々と食べていると。
あたしの横で寝ていたモニカが、起きだしてきた。
彼女は文句を言うことも無く。
料理を作り始めた。
あたしも料理は一応出来るのだけれど。
モニカはより繊細というか、家庭的な料理を作る。
教会で頼まれて子供のためにお菓子を作ることも多いのだけれども。お菓子ばかり食べていれば、体を壊してしまう。
薬草などを使ったスープを作ってくれたので、多少がっつく。肉汁が良く薬草にしみこんでいて、ほどよい苦みがとても美味しい。
「うん、美味しいよ」
「プラフタさんの体の方は、大丈夫なの?」
「後はハロルさんの部品待ち」
「そう……」
モニカは心配そうにする。
そして教会にたまには来ないかと、言われた。
「あたしに。 お説教を。 聞けと?」
「この街に新しく来た子供達も含めて、聖歌を歌うの。 私もね」
「……」
「それならこうしましょう。 子供達のために、甘いお菓子を作ってくれないかしら」
そうか、それなら良いだろう。
クッキー程度なら作れる。
奇しくもというか。
東の街で、麦が想像以上の大豊作だそうで。
ミゲルさんが、ホルストさんに少しばかりのお礼だと、大量の麦を分けてくれたらしい。あたしもお裾分けでかなり品質の良い麦を貰っている。
菓子作りを錬金術の応用でやるのは悪くない。
ここのところ、身の丈を明らかに超えている錬金術をやっていて、疲弊が酷かった。
クッキー程度なら、レシピもすぐに作れる。
気分転換には良いだろう。
「それとソフィー。 私ね、聖歌隊の指揮を執りたいと思っていて」
「自警団の次期団長が、聖歌隊もやるの?」
「兼業はさほど難しくないわよ。 毎日聖歌を歌うわけでは無いのだからね」
「また酔狂な」
モニカが歌を好んでいることは知っていた。
普段はどちらかといえば落ち着いた声だが。それは逆に言えば、声のコントロールに長けていると言う事で。
彼女の聖歌は確かに一聴の価値がある。
まあいいか。
教会の教えはどうでもいいが。
子供達のほほえましい歌と。彼女の歌を聴きに行くと思えば良い。
「分かったよ。 次の休みだったっけ?」
「そうなるわ。 お願いね」
「りょうかい」
敢えてゆっくり言うと。モニカは此処が妥協点だろうと、帰って行った。ゆっくりしていけば良いのにと思ったが、まあそうも行かないのだろう。
軽く体を洗って。
さっぱりした所に、ハロルさんが来る。
頼まれたものが出来た、という事だった。
「これで構わないか」
「見ていて」
ハロルさんに。
土台に固定した、超圧縮ソウルストンを見せ。
それに事前に用意していた、レオンさんに渡した布を柔らかく包むように隙間に入れ。
ハロルさんに貰った部品を当てはめていく。
ぴったり、である。
卵形の、金属の塊にも見えるものが出来上がっていた。
頷いた。
これで幽世の羅針盤、完成だ。
「完璧ですね」
「それは良かった」
ハロルさんは、若干疲れているようだが。
まあ無理も無い。
あたしは何度も調整して、やっときちんとしたものにできたのに。
ハロルさんは一発で仕上げてきたのだ。
これで、プラフタの新しい心臓ができた事になる。
ここからが本番。
本に宿った魂を、此方に移す。
だがそれは、リッチが言っていたように、本来は十年以上掛けて行うもので。簡単にできる事では無い。
だが、その半分以上は既に終わっているとも言える。
「少なくとも道具込みであれば、親父さんに並びましたね」
「……ああ、道具込みならばな」
「それで充分ですよ。 あたしはまだおばあちゃんに道具込みでも及ばない」
そう言うと。
ハロルさんは、しばらく何か思うところがあるのか、黙り込んだ後。
珍しく頭を掻いて。
そして、礼を言った。
さて、少し休んだ後、まずは息抜きにクッキーを作り。
それから、プラフタの体を、本から人形にする作業を開始だ。
それが終わったら、プラフタ用の拡張肉体を作りたい。人形の状態で、徒手空拳は色々と苦手だろうし。何よりメンテナンスが大変になる。生前使っていた、一対の浮遊する腕、というのが良さそうだろう。
小麦粉を取り出すあたしに。
プラフタは悲しげに告げた。
「ソフィー。 何となく分かったことがあります」
「どうしたの」
「貴方は。 自分の体を傷つける事を、何とも思っていないのですね」
「今更だね」
肩をすくめる。
プラフタもそうだったのでは無いかと聞き返してみると。
素直に肯定された。
「自分の事についてはその通りです。 しかし、幽世の羅針盤のレシピを書き込んでくれた直後辺りから、どうにも嫌な記憶がちらついてならないのです。 自分なんかよりも大事な人をきちんと見ていなかったから、とんでも無い事を引き起こしてしまった。 それが、より鮮明に、強く強く記憶の中で荒れ狂っています。 私は、もしも本の中で目覚めるのが早かったら。 きっと自責と後悔の念で、押し潰されてしまっていたのではないのでしょうか」
「……」
自分より大事な人か。
よく分からない。
プラフタは結婚していなかったと言うし。
たびたび過去の話にちらつく優秀な盟友の話だろうか。
だがどうも記憶そのものが曖昧なプラフタの話は。
時系列も一致していないように思えるし。
完全に戻らない限り、変に推理するのもむしろ失礼に当たるだろう。
「ソフィー。 貴方は怒るかも知れませんが。 貴方は間違いなく天才です。 そしてその才覚は、この荒れ果てた世界を、少しでも良くすることが出来るはずです」
「今、あたしの逆鱗を全力で殴っている自覚はあるんだよね?」
「あります。 ですが、聞いてください。 私は……誰かを狂わせてしまったように思えてならないのです。 私が、きちんと見ていなかったせいで。 貴方を、そうはさせたくない……」
「それならば、あたしを理と論で縛るしかないね」
あたしは。
とっくに狂っている。
あのクズに母を殺され。あたしも殺され掛けた時に。
この世界の異常な不平等に気付いた時に。
ずっと聞こえる雑音を悟った時に。
既に、誰よりも狂い果てた。
あたしに才覚があるかどうかはどうでもいい。この腐りきり、狂いきった世界の元凶がいるなら。
粉々に打ち砕く。
今のあたしの目的は。
それだけだ。
もしそれがかなわないなら。
尻を叩いて世界を直させる。
創造神に賢者の石でアクセスが出来るなら。幾らでも作ってやる。
そしてまずは殴る。
もしよりよい世界が作れるのなら。
こんな世界、ぶっ壊してしまっても構わない。
狂ったあたしには。
それが真理だ。
「プラフタ。 あたしは利害関係が一致しているからプラフタを人間に戻すし。 基本的に匪賊でもない人間には手を掛けない。 荒野だって緑化するし、ネームドもドラゴンも邪神も引き裂いてやる。 でも、あたし自身はとっくに狂っているって事を、忘れないで」
あたしが正気だと思って貰っては困る。
それだけは。
勘違いして欲しく無かった。
プラフタは、何も言わなかった。
あたしが狂っていることを再確認したからか。
それとも、別の理由からか。
どちらにしても。
あたしは、この世界を許すつもりは、ない。
(続)
狂っている事を自覚しているソフィーの苛烈な言動。
世界に対する底知れない怒り。
特異点錬金術師のその言動は、いずれ世界に対しての大きな災いとなるのか、それとも福音となるのか。
それは、ソフィーが深淵に到達したときに決まります。
そしてソフィーは、深淵に到達しうるのです。