暗黒錬金術師伝説6 暗黒!ソフィーのアトリエ 作:dwwyakata@2024
人形の擬似的な生命化。
あまりにも凄まじい奇蹟の御技は。
今成し遂げられようとしています。
多少の障害があったとしても。
深淵の者の息が掛かった商人の隊列に混じって、キルヘン=ベルに入り。
その場で空間操作して、位相をずらして身を隠したアトミナとメクレットは。
じっと様子を見ていた。
ソフィーのアトリエのすぐ近く。
森の中から、である。
何人かいる護衛は、皆固唾を飲んでいる。
洒落にならないと、皆顔に書いていた。
「危険なのでは」
「確かに凄い魔力よね」
護衛の一人に。
笑い混じりで、アトミナが肩をすくめた。
普通、魂を移動させたりといった作業は。
魔術だけでやろうとすると、それこそ十年以上の時間が掛かる。そこで錬金術を使う事になるのだが。
アトミナとメクレットの場合も。
色々と面倒だった。
プラフタは、今。
偶然本に宿った魂を。
人間の形をした容器に入れ替えようとしている。
生物を直接作り出したり。
生物の形を変えたりするのとは、別の次元で難しい作業であり。
この世界における、根本的な法則に直接介入するに等しい。
恐らく情報は、この間リッチを拷問していたという報告が上がっているので、其処から得たのだろう。
そして、単純に作業の倍率を上げることで、本来だったら時間的な問題もあって非現実的な作業を。
短時間で実施しようとしている。
しかしながら、それは世界そのものに負担を掛ける。
恐らくこの一件が原因となって。
邪神が動き出すかも知れない。
この辺りで言うと。
光のエレメントか。
あれは200年ほど前に、深淵の者の精鋭で叩き潰したのだが。
そろそろ復活の時期だ。
これに呼応して、蘇るかも知れない。
固有名はないが、立派な邪神であり。
実力は生半可なネームドなど及びもつかない。
やがて、アトリエの方で。
魔力が停滞するのが見えた。
「何かトラブルでしょうか」
「……」
手をかざして、メクレットが確認。
なるほど。
そういう事か。
「いや、放置していて構わないよ」
「し、しかし、あの異常な魔力量です。 爆発したら、我々もただで済むとも思えません」
「怖い?」
「いえ……」
アトミナがくすくすと笑うが。
メクレットはそんな気にはなれなかった。
彼らからしても、こんな光景ははじめて見るのだろう。
それこそ、今ソフィーのアトリエには。
邪神クラスの魔力が渦巻いている。
根絶とは違うが。
いずれにしても、かき集めた魔力が、凄まじい密度で回転しているのだ。
さながらあのアトリエだけ。
他とは違う、天変地異の最中のような状態である。
アトミナとメクレットは手をつなぐ。
そして意識を合わせて。
聞いてもいないだろう相手に、語りかける。
勿論声には出さず、だが。
プラフタ。
君はもう、恐らく記憶を取り戻しているのだろう。
そうでないとしたら、そろそろ起きるべきでは無いのか。
中途半端な記憶のまま。
君はその世界に祝福された子を。
見守るだけのつもりか。
世界に祝福された結果、呪われた子を。
どう救うつもりか。
君の考えは変わっていないのか。
僕達は。
私達は。
世界と必死に戦って来た。
あの時の問いは、覚えているかい。
この世界には、現在さえ存在していない。
だから例え未来を消費してでも。
現在を作らなければならない。
だが君は、命さえ賭けて。
それを否定した。
未来を奪ってはならない。
例えどれだけ、現在が過酷だったとしても、だ。
その言葉は、初めての対立だったかも知れない。
君と僕達私達は。
ずっと一緒に、困難に立ち向かい続けてきた。
それなのに、君は僕達私達を命を捨ててまで止めた。
今、その命が戻ろうとしている時。
君は何を思う。
この世界に。
現在はあるか。
未来を残さなければならないか。
僕達は私達は。
自分達なりに世界と戦い。必死に現在を作ってきた。
汚職官吏を殺し。生臭坊主を殺し。金の亡者と化した商人を殺し。実力もないのに他者を虐げている錬金術師を殺し。暴虐の限りを尽くす匪賊を殺し。そして人間の害となる猛獣を。ネームドを。ドラゴンを。邪神を。
ひたすら葬ってきた。
ようやく世界は二大国にまとまり、安定し。
匪賊どもは弱体化し、荒野で猛獣に怯えるだけの存在となり。
錬金術師の質は上がり。
横暴の限りを極めてきた邪神どもは、その数を三分の一以下に減らした。
だが、今も。
この世界に現在はあるのか。
もう一度、君に問いたい。
この荒野に満ちた世界で。
君は未来を残すべきだと。
まだ主張するのか。
ふうとため息をつくと。手を離す。
これで、恐らくプラフタに意識は届く筈だ。記憶が戻っていれば、メッセージとなり届くだろうし。
そうでなくても、記憶を戻す切っ掛けになる筈。
いずれにしても、もう此処にいる意味はない。
護衛を促して、此処を去る。
途中、部下の一人が聞いてくる。
「時にあの商人達の護衛についていた巨人族ですが、スカウトしてはどうでしょう。 もう少し鍛えれば、魔王に手が届くのでは」
「不要」
「分かりました」
魔王とは。
力を持つ者の階級である。
今、アトミナとメクレットが行使している、対邪神生体兵器の魔王とはまた別のものであり、
現在も世界には、魔王の称号を持つ魔族が何名かいる。
ちなみに深淵の者が保有している、アトミナとメクレットの魔王は、此奴らとは比較にならないほど強い。
当たり前の話で。
階級としての魔王では。
邪神には勝てない。
邪神を倒せるように調整したのだから。
称号では無く、真の意味での魔王なのだ。
一応、補足はしておく。
「あの巨人族は、どのみち我等の影響下にあるから問題ないよ。 あの商人が、そもそもアルファの作った人材網の一端だからね」
「何時でも動かせるから、敢えて直属に移す必要はない、ということですね」
「そういうことよ。 それに動かせる巨人族としては、アダレットの騎士団長がいるしね」
「なるほど。 確かにレアな種族である巨人族です。 わざわざ目立つリスクを冒す必要もありませんね」
納得した様子の部下。
頭の回転が遅い奴は、色々と面倒だが。
それでも、貴重な同志。
人材だ。
無碍にも出来ない。
キルヘン=ベルからかなり離れたが。
ソフィーのアトリエの周囲には、まだ凄まじい魔力が渦巻いている。
あれが安定するまで、少し時間が掛かるだろう。
500年の研究は伊達では無い。
プラフタはずっと眠っていたが。
こっちはずっと起きていたのだ。
知識に差が出るのは当たり前の事である。
魂を移動させる場合、リッチなどの外法魔術師は、詠唱だけでそれを実施していると思っているようだが、実際には違う。
世界そのものが変質して。
魂の座標を変動させているのだ。
勿論世界そのものを丸ごと変えているわけでは無いが。
局所的に変えているのは事実である。
魔術の場合、世界そのものを変える事は出来ず。
実際には、魔術によって、世界に変わってくださいと懇願している状態になる。
その結果、個人によって時間差が出る。
錬金術で同じ事をする場合。
世界そのものを変質させるため。
座標が文字通り書き換わる。
そのため、世界が局所的とは言え本当に変化するので。
リバウンドとして、時間がある程度掛かる。
ソフィーは今頃、何が起きたか必死に調べているだろうが。
見た感じ、成功そのものはしている。
後は、世界のリバウンドがどれほどの規模で起きるか。
周囲に眠っている邪神がどれくらい目覚めて。
ドラゴンが反応するか。
それは、アトミナにもメクレットにも分からない。
いずれにしても、もう此処に用は無い。
幾つかの空間転移装置を利用して。
魔界に戻る。
さて、これから。
一つ大きな仕事をこなさなければならない。
まだ強烈な魔力が、アトリエに満ちている。
激しい渦を巻くような、今までの状態とは違うが。
それでも、魔法陣の真ん中で眠っている人形プラフタと。
すっかり動かなくなった本。
そして、蒸し暑いとさえ感じる空気。
何よりも。
腹が減ってきた。
コンテナに入って、食事をする。
干し肉をかじり。
冷やしておいたミルクを飲む。
薬草類も口にして。
料理こそしないが、栄養はしっかり取り直す。
何がまずかった。
最初に自問自答する。
最初から、過程に問題が無かったか、洗い直す。場合によっては、拡張肉体を作り直して。
詠唱のし直しだ。
見た感じとしては、魂の移動には成功している。
しかし人形の方に移った魂が、目覚めていない。
つまり座標が微妙にずれたのか。
だが、それの割りには。
人形プラフタに籠もっている魔力が凄まじい事に代わりは無い。
ドンドンと、外で音がした。
アトリエを出ると、モニカだった。オスカーもいる。
自分で掛けた防御魔術の壁を叩いているモニカは、慌てているようだった。
「ソフィー! 無事なのね!」
「何を慌てているの?」
「だって、そのアトリエ! この世の終わりみたいだぞ!」
オスカーも慌ててている。
確かに、アトリエの周囲には、桃色の石がたくさん結晶化して散らばっている。壁から直接生えているものまである。
コレは恐らく、プラフタが言っていたソウルストンだろう。
後始末が大変そうだなと思う。
「大丈夫なの、ねえ!?」
「問題ないよ。 ただ過程が全てクリア出来たのに、プラフタがまだ目覚めない」
「それって、大丈夫なの!?」
「今、調べている所。 兎に角、危険は無いから、心配はしないで」
一刻一秒が惜しい。
そう言うと、流石にモニカも引き下がってくれる。
まああたしとしても。
アトリエが消し飛んで、それに巻き込まれて死ぬなら。
別にそれはそれで構わない。
この気にくわない世界とおさらばできる。
そう思うと、不愉快では無い。
目を覚まさないプラフタ。
何かの童話では、王子様の口づけでお姫様が目覚めたか。
だがあたしは王子では無い。
だいたい王子というと、この辺境まで聞こえてくるアダレットのアホ王子だろうか。双子の姉に全部才能を吸い取られた唐変木だとか噂が流れてきているが。そんなものと一緒になりたくない。
さて、魂の座標の確認方法だが。
リッチから聞きだした資料を洗い直し。
確認をする。
調べていくうちに、ふと気付く。
膨大すぎるほどに溢れていた魔力が。
徐々に周囲に拡散していく。
かといって、人形プラフタの魔力が弱まっていくわけでは無い。
周囲からかき集められた魔力が。
あるべき所に帰って行く。
そんな感じだ。
そもそも、この作業を始めた時点で。
どこから魔力が来たのか、よく分からなかったのだが。
今、何となく分かる。
声が聞こえるのだ。
そう、今までは明確に雑音でしかなかったのだが。
少しずつ、きちんとした言葉になりはじめている。
それはそれで鬱陶しいのだが。
とにかく聞こえる。
戻ろう。
幽世に。
そう声が何度も告げている。
結晶化したソウルストンは、そのまま残っているが。
そうならなかった、膨大な圧縮魔力は、どんどん元の場所。
すなわち、恐らくは今回世界を書き換えるときに引っ張り出された元の世界。リッチが「幽世」と呼んでいた場所に戻っているのだろう。
世界そのものから引っ張り出された魔力だ。
詠唱によって増幅された以外にも。
こんな凄まじい代物があふれかえっていたとすれば。
周囲に影響が出るのも頷ける。
それに、である。
あたしだけに影響が出るくらいで済むだろうか。
やはりドラゴンなどが現れるかも知れない。
下手をすると邪神が直接街に姿を見せる可能性もある。
これは、いずれにしても。
プラフタに、早々に目覚めて貰わないと、面倒な事になりそうだ。
ため息をつくと、頭を掻き回す。焦げ茶色の髪は、昔っからくせっ毛で。自分に無頓着なこともあって、放置していても何をしても跳ねた。今も結構寝癖とかが残っていてもおかしくない。
検証作業をするが。
やはりどう見ても、間違ってはいないし。
むしろ異常が収束しているように見える。
声も徐々に弱くなってきている。
恐らく、世界そのものへの干渉によって、過剰に溢れた魔力が、元のところに戻っているのだろう。
プラフタは目覚めない。
しかしながら、これは起きるまで待つしかないのかも知れない。
外に出ると、井戸水で顔を洗う。
その後、湯を沸かして。
タオルで体を拭いて、汚れを落とす。
少し寝るか。
考えて見れば、ほとんどここ数日寝ていなかったのだ。
作業を開始する前も、ずっとプラフタとレシピと段取りを詰めていたし。
道具類の作成も調整も徹底的にやった。
失敗が許されない作業だったから、というのもあるが。
それ以上に多分。
恐らくだが、今までの錬金術とは桁外れの代物に触るのが、あたしとしても面白くて仕方が無かったのだろう。
故に今は。
失敗した、という感触は無い。
不思議と慌ててもいない。
人形プラフタの魔力はしっかり息づいているし。
最悪の場合、同じようにして作業をし。
魂の座標をずらしてやれば良い。
レシピを解析すれば。
もしミスがあった場合、現時点での座標は分かるはずなので。
取り返しだって利く。
目を擦って、寝台に横になる。
疲れが溜まっていたからか。
一気に眠りの世界に引きずり込まれ。
そして、夢を見た。
おばあちゃんがいる。
おばあちゃんのことはよく覚えているが。
あたしの知っているおばあちゃんよりも、若いような気がする。
一緒に歩いているのは、若い頃のヴァルガードさんやハイベルクさん、ホルストさんだろうか。
他に何人か戦士がいる。
話をしているのは、他愛もない内容だ。
そして、キルヘン=ベルは。
酷く寂れていた。
まずはこの街を大きくしよう。
そう言いながら。
おばあちゃんは周囲の猛獣やネームドを蹴散らし。
緑化をしてはげ山を緑に包み。
畑を豊かに実らせた。
公認錬金術師として、ラスティンの首都から資格を取って帰ってきたおばあちゃんは。
今やキルヘン=ベルの救世主だった。
街は見る間に大きくなり。
衰退が著しかったナーセリーからも避難民を受け入れ。
そして安全を確保したが。
おばあちゃんは息子に恵まれなかった。
正確には。クズが。
不意に記憶が、真っ黒な何かに引き裂かれ。
あたしは目を覚ました。
拳を寝台に叩き込む。
あたしの夢に出てくるんじゃねえクズ。
悪態を吐き捨てたくなったが。
今は我慢する。
彼奴は、粉々に砕かれて土の下だ。墓も無縁墓地。他のクズ匪賊どもと一緒に、処刑されて人間扱いされない死体として廃棄されたのだ。
だがあのクズが何故あたしを未だに苦しめる。
胸をかきむしる。
呼吸が酷く乱れている。
周囲の雑音の中に、声が紛れているのが余計にいらだたしい。雑音だけだった頃よりも、更に苛立つ。
呼吸を無理矢理整えながら、半身を起こす。
そもそも今回の作業のために、寝台もアトリエの隅っこに避難させたのだが。
それでこんな悪夢を見たのだろうか。
プラフタを見る。
少し様子が変わっていた。
額の汗を乱暴に拭いながら、寝台を降りる。
プラフタの側。
魔法陣の側に立つと。
声を掛ける。
「目が覚めた?」
ゆっくり。
人形の瞳が開く。
それは、人形とは思えないほど。
自然な動作だった。
此方を向くときの動作も、である。
本を抱えたまま、半身を起こす人形。いや、プラフタ。
表情も作れるように、人形を調整してあるとは聞いていたが。まったく人間と見分けがつかない。
「ソフィー、ですか」
「見える?」
「はい。 この体に魔力を馴染ませて、感覚器官を機能させるのに、随分と時間を取られてしまいました」
「ああそれで」
まったく身動きしなかったのは。
本に慣れた体を。
人形に慣れさせたからか。
それならば、納得も行く。
そして周囲の異常な魔力も。
既に幽世とやらに戻ったようだった。