暗黒錬金術師伝説6 暗黒!ソフィーのアトリエ 作:dwwyakata@2024
五百年前。
最高の錬金術師の一人として活躍した存在が。
現世に舞い戻ったのです。
ただし体は人形。多くの不都合が、まだまだあるのですが。
まずプラフタは、いそいそと鏡を見て恥ずかしそうに服を確認する。格好が乱れていないか、チェックしているのだろう。
そして驚いたのだが。
プラフタは、そのまま宙に浮いた。
素材にグラビ石は使っていないのだが。
どうやら、空中を移動する能力は、そのまま本時代から引き継ぐことに成功したらしい。
しばらく、自分の体を確認するプラフタを、ぼんやり見つめる。
「髪が短い以外は、人間時代と変わりません。 関節部分には多少違和感もありますが、私はそもそも肉弾戦をするタイプではありませんでした」
「拡張肉体を作らないとね」
「その前に、少し試してみたいことがあります」
まず、片付けをする。
魔法陣に使ったゼッテルは、もう再利用できない。燃やした後、肥料にする以外に方法が無い。
あまりにも特化した魔術に使ったからだ。
そのほかにも。
使用した拡張肉体も同じ。
同じ呪文を詠唱するタイプの方は特に。
詠唱の増幅をする方は使い路があるので、取っておく。
他に様々な薬品類などをコンテナにしまう。
プラフタにも手伝って貰うが。
その過程で、ある程度プラフタは、現時点で出来る事と。
持ち上げられる重さ。
更に関節をどの程度動かせるかなどを。
しっかり確認していた。
「体内に張り巡らされている糸が、筋肉や骨とほぼ同じ動きをしていますね。 人間だった時と、あまり違和感がありません」
「感覚はあるの?」
「視覚と聴覚は。 嗅覚もありますね。 味覚は……」
自分の舌を触ってみて。
プラフタは首を横に振った。
「味覚は駄目です。 恐らく、ものを食べる事は出来ないでしょう」
「そっかあ。 人生の半分くらい損してるね」
「そう、ですね。 私も貧しい生活を続けたせいか、美味しいものには目がなくなっていました。 当面は、食事は必要ないでしょう。 大気中に溢れるほど満ちているマナを吸収して、動力源に出来ます」
皮膚の感覚もあるという。
それに、だ。
プラフタは、少し表面を傷つけた後。
傷薬を塗る。
なんと。傷が回復していく。
つまり、ある程度生体と同じ機能を、この体は持っている、という事になる。
良いものには魂が宿るというが。
本当に素晴らしい人形を作った結果。
それに魂が宿った今。
その体は、生物に極めて近いものになった、ということなのだろう。
「良い感触です。 温かくて、優しくはないですが、力強い」
「あたしの山師の薬、実際に使って見てどう?」
「点数は変わりませんよ。 回復効果はつけた点数通りです」
「そっか」
実際に試してみたら少しは変わるかとも思ったけれど。
ただ、やはり体内などのメンテナンスは必要になる。
プラフタも、感覚遮断の方法などは分かっているようで。
色々実験をしていた。
腕の感覚を遮断すると。
一瞬だけ痛みが走るようだ。
その後繋ぎ直すと。
その時はその時で痛いようである。
まあ、これは生身の場合。
一度外すと取り返しがつかないので。
ある意味生身よりは、フレキシブルな体、と言うべきなのかも知れない。
モニカを呼ぶ。
掃除をして貰うためだ。
掃除くらい自分で覚えなさいと時々モニカには文句を言われるのだが。しかしながら、今回はアトリエの内部を入れ替えるほどの大規模な錬金術をしたのである。このアトリエをあたし以上に知っているモニカの方が、掃除はやりやすいだろう。
モニカは早速来てくれたが。
プラフタを見て、愕然とした。
「どうでしょう。 人のように見えますか?」
「ほ、ほぼ言われないと気付かないわ」
「そう。 それは良かった」
プラフタの声は。
本だった時に比べると、多少温厚なようだ。今更ながら気付いたのだが。まあ、それは良い。
モニカのアドバイスで、プラフタはそのままマイスターミトンと、旅人の靴を身につける。
浮いて移動するとしても。
手足の球体関節は隠せない、からである。
いきなり歩く人形が、人間全員に受け入れられると思うほど。
あたしは頭が花畑では無いし、モニカだってそうだ。
勿論プラフタだってそうだろう。
首元も、軽くマフラーで隠す。
少しばかり重装備だが、これでもう人間と見分けがつかない。
星の瞳というのは、思った以上に綺麗なものだなと、あたしは改めて思う。プラフタは時々瞬きをしているが。
これは生きていたときの習慣が出ているからだろうか。いずれにしても人間らしい動作も、無意識でやっている、と言う訳だ。
プラフタは、前に自分だった本を抱えると、外に出る。
歩いてみないかと、モニカに提案されて。
地面につく。
しかし、上手に歩けないようで。
しばらく四苦八苦していた。
「一度肉から離れると、随分と苦労するものですね」
「大丈夫、手を貸しましょうか?」
「大丈夫です。 どうせ慣れなければなりませんし。 それよりも、アトリエの掃除をお願いいたします」
「分かったわ」
モニカとしても。
あたし達がいない方が、掃除はしやすいだろう。
それに危険な薬品類は、全て片付けてある。
モニカに任せるのは、家具類とかの掃除。
後は埃などの追い出し。
本などの整理。
そういった掃除だ。
だから、今の時点では、あたしたちはむしろ邪魔である。
カフェに出る。
プラフタを見て、ぎょっとしたのは、ホルストさんである。
紹介すると。
いつもマイペースを崩さないホルストさんが、えっと声を上げて。
周囲もこっちを見た。
「プラフタですよ」
「随分大がかりな錬金術をやっていると聞いてはいましたが、まさか本当に本から人形になるとは」
「これであたしも重役として恥ずかしくないですか?」
「勿論ですよ。 むしろキルヘン=ベルに欠かせない人材です」
そうか。
そう言って貰えると嬉しい所だ。
プラフタは食事が出来ない事を告げて、代わりにプラフタの分もあたしが注文をする。プラフタは酒を勧められたが、それも飲めないのだと、寂しそうに断る。代わりに大気中のマナを吸収して動力源にしているとも説明。
色々と面倒だが。
これも仕方が無い。
テスさんが、給仕に来たが。
プラフタだと言う事に、まだ疑念を抱いているようだが。
声が同じである事も含め。
性格も同じであるため。
疑念を抱く余地は無い様子で。
色々目を白黒させていた。
「時にプラフタ。 体が人に近づきましたが、錬金術は使えるのですか?」
「残念ながら。 しかしながら、錬金術の知識についてはほぼ記憶が回復しましたし、道具を使いこなすことも出来ます」
「それならば、今までとあまり変わらず動ける、という事ですね」
「戦う事も出来ます」
錬金術そのものは戦闘で使えなくても。
基本的に、錬金術の道具を使いこなせればそれで問題ない。
あたしだって、戦闘では魔術を、極限まで錬金術で強化して使っているのだし。プラフタはそれとあまり変わらない。
拡張肉体については、これから作るとして。
まずは街に挨拶回りに出向く。
外に出ると、ソフィーが凄い美人を連れている、とかいう声が聞こえて。何だか自警団の面々が集まってきた。
眠そうにしているが、ヴァルガードさんまで来ている。
今は流石に寝ている時間の筈だが。
驚きの声を上げたのはタレントさんである。
「あの飛ぶ本が、本当に人に!?」
「まだ人形ですよ」
「す、すごい。 人形なのに、喋れるの!?」
「そういう事です」
プラフタは、あまりわいわい騒がれるのが好みではないようだが。
ともかく、街の主要人物には、誤解無い情報が伝わった方が良いだろう。
ヴァルガードさんは、二言三言だけ話して、どうやら今までと変わらないプラフタだと理解したらしい。
もう少し頭が固いハイベルクさんは。
プラフタの発言を聞いて、そうかとだけ呟いた。
少し頭を整理する時間がいるのかも知れない。
オスカーの所に行く。
森の手入れをしていたオスカーは。
名乗らなくても、プラフタだと分かったようである。
「どうして分かったのですか?」
「植物たちが、プラフタだっていうからさ」
「へえ……」
そういえば。
まだプラフタには。
聞こえている雑音に。たまに明確な声が混じりはじめている事は、言っていない。
あたしも植物の声が聞こえるかなと思ったけれど。
そんな事はなく。
ただ雑音が聞こえるだけである。今の時点では、少なくとも、明確な意思らしき声は聞こえず。
せいぜい、「是」と「拒否」くらいしか、意図は分からない。
だが、今の時点では、それで構わないか。
しばらく話していると。
ジュリオさんがくる。
コルちゃんとレオンさんも連れていた。
「話は聞いたよ。 プラフタ、今後もよろしく頼む」
「ええ、よろしくお願いします」
ジュリオさんは紳士的に握手を求め、プラフタもそれに応じる。
コルちゃんは、プラフタが手にしている本に興味があるようだった。
前はプラフタの体だった本に、である。
「プラフタ、その本、今はどうなっているのです?」
「今もある程度つながっています。 これにレシピを書き込めば、まだ完全では無い記憶が戻るかもしれません」
「そうなのですか。 大事なものなのですね」
「はい。 本来は何処にでもあったただの本だったのでしょうが。 今では大事な体の一部です」
レオンさんは、プラフタの着こなしが興味の対象のようで。
しばらく服を前から後ろから見ていたが。
感触としては、かなり良い感じらしい。
特に不満も言わない。
「似合っているわ、プラフタ」
「有難うございます、レオン」
「フリッツさんにお礼は言った?」
その名前を口にした瞬間。
プラフタの顔が真っ青になったが。
レオンさんには、別に悪気は無いらしい。
逆に、何かまずい事でもいったかと、心配するそぶりさえ見せていた。
コルちゃんが助け船を出す。
「まず教会に足を運んでみてはどうでしょう。 パメラさんにも、顔を見せておいた方が良いと思うのです」
「教会か……」
面倒極まりない。
そういえば、実はクッキーは既に出来ている。
それを届けるという口実で足を運んで。
パメラさんに挨拶だけして。
さっさと帰るか。
とにかく、一度アトリエに戻る。
片手間に作ったクッキーをコンテナから出して、適当に温める。冷たいままだと、流石に美味しくないからだ。
モニカが、クッキーに気付く。
「あら、それは」
「教会の「有り難い教え」には興味がないけれど、教会には世話になっているからね」
「それでいいわ。 貴方なりのやり方で、教会で世話になっている人達の助けになってくれれば、充分よ」
まだ掃除は終わりそうにない、か。
バスケットを二つ持って行く。
残念ながら、砂糖なんてものは、この辺りでは殆ど手に入らない。故に甘みをだすために、クッキーに木苺などの果物を練り込む。
東の街から貰った高品質の小麦粉を変質させ。
更に細かくきざんだ木苺も変質させ。
焼いて作ったのがこのクッキーだ。
勿論味見はしてあるが。
充分に美味しい。
ただし食べた後口をしっかりゆすいで洗わないと。
虫歯になるかも知れない。
虫歯になると、魔術での治療が相応に面倒なのだ。
機械技術によって治療できる場合もあるらしいけれども。
それはもう、それこそ二大国の首都にでも出向かない限り、目に掛かれない技術だと聞いている。
教会に出向くと。
パメラさんが早速出迎えてくれた。
彼女はいつもマイペースで、優しそうで。
子供達には絶対的な信頼を受けている。
どんなに性格が悪い子供でも。
パメラさんには絶対に暴言を吐かないし、逆らう事も無い。
その様子から、あたしは一時期洗脳でもしているのでは無いかとさえ思ったのだが。
実際に接してみると、子供の扱い方を良く心得ている、というのが正しい印象である。
パメラさんは、恐らく長い間生きているので、知っているのだ。
子供の「性格」ではなくて「習性」を。
性格に合わせて子供の心を掌握するのでは無く。
習性を把握することで、子供を掌握しているのだろう。
勿論虐待の類とは縁がないし。
教会の子供は驚くほど行儀が良い。
ただ、子供と言っても、此処は辺境。
ある程度の年齢になると、当然働く事を要求される。
肉体労働はまだやらせないが。
大人が取ってきた獲物の仕分けや。
細かい手作業などはすることになるし。
自警団が目をつけた子は、比較的早い段階から、哨戒のやり方や、狩りについての知識を叩き込まれる。
この中には、あたしやモニカ、オスカーも含まれていた。
自警団が目をつけなくても。
ある程度の年齢になると、身を守る方法として誰でも出来る投石や、素質があるなら魔術も習う。
なお教会では神聖魔術を「主に」教えるが。
別にあたしのような物理魔術を習うことを止めることは無い。
流石に以前、あたしが尋問したリッチの使ったような邪法については止めるが。
それ以外は、攻撃系だろうが防御系だろうが、支援系だろうが強化系だろうが、特性に合わせて覚えるのを支援する。
教会は教育施設も兼ねている。
このご時世だ。
殺生をしてはいけない、という教えは無い。
野にいる獣を仕留めてどう食べるかは、教会でも教えているし。
あたしも、パメラさんがてきぱきと獣を吊して捌いてより分けていく様子を、何度も見たことがある。
教育機関としての教会は、だからあたしも嫌いでは無い。
ただ、その過程で聖歌を歌ったり。
有り難い教えだとか。
神の愛だとかを吹き込まれるのは我慢がならない。
パメラさんも、その辺りは理解しているのだろう。
モニカと違って、あたしにその辺りを強制しようとは考えなかったようだし。
あたしとモニカが子供の頃、教会の考え方を巡って殺し合い寸前の喧嘩を何度かした時も。
怒ったのはパメラさんではなくて、むしろオスカーだった。
パメラさんにクッキーを渡すと。
彼女は喜んでくれた。
一番年上の子にクッキーのバスケットを渡して。皆で分け合うように言う。ただその時、こうも言う。
「きちんと平等に分けるのよ。 見ているからね」
「ハイ」
真っ青になった子供達。
パメラさんは魔術の達人だ。
本当に「見ている」と知っているし。
場合によっては仕置きされるとも理解しているのだろう。
子供達が行くのを見届けると。
パメラさんは咳払いした。
「貴方がプラフタちゃんね。 人形の姿になって、とても可愛いわ」
「有難うございます。 貴方もとてもお若いですね」
「それはそうよ。 だって私、若いときに死んで、そのままですもの」
は。
愕然としたあたしをよそに。
プラフタは平然とそれに応じている。
「その体、錬金術による実体化技術ですね。 最初見た時から、色々とおかしいとは思っていましたが」
「ふふ、流石専門家ね。 昼間も出歩けるし、普段は物質化もしているのだけれど、その気になれば壁を通り抜けたり、空間転移も出来るのよお」
「ちなみに亡くなられたのはいつ頃です。 私はおよそ500年ほど前です」
「私もほぼ同じ頃よ」
何か、プラフタとパメラさんは、通じ合う所があったらしい。
それにしてもどういうことだ。
つまりパメラさんは幽霊だと言う事は、本人の自己申告からして正しいとしても。
あのリッチは、肉体をそこまで器用に扱ってはいなかった。
つまりもっと遙かに格上の存在と言う事になる。
まさかノーライフキングの同類ではあるまいな。
いや、それにしては。
リッチがやっていたような、周囲から根こそぎ魔力を吸い上げる、というような邪悪とは縁が無さそうだし。
何よりもパメラさんは。
其処までしなくても、普通に平然と自己を保っている。
幾つか専門的な話をしていたが。
やがて、礼をしてプラフタが離れると同時に。
あたしも教会を後にする。
聖歌を聞かされる事は無かったので、ほっとする。
モニカが戻っていたら、聖歌を聞かされていただろう。
あれは正直、モニカの前では言えないが、嫌いだ。子供が歌う分にはほほえましいが。
神そのものが嫌いなのだから、当たり前だとも言える。
モニカはどうしてあんなものを歌いたがるのか、よく分からない。
魔術としては、周囲に強烈な強化を施せるため。錬金術と組み合わせれば、一気に戦闘集団の継戦能力を上げられる便利なものだが。
まあ、逃げられたし、よしとしよう。
この後は、通りに降りて。
ロジーさんやハロルさん、八百屋、それにフリッツさんに挨拶をしにいく。
その途中。
気分転換に、聞いてみる。
この辺りは坂になっていて。
敢えて複雑にくねっている。
特に匪賊が侵入したときに、坂の上から矢や魔術を射掛けて、一網打尽にするための仕組みだ。身を伏せられないように工夫もしてある。
「プラフタ、で、パメラさんが幽霊って本当?」
「本当ですよ。 というよりも、うすうす気付いていたのでしょう」
「……まあね」
この世の者では無いかも知れないとは思っていたが。
プラフタが幽霊みたいなものだと言う事で。
つい仲間意識を持ったのだろうか。
それよりもだ。
もっと大事な事がある。
あらゆる状況証拠が、これで揃った。
「そうなると、この街の深淵の者の長は」
「テスが一員だという話は貴方に聞きましたが。 恐らく街の監視者はパメラで間違いないでしょう」
「……」
だろうな。
あたしも、それ以外にはないだろうと思っていたが。
まあいい。
深淵の者とは、敵対関係にあるわけでもない。
むしろ、今後は協力体制を築けるかも知れないと考えている。
聞かれると面倒だ。
この話は一旦切り上げる。
後は、皆に挨拶を済ませる。
ロジーさんは、プラフタにとても紳士的な礼をしたし。
ハロルさんは、ぎょっとした様子でプラフタを見て。本当に成功したのかと、失礼なことを言った。
まあ、驚く方が自然だ。
八百屋、つまりオスカーのお母さんは。
プラフタを見て、綺麗だと素直に褒めて。500歳なのに若くて良いねえと、とてもずれたことを言う。
この辺り、オスカーの母君である。
そして、プラフタの腰が引けているのを承知で。
最大の功労者である、フリッツさんの所に出向く。
フリッツさんは今日は在宅。
家で、高笑いしながらまた何か作っているようだった。ドアをノックして入ると、どうやら人形劇で使うらしい馬車を自作しているようで。非常に完成度が高い模型が机の上で自慢げに鎮座していた。
「フリッツさん、プラフタ上手く行きましたよ」
「おお、本当か! 素晴らしい!」
ドアとか窓とかが閉じる音。
周囲に住んでいる人達は、これさえなければと、いつも口にしている。
フリッツさんの有能さは誰もが知っているので。
故に欠点も目立つのだろう。
プラフタは正直完全に警戒している獣状態であったが。
フリッツさんはお構いなしである。
色々細かく聞いていくのだが。
答える度に、プラフタの表情が険しくなるのが分かる。
ブチ切れる前に、茶でも飲んでおくかと思い。
あたしは淡々とこの街でも作っている茶を淹れて。二人分出した。少しぬるめなのは、プラフタがキレるのを見越しているからである。
フリッツさんは、それはもう上機嫌で。
隙あらばプラフタを触ろうとしたが。
勿論人形としてのプラフタに興味があるらしいので。
悪意は感じない。
というか、この人妻帯者で、娘さんもいるらしいので(しかも娘さんには嫌われていない)。
人形を前にすると、家族揃ってこんな感じになるのだろう。
「プラフタ、そう警戒しなくてもかまわないさ。 そうだ、せっかくだ。 是非全裸になって、動くところを見せてくれないか。 関節部分などの稼働がどうなっているか知りた……」
強烈な音と共に。
ついにブチ切れたプラフタが、本をフリッツさんの脳天に降り下ろす。
さっと予期していたあたしがお茶のカップを避けた。
如何なるネームドにもおそれず立ち向かう剣豪も、流石にコレにはどうしようもなく、顔面をさっきまでカップがあった地点にぶつけ、悶絶。
「ソフィー、爆弾を! 出来るだけ強力なものを!」
「フリッツさん、もうプラフタ人形ですけれど、同時に大人の女性ですし、浮気になるのでは」
「む、確かにそうか。 妻と娘に嫌われるのは困るな……」
鼻を押さえながら、顔を上げるフリッツさん。
いずれにしても、メンテナンスのやり方は教わっているし。
困ったときには来るように、と言われる。
あたしは構わないのだが。
戦闘時、プラフタとフリッツさんの連携が乱れないかちょっと心配だ。
帰路もプラフタはむくれていたが。
フリッツさんに悪意がないことを告げると。
分かっている、と更にむくれた。
「いくら何でもデリカシーがなさ過ぎます」
「分かってるよ。 でもフリッツさんのおかげで、より動きやすい体になる事が出来たんだから、感謝はしないと」
「……感謝は、しています」
そうか。
ならばいずれプラフタの方から、そういう話をするだろう。
ただプラフタは沸点が結構低めだ。あたしがいうのもおかしな話だが。
挨拶は一通り終わったので、アトリエに戻る。
後は、これからプラフタ用の拡張肉体を造り。
そして、一つ足を運んでおきたい場所があるので、其処に確認に行く。
場所は北の谷。
ドラゴンが住むと言われる場所。
つまり、現時点の戦力でドラゴンに通じるか。
ドラゴンが敵意を持っているようなら、倒せるか。
対ドラゴン用の戦術をどうすれば良いか。
全ての確認をする必要がある。
専門家であり、ドラゴンを倒した事があるプラフタが同行してくれるのであれば心強い。
今までは戦闘能力という点で全く期待出来なかったプラフタだが。
これからは拡張肉体込みであれば、充分に一線に立てる筈だ。
モニカと、アトリエの前ですれ違ったので。
近々、ドラゴンに対する威力偵察に出向くことも告げる。
そうすると、モニカは。
頷いていた。
「発展した街にドラゴンが来る。 話には聞いているわ。 いつかはやりあわなければならないと、覚悟は決めていたし、大丈夫よ」
「そう。 勿論戦わなくても済むならば、それに越したことは無いのだけれどね」
アトリエの中は綺麗になっていた。
良い感じだ。
さて、久しぶりに座学と行くか。
あたしは勉強机につくと。
ふと気付く。
前は本だったから、この体勢で座学が出来たが。
今度はそうもいかないか。
プラフタと一緒に、机を動かす。
そして、机を間に向かい合って、座学を始めた。
「ドラゴンについて、可能な限り教えて」
「分かりました。 ドラゴンは正体がよく分かっていない存在ですが、はっきりしているのは、どうやら上位次元への干渉能力がない、ということです。 この点から考えて、私のいる時代にも、邪神よりも劣る存在とはされていました。 邪神は上位次元への干渉能力を大なり小なり持っていますから」
「ふむ……」
上位次元か。
だが、干渉できるからと言って、其処に住んでいる、と言うわけでも無いだろう。
実際問題、人間がいる次元に邪神はいて。其処で色々と悪行を重ねるし。人間のいる次元で、倒されもするのだから。
「ドラゴンは上位のものになると、下位の邪神に匹敵する力を持つこともありますが、それでも次元干渉能力を持つことはありません。 明らかに他の獣と一線を画するこの存在が、いつからドラゴンと呼ばれるようになったのか、何故気まぐれのように人里を蹂躙するのかも、理由はよく分かっていません。 姿もトカゲに似ていますが、解剖の結果全く違う存在である事も判明しています。 ドラゴンには、本来は食事は必要ないのですが、それなのに人間を食い殺すのです」
「興味深いね。 倒す方法は?」
「基本的に物理的な攻撃は通用しますし、それで殺せますが、恐ろしくタフです。 ただ……」
「何かあるの?」
プラフタは頷く。
ネームド以上に、ドラゴンは魔術に対する耐性が強く。
特定の種類になると、魔術を殆どカットしてしまう奴もいるそうだ。
その上戦闘能力が圧倒的に高いため。
魔術師では、どれだけいても決定打にならない。
実際問題、古い記録を当たった所。
熟練の魔術師や魔族で固めた大部隊が、ドラゴンに手もなく蹴散らされ、大きな被害を出した例が一度や二度ではなかったという。
だが、人間は学習する。
錬金術で防備を固め。
爆弾などの物理的な手段で足止めをしつつ。
少しずつ削って倒していくしか無い。
それを編みだし。
そして確実では無いにしても。
ドラゴンは倒せるようになった。
世界各地で神出鬼没だとしても。
倒せるようになれば、絶対の恐怖ではなくなる。
各地でドラゴンを怖れて散っていた人間達は、再び集まって暮らすようになり。現在のような世界の仕組みが出来上がっていった。
そう、プラフタは、説明をしてくれた。
厄介な相手だ。
素直な感想をあたしは抱く。
この荒野における理不尽の二大巨頭。それが邪神とドラゴン。
この内邪神は、まず遭遇する事がない一方、遭遇してしまえばほぼ助からないという悪夢そのもの。
ドラゴンは倒す事が出来る反面。
単純に強い。
単純に強い相手がどれだけ面倒かは、何体かのネームドとの戦いで、嫌と言うほど味わっている。
その後は、一般的なドラゴンに対する作戦と。
戦術について聞く。
生前のプラフタは、ざっと思い出せるだけでも数十体のドラゴンを仕留めたそうだが。
それでも、どのドラゴンも油断できる相手ではなかったと断言された。
ドラゴンは強さによって大きさが変わらないため。
戦う時に、相手の実力の見極めが難しいから、というのが理由であるらしい。
その後は、アドバイスに沿って、対ドラゴン用の装備や、爆弾、薬品などについて考えて行く。
今、手が届きそうなものもあるが、無理そうなものもある。
ただ、今はプラフタがいる。
やろうと思えばできる筈だ。
「では、準備を進めましょう」
「うん、分かった」
さて、此処からだ。
この街の安全確保を完全にするためには、ドラゴンに対策できるようにしなければならない。
ネームドに対しては、簡単に倒されない装備を既に準備した。
だが、ドラゴンと邪神は話が違ってくる。
此奴らをあたしがいないときでも食い止められるようにならないと、キルヘン=ベルの安全は、絶対化しないだろう。
そして、あたしも。
次の段階に、進む事が出来ないのだ。