暗黒錬金術師伝説6 暗黒!ソフィーのアトリエ 作:dwwyakata@2024
ただし既に手札を色々用意しているソフィーは、相手の土俵での勝負などするつもりはありませんでした。
序、小さな歯車
機械は細かい部品が無数に重なりあって出来ている。
この世界にヒト族が機械を持ち込んだらしい事は確からしいのだが。発展しているとは言い難い。その誰にでも使えるという利便性は、性能差でどうしても押し切られてしまうのが実情だ。魔術というライバルがあり。更に錬金術と言うかなわぬ存在がある以上。
複雑で、質の良い材料と、専門の器具がないと作れない機械類は、どうしても隅に追いやられやすい。
大きな街などだと、相応に活躍もしているが。
それでも、相応に過ぎないのは。
この世界において、そもそも人間という種族が、抗えないドラゴンや邪神に追われている立場であり。
世界の大半を支配しているのは荒野で。
其処には専門の訓練を受けた人間でないと太刀打ちできない猛獣やネームドが多数住み着き。
街を離れた人間は匪賊として人間の敵と化し。
更に言うならば、例え大きな街であっても、ドラゴンや邪神に襲われると、潰される可能性があるから、なのだろう。
一度作れば誰にでも使えるが。
作るまでに多くの技術がいるものは。
どうしても継承が難しい。
そして個人の知識で継承が出来る魔術や錬金術に比べて。
どうしても機械技術は、道具という非常に難しいものが必要になる。
ドラゴンや邪神に蹂躙され。
結果失われてしまった偉大な機械技術も多数あったに違いない。
口述でどうにかなってしまう魔術や錬金術とは。
その辺りが決定的に違う。
ましてや機械技術では。
どれだけ頑張っても、ドラゴンや邪神を倒すのは厳しすぎる。
あたしは、それらを再確認しながら。
コルちゃんの大事な箱の。
歯車を、レンズを使って見ていた。
歯車の造りはそれほど難しくない。
文字通りの、でこぼこに「歯」状の構造物がついた円形のものだ。大きさは小指の爪の半分ほどしかない。
だが、コルちゃんの大事な箱は。
この歯車が壊れたので、動かなくなった。
それだけで動かなくなってしまうデリケートな機械。
何をするものなのだろう。
色々な本を読んで、レシピを考える。
形状を再現するのが。
まず難しい。
ハンマーだと叩いても此処まで精密なものは作れない。
しばし悩んでいたが。
プラフタが、アドバイスをくれる。
「話は聞きました。 それはコルネリアの箱に使う歯車なのですね」
「うん。 金属で作ればいいとは思うのだけれどね。 さて、此処まで細かい細工をどうしたものか」
「基本的にこういった機械は専門の器具で作ります。 此処まで小さい歯車だと、或いはかなりの特注品かも知れませんね」
特注品か。
それだと、下手をするとロストテクノロジーかも知れない。
大きな街などに行けば、替えの部品があったり。
或いは作ったり出来るかもしれないが。
それさえ不可能かも知れない、という事だ。
「それでプラフタ。 錬金術でこれを修理する方法について何だけれども」
「アドバイスとしては、「修復」と考えない事ですね」
「ふむ……?」
なるほど。
修復と考えない事、か。
見ると、歯車は欠けているが。
これを補う仕組みにすればいいわけか。
少し思いついた事がある。
まず、レシピを練る。
プラフタに見せると、やはり駄目出しが来る。昔は十回以上駄目出しされる事もあったけれど。
プラフタは基本的に、駄目出しの度に怒ることがない。
非常に教え方が丁寧だ。
一方で、自分が侮辱されている、などと感じたりすると、沸点は非常に低い様子なので。この辺りは恐らくだけれども。
本来の性格が、この丁寧な方なのだろう。
対人関係の気の短さは、やはりあたしが推察したとおり、自分と相棒だった誰かの失敗に起因している。
そう、状況証拠が幾らでも出てくるのだ。
やがて、あたしが考えたレシピを、プラフタが良しとしてくれたので。
早速取りかかる。
まず用意するのは、型である。
とはいっても、ちょっとばかり特殊な使い方をする。
まず錬金術によって、インゴットを変質させるのだが。
此処で、極限まで柔らかくするのだ。
中和剤も比較的品質が低いものをつかう。
そして柔らかくした金属に。
破損したままの歯車を埋め込み。
型を取る。
その後、型から歯車を外し。綺麗に「無事な方の」型が取れている事を確認。その内右半分を切りおとす。
また別の作業で使うので、切りおとしてしまって構わない。
そして中和剤と変質によって、今度は非常に強い熱耐性を持たせ。
型に、歯車をセットする。
そう。
左右対称である事を利用して。
壊れていない部分の歯を、コレで再現できるのだ。
後は、適当な金属をほんのちょっと流し込むだけ。この作業は相応に気を遣うが。それでも今までの錬金術に比べれば簡単である。
流し込んだ後冷やし、固定化して。
型から外して、完全な形になった歯車、完成である。
この歯車に使っていた金属は、元々それほど質が良いインゴットではなかった。
少し考え込んでから。
型を完成品で作り直す。
型に使う金属は、さっき型にしたものを再変質させ。
再利用した。
新しい型には、元になった歯車もセットしてみて。欠けている場所だけがおかしくなっていた事も確認。つまりぴったりはまった。
レンズを使って、精度はきっちり確認したので、これで大丈夫な筈だ。
後は金属を流し込む。
せっかくなので、比較的品質の高い、錆びることのないように変質させたインゴットを流し込み。
強度も極限まで上げる。
ちょっと蛇足かなと思ったけれども。
少なくともこれでノウハウは確保できた。
コルちゃんが、違う歯車が壊れたと言ってきても。
すぐに直す事が出来るだろう。
ハロルさんの所に持ち込む。
ハロルさんは、出来が違う二つの歯車を見て。一つは修復したもの。もう一つは新しく作ったものと、すぐに理解したようだった。
「なるほどな。 型か何かを使ったか?」
「分かります?」
「ああ。 精度も悪くない」
コルちゃんの箱に、歯車を組み込み。
ぴったりとはまった。
時にコレは。
一体何をする道具なのか。
聞いてみると、ハロルさんは、試運転も兼ねて動かしてくれた。
箱の横にねじ巻きがあり。それを巻くことによって、勝手に動き出すようになるのである。
しばし聞いていると。
音が流れ始めた。
箱の上部にある、金属の串状の構造が。
持ち上げられては、叩き付けられて。
音を奏でているのだ。
何だか優しい曲だ。
「これはオルゴールと言ってな。 機械の技術によって、音を奏でる道具だ。 ねじを巻くだけで使える事と、何よりとても音が優しい事もあって、ロストテクノロジーにならず、大きな都市ではまだ細々と生産が続いているそうだ」
「大事なもの……」
「ああ、何かの思い出や、プレゼントの品になるかも知れないな」
ハロルさんは、箱を手渡してくれる。
あたしは貰った料金の半分をハロルさんに手渡す。
少し困ったように眉をひそめたハロルさんだが。
しかしながら、あたしだけではどうにもならないのを、手を貸してくれたのは事実だ。
渋々という風情で、その八割だけを受け取ってくれた。
「俺は構造を知っているだけで、直す方法は知らなかった。 直したのはお前だ、ソフィー。 でも、お前の言いたいことも分かるから、アドバイス料は受け取る」
「有難うございます」
「なあ、ソフィー。 もう死んだ奴のことは、いい加減忘れてやれないか」
「それは無理です」
ハロルさんの言葉でも。
それだけは許せない。
あたしの性格は知っているのだろう。アンニュイそうな様子で、ハロルさんは嘆息すると、今日はもう店じまいだと言った。
店を出る。
多少感情を殺すのに苦労したが。
それでもどうにか押さえ込む事が出来た。
呼吸を整える。
多少ふらつきながらも、通りを歩く。
コルちゃんの店はすぐ近くなのだが。
何だか知らないけれども、妙に距離があるように感じてしまう。周囲の光景が歪んでいる気さえした。
まだだ。
あたしは、これから。
準備を整えて。
ノーライフキングの巣穴を叩かなければならない。
邪悪の権化であり。
この近辺における最大の人間の脅威。
邪神が現れるかも知れない、というこの状況下で。
奴を生かしておく訳にはいかないのだ。
いつのまにか。
コルちゃんの店に来ていた。
この間からお店で働いているガンマ22ちゃんは、見当たらない。お使いにでも出しているのか。
コルちゃんは。
完全に表情が消えているあたしを見て。
露骨に分かるくらい震えあがった。
無言であたしは、コルちゃんに箱を差し出す。
「直ったよ」
「あ、ありがとうございます、なのです」
震える小さな手が。
オルゴールを受け取る。
あたしはまだ煮えくりかえる怒りを抑えるので精一杯だ。分かってはいても、こればかりはどうにもならないのだ。
しばし呼吸を整えた後。
視線を向ける。
あたしのアトリエの側。
少し小高い所だ。
教会や。この通りを見下ろすことが出来る。
其処で話そう、という意味である。
コルちゃんは、夕方までは仕事をしているので、その後になるが。
意思は通じた。
あたしはアトリエに戻ると、次の戦いで必要になるだろう道具類を、あらかた準備していく。
そうすれば、夕方なんてあっという間だ。
しばし準備を続けていると。
コルちゃんが来た。
気配で分かる。
あたしも歴戦を積み重ねて、更に常時拡張肉体を飛ばしている状態だ。
現在は拡張肉体を六冊まで増やしている。
そのせいもあって。
もはや近くに何かが近づいたら。
特にそれが人間サイズの場合は。
即応できるようになっていた。
爆弾。
シュタルレヘルンと名付けた、更に強力な冷気爆弾を作り上げると。
プラフタに見せて。
62点を貰う。
まあこんなものか。
難儀なことに、人形になってもプラフタは錬金術を使えない。本当にヒト族の、才能を持った者にしか使えないのだ。
人形の肉体を持っている時点で使えなくなる、という極めて不便なものが錬金術なのである。
こんな面倒なものを、本当に誰が作ってしまったのか。
ともあれ、作業は一段落したので、外に出る。
丘に、コルちゃんは待っていた。
もう腹の虫は収まっていたし。
あたしは、コルちゃんの隣に座る。
「ソフィーさん。 有難うございました。 これは、ソフィーさんにはあまり聞きたくない話だとは思うのですけれど。 お父さんとの思い出なのです」
「……」
その単語は聞くだけで殺意がわき上がってくるが。
コルちゃんはオルゴールを鳴らす。
優しい音楽だ。
子守歌かも知れない。
コレ一つが、芸術品と言って過言ではない品なのだろう。コルちゃんは商人だが、この街に来た時点ではさほど裕福にも思えなかった。
それに、彼女は言っていた。
ホムの大商人は、条件が揃うとたくさんの子供を作ると。
つまり、子供にいちいち名前を付けていたコルちゃんの親は。
恐らくそれほど裕福なホムではなかったのだろう。
音楽が終わる。
ねじを巻き続けないと、音楽が止まってしまう。
不完全な品だ。
魔術で補強するなり。
錬金術を使うなりすれば。
ずっと音楽を奏でるようにする事も出来るだろう。
だが、この金属が作り出す独特の優しい音色は。
確かに代え難い価値を感じる。
職人が魂を込めて作り上げた品なのだと、あたしにも一発で分かるほどに、である。
ぎゅっとオルゴールを抱きしめたコルちゃんは、涙を拭う。
「お父さんとは離ればなれになってしまったのです。 何年か前。 旅先で、匪賊の襲撃を受けたのです。 用心棒が匪賊から守ってくれました。 でも、匪賊の規模が大きくて、皆が散り散りになってしまったのです」
よくある悲劇だ。
特にホムの商人は匪賊に襲われやすいのである。
コルちゃんの家が、不幸だった訳では無いだろう。
「深手を負ったお母さんは間もなくなくなりました。 お父さんは、討伐部隊が匪賊の住処を襲撃したときには、姿が見えませんでした。 恐らくは、逃げのびたのは良いけれど、方角が分からなくなってしまったのか、或いは恐怖で記憶を無くしてしまったのか、どちらかなのではないだろうかという話でした」
そうだろうか。
コルちゃんの一族は、錬金術を使えるのか確認。
あたしからはその単語は使いたくない。
聞くだけなら我慢できるが。
自分から口にしたら、多分殺戮の権化とかして暴れ出すだろう。
コルちゃんは、頷く。少なくともコルちゃんの父親は使えたという。
「ホムの錬金術は体積を犠牲にするんでしょう? ひょっとして、とても小さくなることで、匪賊から逃れたのではないのかな」
「!」
「他に匪賊に捕まった人は?」
「何人かいましたが、いずれも殺されて食べられてしまったのです」
ならば、その可能性は余計に高い。
勿論他の人を見捨てるのはあまり褒められた行動では無いが。
だがしかしながら、荒野ではそうやって生き延びなければいけない事もある。コルちゃんの事を思って、そうしたのかも知れない。
反吐が出る。
コルちゃんのはそんなに良い存在だったのに。
あたしのは。
大きく嘆息。
呼吸を整える。
いずれにしても、涙ぐみながら、希望が見えたとオルゴールを抱きしめているコルちゃんの側で、暴発するわけにもいかない。
あたしは立ち上がると。
何度もねじを巻いて。
オルゴールを鳴らしているコルちゃんを残して。
その場を後にしていた。