暗黒錬金術師伝説6 暗黒!ソフィーのアトリエ 作:dwwyakata@2024
一晩かけてレンズのレシピを書いたが。
簡単にはいかない。
いつも大がかりな道具を造る場合、一週間以上はレシピ構築に掛かるし。
その上でプラフタに駄目出しだって貰う。今回もそうだろうとは思っていた。
朝、霧が出ている中外に出て。
ストレッチをする。
気付いていたので、声を掛けた。
「いるんでしょう。 出てきたら?」
「流石だね」
「大した物よ」
二人の声。
アトミナとメクレットだ。
プラフタはまだ寝ているし、二人にも、護衛にも戦意が無い様子。
最近は街の入り口を一として、要所には魔族の自警団員が探知用の結界を展開しているのだが。
それもまるでオモチャのように突破した、と言う訳か。
それに加えて、顔役。
恐らくパメラさんが此奴らに内通している。
中に入るのは難しくも無かろう。
「邪神を倒したようだね。 君の年齢では異例としか言えないよ」
「あたし一人では到底無理だったよ」
「それはそうさ。 我々だって、邪神を倒す場合には、念入りに準備をして、徹底的に相手の土俵に乗らない」
それは恐らく。
例の不思議な絵画とやらを用いるか。
それとも、そもそも邪神と生身で戦わず、何かしらの手段で安全に相手を嬲るのか。
それとも両方かも知れない。
まあ、推察しても仕方が無いか。
「それで、何か用? プラフタならまだ寝ているけれど」
「ああ、プラフタに用は無いよ。 一つ確認したいことがあってね」
「何」
「君は、この世界を変えたいかい?」
それはもちろんだと即答。
この世界はいびつすぎる。
才能にだけ左右される錬金術。
世界に満ちた理不尽と荒野。
そして何よりも、あからさまに人間に敵意を向けている世界。
こんな状況は、変えなければならない。当たり前の話だ。
それを聞くと、二人はころころと笑い。
そして目を細めた。
「また会おう。 いずれ、きみたちは僕達の居城に辿り着くだろう」
「その時、プラフタと君の意見を聞きたい。 そして、その後どうするかは、その意見を聞いてから決めるよ」
「根絶の力は使わないと」
「あの力を使うかは、その時に決める。 あれは禁忌の中の禁忌だ。 ぼくも、使いたくて使った訳では無いのさ。 どうしても世界を変えなければならないと判断したから使った、それだけだ」
まあいい。
だがあれは本当に禁忌の中の禁忌。
ノーライフキングの猛威や。
吹き飛ばしてしまった北の谷の事を思い出しても。
それははっきり断言できる。
一度の罪とするには重すぎる。
いつの間にか二人は姿を消していた。
見た目はただの子供。
身体能力も高いようには思えない。
だが、それでも錬金術の道具で、武装を重ねているのだろう。
簡単に捕まるようなへまはしない、という事だ。
あたしは何事もなかったかのように体を動かして、鍛錬を終えると。
魔力を練り上げる。
もっと鍛えなければならない。
邪神戦で、それは散々思い知らされた。
あれとは比較にならない、国でも討伐できないのがまだ確認できているだけで三十柱を超えている。
それがこの世界の現実。
あたしが生きているうちに。
そいつらを皆殺しにするのが。
最低限やらなければならない事だろう。
あたしは身体能力も魔力も、まだ伸びしろがある。
これに錬金術の道具による強化を加えれば、いずれ邪神どもとも素手で渡り合える程になる筈だ。
しばしして、修行を切り上げる。
アトリエに戻ると、プラフタが起きだしていた。
二人が来たことには気付いていないらしい。
黙々と起きだすと、本を読み始める。
ぼんやりしているのか。
童話を読んでいるようだ。
まあ頭がはっきりしてない間は、奇行に走るのもまた仕方が無い。
しばし放置しておく。
あたしはその間に、黙々とレシピを考察するが。
はてどうするか。
精度の高いレンズを造るには、色々と難しい技術が必要になってくる。
ならば、レンズを重ねて倍率を上げてみるか。
今まで造ったレンズは、砂の一種を高熱で溶かして、それから取り出した成分を固めていた。
これに関しては、錬金術でなくても出来るのだが。
錬金術でやる場合は、中和剤を加えて材料を変質させ、更に品質を桁外れに向上させる。
深核から作り出した中和剤を用いて、更に品質が高いレンズを造る事は理論的には可能だが。
コストが見合わない。
深核の中和剤は現在でも貴重品で。使う場合は、コルちゃんに大きな負担を掛けることになる。
しばし考え込んだ後。
現状持っているレンズを複数取りだし。
重ねて見たが。
適当に重ねるだけでは駄目だ。
きちんと正確な距離を保たないと、大きく見る事は出来ない。
複数を重ねるとなると。
相当な精度でレンズを重ねなければならないだろう。
レンズを固定する台を作成。
これ自体は、別に台に木の棒を刺すだけで作れる。
レンズは固定するための金具があるので、それと組み合わせて。
更にねじで締められるようにすれば。
予想通りである。
固定は簡単だ。
更に、複数の棒を立て。
同じ仕組みを全ての棒に着ければ。
レンズを自在に上下させ。
任意の地点で、精密に固定できる。
ただし、手動作業では限界があるか。
ここで錬金術を用いる。
基本的な仕組みはこれでいい。
複数のレンズをこうやって組み込めば、後は手動で調整すれば良いはずだ。
問題は、それがとてつもなく面倒な事と。
精度の調整が大変だと言う事。
そこで、支えに使う木の棒そのものを中和剤に浸し。
レンズを固定する金具にも中和剤を用いる。
そして土台は二重にし。
魔法陣を仕込む。
これにより、魔術での自動調整が可能になる。
理論は出来た。
レシピを書いて、プラフタに二度修正を受けて。それで完成。
三日で形になったので。
まあ今回は良い方だろう。
後は実際に作業を行い。
調整をしながら様子見だ。
造るのは一日で出来た。これでも、ものの意思を操作する方法については、散々学んだのである。
レンズも、現時点で出来る、コストと見合った最高品質のものを三段重ねにした。
これで恐らく。
本職が見れば、何処がまずいのか分かるはずだ。
しばし実物を調整。
レンズを覗くと、見える見える。
埃などをピンセットで乗せて見てみると。
具体的にはどういう形をしていたのかが分かる。
毛だったり。
何かの皮膚片だったり。
小さな生き物の死骸だったり。
様々だ。
更にレンズそのものもあたしは変質させた。
これはレンズの精度を上げるため、だったのだが。レンズそれぞれが魔法陣の指示で共鳴しあってものの拡大を自動的に助けてくれる。倍率を上げるのも金具と木の棒が一緒にやってくれる。
その結果、副作用と言うべきか。
今までのレンズでは精々10倍程度の拡大が精一杯だったのが。
1500倍から10000倍程度まで拡大できるようになった。
その代わり装置も少し大型になったので。
考えた後、インゴットを加工して、コーティングすることにする。
さび止めもして完成。
これで完璧だ。
後は、本職に任せるのが良いだろう。
ホクホク顔で、あたしは完成品をハロルさんの所に持ち込む。
ハロルさんは、謎のメタリックな装置を見てぎょっとした様子だが。
しかしながら、装置の説明をすると。
少し困ったように眉をひそめた。
「これだと、覗きながらの作業が出来ないな。 大きすぎる」
「む……確かに」
「いや、発想は素晴らしいし、これはこれで使い路がある。 だが、もう少し拡大精度は下げても構わないから、小型化出来ないか」
「分かりました。 やってみましょう」
いずれにしても、これについては買い取ってくれるという。
失敗作なのに良いのかと聞くと。
ハロルさんは考え込んだ後、失敗作では無いと答えた。
「恐らくこれは時計では無いものを修理する時などに、大きな力を発揮できる筈だ。 失敗作などではないし、ノウハウを残しておけばきっと役に立つ。 そもそも俺は戦闘ではあくまで後方からの支援しかできないし、お前達をいつも前線に立たせて申し訳ないとも思っている。 愚痴くらいしか聞けない情けない兄貴分だ。 それでも、お前の未来に少しは投資くらいさせてくれ」
「そんな、愚痴を聞いてくれるだけでも」
「いいんだよ。 たまには格好くらいつけさせろ」
料金を押しつけられる。
まあ、いいか。
あたしとしても、事情を知った上で一人の人間として接してくれるハロルさんのような相手は大事だ。
それに、ハロルさんは才覚が足りないかも知れないが。
それで機械技術者としてやっていけないのは。機械技術そのものに、錬金術と同じ根本的な欠陥があるとしか言いようが無い。
ならば。
このお金は、未来のために。
受け取っておくべきだろう。
アトリエに戻る。
プラフタに事情を説明。
プラフタは、話を聞き終えると。素直にハロルさんを褒めた。
「立派な方ですね。 ですが、恐らくさぞや苦しかったことかと思います。 自分の力量が足りない事を認められる人間はあまり多くありません。 ましてやコンプレックスとつながっている場合は、相当に大変なはずです」
「あたしにとってはね。 親はおばあちゃん。 親代わりはパメラさん。 家族代わりはハロルさんと、モニカとオスカー。 それにプラフタなんだよ。 だから、何とかしてあげたい」
あたしはいかれている。
狂気に足首まで掴まれている。
それを知った上で。
支えてくれている人には、きちんと敬意を表したい。
プラフタも、あたしが狂っているのに、それを頭ごなしに修正しようとかはしなかったし。
苦しみながらも、あたしの狂気に常に向き合ってくれている。
家族と言っても良いだろう。
プラフタはしばらく無言でいたが。
やがてアドバイスをくれた。
あたしも大まかな設計図はもうできていたので、レシピはすぐに出来た。
まあ小型化は難しくないし。
精度も落として良いならなおさらだ。
ただ、インゴットの加工などが大変なので。
その辺りは、ロジーさんのお店に話を持ち込んで、やって貰った。
なおロジーさんのお店だが。
今、あたしがインゴットを持ち込んで、それによって高精度の武器が作れると言う事で、評判になっており。
キルヘン=ベルに来る商人が、在庫を確認さえしていくという。
故にか。あたしが仕事の話を持ち込むと。
優先的に作業をしてくれた。
ただ仕事を少しばかりしすぎているからか。
ロジーさんはちょっとばかり窶れているようにも見えたが。
いずれにしても、本職に任せるべき仕事は任せ。
あたしはレンズを造る。
調整を自動で行う仕組みは既にノウハウが確立済みなので、
翌日ロジーさんに金属コーティングが終わった棒を受け取ると。
組み立てを実施。
覗いてみると。
小さな歯車が、とても大きく見えた。
倍率は10000倍まではいかないが。それでも今までのレンズとは比較にもならない。大体3000倍までは行ける。
小型化したため、レンズを三連では無く二連にしたが。それでも、時計の歯車の状態チェックは充分に出来る。
ハロルさんの所に持ち込む。
頷くと、ハロルさんは早速、時計をそれでチェック。感嘆の声を上げた。
「親父はこんな世界を見ていたんだな」
「……」
悔しそうだが。
声には間違いなく感歎も含まれていた。
視覚だけではなしえない、「勘」の領域による職人芸。
誰もが出来る訳では無い技の数々。
それを技術で克服できるなら。
進歩と呼べるはずだ。
一人にしか出来ない技は、問題だ。再現が出来ないのなら、その一人が死んだ時点でロストテクノロジーになってしまう。
一人しか知っていない事も問題だ。
誰かに伝えなければ、その時点でこの世から消え去ってしまう。
だが、こうやって。「勘」によって生じる力量差を埋める技術が確立すれば。
錬金術だって、同じ事が出来れば。
世界は変わるのではないのか。
現在さえない世界。だから力尽くでも変えなければならない。
それは確かに正論だ。
この世界には、現時点では現在さえない。
ただ、綱渡りをしているだけで。
いつ滅びてもおかしくない。
始まってさえいないのだ。
だが、未来を奪うのはいけない。
それもまた事実だ。
根絶の力による災禍は、実際に目にした。あのような力を使うことは、絶対に許されてはならない。
まもなく、ハロルさんが、時計の不具合の位置を特定した。
そして、彼は言う。
この装置があれば。
直せると。
数日後。
ハロルさんが、あたしがアトリエで街に納入する物資をせっせと調合している所に来た。一段落するまで待ってから、声を掛けてくる。
その間に、プラフタが茶を出してくれた。
この茶も、あたしのブレンドだが。
そのままだと味が独特なので。
砂糖とか蜂蜜とかを欲しがる人も多かった。
いずれも高級品だが。
あたしのところには在庫がある。
故にそういう贅沢を言う訳だ。
なお蜂蜜は蜂の巣を丸ごと潰して絞って造る。砂糖は何種類かの果実から、抽出して造る。
砂糖の方は、最近出来るようになったのだが。
大量に造って納品してくれと、コルちゃんに言われている。
飛ぶように売れるそうである。
ハロルさんは、あたしのブレンド茶をそのまま飲みながら。
作業が終わったあたしがテーブルの向かいに座るまで、根気強く待ってくれた。
「ありがとう。 時計は直ったよ」
「良かった。 それで原因は何だったんですか?」
「埃が詰まっていたんだ。 それで歯車が回らなくなっていた。 それくらい繊細な歯車だったんだ。 埃を取り除いたら、冗談のように動くようになった。 親父だったら、即時に問題を特定していただろうな」
「でも、今同じ修理を行う事が出来た、筈です」
ハロルさんは苦笑いする。
そして、もう一度礼を言うと。
お金を渡してくれた。
思ったよりもかなり多い。
「実は後日談があってな。 親父も昔は、時計だけではなく色々な機械の修理に苦労していたらしい。 何度も失敗して、勘をある時突然身につけたそうだ。 それからは天才と呼ばれるようになったらしくてな」
「!」
「何でも業界用語では天啓とかいうらしい。 俺には恐らくそれは来ないだろう。 だが……天啓を貰った親父に並ぶことが出来たのも事実だ。 それに客は感謝してくれた」
ぺこりと頭を下げる。
兄貴分であるハロルさんは、近づきがたい雰囲気があるが。
それでもこんな風に頭を下げてくれたのは、本当に嬉しかった。
そして、最後に言われる。
「あの拡大する装置だが、多分小さい方なら商品として需要があるぞ。 ホルストさんに見せてみろ」
「分かりました。 今度また造ります」
「俺のように天啓がなくて困っている機械職人を救うはずだ。 誰にでも造れるように、レシピも整備してくれると嬉しい」
ハロルさんはアトリエを出ていく。
あたしはため息をつくと。
プラフタが茶を片付けるのを横目に言う。
「同じような事、錬金術で出来るようにしたいね」
「……始原の錬金釜という言葉について覚えていますか」
「ああ、あの二人組が口にした」
「そうです。 あれは私が生きていた頃に研究していたものです。 完成はしませんでしたが、錬金術を初歩的なものであれば、誰にでも使えるように、という考えの元でレシピを組んでいました」
二人に回収されたのは当然だろうと、プラフタは言う。
何しろ、二人はルアードと名乗った。
ならば、二人とプラフタはアトリエを共有していたのだ。
プラフタが何かしらの方法で隠しでもしない限り。
レシピを回収されるのは当然だとも言える。
「しかし、貴方も知っての通り、錬金術は才能が全ての学問です。 初歩だけでは、魔術と大差ない力しか出せません。 最終的に私は始原の錬金釜を、失敗作と判断したのです」
「それでも、差を埋めるために使えないかな」
「……錬金術の力は、神の力に匹敵すると言われていました」
神の力、か。
大げさとは言えまい。
急激に緑化が進んでいるキルヘン=ベル周辺。既にキルヘン=ベルは人口600を超えており、急ピッチで新市街地の工事も進んでいる。
今、全自動荷車と、全自動荷物積み降ろし装置の追加注文も来ていて。
畑に関しても、更に拡がり続けている。
元が荒野だったのだ。
森の一部には獣が住み着き始めているが。
荒野にいる危険な獣と違い。ある程度大人しくなっている。
勿論子供が手を出して噛まれないとか、そういう愛玩道具のようなおとなしさではないが。
専門の訓練を受けた人間達が総掛かりで処理をしなければならない、というような危険な猛獣では無く。森の管理者として、必要な武力を持つ動物としての獣だ。
森だけでは無い。
橋にしてもそうだ。
材料さえ揃えば、既存の不便なインフラを一瞬にしてひっくり返す錬金橋は。
今後何らかの方法で、普及させようと考えている。
これが普及すれば、山奥で孤立しているような村や。
厳しい地形で難儀しているような人々も。
ぐっと安全で楽な生活を出来るようになる。
今までの環境がおぞましいまでに厳しすぎたのだ。
こうやって、少しでも世界を変えることが出来れば。
現在を作っていく事が出来るのでは無いのか。
そうすれば未来を奪ってまで。
現在を変えなくても良くなるのではあるまいか。
だが、まだまだあまりにもあたしの力は小さすぎる。もっと出来る事は多いはずだ。
あたしは大まじめに、さっきの拡大装置を作り始める。ロジーさんにインゴットを渡して棒を増やして貰い。
材料を用意して組み立てる。
ホルストさんの所に完成品を持ち込むと。
確かにとても喜ばれた。
「これは素晴らしい。 確かにこれがあれば、今までどうしても難しかった作業も出来るようになりますね」
「修理はあたしの所に持ち込んでくれればすぐにやります」
「メンテナンスは大丈夫ですか」
「魔術で自動で行うようにしてあるので平気ですよ」
頷くホルストさん。
具体的にはレンズ回りの風の動きを調整して、埃がつかないようにしている。
他にも幾つか自動メンテナンス機能はついているのだが、説明はしなくても大丈夫だろう。何よりこれはレンズ回りに触らなくても大丈夫なのだ。汚れの最大要因が無い。
機械技術のある街と取引がある商人に売ると言う事で、早速ホルストさんがコルちゃんと話を始める。
納品要求数は5。
まあ、すぐに作れる数だ。
あたしは少しでも世界をよくするために。作業に取りかかるべく、アトリエに戻る事にした。
こういった、世界を変える作業を。
誰もが行う事が出来れば良いのだが。
アトリエに戻りながら、その方法を考える。
だが、すぐには。
良い考えは思いつかない。