転生一九三六~戦いたくない八人の若者たち~   作:紫 和春

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第110話 キーロフ

 一九三九年二月一日。ソビエト連邦、キーロフ。

 ドーバー海峡やイギリス海峡、ブリテン島本土では、バトル・オブ・ブリテンが続いている。

 そんな中、シベリア鉄道の停車駅があるキーロフでは、日本、ソ連、そして新生ロシア帝国の三ヶ国による日ソロ共同会談が執り行われていた。

 今回のために、日本から親善大使団と宍戸、すず江が参加する。ロシアも全権大使と外交団を派遣した。

 今回のために、ソ連は以前のロシア帝国皇帝が使用していたお召列車を改修したロシア皇帝専用列車を運行させている。

『こうやって対面で話すのは初めてだね、シシド』

『そうだな。皇帝陛下』

 列車内での接触は禁止されていたため、キーロフ駅で初めてお互いの顔を見る。

『色々と話さなきゃならないことはあるけど、まさかシシドが妻帯者だったとはなぁ』

『政府の策略の一環に過ぎないよ』

 少し後ろで聞いているすず江に聞こえないよう、スマホのボリュームを落として会話する。

『さて、本当にやることがたくさんだ。お互いへばらないように頑張ろう』

 こうしてやるべきことをサクッとやっていく。

 まずは日ソ中立協定。次にソ露停戦協定。そしてソ露におけるシベリア鉄道共同運営権の、主だった三つを締結する。

「ソ連と中立協定を結ぶなんて、戦争が始まる前には思いもよりませんでした……」

 宿泊先にて、すず江がそのように言う。

「そうだなぁ。自分がいた世界でも、ソ連は日本の敵だったし、今の世界大戦が終わったときにはアメリカと敵対していたからなぁ」

「米国と敵対するんですかぁ……。それは大変ですね……」

「自分はその時代に生きていたわけではないけど、歴史としてはかなり大変だったと教わったな」

 米ソ対立による冷戦。鉄のカーテンが下ろされたあの時代は、まさに異様な時代だったと言えるだろう。

「さて、明日はもっと大変なことになるぞ」

 翌、二月二日。

 この日は事務次官級の会談が行われる。とはいっても、事務員がこの後控えている共同会見に向けての原稿を作ったり、それぞれの意思疎通を図る場面だ。宍戸たちの出番はない。

 だが、この事務次官級会談に発言権のないオブザーバーとして、宍戸は出席していた。

「……それでは、我々三ヶ国は平和という目標を設定し、そのためには武力を用いることを惜しまない、という共同声明を採択します。いかがでしょう」

 ソ連とロシアに翻訳がなされ、両国とも了承である挙手を行った。

「では採択します」

 こうして、日ソ露は共同声明を発表する。それは、ある一ヶ国を名指しした声明であった。

『我々は、ドイツの優生思想は人類全体に対する差別的行為であると共に、全ての人類を殺戮の一途に追いつめるであろう。人々は自由で、かつ博愛でいるのが一番である。それを己の自己満足で、己の価値観のみで語るのは笑止千万である。我々は、ドイツの蛮行を許しはしない。ドイツの独裁者、ヒトラーは人類に対する悪だと明言し、共同声明とする』

 この声明は、ある種ドイツに対する挑戦状とも言えるだろう。

 数時間後、その声明を聞いたヒトラーは怒り狂っていた。

「何なんだ、こいつらは!? 私の理想を世界に知らしめているだけなのに、どうしてそんなことを言える!? 世界はたった一人の優秀な統率者がいれば全て解決する話だぞ!?」

 その怒り狂った姿を、ゲッベルスは止めようとはしなかった。ここで怒りを抑えようものなら、自分の頭に鉛玉が飛んでくるだろう。

「つい先日だって海軍戦力の半分を失った! 日本からも断交されて宣戦布告された! 一体誰の仕業だ!?」

 机の上にあった書類や卓上照明が無残に散る。それだけストレスも抱えていたのだろう。

「はぁ、はぁ」

 一通り暴れたヒトラーは、すぐにゲッベルスと向き合う。

「この声明に対抗するような原稿を用意しろ。我々には小さいながらも味方がいる。彼らに向けて演説するのだ」

「承知しました」

 そして、日ソ露共同声明が発表されてから十八時間後に、ヒトラーがラジオを通じて演説する。

『我々は一人の統率者、優秀な人種、優秀な科学技術を有している。これは全て世界政府樹立のためでもある。そのために、裏で糸を引いているであろうユダヤ人を処刑するのは、致し方ない犠牲であると言えるだろう。この事実が示すように、人類は全てが平等ではない。優劣を決定し、それぞれが身の丈にあった世界を享受するのは合理的であろう。我がアーリア人種が管理をする世界なら、絶対的な間違いなど発生しない。これは真理なのだ』

 この演説をキーロフからの帰路で聞いた宍戸。

「やっぱりそうなるか……」

 ヒトラーに対する嘘も、十分に効いているようには感じない。むしろそれを理由に結束が強まっているようにも感じる。

「やっぱり、戦争しかないか……」

 宍戸は残念そうに言いながら、改めて決意する。

「対独戦線を引く」

 これも、戦争を終結させるための戦争なのだから。

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