一九三九年三月三日。アメリカ、ホワイトハウス。
この日トルーマン大統領は、カーラ・パドックの軟禁を解き、大統領執務室へと招いていた。
「こうやって話すのは、随分と久しぶりじゃないかね?」
「えぇ……。本当に久しぶりです」
どこか緊張気味のパドック。それを見たトルーマン大統領は、手を机の上で組んでゆっくりと話し始める。
「君がたびたび口にしていた、対話による戦争の回避。残念ながら、これは達成できなかった。一時的とは言え、世界の至る所で戦闘があった。今はドイツに対する戦争へと切り替わったが、本質は変わっていない」
そういってトルーマン大統領は、高級そうな冊子を手に取り、その中に入っていた紙を見せる。
「これは、オルレアン・フランスに陸軍と海兵隊を上陸させることを許可する大統領令だ。つまり、フランスが再び戦場になる命令の紙とも言える」
「それって……」
「まぁ……。また一歩、君が言う対話での解決には至らないというわけだ」
「……どうして、どうして私に言うんですか?」
パドックの疑問も当然だろう。彼女は完全に政治から離れた状態にあった。一般人となっていたパドックを呼び戻す義理はない。
「そうだな。私は君のことをルーズベルト前大統領、その前のカーター元大統領の頃から見てきていたが、君は戦争のことを禁忌か何かのように理解しているように見える」
「えぇ……、そうですね……」
「戦争を禁忌として見るのは素晴らしいことだ。戦わないのなら、それに越したことはない。しかし、戦争というのは外交の一種だ。交渉において、もう一歩も引けない場所まで来た国同士が、最後に取る手段が戦争と言える」
「そうならないように、対話による解決が必要なんです……!」
「果たしてそう言い切れるかね?」
トルーマン大統領がパドックに問いかける。
「どういうことですか……?」
「戦争というのは、いわば対話の延長線上にある。よく言うだろう? 言葉も時には刃物になる。対話も戦争も、根本にある暴力性は変わらないのだ」
「だから、私に戦争を、争うことを認めろというんですか……?」
「それもある。しかしそれ以上に、君の持つ信念は素晴らしいということだ。対話があれば、少なくとも戦争を遅らせることが出来るからね。それに、対話によって発生する様々な意見は、民主主義の根幹とも言える。だから、君が持つ信念を曲げずに持ち続けてほしい」
パドックは少し驚いた。今まで対話のことについては、腫れ物のように見られ続けてきた。今もその偏見は抜けきっていないだろう。
しかし、トルーマン大統領はそれを否定はしなかった。それに、対話は民主主義の一つであることを理解してくれた。
それだけで、パドックは救われたような気がした。
「でも……、私のいる場所はありません。この戦争がはびこる世界で、対話で止まるとは思えません……」
「それはそうかもしれない。しかし、完全に使えないというわけではないだろう。仮の話だが、戦争が終わったあとのことを考える必要が出てきた時に、君の信念が活きてくるはずだ。まぁ、それまでは暴力が支配する無法な世界だろうがね」
そういってトルーマン大統領は立ち上がる。
「君が必要とされる時代は、もう少し後のことになるだろう。その時は、その手腕を遺憾なく発揮してくれたまえ」
トルーマン大統領はパドックの前に行き、手を差し出す。
その手をパドックは取る。
「はい……!」
彼女の出番は、まだ先の話だろう。だが、確実に求められる時はやってくるはずだ。