一九三六年四月二四日。第九師団は、バレンシアまで残り五キロメートルのところまで来ていた。すでに夜を迎えており、ここから攻勢をかけるのは困難と判断、翌朝まで休憩となった。
「で、サンフルホ中将と連絡は取れたのか?」
「連絡自体は取れましたが、どうやら政府軍の攻撃があったようで、断片的な情報しか受け取れませんでした」
「全て揃った情報が手に入るのは稀だからな。今は手に入った情報だけでなんとかしよう」
山岡中将は、参謀と各連隊長を呼び出す。
まだ冷たい風が吹く野外に、簡単なテーブルと椅子、ランタンの明かりが用意される。
「それで、向こうはなんと言ってきた?」
「聞き取れた単語だけ拾いますと、『西』『政府』『空軍』くらいでしょうか。他の言葉は、激しい銃撃によって判断がつきませんでした」
「そうか。この言葉だけで考えると、『西から政府軍の空軍が来ている』といった具合だな」
山岡中将が考察する。
「この情報が正しいとして、空軍の偵察が来ていると判断したほうが良さそうだな」
「空軍ですと、我々の手には負えないですね……」
国崎大佐が悔しそうに言う。
「それでも、前線にいる反乱軍のことを考えれば、無視するわけにもいかないだろう。脅威となる航空機も、戦闘機だけのはずだったか」
「それでも十分脅威です。簡単に体が引きちぎれますよ」
「だが、戦場は街中だ。違うか?」
山岡中将が確認する。
「……えぇ、街中です。ここより圧倒的に死角が多いです。しかし、地面と空中では大きく異なります」
「それなら問題はない。街の上を飛ぶ航空機より、街中にいる戦車のほうがよっぽど脅威だ」
山岡中将の絶対的な価値観により、国崎大佐の不安の種は潰された。
「それと、銃撃で聞こえなかった情報というのはどういうものだ? 大雑把で構わないから聞かせてほしい」
「それですと、『迫撃砲による攻撃』『海岸線で待機』『連隊が分断』『負傷者多数』といった具合です」
「ふむ。迫撃砲か、もしくは歩兵砲が前線に来ている可能性があるな。こちらには山砲がある。そこまで目くじらを立てる相手でもあるまい」
山岡中将の予想と、優位差を感じさせないような発言だ。
「『海岸線で待機』と、『連隊が分断』という言葉から、反乱軍が敵勢力によって二分された可能性がありますね」
「そうだな。問題は分断された方向だ。北に分断されたのなら、これから合流して攻勢をかけられる。南に分断された場合は、敵に包囲殲滅されている可能性がある。これが非常にマズい」
「今連絡が取れているのは、海岸線にいる部隊でしょう。分断されたほうの部隊と連絡が取れればいいんですが……」
「今は祈るしかあるまい」
山岡中将は無慈悲なことを言う。
「まずは最前線に偵察を出して、分断された部隊がいるかどうかを確認しよう。そこから、作戦行動を変えるように考えるか」
こうして、各連隊長と協議をし、作戦行動を決定する。
そして夜が明けた。作戦が各連隊に伝えられ、いよいよバレンシアに突入する。
「偵察隊を出せ」
山岡中将の命令で、歩兵数名と通信兵数名がバレンシア中心部へと走り出す。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ」
偵察隊は賢明に走る。自動車を使えば楽だが、敵に見つかる可能性がある。安易には使えない。
建物の高さが上がり、いよいよ街中に突入する。
「死角が増える。慎重に進むぞ」
走るのを止めて、早歩きで街中を進む。周囲の警戒をしながら、建物に囲まれた道を歩く。
すると、前方に人影を見る。
「止まれっ」
先頭にいた兵が、小さい声で鋭く言う。偵察隊は壁に近寄り、身を隠す。
兵士が建物の角から様子を伺う。そこにいるのはスペイン軍の身なりをしていた。
「アレはどっちだと思う?」
「連隊にしちゃ、数が少ないな」
「合言葉とかないのか?」
「分からん」
所属不明の部隊の前で、コソコソと話し合う偵察隊。隊長の兵が決断する。
「この際だから、堂々と前に出て、話し合ってみよう」
「話って、誰がするつもりだ?」
「俺がする。こういうのは言い出しっぺがやるもんだ」
そういって隊長は、小銃を肩に掛け、背筋を伸ばしてそのままスペイン軍の前に出ていった。
「おい、どうすんだよ」
「俺らもやるしかねぇ」
他の歩兵と通信兵も、なるべく身なりを整えて、堂々とスペイン軍の前に行く。
すると、スペイン軍の兵士の一人が、偵察隊のことを見つける。
『おい、ここで何している?』
「どうも。我々は大日本帝国陸軍第九師団第七連隊所属の歩兵であります」
すかさず通訳の歩兵が話をする。
『こんにちは。私たちは日本人です』
『日本人? ということは、アンタらがサンフルホ中将が言っていた日本兵か?』
「どうやら、我々のことを知っているようだ。サンフルホ中将のことも話している」
「諸兄らは反乱軍で間違いないか?」
『あなた方は反乱している側ですか?』
『そうだ。我々は反乱軍だよ』
これで確定した。反乱軍の分断された部隊は北側にいたのだ。
通信兵が、和文のモールス信号で通達する。
「そうか、それなら十分だ。進軍するぞ」
こうして第九師団は、バレンシアへと突入する。