アメリカ、ニューヨーク。現地時間一九三六年七月三日。
転生者であるカーラ・パドックは、大統領の勧めによってニューヨークに来ていた。
転生前とそこまで変わらない景色が自動車の外に広がっている。強いて違いを挙げるとすれば、街頭にある液晶画面がないくらいか。
「私、ニューヨークには来たことないですけど、どこか懐かしさを感じますね」
「それは素晴らしい。百年先も、アメリカの栄光は輝いているのですね」
付き人の男性が、感嘆の声を上げる。
(確かにアメリカの影響力は世界中に及んでいるけど、限界を迎えていたのも事実ね……)
こんなことを言ってしまうと、何をされるか分からない。パドックは心の中にしまった。
自動車から降り、ニューヨークの街を散策する。
「私の世界でも騒がしかったですけど、ここも同じくらい賑やかな場所ですね」
「それはもちろん、世界の全てがここにありますからね」
「そうなんですか……」
(それって、世界の覇権もってことよね?)
これも口に出すと危ない気がしたので、心の奥にしまう。
現代よりも綺麗な、舗装された歩道を歩く。そのうち、近くにあったカフェに入る。
「こんな裏道に綺麗なカフェなんて、なんて贅沢なんでしょう」
「それもそうです。ここはニューヨークなんですからね」
付き人の男性は、鼻高々にそんなことを言う。
そんな付き人をよそに、パドックはコーヒーの入ったカップを置いて、窓の外を眺める。
「でも、ここにいる大勢の方は、これから戦争になっても知らん顔をしているんでしょうね」
「……それはどういうことでしょう?」
「今、ナチス・ドイツがヨーロッパを覆いつくそうとしているのは知っていますよね?」
「えぇ、もちろん」
「あと数年もすれば、アメリカは否応なしに戦争の道へと突き進むでしょう。そしてそれに呼応するように、日本とも戦争になります。この世界情勢では戦争は避けられないのかもしれません」
「祖国を守るためなら、必要なことですよ。ま、仮に戦争になったとしても、合衆国が戦場になることはないでしょうね」
「……どうでしょうね」
パドックは少し心配していることがある。
かつて日本は、上空にあるジェット気流と風船を使って、米国本土を爆撃する計画を立て、実際に決行した。当時は電線に引っかかったり、ピクニック中の民間人が犠牲になったりしている。そして、史実のアメリカ政府が恐れたのは、風船爆弾に生物兵器が搭載されていた場合だ。もしペスト菌が搭載されていれば、それだけで脅威となり得る。
それに史実では、日本は米国本土爆撃のための潜水空母も建造していた。これらが有効的に活用されてしまえば、アメリカは間違いなく混乱に陥るだろう。
(シシドは反戦を望んでいるけど、いざとなれば戦うと明言していた。もしシシドが止まらなかったら、私たちは争い合うしかないのかもしれない……)
そんなことを外を見ながらぼんやりと考える。
その時だった。パドックと付き人のいるテーブルに、黒に近いトレンチコートと眼鏡をした男性が立ち止まる。
「失礼、少し質問よろしいですか?」
「なんでしょう?」
付き人が対応する。
「そちらのお嬢様の名前は、カーラ・パドックでよろしかったでしょうか?」
「……えぇ、そうですが?」
すると男性は懐に手を突っ込み、何かを取り出す。
「申し訳ありません、ここで死んでください」
取り出したのは拳銃。その銃口がパドックの頭に向けられる。
気を抜いていたパドックは、突然のことに動くことができなかった。
引き金が引かれる瞬間、付き人が男の手首に向かって手を伸ばす。ほんの少しだけ射線が変わり、パドックの後ろ髪ギリギリの所をかすっていった。
「逃げてください!」
付き人はそのまま男と取っ組み合いになる。
周辺に響いた銃声により、店内はパニック状態だ。パドックもその場から必死に逃げる。店を出て、今まで来た道を走って引き返す。
自動車の場所まで戻ってくると、運転手をしていた付き人が慌ててパドックのことを確保する。
「何があったんですか!?」
「わ、分かりません……! 突然私の頭に銃が向けられて……!」
「とにかく移動しましょう! ここに残るのは危険です!」
「でも、一緒にいた方は……!?」
「彼も工作員の一人です。単独行動もできますよ」
そういってパドックは、半ば強制的に自動車に乗せられ、ニューヨークの街並みから離れていく。
数十分ほど車を走らせる。
「ここまで来れば、とりあえず問題はないでしょう」
運転手がそういって、路肩に車を停める。
「とにかく、このことを本部に伝えなければ……」
そういいながら運転手は自動車を降り、トランクに積んであった通信機器を取り出す。
それを操作して、電波を受信しだした時だった。
「なにーっ!」
運転手は思わず叫び声を上げた。
「ど、どうしたんですか?」
「大統領が……、カーター大統領が暗殺された……」
「なんですって……?」
世界の運命の歯車が軋み出す。