一九三七年三月十四日、大本営立川戦略研究所。
ここの所長室で、様々な情報が報告される。
「現在のソ連の状況ですが、ほぼ停滞状態と見ていいでしょう。ここ数週間での戦闘は、白ロシアとの小規模な衝突が二、三回発生したのみで、以降の行動はないものと見られます」
「それに関連する話ですが、新生ロシア帝国を国家として承認するよう求める国民の声が大きくなっています。新聞各社、ラジオ各局も国家承認するように促していますし、我々としても無視できない状況になっています」
「実際、イギリスとドイツは新生ロシア帝国を国家として承認する動きを取っています。逆に、国家承認に反対しているのはイタリアとソ連ですね。フランスは今のところ沈黙を保っています。まぁ、こんなご時世なので、まともな国家承認など出来るとは思いませんが」
「ここ一ヶ月の米国の動きですが、いつものように対日対独の経済制裁を強める動きが出ています。特に石油の輸入量は日を追うごとに減少し、そろそろ備蓄タンクから石油を出していかないと立ち行かなくなる状態です。他の備蓄に関しても同様です。一刻も早く打開策を取らなければ、いつぞやの机上演習と同じ結果になるでしょう」
「現在のスペイン内戦ですが、小康状態で落ち着いています。強いて言うなら、反乱軍のほうが優勢といったところでしょうか。あのコンドル軍団の働きもありますからね。しかし戦線は膠着しているので、年内の決着は困難でしょう。しばらくは何かしらの報告を受けることはないかと」
「外務省の工作員が行っている、植民地での独立運動のきっかけ作りが始まりました。これにより、現地の住民に独立運動の機運は高まっていると感じさせることができるでしょう。この工作には最低でも二年はかかる見通しです。もちろん、現地住民の理解によっては、時期が前後する可能性があります。それまでに、英仏との交渉を終えられればいいんですが……」
「余談といえば余談なのですが、時折英国首相の発表する声明などの中には、事実に基づかないような、若干改変された嘘のような言葉が含まれているのを感じます。何か裏で糸を引いているのでしょうか?」
三月某日。日々を過ごしていると、報告と共に春をもたらす暖かな風を感じるようになる。
「春ですねぇ。この時代は杉が少ないので、花粉症で困ることがなくて助かります」
「宍戸所長、すごく呑気にしていますが、軍靴の音が近づいているのですよ」
「穏やかな三月の風。大和の国の侘び寂びを感じる……」
「宍戸所長」
林が静かに怒る。
「分かってますよ。この穏やかな風景の中にも、戦争が近づいている雰囲気を感じてますから」
「分かっているのなら、いいのですが」
「はぁ。これが世界大戦前夜の空気とは思えないなぁ」
外からはウグイスのさえずりが聞こえる。
どこかピリピリとした空気が、日本全土を覆っていた。