転生一九三六~戦いたくない八人の若者たち~   作:紫 和春

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第61話 レンドリース

 一九三七年六月三日。

 ホワイトハウスの執務室で公務に励むルーズベルト大統領の元に、カーラ・パドックが執務室のドアを乱暴に開けて入ってきた。

「大統領! 聞きましたよ! レンドリース法を成立させるつもりですか!?」

「君か。公務の邪魔だから出ていってくれたまえ」

「大統領! 質問に答えてください!」

 ルーズベルト大統領は、一つため息をつくと、持っていたペンを置く。

 そしてパドックの目を見て話す。

「その通りだ」

「では直ちにレンドリース法を止めて、中立の立場でいてください!」

 それを聞いたルーズベルト大統領は、指で机を軽く叩きながらパドックに言う。

「いいかね? 今、同盟国であるフランスが危機に晒されている。君は、友人が酷い暴力にあっているのを見て、何もしないことができるのかね? それと同じことが起こっているのだよ」

「ですが……!」

「それに君は、中立であることを何もしないことだと勘違いしているようだ。中立国であるスイスを見てみなさい。彼らは中立のためならば、敵も、敵の敵も関係なく攻撃する」

「うっ……」

 パドックは言葉に詰まる。ルーズベルト大統領はそこに追い打ちをかけるように喋る。

「そもそも、だ。ナチス・ドイツは、我々民主主義とは相反する独裁主義だ。これは我が国アメリカ合衆国が見逃すことはできない存在である。それに、ファシストという思想は非常に危険極まりない考えだ。ファシストが拡大すれば、世界秩序は不安定な状態に陥り、人々は恐怖の中で暮らすことになる。こんなことはあってはならない。我々アメリカ合衆国は、自由を求める国家である。それなのに中立でいることは、決してあってはならないことなのだよ」

 少しゆっくりな口調で、しかしはっきりとした言葉遣いでパドックを詰める。

 しかし、パドックも言い負かされているだけではない。

「ど、独裁主義というなら、ソ連の政治形態だって独裁状態ではないですか。そんなソ連と形式上は協力体制にあるでしょう。ナチス・ドイツと何が違うというのですか?」

「彼らはナチス・ドイツに敵対している。我々もナチス・ドイツと敵対している。ナチス・ドイツの敵同士だから、表向きは仲良くしているのだよ」

 そういってルーズベルト大統領は、顎に手をやる。

「そういえば君の話だと、これから起こる第二次世界大戦の後は、我が国とソ連が対立するとのことだったな。私も、ゆくゆくはソ連と敵対すると思っているが、今は仮初の関係を築いておくのが得策だろう」

「そうでしょう? なら話し合いの場を設けて……」

「駄目だ。対話を試みたところで、相手の気分を損ない、より戦争へと引きずり込まれるだけだ」

 パドックは他の例えを出す。

「対話ならできます。最近、イタリアの国家ファシスト党が解散するニュースがあったはずです。ムッソリーニは黒シャツ隊による暴力ではなく、正当な民主主義と対話による交渉で連合国に入ろうとしているではないですか。これは良い兆候と言えるのでは?」

「なら、ナチ党を解散させるだけでドイツ軍の侵攻は止まるのか? ナチ党を解散させたところで、ヒトラーはフランスやポーランドから手を引くのか?」

「それは……」

「現実的ではないことは、君もよく分かっているはずだ。ファシズムとは、簡単に言えば目標に向かって集団を突き動かす強力な催眠術だ。そのために国家の象徴を創り出し、民族の統一を叫び、異端者の排除を行ってる。はっきり言って、これは異常な状態だ。作られた虚構の神を信じることなど、人間のしていいことではない」

 パドックは論破された状態にある。

 それでも彼女は話し続けた。

「それでも、分からないじゃないですか。実際に話してみないと、相手を知ることができません。どうか、話し合いの席を設けてください」

「『相手を知ることができる』とのことだが、話し合うことで、逆に相手の話に乗ってしまう可能性は考えなかったのか?」

「あ……、それは……」

「むやみやたらに話し合えばいいものではない。外交における話し合いや議論というのは、常に相手に銃口を向け、そして銃口を向けられる状態であることを認識したほうがいい。話し合いもまた、殺し合いの一つなのだよ」

 そういってルーズベルト大統領は、自分の公務に戻っていく。

「大統領……」

 パドックは、すがる思いでルーズベルト大統領のことを呼ぶ。

「いい加減部屋から出ていってくれたまえ。理想論ばかり言っては、世の中を動かせないぞ」

 ルーズベルト大統領が近くにいた警備員に目配せをする。その警備員はパドックの肩を掴んで、そのまま執務室から追い出した。

「……んもう!」

 パドックは少し怒りを露わにするが、すぐに冷静になった。

「私、どうしたらいいのかしら……」

 彼女の呟きは、静けさの中に消えていった。

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