一九三七年七月十日。
ドイツによるフランス侵攻は、少し勢いが落ちて前線が停滞するようになってきた。それでも電撃戦の効果は高く、ドイツ陸軍機甲師団はジワリジワリとパリに接近しつつある。
そんな中、日本とアメリカの首脳陣による第二回日米対話が行われた。
結論から言えば、アメリカの━━もっと言えばルーズベルト大統領の意見は変わらなかった。日本に対する制裁は変わらず行うとのことだ。
つまり、今回の対話も無意味であったということである。
「今回も駄目でしたね……」
職員が片づけをしている中、宍戸が米内総理に話しかける。
「まぁ、向こうの転生者が必死に対話を求めていたからな。今回は大統領が折れた形だから、少しは進展があった状態だろう」
そう評価するものの、やはり頭を抱えてしまう。それもそうだ。ルーズベルト大統領の実行する力というものは侮れない。
「こうなると、ルーズベルト大統領を丸め込むより、大統領を挿げ替えるほうが早い気がしますよ……」
「それをしようとすると、おそらくというか、十中八九面倒なことになる。それを考えるのはやめたほうがいい」
「そう……ですね」
そんな話をしていると、部屋にある人物が入ってくる。
在日アメリカ大使のジョセフ・グルーだ。
「グルーさん、こんな時間までお疲れ様です」
「イエイエ、これは我が国とジャパンのためデスから」
そういって宍戸の向かい側に座る。
「ワタシ個人としては、大統領はジャパンへの制裁を止めるベキと考えてマス。このまま戦争に突入するのも避けたいデス」
「しかしあなたは、米国の全権委任大使。公的にはそんなことは言えない」
「その通りデス……。ですから、このことはあくまでワタシの愚痴だと思ってくだサイ」
「もちろん、そのつもりです」
米内総理は当然のように言う。
「話は戻りますが。こうなると、米国の関係国を巻き込んで国家方針を無理やり変えるほかなさそうですね」
「しかし、実際にはとても難しそうに聞こえるが、一体どうするんだ?」
米内総理は宍戸に聞く。
「日本が有利になるためには、ヨーロッパの方で大きな動きがあることが必要です。それを見越した外交をします」
「それはもちろんだ。口で言うのは簡単だが、実行に移すのは大変だぞ? その辺は考えているのか?」
「当てがないわけじゃないです。外交筋なら、強力な仲間がいますからね」
そういってスマホを取り出す。
そのまま英仏の転生者に、以前から打診していた案件の進捗を確認する。
両者とも難航している旨の返事をした。しかし、粘り強い交渉によって理解は進んでいるようだ。
「まぁ、まだアメリカとの戦争は先だと思っていますので、ここは我慢比べですね」
スマホをしまい、米内総理に向きなおす。
「話は変わるんですが、軍備のほうはどうなっていますか?」
「それなら、それぞれの大臣から走り書きのメモを貰っている」
そういって机の上に置いてあった書類から、紙切れを引っ張り出す。
「まず海軍のほうだが、新型戦艦を二隻、新型空母を四隻、量産型駆逐艦が追加で二十隻、それに合わせて重巡洋艦と軽巡洋艦を合わせて十二隻建造している。新型空母が進水するのに合わせて、航空機を四百機製造している。これだけあれば、最初の一年は十分に戦えるだろう」
「そうですね。ありがたい限りです」
「陸軍のほうは、砲兵を中心に戦力増強を図っている。戦車も合計で百輌ほど生産している。戦車の製造が最優先事項になっているため、歩兵の装備品である小銃などには手を入れられてない状態だがな」
「まぁ、仕方ないでしょう」
「そして当然のことだが、これだけの大軍拡を行ったことで資源の備蓄量が大幅に減っている。これ以上は帝国の基盤が持たないぞ」
「しばらくは何も生産できないですね……」
宍戸は相槌を打つ。
しばらく首相官邸で事務作業をして、宍戸は邸宅へと帰る。時刻はすでに朝の四時である。
玄関の扉をノックすると、少ししてから使用人である亮元が鍵を開けた。
「お帰りなさいませ」
「こんな時間までご苦労様です」
「いえいえ。これも仕事のうちですから」
宍戸はリビングに向かい、そこの机に置いてある新聞の一面を見る。昨日の新聞であるが、開戦を訴える論調が目に入ってきた。
「どこもかしこも開戦開戦と壊れたレコードのように言ってるなぁ。開戦したらこっちが大変なのに……。でも、俺が一番戦争の準備をしているんだよな……」
自己矛盾に陥っている宍戸。
ソファでうとうとしていると、そこにすず江がやってくる。
「おはようございます、和一様……」
「おはよう、すず。眠いなら、まだ寝ててもいいんだぞ?」
「いえ、和一様が帰ってきたのですから、お迎えに上がらないと……」
そういってすず江は、大きなあくびをする。
「俺も眠いし、いい加減寝るかぁ」
「今日のお仕事はどうされたんですか?」
「特別に休みにしてもらった。まぁ、俺は所長だけど、ただの看板娘みたいな役割だからな」
「なら私も、もうちょっとだけ寝ますね」
そういって宍戸とすず江は、寝室に向かったのだった。