帝国海軍による真珠湾攻撃とほぼ同時刻。
帝国陸軍は南方進出に伴うマレー上陸作戦、通称伍番作戦を発動した。
この作戦の第一段階として、イギリス領マレーと香港に上陸する。しかもこの上陸は、イギリス軍が見ている目の前で堂々と行われた。ご丁寧に帝国陸軍の船が接岸できるように、埠頭の一部を明け渡している。
香港の港、そこに帝国陸軍が船から降りてくる。
出迎えるのは、香港総督のマーク・ヤングである。
『はじめまして、ヤング閣下。大日本帝国陸軍香港支援師団です』
『ようこそ、香港へ。歓迎します』
これと似たような光景が、コタバルでも見受けられる。
そしてほぼ時を同じくして、シャム━━現在のタイ王国━━に、日本、イギリス、フランス、オランダの外務大臣及び全権代表団が参列していた。
なぜ彼らがシャムに集まっているのか。それは、ある条約を締結するためだ。
その条約は、「日英仏蘭共同相互不可侵条約」と「植民地放棄条約」の二つである。
日英仏蘭共同相互不可侵条約は説明するまでもなく、この四ヶ国は互いに不可侵━━戦争をしないことを約束する条約である。
一方の植民地放棄条約は、英仏蘭が持っている植民地を一時的に日本が統治し、独立までの手助けをすることを約束する条約だ。これこそが本命の条約であり、日本におけるアメリカ、欧州におけるドイツに対する有効な手段になると予想されている。
とにもかくにも、これまでの外交の成果が実り、この日を迎えることができたのだ。
「これで我が帝国は生き残れるはずだ。そのうちアメリカとも和平を結び、ナチス・ドイツに敵対する。これもあの転生者の戯言通りになったな」
外務大臣は、代表団にそんなことを話す。
そして共同の記者会見の場が設けられた。そこで四ヶ国の外務大臣が共同の声明を発表した。
『我々は世界秩序の構築と、世界市民の平和を願って、この条約を締結した。民主主義という人類の発明と共に、世界が発展していくことを、我々が証明する。そのための布石として、今回の条約締結に至った』
各国がそんなことを演説する。そして日本の番になった。
「我が国は、数年前までは列強諸国同様に、植民地を持った国でした。名目上は独立国として満州国を建国しましたが、その実態は傀儡そのものでした。それが今では、満州国を真の独立国として認め、さらに併合した朝鮮半島に王国を作ろうとしています。これは欧米の要求を飲んだだけでなく、その土地に生きる人々に合った国家が必要と考えた結果です。先の世界大戦、そして今起こっている戦争。今は争っていますが、我々は同じ人間ですので、どこかで協力することができます。それこそ、協力すれば世界平和だって叶えることができるでしょう。我が大日本帝国は、世界平和のために尽力し、戦うことをここに宣言します」
このニュースは瞬く間に世界中に伝えられた。本来なら敵同士であるはずの英仏蘭と日本が、意見を一致させているからである。
これについて、静かに怒りを露わにしていたのがルーズベルト大統領であった。
「極東のイエローモンキーめ……。大人しく要件を飲んでいれば、極東の利権は我が国の物だったのに……」
読んでいた新聞をグシャッと握り、何とか怒りを踏みとどめている。
「こうなれば全力で相手するほかあるまい……。我々は負けたりはしない……!」
そういって握りこぶしを作る。
一方で、ルーズベルト大統領以上に怒り狂った人物がいる。ヒトラーだ。
「なぜ日本はイギリスとフランスに接近したんだ!? 何故だ!? そんなことをすれば、ユーラシア大陸における我々の絶対的優位性が失われる!」
総統官邸執務室で、ゲッベルスのいる目の前でブチギレるヒトラー。
「所詮極東の猿だったのだ! 我らアーリア人の手助けをすれば、二等人種として優遇したというのに! 奴らは猿だ!」
机をたたき割ってしまうのかと思うほどに、握りこぶしを何度も机に叩きつける。
「総統閣下、彼らにも考えがあるのでしょう。敵を欺くには、味方から欺くのが定石です。おそらく、何らかの形で我が国に利益をもたらしてくれるはずです」
「……本当だな?」
「えぇ」
ゲッベルスの言葉に、ヒトラーは落ち着きを取り戻す。
「ならいい……。歴史は我々に味方しているのだ」
「その通りです」
そういってゲッベルスは執務室を後にする。
「本当に歴史は我々の味方をしているのならいいのだが……」
そんなゲッベルスの呟きは、闇の中に消えていくのだった。