転生一九三六~戦いたくない八人の若者たち~   作:紫 和春

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第92話 ル・アーヴルの撤退

 一九三八年十一月四日。フランス、ル・アーヴル。

 パリ陥落を許したことで、イギリス軍はフランスから撤退することになる。それに伴い、フランス政府関係者も一緒に、イギリス本土へと渡ることになる。

 その中には転生者であるジル・ロンダもいた。

 すでに撤退作戦が決行されてから二週間も経つが、撤退した人員は五万人ほど。残っている人員は、二十万以上もいる。

 しかし、パリ陥落が本当のことだと知れ渡ると、イギリス海峡を渡るためにありとあらゆる船が動員される。その中には、二百キロメートルも離れた港町からやってきた沿岸漁業用の小型船も含まれていた。これらの小型船は、浜から沖合にいる軍用艦まで渡る手段として用いられる。

 そんな中、ジル・ロンダを含むフランス政府団は、艦に乗れるのを今か今かと待ち続けていた。

「マズいな……。こんな渋滞になっているなんて聞いてないぞ」

 司法省の副大臣が、道路の様子を見て言う。ル・アーヴルの港まであと十キロメートルくらいの所だ。

 一般市民も混乱しているようで、道路は人と自動車でいっぱいいっぱいだった。

「このままじゃ、港に到着するのに一日以上かかるかもしれません。歩いたほうが早いですよ」

 ロンダがそのように提案する。

「そうだな……。歩いていくことにしよう。大統領を優先に送り届けるんだ」

 そういって各人は自動車から降りて、港に向かって進みだす。他の車に乗っていた大統領や軍事省の大臣らも、自動車を降りて一緒に歩き出す。

「ロンダ様、離れないようにしてください」

「分かってますよ。僕のこと何歳だと思っているんですか」

 ロンダは少しムッとするが、この状況を見て考えを改める。

 政府団が固まって移動をし始めたときだった。

 上空のどこからともなく聞こえるエンジン音。そして直後に鳴り響く空襲警報。

「ドイツ軍だぁー!」

 誰かが叫ぶと、その声に合わせるように人々は自動車や物陰に隠れる。政府団もその場に身を屈めて、衝撃に備える。

 ドイツ空軍のスツーカに装備されている、ジェリコのラッパが鳴り響く。しばらくして衝撃音。どうやら、この町が爆撃されたわけではないようだ。

「とにかく急ごう。ここも時機に危険になる」

 そんなことは分かっている。ロンダは思わずそんなことを言いそうになったが、グッと堪えた。

 そんな中、フランスの空を飛んでいるのはドイツ空軍だけではない。

 北のほうからスピットファイアが飛んできた。先ほどのスツーカを攻撃しようとしているのか、かなり低空で飛んできている。

 だが、呑気に空中戦を眺めている時間はない。政府団は急いでル・アーヴルへと向かう。

 数時間ほど歩いて、ようやく港に到着した。浜辺には、イギリス兵やフランス兵が集まっており、沖合にある駆逐艦へと仮設の埠頭やはしけを使って駆逐艦や大型艦に乗り込んでいた。

 それでも物事は綺麗には進まない。ドイツ軍は、ル・アーヴルからイギリス本土へ撤退することを完全に把握しており、ここを重点的に攻撃している。

 スツーカによる空爆は一日に何度も発生し、軍艦の対空攻撃もむなしく、たった一日で駆逐艦二隻があっという間に沈んだ。

 そのような中でも撤退は進んでいるものの、イギリス兵が優先的に乗船している。フランス兵や政府関係者は二の次だ。

「こうしている間にも、ドイツ軍が攻めてきているんだぞ」

 軍事省の大臣がやきもきしている。ここに長く留まっていることで、ドイツ軍に捕まる可能性がどんどん高くなる。せめてフランス海軍の艦に乗ることができれば、何とかなるはずだ。

 しかし、そのような幸運なことは起こらない。ここまで一緒に来た内閣職員が、イギリス艦艇に乗れないかを打診するも、簡単に一蹴されてしまう。

「これ以上は無理かもしれないな……」

 浜辺で大統領がそんなことを言う。政府団の誰もが絶望の表情をしていた。

 そんな時、沖合から汽笛が鳴る。

 そちらを見ると、一隻の漁船があった。

「君たち! 何か困っていることがあるのかい!?」

 漁船の船長と思われる男性が大声で聞いてくる。

「えぇ、そうです! 我々はフランス政府の内閣です!」

「そいつは大変だ! うちの船に乗りな! 乗せてくれる軍艦を探そう!」

 そういって浜辺に座礁するギリギリまで寄せてくれる。政府団は泳いで、その漁船まで行く。

「こんな時期に海水浴なんて、無茶をさせてしまったね。早く乗せてくれる軍艦を探そう」

 そういって漁船は、駆逐艦が停泊している沖合をすいすいと進む。

 何とかフランス海軍の駆逐艦を探し出し、無事に乗せてくれることになった。

「いやぁ、良かった。これで我が国も安泰だ」

 そういって船長の男性は、駆逐艦から離れ、帰路につく。

 その時だった。駆逐艦から警報が鳴り響き、対空機銃が一斉に発射される。

 Bf109が機銃掃射してきたのだ。海面には機銃が着弾した水柱が小さく立ち、ロンダたち政府団のいる駆逐艦へと接近してきた。

 しかし、その直前に駆逐艦の対空機銃が命中し、Bf109は駆逐艦の手前百メートルの所で海面に激突した。

 ロンダはふと、先ほどの漁船を見る。その漁船は船首を空に向けて、沈没していた。

「あ、あ……」

 漁船はあっという間に海面から消える。この調子では、おそらく船長も生きてはいないだろう。

「……クソ、クソ……! ヒトラーの野郎……! 絶対にぶっ殺してやる……!」

 ロンダはブチ切れながら、そう誓った。

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