一九三八年十二月八日。ドイツ、ベルリン。
総統官邸では、いつものように定例会議が開催されていた。
定例会議は、ヒトラーからの質問で始まる。
「フランスの様子はどうだ?」
「すでに全土を掌握した状態です。現在はオルレアンに傀儡政権を樹立し、各種事務作業を移行しています。それに伴い、イギリス攻撃のために向けて、飛行場などを整備しているところです」
「よろしい。これで我が国の西側にいる敵は、イギリスのみとなった。しかし、奴は強大な敵だ。航空機のみでの攻撃で倒れるような相手ではない。ここは海軍と空軍が歩調を合わせて、最大限の攻撃を行うように」
その言葉を聞いて、海軍総司令官と空軍総司令官のゲーリングが顔を見合わせる。海軍総司令官は少し苦笑いをし、ゲーリングは明らかに嫌な顔をした。
「それではアメリカの様子はどうだね?」
「はい。レンドリース法に基づく物資供与の支援が続いている状況です。兵の派遣がされる様子は無く、支援が物資のみの現状ではまださほど問題ではありません。ですが、もし海軍の派遣が決定した場合、我が国の通商が脅かされる可能性があります」
「そのようなことはあってはならない。降りかかる火の粉は振り払わなければならないだろう」
「もちろんです。ですが、アメリカ海軍による真珠湾攻撃に参加した艦艇が、ほぼ全て日本海軍に拿捕されたことで、アメリカ海軍の戦力は大幅に下がっています。心配する必要はないと考えます。それより考えるべきは、アメリカ陸軍の派兵です。陸軍に損害はありませんので、その戦力がこちらに向かってくる可能性があります。それだけは避けなければなりません」
「当然の帰結だな。そのためにも、陸海軍の戦力増強は必須だろう」
ヒトラーは顎に手をやり、そのように考える。
「そういえば、日本の動きが不穏そうじゃないか? 一体どうなっている」
「そのことなのですが、最近は消極的な外交が多く見られます。こちらの提案にも乗らず、かといって向こうから提案することも少なくなりました。このままでは、同盟にヒビが入る可能性があります」
「イタリアともいつの間にか音信不通になっていた。今はまだ良いが、もし日本も離れることになると、我が国の立場は危うくなるだろう。それだけは絶対に避けるのだ」
ヒトラーは身を乗り出して、厳しく言う。
「もちろんです。我が国の不利になるようなことはしません」
「ならよろしい」
そういってヒトラーは、椅子に座りなおす。
「さて、最新の科学技術のほうはどうなっている?」
「はい。新技術を用いた戦闘機の試作機が完成間近です。これが成功すれば、戦闘機の歴史が変わるでしょう。その他、造船所では新型戦艦二隻が起工しました。陸軍関係では、多数の戦車が開発されています。こちらも生産ラインに入るのも時間の問題でしょう」
「そうか。戦力が拡大することはいいことだ。我々に敗北があってはならない。そのためにも、速やかに戦力化できるように働きかけるのだ」
「はっ」
「それはさておき……。ユダヤ人の件はどうなっている?」
「それに関しまして、現在は最終的解決に向けてユダヤ人問題検討会議が行われてます。その中で、解決方法の一つとしてT13作戦が立案されています。簡単な概要はこちらの資料をご確認ください」
そういってヒトラーの元に、一枚の紙が渡される。
簡単に言えば、ユダヤ人の大量虐殺を組織的かつ効率的に行うための手順とも言える。概要を掻い摘んで書くならば、ドイツ国内にある各強制収容所から連行し、数ヶ所の処刑場にてガスを用いて殺害するというものである。
収容所から処刑場に移動させるためのトラックや、使用するガスの種類などを選定し、実行する際の名前を、T13作戦と呼称しているのだ。
「作戦の立案は、どこまで進んでいる?」
「総統閣下が命令をくだされば、十二時間以内に開始できます」
「よろしい。ここで命令を下す。T13作戦を実行に移せ」
「はっ!」
それを聞いたドイツ兵数人が、会議室から出る。作戦開始を伝えに行ったのだろう。
「我々アーリア人が最も優れている民族であり、アーリア人のための国家が必要だ。その中にユダヤ人がいてはならない。ユダヤ人による全世界掌握から逃れるためには、ユダヤ人の絶滅と、アーリア人の神聖なる浄化が必要だ。そのためにも、この戦争に我々は勝利せねばならないだろう」
曇りなき眼で、ヒトラーは宣言する。現代では差別とされるであろう発言を、堂々としているのは時代の問題だろう。
しかしヒトラーは本気である。そして、その具合は歴史が証明している。
はたして、ヒトラーの蛮行を止められるのは一体誰だろうか。