便利屋68の社長、アルは困惑している。
さっきまで意気消沈、心の底から後悔の念で押し潰されかけていたカヨコが、急に元気になったからだ。
今も、笑顔のカヨコが自分の膝の上に子供を乗せてお菓子を食べさせている。
「はい、あーん」
「……自分で食べられるけど……」
「私の銃の反動で腕を痛めてるでしょ。だからほら、あーん」
「……あー」
別に痛くないけどなぁと言いたげな子供の顔。それをわざとか、それとも単純に気がついていないのか。
カヨコは子供に、お菓子を「あーん」で食べさせる。
実に微笑ましい様子だ。姉弟同士にも見えるほどの仲睦まじさだ。
教えられなければ、実際には姉弟ではない、という事もわからないだろう。
「それで……どういう状況だったんだっけ」
その様子を笑顔で見続けている大人の男性がひとり。
連邦捜査部S.C.H.A.L.Eの顧問、ここキヴォトスにある日突然、連邦生徒会長の失踪と入れ替わるようにキヴォトスの外からやって来た『大人』。
キヴォトスでは、唯一『先生』と呼ばれている男、その人だ。
カヨコからの連絡を受け、ゲヘナ郊外の使われていない旧校舎へとやって来たのだが、状況があまりつかめていないようである。
「わからないわ……ヘルメット団とゲヘナの不良の抗争をやっている場所の近くにいた、段ボールに入った状態でいた子供と子猫を拾った、とカヨコからは聞いているのだけれど……」
先生からの質問に対して、アルが代表して答える。
「そうなんだ。じゃあ、あの子が何処から来た、とかは……」
「聞けていないわ。ただ、ヘイローがないから、『外』から来た子だとは思うの。でもそれ以上は何も」
「そっか。わかった。後は任せて、私の方からも聞いてみるよ」
アル以外の便利屋68の面々からほっぺや手をもちもちと優しく弄られ、カヨコからお菓子を餌付けされている子供の前に、先生はしゃがんで聞いた。
「やぁ、ちょっとだけいいかな」
「あ、先生」
「……んぇ?」
小さな口をもごもごとさせながらお菓子を頬張る子供は、ぱちくりと目を見開いて目の前の先生、と呼ばれた大人の男性を見た。
銃火器を持っていない、
「私はこの子たちの先生をやっているんだ。よろしくね」
可能な限り難しい言葉を使わないよう気を使いながら、先生は子供に話しかける。
「よろしく、お願いします」
ごくん、とお菓子を飲み込んだ子供は、カヨコの方に身を寄せながら先生に返答した。まだ信用しきれていないらしい。
なお、その様子を見たカヨコは「先生とはもう少し慣れさせておかないと」という、しっかりとしたお姉さんの気持ちと「私が! 私が頼られてる!! 私に安心して完全に身を預けてるどうしよう!!!!」というお姉ちゃんとしての心がぶつかりあっていたりする。
「さて、私としては暫くカヨコと一緒にいるだろう君のために名札を作ろうと思うんだけれど、自分の名前と年齢は言えるかな。出来れば、親か、親とは別に頼っている大人の人の住んでいるところがわかればいいんだけれど……」
名札、とは言い換えているが、要は学生証、生徒手帳のことだ。
ここキヴォトスでは、それがあるのとないのとで、受けられるサービスの数が全く違う。
一時的に身を置くだけになるかもしれないとはいえ、作っておくべきだろう。
「名前は、
「フウ君、だね」
先生は、タブレット端末『シッテムの箱』のメモ欄に情報をかき込みながら、子供についての情報をまとめる。
(いくらか違和感はあるけれど、年上の私に対して敬語を使うくらいには、目上の人と会話し慣れているのかな。……いや、私に対する怯えが見える)
「住んでる場所は……」
(通っていた学校に怖い先生でもいたのかな。先生、という肩書に少し畏怖の念を感じ取っている子供もいる。でも、これはどちらかというと……)
「いいたくない、です。戻りたくない……!」
(______大人、という存在への恐怖だ)
*
空間が凍り付いたかのように冷たく感じる。
そう感じるのは、子供が言ったある言葉が原因だった。
『住んでる場所は言いたくない』。
言えない、ならばまだわかる。
8つの子供だ。自分の住所を正確に覚えている人間はごくわずかだろう。
だが、言いたくない、というのは、『知っているが公表したくない』という意味になる。
そして、続きのセリフが『戻りたくない』。
もう、この時点で嫌な予感しかしない。
「親はいません。今はお空の星になってます」
「……それ、は……」
便利屋の面々が絶句する。僅か8歳で頼れる大人がいないとは、あまりにもひどい。
「親戚のおじさんやおばさんは皆、お金だけ持って消えました」
あんまりだ。キヴォトスでも珍しい『無責任な大人』だ。
「僕には頼れる人なんて、家族なんて、いません。みんな、いなくなりました」
悲壮感に溢れたセリフだ。
……ああ、これは酷い。
先生は、心の中でつぶやいた。
子供の境遇も、そして自分自身にも。
今回の一件、カヨコとは多少なりとも話さなければならないだろうが、それでもキヴォトスの外に送り届け、後はカヨコと週一度の連絡が取れたらいい。
先生自身は、そう思っていたのだ。
それが、すべき最善だと思ったから。
しかし、蓋を開けてみればどうだ。
ああ、察するべきだった。少なくとも子供が一人で、聞いた話によると猫と一緒に『拾って下さい』と書かれた段ボールに入っていたという。
その時点で察するべきだった。
ああ、恐らく意図的に、恐らく最も事故として処理がしやすい場所に置き去りにしたのだ。子供の保護者だった者たちは。
戻りたくないと、子供に言わせるほどの心の傷を植え付けたうえで。
そうすれば、恐らくは家出と勘違いさせられるであろうから。
文字通り
努めて平静を装いながら、先生は言葉を出そうとする。
……しかし、出ない。出せない。
何を言えばいいのか、先生はわからないのだ。
こうも大人に不信感を持っている子供を前にしたのは1度や2度ではない。
しかし、不信感ではなく、純粋な『恐怖』を大人に対して持っている子供に相対したのは初めてだ。
思えば、先生が話しかけた時に、子供がカヨコにすり寄ったのは不信感からではなかったのだろう。
アレは、恐怖から来るものだったのだ。
「……じゃあ、私が家族になる」
突然、カヨコが口を開く。
「……え、カヨコ、いきなりどうしたの」
唐突な家族発言に先生が固まる。
「私が、フウ君の家族になって、帰る場所になる。私が、今度こそきみを守り通すから」
子供が顔を上げ、カヨコの顔を見つめる。
「お姉ちゃんが……?」
「うん、私がお姉ちゃん」
どうやら、カヨコの中では決心がついているらしい。
自信たっぷりの口調で、自信満々の顔で、子供に言う。
(ああ、これなら)
先生は、自分の無力を嘆いた。
本当は、子供の処遇は大人が責任を持って決めるべきなのだ。それが、先生は正しいことだと思っている。
カヨコは、便利屋の中では最年長とはいえまだ生徒。子供だ。まだ、重い責任を負うべきではない。
ましてや、キヴォトスの外から来た、脆く儚い子供の命の責任だ。
大人である先生ですら押しつぶされそうな命の責任を、
だが、カヨコはもう決定事項であるかのように言う。
「大丈夫だよ、先生」
その瞬間のカヨコの顔を先生はこの先忘れないだろう。
「責任は、私が取るから」
大人っぽい少女が、また一歩、大人に近づいた瞬間。
(______これなら、安心して任せられる)
責任を取る立場として、成長したその瞬間の頼もしい表情を。
先生のエミュってこれでいいんだっけか。不安だ。