パチリ、とスイッチの音と同時に部屋が明るくなる。
チープな豆電球が天井に吊るされており、それが今いる部屋の唯一の光源だ。
ここは、鬼方カヨコが現在の臨時拠点でプライベートルームとして使用している一室。
前の拠点から家賃滞納で追い出されて暫く、ここで暮らしているからか外観のボロボロ具合からはわからないほどに綺麗な内装だ。
少なくとも、子供を置いても問題ない程度には清潔な空間だろう。
「今日からここがフウ君のおうちだよ。猫ちゃんも、一緒にここで暮らしてもらおうか」
無論、猫も一緒だ。
「……うん」
猫を抱きかかえた子供、フウは四方を壁に囲まれた安全な場所にいるからか、落ち着いている。
先ほど、「先生」たちと話していた廊下は所々、木々が侵食しているからか壁が崩れていたため、内心びくびくとしていた。
だが今はどうだ。猫を抱えてご満悦。更に、自分が最も信頼しているカヨコと一緒で気分がとても良い。
正直に言って、フウは「先生」が自分のことをカヨコから無理やり引き離すのではないかと思っていた。
今までの大人はそうだった。
優しい人から自分を切り離して、「親元の方が安全」「親戚なら信頼できる」と、何も考えずに地獄に送り込んできた。
しかし、「先生」はそうではなかった。
むしろ、真剣に悩んだうえで、カヨコに全てを託したのだ。
「カヨコだけじゃない、私も、フウ君を見守るよ、出来る限り」とも言ってくれた。
何かあれば、すぐに駆け付けてくれるだろう。
「……ヘヘ」
今、フウは幸せの絶頂にいると言ってもよい。
それほど、今この状況が天国に思える。
「さて、じゃあまずはお風呂に入ろうか。ヘルメット団と不良の抗争でついた汚れも取りたいし」
「へ……」
彼にとっての天国が一瞬で地獄に変わった。
何を隠そう、彼は……
「シャンプーが目に染みるからヤダ」
「そんなこと言わないで、お風呂に入らないと全身痒くなるよ?」
大の風呂ギライだ。
「あ、それと猫ちゃんも後でね」
「シャー!?」
猫ちゃんもらしい。
*
かぽーん、という音が似合うだろう、あたたかな湯気に満たされた風呂の中。
「……」
つーん、とそっぽを向き、ブクブクと湯船に泡を立てながら拗ねるフウと、
「えっと……ごめんね」
頭にタオルを巻き、あたふたとしながらなんとかフウの機嫌を取ろうとしているカヨコがいる。
理由はもちろん簡単だ。
カヨコが嫌がるフウを風呂に入れるため、キヴォトス人パワーでフウから服をひん剥いて風呂に叩き込んだのである。
更にカヨコもその後で風呂に一緒に入り、全身をシャンプーと石鹼で丸洗いにしたのだ。
フウとて男だ。
まだ、ひん剥かれて風呂に叩き込まれたのは我慢できる。
風呂に入らないと臭い、というのはフウでも知っている事実だ。
しかし、全身丸洗いは、彼のちっぽけで、小さいながらも確かに存在する男のプライドを思いっきり打ち砕いた。
年頃の男の子なのだ。拗ねるくらい許してほしい。
「もうあがる」
「……まだだめ。ほら、上がろうとしない」
しかし、善意で自分のことを引き取ってくれたカヨコに対して今の態度は……人としてなしだろう。
しかし、今の状況、素直になれない。
微妙な空気に耐えられなくなり、上がろうとしたが、カヨコから肩を掴んで止められる。
「はい、60秒数えてね」
更に後ろに、背中にカヨコの体が密着する。
「……~!?!?」
まるで湯沸かし器のように、フウの顔が真っ赤になった。
フウとて年頃の男の子だ。
女の子には、ちゃんと興味がある。
カヨコは今、フウの背中に密着した状態で、湯船の中で彼と一緒に温まっている。
当然、慎ましやかながらもちゃんと存在するふくらみが、フウの背中を刺激した。
ふに、ふに。
すり、すり。
湯船の中で身じろぎし、何とか抜け出そうとフウはもがく。
しかし、もがくたびに、身じろぎするたびに柔らかい感触が、自分の背中で形を変え、フウの神経にふにふにと感触を残す。
肩を押さえつけられているフウは、キヴォトス人パワー全開のカヨコになすすべがない。
すごく、すごく幸せで、それと同時に、何故だか、ものすごく気恥ずかしい。
正直に言って、今、ものすごくフウは風呂から出たかった。
「こら、ちゃんと数えて。はい、いーち、にーい……」
しかし、そんなフウの内心はつゆ知らず。
カヨコは単にフウが風呂を拒絶しているものと思い込み、彼の肉体をもっと抱き寄せる。腕をお腹の側にぎゅっと回して抱きしめるのも追加。
フウの耳元で、数を数える。
「あうあうあうあう」
フウは最早何も言えない状況だ。
背中が幸せだったのに、急に耳まで何故か幸せになった。
カヨコのウィスパーボイスが、何故か数を数えているだけなのに心地よい。
数を数えるたび、風呂の中という密閉された環境で声が反響する。
「あうあう言ってるだけじゃわからないよ。ほら、一緒に。にじゅーう、にじゅーいち、にじゅーに……」
「ひぅ」
頭の中が、カヨコでいっぱいになる。
胸の奥が、とてもドキドキする。
だめだ。これは。
罠だ。カヨコが、フウという男をダメにする罠としか思えない。
声と、背中の感触。
この2つで脳みそがトロトロに溶けてしまう。溶けて、カヨコ以外何も感じられなくなりそうなほど。
「よんじゅーなな、よんじゅーはち……」
「ょ……なぁな、ょ……はぁち」
弱弱しく、カヨコの数に追従する。
もはやぼーっとして、これ以外何もできないのだ。
目がとろんとして、頭がぼやぁーっとして……。
「ごじゅーきゅう、ろくじゅーう……よし、じゃあ、上がろうか」
「ぁ……」
何もかも、カヨコで支配されそうなその瞬間、その天国は終了した。
急に、フウは現実に引き戻される。
そして……
「あぅ」
「え、ちょっと、急にどうしたの?」
先ほどまでの状況を思い出して、顔を真っ赤っかにしてカヨコから顔を逸らした。
誰かサオリとのおねショタを……
誰か、冬の寒空の下、矯正局から不知火カヤを連れ出して駆け落ちして深夜帯の路地裏で缶コーヒー啜りながら身を寄せ合って温めあうシチュを……
書こう!!