【完結】羅刹と夜叉は蓮上に踊る   作:澱粉麺

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槁木死灰

 

 

 

『では、次の場に行ってもらう話をしましょうか』

 

『何!』

 

 

時間は少し前に遡り。彼らが廃墟に泊まり、そうして別の目的地に向かうまでの顛末の話となる。

 

 

『……一つではないのか!』

 

『そんなことを言った記憶はございませんねえ。

はやとちりは、良くありませんよ?』

 

『……む…それも、そうか…』

 

 

沙門が言った、依頼の手伝い。それは一つのみとの指定は確かに無かった。それは、そうだと納得しかけた紅蓮の耳元に囁くように、沙門が再び話し始める。

 

 

『次に行って貰いたい場所は此方でございます。これはまた、今回とは違い眉唾なものではあるのですがね。人が、次々と消えていく樹。死を纏う木の話があるので…』

 

綽綽と語り出した男にぐわ、と飛びついた影。小さな猫がばりばりと引っ掻き、飛びついて噛み付く。

 

 

『ぎゃあ!飛び付かないでくださいませ!

紅蓮殿、止めてください!』

 

『師匠!師匠!駄目です師匠!』

 

『いい加減にしろこのくそ野郎!

くのっ、くのっ!』

 

 

激昂をして、しゃあと威嚇をしながら引き離されても空に向けて後ろ脚で蹴り、蹴りをしているらくしゃをなんとか宥めて紅蓮は改めて師と向き直った。

 

 

『紅蓮、お主もだ!人好しもいい加減にしろ!ずっとこいつの走狗に成り下がるつもりか?そうする事がお前の目的に叶うとは到底思えんがな、ふん!』

 

『……しかし』

 

『しかし、なんだ!何を言われても妾はお前を…!』

 

『しかし、私は彼を信じます。信じております。

貴女様が私を信じてくださるように。

嘘偽りを、私欲の為に申す者ではないと』

 

 

そう、真っ直ぐに言われてしまえば。

猫は前脚を器用に自らの額に当てて、はぁとため息をついた。くらりと目眩がしたように千鳥足で何歩か歩いてから、諦めてがくりと肩を下ろした。

 

 

『あーもう、わかったわかった。好きにせい。

なんかあったら妾が尻を拭いてやるわ』

 

『申し訳…いいえ、ありがたく存じます』

 

 

そう、会話をしてから沙門に向き直る。

するとその男は、身をよじらせていた。

それは寒気を感じたもののように縮こませて。

ただそうではない。彼は、笑いを堪えていたのだ。

 

 

『……ッ、ふふ、ククク……』

 

『…どうか、したのか?沙門』

 

『いえいえ、ククッ、ククククッ!

言うに事欠いて、私を信頼している、ですか!この、私を!まだ付き合いも碌にない私を!ククク、クククク!いやはや、紅蓮様…私が言うのもなんではありますが、あなたはもう少し人を疑うということを知った方が良いと思われます。猫殿が仰るように、お人好しも過ぎればただの愚者となります故に…!』

 

 

ぴくり、とその発言の末尾を聞いて、羅倶叉が耳を動かした。そしてまた沙門を暫く睨んではいたが、次第に興味なさげに目を瞑った。

 

 

「……ですが、この沙門。

その信頼が柄にもなく、嬉しく御座います』

 

 

『そうか。ならば己も嬉しい』

 

 

『ええ、ええ。

……それでは、道中に気を付けて。あなた様が何かをまた掴むことを、祈っております』

 

 

 

そうして、彼らはまた旅をしていた。

目的地は、その異常なる樹の元。

 

 

 

 

……

 

 

 

霧のかかる早朝の谷を超え、紅蓮たちは歩く。

なんとか、人外の力の使い方を慣らしてきた彼は以前の『水』の村に向かうよりも早く、早くその場に向かっていた。

 

笠の下から吐く息は冷たさに白く凍え、その刹那にじゅうと溶けていく。肩に乗る猫の吐息は、その熱を帯びたままのように透明のままであった。

 

 

(……おや)

 

そうして、寒霧を歩く最中。

彼らの道先に人影が見える。

幻覚か?と、思った。何故なら鋭敏になった紅蓮の知覚能力においても、それの気配は全く感じることがなかったからだ。

 

 

「お手空きか」

 

「……っと。

復唱せよ、紅蓮」

 

 

ぴり、と張り詰める雰囲気。

それは声をかけてきた、目の前の、影絵じみて霧に隠れた者の声と、それに反応して耳元に囁きかけてきたらくしゃによるもの。

 

 

「…『至リシ者於ルハ畏申ス。

相済ミマセヌ、我毒蛇不也ヤ』」

 

「ならば又道は彼方か」

 

「…?『ソウ相為ラズヲ願イ申ス』」

 

「承知した」

 

 

何を、言っているかは分からなかった。

だが紅蓮は師に囁かれた通りにそう答えた。

するとその姿はすうと消えていった。

 

 

「今の者は?」

 

「さあ。知らん」

 

「知らん、とは…」

 

「はぐらかしてるわけでなくな。妾も本気で知らんのよ。ただ、長いこと生きておるでな、対処は知っている」

 

「間違えると、どうなるのですか」

 

「知らん」

 

「知らんのですか」

 

「おお、何せ帰ってくる者がおらんでな。

妾に感謝するといい、紅蓮。

志半ばでお主もそうなるところよ」

 

 

そう言われて、通り過ぎた、先までその霧の中にあった影をばっと振り返ってみてみた。相変わらずそこには何の気配もない。

だが、寒気だけがぞくりとした気がした。

 

 

「だが…きな臭いな。

何故こんな所に現れた?

それだけは何かの予兆かもしれんな」

 

「何か、とは…?」

 

「さあ?勘というか、適当言うただけよ。そう真に捉えすぎるな。お前はもう少しくらい、ちゃらんぽらんの方が生きてて楽になるぞ」

 

「はあ…」

 

「…む。ちゃらんぽらんなのを否定せんかったなお主。なんじゃやっぱ生意気じゃのう紅蓮お前」

 

「さ、さ、左様なことは!?」

 

 

狼狽する弟子に、からからと笑う師。

その姿だけは間違いなく、幸福なようで。

 

 

「……ただ、なんだ」

 

鼻をぴくりとひくつかせる。それは、すうと吹いてきた風に漂った香りに起因するもの。この、先の先にある場から漂ってきた香り。それに、顔を顰めて。

 

 

 

「…やはり、嫌な予感がするのう」

 

 

それとはつまり、灰と炭の匂いだ。

 

 

 

 

……

 

 

 

 

「……ッ!」

 

「これは…むごいな」

 

 

目的地に、着いた。正確にはその周囲。

そうした、曰く付きの樹があるとされた周囲に栄えていたらしき集落の、あった跡。

人々が暮らしていた跡。生きていた跡。

もう、在りはしないものの跡。

 

惨劇、惨状としか言えないものがそこには広がっていた。焼き焦げて悶え苦しみ死んだ、人の形をした炭。

死んでから燃えていった、人の形をしてすらない肉の炭。どういった貌で死んだかも、元の性別などすらわからないものだが、紅蓮にはどのような貌で死んだか分かった。

 

苦悶。全てを裏切られた者の苦悶だ。

 

 

「…苦しい、だろう」

 

きっと、碌でもない事をしていた者ではあったのだ。

この者たちの素性は、彼の感応じみた感知の能力で辿り、理解している。

くだんの、『水』のところで見た黒衣の老人のように。木の、不穏な噂の出所であるこの場所はつまり、何かをしでかしていて、きっとそれが噂というものになったのだと。

 

だが、それでも。

死んで当然、だとか。

そうした事を考えられれば楽だったろう。

 

 

「………」

 

ただ、紅蓮は、まるで身近な者が斃れたかのような、辛い、辛い顔を地に向けた。そして、それに折れないように、唇を強く噛み締めて。それでも眉は歪んでいた。

 

 

(…ぐれん…)

 

その、見せないようにした顔は猫姿故の視点の低さから、羅倶叉には丸見えで。それを見てただ、ずきんと、胸を刺されたような気になった。

それこそ、いつか胸を貫かれ死にかけたあの時よりも、痛く。そうして一つのことを、再確認した。

 

 

「……やはり、あの阿婆擦れとは相入れんな。このような苦しそうな様を見て、何故悦べるというのだ…」

 

 

そう呟いた顔はまた、猫らしくなく不気味に人らしく歪んでいた。そうしていると、ふらふらと歩き出す紅蓮。頼りない足取りで、しかし前に進む。

 

 

「待てっ、勝手に一人で行くな!」

 

「……冶魔…奴だッ…!

己が生きているのを知ったか、息を吹き返したか…!クソ、クソッ!己がもっと早く来れば…」

 

 

「……冷徹な事を言うようだが。むしろ妾はこう少し遅く来れて良かったと思っている。お前がもし仮に此処に早く辿り着いたとしてもらお前ごとこの惨状になって終わりだ。お前はまだその程度だ。あまり自惚れるのではない」

 

「しかしッ!……いいや、そう、ですね」

 

「………すまんの」

 

「…事実です。

謝らないでください、羅倶叉さま」

 

「…水でも飲んで、落ち着くか。

妾も、頭がくらくらしてきた」

 

 

その異様な光景の中にい続けて、どちらも前が見えなくなるように、ぐらぐらとしてきた。そうなるような、どこまでも広がる焦土だったことに間違いはないのだから。

 

 

「そう落ち込むな。

お主が気に病む理由は一つもないのだから」

 

「しかし、私がいたから。私のせいでまた、冶魔が動いて、そうして死んだのではないかと。そう、思わずにはどうしてもいられず…」

 

「面倒臭いのお…ま、背負う事は悪いことではない。それに潰されん限りはな」

 

 

二人は、麓にある川まで行って、その清水を口にした。本来、川の水をそのまま口にする事は危ういことではあるが、二人はもはや尋常な生き物ではないから、無事である。

 

はず、だった。

 

その異様と惨状故に、彼らは気付けなかった。その目眩が精神的動揺にのみもたらされるものでないことを。それがつまり、何かしらの影響がある事に。

 

 

「ごふっ、ごふっ!

…師、口にするのをおやめください!」

 

「…毒か!これは…生物性の毒か?いやしかし、このようなものは、妾も見たことが…」

 

 

は、とそこまで言ってから気が付く。

いいや、見た事が一度、あるかもしれない。

それは、霊峰の天辺でのこと。

 

(…あの、冶魔が血を流した時…

確かに、地面が溶けるような音がした。

妾はそんなもの喰らわなかったが……)

 

 

「…奴の、体液か。

奴は成程、その全てが生を害する存在らしい」

 

「今の己と師匠は大丈夫そうですが、この意図的に流された毒は、他の生き物には…」

 

 

さあ、と青ざめていく紅蓮。

それはつまり、二人ともに同じ事を理解したから。

 

 

「……まずい、まずいな。

ここは、上流だぞ。そしてこの川の下流に行くにつれて、どんどんと…」

 

 

人の営みは水と共にある。

川に寄り添い、人の文明はあった。

淡水と共にこそ人の集落と暮らしが存在する。それ故に、人々の戦争に於いても水に毒を入れる事は禁じ手とされていた。もし奪った先に、未来が訪れないからだ。

 

だがこれを行った者は怪物であり。

そして、人死にを気にする必要はない。

むしろそれを望んでいるとしたら。

 

 

「〜〜ッ…!」

 

 

川を下り、降る先。

そこには、彼らが居た、町があった。

沙門らがいる、人々のいる町。

 

 

「先に行く、紅蓮っ!

妾の後から続いて来いッ!」

 

「御意!」

 

 

びゅん、と四足で風の如く走り抜けるらくしゃを、地面を食いちぎるような勢いで踏み込み戻る。

目的地は再び、逆戻り。

 

その、急いで発つその姿の背に、纏わりつく木の根があることに気づきはしなかった。

 

 

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