【完結】羅刹と夜叉は蓮上に踊る   作:澱粉麺

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二者択一

 

 

 

身体の中から力が抜けていく。

いいや、適切ではない。

魂が、じわじわと消えていく。

これも少し違う。

身体の表面から、命が溶けていく。

ああ、それが一番近いかもしれない。

溶け出て垂れて、消えていく。

 

 

「か。まさかなあ」

 

 

思えば、無茶をした。

紅蓮と冶魔を見つけたのは、奇跡や気合、運だのと非確定的な物によるものではない。命を使い潰すかなような移動、禁術に、この弟子の顔を見て、まっすぐに言えないようなことも、幾つもやった。ただそれでも人は傷つけなかった。それは、そうすればこの子は安心してくれるだろうかという、妄執に似た信念。

 

 

…まあ、正直。

一つだけを残しておけば十分だと思っていた。

無駄に余った霊魂をそこで使うなら無駄でなくなる、という打算もあったし、どうせ、放っておけば溜まるものでもあった。だから、無茶をしたというのもある。

 

そうして妾がまんまと意表を突かれ、こうして残り一つまで消えかけてるのは正に、遠く人から離れて暫く交流も絶っていたことの理解の不足によるものか。

感情への理解不足。

感情が齎す非確定的で、かつ爆発的なもの。

それ自身に、妾は振り回されて。

それに妾はこうも身体を溶かされている。

 

 

「情けのないものだ。

これが、こんなものが妾かよ。

三千三途を踏破せど、こんなものかよぅ」

 

 

投げやりに、自らを罵倒してみる。

自らの声が、想像より明るい事に自分でも驚いた。

 

何故そんなに、満足げなのか?自分に問いても答えは出ない。それはなかなかに難しいことで、噛み砕いて言えるようなものではない。

だがその理由の主たるものは、きっとこれだ。

目の前に、泣きそうに立っている、阿呆づらだ。

ききっ、と。笑いが溢れた。

 

 

 

「おう、紅蓮。…くっ、あはは!なんて顔をしとる!あぁ、おかしいのう。ったく…」

 

 

「無事か、だと?これが無事に見えるか。

ま、なんにせよ腹が減った。

なんでもいい、飯の準備を頼む。

さっきのやつぁ毒まみれになっちまった」

 

 

「ちょうどいい。

出来上がるまでの時間がある。

最期に、話をしよう」

 

 

 

 

……

 

 

 

ぐつぐつと煮込む音。

中身は、大したものではない。

手持ちの食材など碌なものはなく、調味料などもほとんどない。そこらで取った、雑多な草なんかが主だ。

 

だけれど、そんなものはどうでもいい。

きっとこの飯は、うまい。

何かが自分の為に作ってくれた。

だれかが共に食卓を囲む。

それがあれば、ただ、美味いのだ。

 

ああ、もううん百年くらい早く気付いときゃあな。

 

 

 

「──しょう、師匠!!」

 

「…ん、ああ…ちと寝かけてた。

そんな、必死に呼ばんでも、起きるわのう」

 

 

ぼうと、寝ぼけまなこで、真っ赤な目の弟子に笑いかける。慰めようと手を出してもやりたいが、今の妾にゃ腕が両方とも無いのだ。

 

 

「…冶魔、か。ありゃあ、怪物だったな。

その実力がどうこう、という話ではない。

その、精神性そのものがだ」

 

 

心からそう、思う。

実力で言うなら及ぶべくも無い奴だった。奴が弱いどうこうではない。妾が強すぎるからだが。

 

だが、それでも事実は変わらず。

妾は奴に背後から心の臓を貫かれて力を失い。

そしてそれを取り戻した挙句に、その最期の霊魂の煌めきでこうして、死にかけている。

 

油断したつもりはいつだって、無い。

だけれどあの霊峰に腑をぶち抜かれた時も、どんな時も。奴の中に殺意や害意は一つもなかった。

彼女の中にあったものは、常に一つ。

 

紅蓮への、執念。

全てを、ごった煮にした『愛』そのもの。

成程、天晴だった。

それに気付く事を、今際でこそ出来た。

 

 

「やつは、お前を愛していた。

そうして、お前もあいつを。

…ああ、否定せんでいい。言いたいこた分かる。恋愛、友愛、家族愛。それぞれがあって、それぞれでも無い。その全てを一緒くたに愛と云うのは面倒くさいし誤解を招くだろうさ。だが、生い先短い老人は、言葉を選ぶ余裕が無くて困るでな」

 

「……やまを、愛していたのだよお前は。

命をかけてでも、それを正さんと思うもの。

人生を賭してそれを望み続けること。

それを、愛と言わずしてなんとする」

 

 

 

ごほっ、ごほっ。咳が出た。おお、こんな黒紫色の液体が身体から出るのは初めてだ。

 

まあ、そんな事はいい。

結局のところ、妾は最初っから横恋慕よ。

魔を滅すると一つしか見ていなかった時。

心の箱に、愛を捩じ込めて。

その時から妾はただの泥棒猫だった。

 

天晴。

それに関しては妾はただ、負けていた。

 

 

 

「…ならば、ならば己は。己は愛したひとを、殺した。冥府魔道に引き摺り、救われない道を歩ませて、それを正す事すら、出来なかっ──んぐっ」

 

 

ずーっと、同じような事を繰り返すその口をびたりと止める。ん。手も無いのに、どうやったかだと?

言わせるな。口吸いだよ、口吸い。

 

 

「はン、ご馳走様。

…ったく、お前のそれも、それだ。

結局お前は、なぁにがいいたい?格好付けて形式ばってモノを言っても、それが上手く行くわけでは無いなんて厭というほどわかったろう?

……もう、よう。誰もおらん。

そんで、妾も消える。ならば、だ。

一度くらいは感情のまま、本音を言えよ、餓鬼」

 

 

ぼうと、妾の行動を理解できんように止まり。

そうしてから、震え始める。

惚けたように目を蕩けさせてから。

餓鬼は餓鬼らしく、泣き始め。

 

 

「……往かないで、くれ」

 

「…なんで、なんでおれが大切に思った人は、みんなは、おれのまわりから消えていくんだ、死んでいってしまうんですか!かあさんもとうさんも、やまも、沙門にもおれは、共にいて欲しかった!

いかないでくれ!いかないでくれ!!格好付けて、そう言い続けてればだれも取りこぼさなかったのですか!?ならば今言い続けましょう!喉が枯れて潰れてもずっと、ずっと、ずっと言います!」

 

 

「……だから、往かないでください、羅倶叉さま…

わたしは、わたしは、あなたが…!」

 

 

 

……

命の消える直前。

妾にはここで、二つの選択肢がある。

 

女として、お前を呪うか。

もしくは。

 

 

 

「……紅蓮」

 

 

……つい、さっきまで。

閉じ込めてしまっていた時は思い切り前者のつもりだった。呪い尽くして、妾以外を見れぬようにとする事が全てだった。

 

だが、我ながら、勝手なものだ。

それが、結界の中で少しながら満たされたからか。若しくは死を目前にした、腐臭のする心変わりか。

それとも、もっともっと。未熟で、どうしようもない愛し人の包み隠さない吐露を聞いたからだろうか。

 

今の妾は、それよりも。

 

すぅ、と息を吸い。

 

 

 

「…立てッ、ぐれぇんッ!

泣くな、喚くな!そうして失ったものは戻らぬ!ならばその前に、妾の前に胸を張り立てッ!」

 

 

二つ目の、選択肢。

お前の師でいたい、と思った。

お前を、不出来な師としても導いて。最期までそうする事が、これ以上なく幸いで、幸せなのだ。

きょとんと、紅蓮は呆れて。そうしてから笑う。

 

 

 

「…ふ、ふふ。羅倶叉さまが、本音を言えと、私に言ったのではないですか」

 

「む。…そ、そうだな。

かーっ、毒がな!毒がもう頭にも回っとるからな!」

 

「いいえ、らくしゃ様はいつもそう、理不尽でした。まったくもって、理不尽でした」

 

「んじゃと、この野郎!」

 

 

 

いつも通りの。

あの時のように、山の上のように。旅の時のように。そんな会話を、した。師として、弟子として。

 

そうだ。これもきっと、愛よ。死を目前としても、満足げに声を出せてしまう自らのらその理由の主。結局のところ、妾もお前を愛したのだ。

 

やま。お主には天晴よ。

お前にはその愛の年数も総量も、そして紅蓮と向き合うその事についても、完敗だ。それについては負けだ。妾はただの横恋慕だった。それは認めよう。

 

 

だがそれは、それ。これはこれだ。

 

妾はお前を愛した。

それは誰にも否定はさせない。

そして、こいつも妾を想った。

師として想ったか。大切な家族として想ったか。恋をしてくれたのか。わざわざ聞くのを野暮としても。

それだけは、否定をさせるものか。

 

笑い合う、空間。

この二人の間にあるそれは、妾たちの間にしかあり得ない、唯一無二たる愛の証なのだから。

 

 

 

「……ま、なんにせよ。

前は、向けたみたいじゃな。

ならばこれが、妾の最期の教えだ」

 

「…!…はい、師匠」

 

「魔を、滅するのだろう。

色々な取り繕い、様々があろうと。

それに嘘は無いはずだ」

 

「はい。…それにだけは、嘘はありません」

 

 

「ならば、妾を殺れ。

魔に堕ちし者として、首を刈り取れ」

 

 

「!」

 

 

「紅の蓮よ。

妾を殺すか、世界を見捨てるか、二つを選べ。

それがお主の導きとなったとしてもだ」

 

 

妾が二つを選んだ、代償に。

紅蓮にも二つに一つを選ばせる。

ただ一つしか選ばないだろうもの。

妾の信ずる此奴ならば、出来ると信じるもの。

 

紅蓮は疑問を呈する口も。

やりたくないと震える腕も、つぐませて。

 

涙一滴、拳を形にして息を整える。

ああ、それでいい。

その眼が、とてもいい。

 

 

「さあ、来い」

 

 

もう、迷いはないのだろう。

この命を取って、呪われる事もないのだろう。

 

 

 

「御然らばッ!」

 

 

「応、達者でな!

お主の『世界』を変えに征けッ!」

 

 

 

おう、おう。

さすがに、我が弟子。

澄み切った、良い腕だ。

痛みすら感じないで、首が飛ぶ。

 

ああ、悔いは無いと言やぁ嘘になる。

だが、とりあえずやり残した事は、な─

 

……と、ここまで考えておいて。

やっぱり一つだけ後悔が生まれる。

やっぱ、こうしておけばよかったと思う事。

そしてそれは、まだぎりぎり間に合う。

 

 

「……やっぱり、最期の言葉ぁ変える!」

 

 

空に飛んだ首のままに世界を見る。

綺麗な世界だ。

こんな日に行けるのならば悪くはない。

 

 

 

「紅蓮!わらわはなーっ!

お前のこと、だいすきだったぞ!

はーっはっはっは!」

 

 

刹那に暗転が入る。

この巫山戯た舞台の幕の降りる刹那。この劇を初めからやり直す事が前提にあるからこそ、言える事。もっと早く言え?莫迦を言え、恥ずかしいだろう。

 

 

時を澱ませる結界。

死を穿つ死毒。

空間を捻じ曲げる紙念。

 

そしてそれらの影響を受け続けた蓮よ。

さあ、飛んでいけ。

お前が何を選ぶかに、妾は立ち会わない。

 

だからただ、お前の心のままに。

そして、またいつか。

 

おまえと逢えたら、なんて。

そんな事を思うのは贅沢か、の。

 

 

 





次回終幕。
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