グリフィン・ドールハウス(勇気の人形館) 作:チキン
1956年 猫
あら別嬪さん。ようこそ。
いやいや、ここはただのドールハウスですよ。あなたも魔法を使うなら、驚くには及ばないでしょう?そんな警戒しないでください。
それに、あなたゴドリックの妹分なのですね。歓迎しますわ!
ほら、綺麗な人形でしょう。あちらにもこちらにも沢山――
……。
……あれ。
あなた、どちらにいらして?
……どこにもいらっしゃいませんわね。
どうしてかしら。まだ人形にも仕立てていませんし。
…………。
……。思い出しました。
理性を保ったまま獣に「変身」できる魔術があると、そういえば
私はあいにく、獣を見れません。獣をこの屋敷に引き留めることもできません。獣のぬいぐるみは、趣味ではありませんもの。
……わざわざケダモノに変身したい人間なんて、そうそう多くはないでしょう。今回のようなことは、仕方ありませんわ。
それにしても、もう少し見てゆけば良かったのに。なかなか慎重で正義感にあふれた方のようだったから、仲間を引き連れてもう一度訪ねてくださるかしら?
まあ、人形の招待もなしに、もうこのお屋敷に一度たどりつけるとは思いませんわ。お互い、あいにくですが。
1977年 犬、牡鹿、狼、そしてネズミ
四人組の青年さん、ようこそお越しくださいました。
黒髪のあなた、目が醒めるほど美しいですね。
他の皆様も、ええと、元気そうな方、優しそうな方、かわいらしい方で、良いですね。
それに皆さん、そろってゴドリックの舎弟なんですね。歓迎しますわ。
ここは魔法のドールハウス。どうぞご覧になっていって。
……ちょっとお待ちになって、四人とも、獣に――いえ、なんでもありませんわ。そちらの扉の向こう、きれいな北欧の娘たちの人形をご覧になって。
――。
あなた達、とっても好奇心いっぱい元気いっぱいで良いですね。お客様をこんなに隅々まで案内できたのは久しぶりです。
そうでしょう面白いでしょう、探検しがいがあるでしょう!あの青色女の城よりも、こちらのほうが楽しいですよ、まだまだとっておきの部屋があって――ああ、ご自身の体の変化に気が付いたのですね。
そうです、このドールハウスにいらしたお客様を迎え入れて、一緒に人形として暮らしてるのです。皆さんもご一緒に、と思いましてね。
はあ、ここで暮らすのは嫌ですか。絶対に? どうしても?
それなら、勇気を出して、挑みなさい。四人で力を合わせれば、ここから出られるかもしれません。
ふふ。
じゃあ、まず、そこの赤い扉か青い扉かを選んで開けてください。不正解の色を選んだら、そこで終了です。正解の手掛かりはこの部屋にあります。じっくり考えすぎてると人形になってしまうから、勇気が湧いたら開けてましょう。
――。
――ねえ、ネズミのあなた。聞こえてます?あなただけに話してます。びくりとしないで。声を出さないで。
正直に言うと、私はあなたを人形にしなくても良いと思っています。身も心もそこまで美しくないし。
だからあなたは帰って良いですよ。あなた、ネズミに変身できるのでしょう? ネズミに変身すれば、このお屋敷から出られます。
あ、このことを仲間に言ったら殺しますよ。四人をはぐれさせるから、独りで出て行きなさいな。
他の奴ら? 一緒にお屋敷で楽しく暮らしますから、心配しなくて良いですよ。あなたはあなたで、人間の世界で生きてゆけば良い。見捨てるんじゃなくて、違う道を歩くだけ。
まだ
あなた、本当はゴドリックの舎弟たちが嫌いでしょう。奴らが「強く見える」から、自分も「強くなれる」気がするから、門を叩いただけ。
でも、そこ、居心地良いですか? 華やかな奴らの陰で、そこそしてるだけ。おまけとして扱われるだけ。
おまけとして扱われるだけなら良いですが。あなたはいつか自分の命を捨てさせられる羽目になりますよ。
だって、こいつら、「仲間のためなら死ね」を美徳と思って押し付けるでしょう?
いや、「仲間のためなら死ね」ならまだしも、「仲間の『大事な人間』のためなら死ね」すら押し付けられますよ。
こいつらの家族は? 恋人は? いずれ子どもが出来たら? あなた、大事な人の大事な人のために、死ねます?
たとえばですよ、「敵」が、こいつらの大事な人間を狙うとするとき――こいつらは、どうせすぐに闇の魔術師と勇敢に戦うのでしょう?――闇の魔術師は、真っ先にあなたを捕らえます。居場所を吐かなければお前を殺す、と言います。
そうなったら、あなたは当然、自分の命を捨てることを期待されます。それも、拷問にたっぷり苦しんだすえに。じっくり刻まれ、じっくり刺され、じっくり裂かれ、じっくり抉られ、じっくり剥かれ、じっくり炙られ、地獄の苦しみを味わいながら、はやく殺してくれはやく死なせてくれと叫びながら、死んでゆく。
そして仲間たちから、「あいつは勇敢な奴だった」と涙とともに讃えられ、墓に百合を備えて、終わりです。あなたが命と尊厳と引き換えに庇った仲間の子どもは、
自分の命を優先しても、あなたはどっちみち「仲間」に殺されます。「裏切り」の代償で。
逆に、あなたが、あなたの母親が狙われたら? こいつらが、代わりに苦しんで死んでくれると思います?
人間の社会には序列があって、「下」は「上」のために命を無駄に捨てなければならない。それを「上」は、「勇敢」のような言葉で、さも美徳であるかのように正当化し教え込む。
まあ、末端の兵のために自分を犠牲にする将軍なんてただの馬鹿ですから、仕方ないですよね。ゴドリックはべらぼうに馬鹿ですが、ゴドリックはべらぼうに強いから馬鹿でいられる。
ゴドリックの舎弟は、どうせあいつになれもしないのに、ゴドリックの在り方を美徳だと思い込んでる。そして「勇気」の言葉のもとに、「下」が割を食う。
どうせあなたは「上」になれないんでしょう? なら、ゴドリックの門なんて出て行って、身軽にしぶとく生きましょうよ。このままそいつらとつるんでいても、無惨に死ぬだけですよ。
……へえ、そこまで「友」を信じたいのですね。そう。じゃあ、試してみましょうか。
――ねえ皆さん、ちょっと聞いてくださいな。
じつは、四人を一気に人形にするのは疲れるの。
だから、あなた達のうち一人だけを人形にして、残りは家に帰そうと思います。
誰が人形になるかを、選んでくれないかしら?
ふふ。
決められないなら、私としては、そこの小さい子に人形になってもらいたいのだけど――
――え、「俺に代わらせろ」? 即答? あなたたち三人とも馬鹿なのかしら? 自分に酔ってる? もう少し迷わないの?
どうせ口では綺麗事いって、本心は自分じゃない人にうまく押し付けたいと思ってるでしょう? ……いややっぱ犬くんと牡鹿くんはマジで覚悟決まってますね。でもそこの狼人間は内心少し迷ってる――いやあなたも覚悟決めちゃったじゃないの、何なのあなた達。
あなた達、そんなにこの腰巾着のネズミくんが大事なの? 親友? 本当に? じゃあもうみんな仲良く人形にしてあげるからおとなしく座ってなさい。
……って、見えない、動物になったのかしら、ちょっとネズミ、あなた合図を決めて送ってましたね、狼人間にも「変身」させるなんて、
――。
――全員逃がしましたわ。黙っていれば良かったのに、余計なことを言ってしまいましたね。周りを窺って怯えるネズミを見てるとどうにも苛々してしまいました、同族嫌悪ですかね。
……。
……あいつらはまだ、本当に容赦のない「敵」と向き合ってないから、甘い仲良しごっこをしてられるんです。いつかどうせ、ネズミが割を食うし、いつかどうせ、ネズミは裏切る。友達の家族のために拷問で死ねるわけない。あのネズミは馬鹿です。あそこにいて、幸せになれるわけないのに。
……まあ、あのネズミ、楽しそうでしたね。
……あいつも受け入れてもらえるなんて。
……ゴドリックの舎弟は、馬鹿ばっかですわ。
19XX年 大蛇
東洋の別嬪さんは珍しいですね。ドールハウスにようこそ。
いったん警戒も変身もしないで、私の話を聞いてくださいな。
単刀直入に言うと、あなたを人形に仕立てたくて招待しました。
あなた、ケダモノになってしまうのですね?望むと望まざるとにかかわらず。
今は自らの意志で人間と大蛇を往来できますが、いずれは大蛇になってしまう。そうですね? 「血の呪い」は解けない。もう、人間でいられる時間のほうが短いのでしょう?
なら、人形になってしまいましょう。ケダモノにならなくてすみますわ。ずっと綺麗な姿で、いつまでも楽しく暮らせます。ほら、お屋敷の人形たち、みんな幸せそうでしょう?
でも、無理に引き留めるつもりはありません。大蛇になったあなたは、私は見つけて捕まえることができませんから。人形かケダモノか、どちらを選ぶのもあなたの自由です。人形を選ぶなら、このままくつろいで、ケダモノを選ぶなら、ここから出て行けばよろしい。すぐ決める必要もありません、時間はたっぷりあります。
――。
……へえ。
……本当にケダモノを選ぶのですか?人間だった頃の思い出も尊厳もすべて忘れて、地を這いずり人肉を
……ふうん。そうですか。まあ、気が変わったら、いつでもいらしてください。
今の身も心も美しいあなたのまま、綺麗な人形に仕立ててさしあげますわ。
――。
……理解できませんね。「あなたが知っているのは、私が何者として生まれたか。私が誰なのかじゃない」――あなたが、誰に何になってしまうのかなんて、もう、決まっていることでしょうに。
……苛々しますわ。大蛇の癖に、ゴドリックみたい。