追記:表現が大幅に変わっています
「ここが新しい家かあ」
うぃす俺てんと!
なんか最近人間の襲撃が激しいらしく住居を新しく構えざるを得ないらしい。母さんが突然の襲撃に倒れた事からもそれは伺えた。家は小さくなったのに一人当たりに使える空間が広くなって俺悲しいよ...。
場所は俺たちが前住んでいた家を30里くらい北上したところにある人里の近くだ。
襲撃が激しくて逃げてきたのに人間の居住区近くに自宅を構えるとはこれ如何に。と思っていたが父さん曰く俺たち覚りは人間と外見が似通っているらしく、下手に妖怪間のコミュニティがない中、食料もなく孤立するのは危険という考えらしい。つまりバレなきゃええねんの精神だな。まあ俺ら妖怪って妖力さえあればデフォで飛行能力あるからバレても最悪飛んで逃げればいいしな。その状況になる時点で大概詰んでそうだけど。
「いってらー」
「お父さん、ちゃんと帰ってきてね!」
「行ってらっしゃい」
結論から言うと父は帰ってこなかった。
遠方の地に住む妖怪たちと共に遠征に行くと父さんから聞いていた。もしかしたら、帰らないかもしれないとも。
でも父さんが死ぬことを覚悟していないわけではなかった。というか母さんが死んだ日から自分か家族が死ぬことは予想していたし、最悪家族を、それこそひ弱そうな次女を囮にして逃げようかとも考えていたくらいだ。バレるからすぐに考えるのをやめたけど。
だからこの状況は予期していたし、色々考えていたから準備は万端。備蓄はそこそこあるし金も姉か俺が稼げばいい話。そう考えてたこともあって俺は殆ど問題視していなかった。別に金は父さんじゃなくとも俺らでも稼いでいけるしね。それに俺は最強の妖怪。この程度問題にすらならんね…。
朝日で目が覚めた俺は姉たちが就寝している姿を尻目に布が厚めの服を着て外出の準備をする。
父さんが遠征に行き10日。死んだことをほぼほぼ確信していた俺は人里に行って仕事がないか、あるいは占い師でもして金を稼ごうかと画策しようと玄関の扉を開けた。
だが、事態は想定よりも面倒な方向に舵を切り出していく。
「…父さんは友人の家で外泊しているらしいわ」
「………」
あらー…。
なるほどね。俺は「父さんの死」を甘く見ていたみたいだ。
あの聡明なさとり姉ちゃんが今一番言っちゃいけない言葉を吐いた。俺にならともかく、こいし姉ちゃんの前でそれを言ってしまった。
予想外。俺が想像していたよりも姉の精神は疲弊していた。
「…今日家の前に手紙が置いてあったの。開いてみたらその文言が置いてあったわ」
さとり姉ちゃんはきっと自身のサードアイで俺たちの心を覗きつつ受け答えをしている。こいし姉ちゃんの心情を覗いて、思っていたより拙い精神状況で誤魔化し切れていないと判断したのだろう。だから誤魔化せもできないことを自身が一番わかっているはずなのに覚りに対して嘘を嘘で補強し続ける。嘘を吐き続ける。すげーなさとり姉ちゃん、無限に地雷踏み続けてるよそれ。
「だから、」
「へーそうなんだーじゃあ心配しなくても大丈夫やね!いやーよがったよがった」
地雷踏み抜き録さとりを見ていてもいいけど流石にここは無理やり会話を入れて黙らせる。今はこいし姉ちゃんの思考に夢中になっててこの思考も感知されてないだろう。
「じゃあ俺眠たいから洗顔してくるねっ」
そのままの勢いでさっさと逃げ出し醒めまくっている顔を洗いに玄関を出る。爆破跡の処理はさとり姉ちゃんにやってもらおうと俺は気持ちのいい青空の下そう思った。
♦♦♦
「…」
てんとが無邪気に家を出ていく。本来なら人間と一人で鉢合わせないよう私もついていくべきだったかもしれない。だけど今の私にそんな余裕はなかった。
拳を握り、掌に爪が食い込んだ。
てんとがいなくなるまで唇を閉じる。それが今の私にできる唯一の気遣いだった。
「なんで、」
それがきっと優しさだと、慈悲だとわかっている。いやというほどサードアイからお姉ちゃんのその熱が伝わってきてくる。
薄緑のスカートが引き千切れるくらい握りしめ引き絞った。
だからこそ、私はあたまが沸騰するくらい、許せなかった。
「なんで嘘をついたの?私が覚りって知らないの?なんでそんな酷い事ができるの?」
お姉ちゃんが気遣って、とか。お姉ちゃんが私を大切に思ってるから、とか。
そんなことはどうでもよかった。
お父さんが死んだ。お母さんも、詳しく知らされてないけどきっと殺されてる。
なんでそんな残酷なことを、お姉ちゃんの嘘を通して伝えられなきゃいけないの?
「なんで!?欺瞞と一緒に吐くならもっとマシな嘘にしてよ!!こんな思いをするんだったら!!」
サードアイなんて開いてなければよかったのに。
♦♦♦
「…あれ?」
どこだろうここは。
周りを見渡すと一面の緑と青空が私を囲んでいた。
妙に酩酊感のある、ふわふわしたような気持ち。心に巣食っていた病魔が取り除かれたかのような気持ちのいい感覚。
お母さんが殺されて、私が二度と味わえないものだと思っていた童心がぶり返す。
「あはは」
考えてもいない事が動きに現れ思ってもいない事が言動に表れる。
なにも考えなくても体が動いてくれる。
なんて幸せなんだろう。
「あははっ」
踊ったこともないしみたこともない謎のダンスを自然に揺られて踊ってみる。よくわからないものを口に入れてみる。草をひき裂いてみる。
くだらないことがとてもたのしかった。
見たくないものばかり見かたを覚えた
ボーっとあおぞらを眺めていると燃えるように赤くなり、だんだんと色素を失って暗くなって、星が瞬いて、太陽が登ってきた。不思議と眠気は襲ってこなかった。
座り込んでいたくさっぱらから手をついて勢いよく立ち上がる。辛いだけだった日々が嘘のように、楽しいだけの今日が私を迎えてきた。
そんな日が何日も続いた。昼なり、夕になって、朝日が昇る。消えていく意識と眠気のように増していく無意識。
「あれ?」
気づけば周りは人間だらけ。大なり小なり男なり女なり様々な人間が往路を闊歩していた。
一瞬、体が竦んだが彼らは私のことなど、まるで路傍の石かのように気にせず歩き去っていく。
その辺の人をぶつかっても蹴ってもタックルしてみても私の存在に気づくことはなかった。さらにさらにお饅頭を売ってるおばちゃんの目の前でそれを頬張ってみてもおばちゃんは何も気づくことない。まるで私が行った動作そのものが無意識に見えていないかのような様相だ。
「…楽しいなあ」
誰の思考も読み取れたからこそ、誰の思考も私の思考も頭を侵さない。人の往来で靴音が煩いほどなっているにも関わらず自然豊かな草原にいるかのようだ。
「きっと、このままで…」
ありがとね、こいし姉ちゃん
生きることが苦痛で、考えたくもなくて、何も見たくない。
こいし姉ちゃんってうざいけど、こいし姉ちゃんがもう一人の姉でよかったって、ね
「…ああ」
だけど、そういえば、そうだ。私が生きる事を肯定してくれた弟が私にはいた。
私は末っ子でありながら、姉の立場でもあった。何故なら私は生まれてから末っ子の立場に甘えた時間が長く、それが癖に付いたのちに三人目の姉妹が生まれてきたから。
古明地テント。父さんはそう名付けた。
私はテントが嫌いだった。母さんや父さん、お姉ちゃんはテントが生まれるや否や私に対する愛を少なくし、その分をテントに注ぎだした。
愛の感情が薄くなったわけではない。質は変わらず量が少なくなっただけ。今ならそれを理解しているけれど。
愛を奪われた。テントが生まれてからその時に至るまで私はずっと感じていた。
『うりゃ』
柔らかい、というより脆い手を引き無理やりテントを連れ出し川の中に放り込む。
勿論テントと川遊びをしたかったわけじゃない。ただの嫌がらせだ。そもそも、そんなことはテント自身が一番よくわかっているはず。その瞳は私たちのそれと比べても一際開かれ眼球が飛び出ないか心配になるほどだから。
川の端で私はびしゃびしゃになっているテントを見下ろす。呆然と私を見上げるテントはきっと視えているはずだ。私がこれまで積み上げてきたテントに対する「負」の感情が。
嫌気、嫉妬、殺意、嫌悪、憎悪、敵意、侮蔑、厭気。
この場には私とテントしかいない。それは私の感情にのみ集中して感じ取ってしまうことを意味する。
泣き叫ぶだろうか。恐怖し動けなくなるだろうか。逃げ出すだろうか。妖怪らしく誰かの恐怖に敏感な私は、ましてや嫌いな相手のその光景待ち望んでいた。
「あはは、やりやがったなあこいし姉ちゃん!」
私が見たのは嬉しさだった。
「…」
予想外の視界に思わず体が固まる。そこに水がばしゃりとかけられた。ひたひたと髪の毛から冷たい水滴が落ち体のラインでぴちぴちになったぐしょ濡れの服。普段ならきっと不快な気分になっていたはずだ。
けれど私は何故かそれが嬉しかった。
私に溢れんばかりの愛を向けるてんとの存在が私のなかで膨れ上がっていく。愛が減ったと思っていたけれど、その減った分をしのぐ、有り余るそれをてんとは私に向けていた。
勘違いかとも思わせない程、色濃く読み取れてしまうその感情。
「…ぅ」
私に向けられるオレンジ色の瞳にこの感情を見られたくなくて、恥ずかしさのあまり私は逃げるように家に帰った。
その日からだろうか、私はてんとと話し始め、一緒にカブトムシを取りに行ったり、インドアなお姉ちゃんも無理やり連れて川遊びに行ったりもした。今思えばなんであんなにも憎悪を向けていたのか。それすら不思議に思っている私がいる。
お姉ちゃんはあんな性格だから一緒に外で走り回るなんてことはしないし、同年代の友人もいなかった。いつも私は一人で楽しんで一人で満足するだけ。だから嬉しかったんだ。てんとが私にとって初めての遊び相手だったから。
「こいし姉ちゃんのおかげでいつも楽しいよ」
「なんで、忘れてたんだろう」
お姉ちゃんに対する理不尽な憤慨と、意識を無意識に託した弊害。それらが組み合わさり私は私の大切な思い出を忘れていた。
本当に大切な、大切な思い出。
お母さんとお父さんが死んで、そんな私に残った本当に大切な思い出。
「戻らないと」
ふらふらと歩く、千鳥足のような歩調。そんな私に目もくれることなく、私の行く道を邪魔する人間達。まるで私のことなんか気づいていないかのように。路傍の石のように私にぶつかり、蹴り、突き飛ばされる。
「…あれ?」
その衝撃に私の体は容易く吹き飛ばされ思わず地に伏せる。
ふと気づく。だれも私に気づかない。眼中にないかのように、意識していないかのように私に気づくものはいない。
「…っ」
必死にぶつかる。蹴る。タックルする。殴る。爪を立てる。首を絞める。噛む。髪を引き抜く。
しかし誰も気づかなかった。
きっと、このままで…
「誰か…お母さん、お父さん、お姉ちゃん、てんと、」
しかし誰も気がつかなかった。客観的に、泣き叫ぶ私はそこに存在していなかった。
♦♦♦
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♦♦♦
夜空も、星も、地球も、自然も、月も、風も、人間も、虫も、誰も気づかなった。
ただ地を濡らす私だけがいた。
「誰か」
しかし誰も気づかなかった。
誰もが彼女を見捨てたのなら何が彼女を見るのだろうか。
太陽だけが私を見ていた。
「や…っと、見つけた…」
「…え」
涙で滲んだ目を開ければそこには、そこには太陽のように輝く髪色、日光のように私を照らす顔。そしてお天道のように私を見つめる瞳。
「帰ろう」
その温かい手が私の、瞳に触れ、閉じた瞼がそっと開けられる。
開いた瞳から涙が流れ落ちていく。霞がかった頭が梳かれていくようだ。
「一緒に、帰ろう」
泥だらけの私の体が担がれる。その背は温かかった。
(あぶねえー…もう少し手間取ってたらさとり姉ちゃんまで閉じてるとこだったな…)
涙ぐみながら居間で抱き合う二人を見ながら俺は一人汗を拭っていたのだった。
前話との対比