おお…あんた、最近有名な占い師さんかい
うちの家内も世話になったと聞いたよ。いや、最初は疑ってたんだが、うちのがえれぇもんだのてぇしたもんだだの…。親戚でも話題になってるよ。あんさんのこと
んな有名な占い師が何の用だい?
え?"ところで昨日の夜はお楽しみでしたか?"、って…
昨日は…仕事仲間と酒盛りしてて、まあそこそこ楽しかったよ。…それがどうしたんだい
それより近場にある妖怪の山って何か知ってますか?って…、それよりって、あんさんが出した話題だろうに…まあ知っているが
あん山には天狗が住み着いてるんだと。それもしっかりめに人間と対立してる輩どもらしく、お上もよく頭を悩ませてるって聞くが…
まあ、流石に怪談の類だろうなあ。時たま妖怪が出ただのなんだの聞くが、誰かが悪ふざけで流した与太話だろうな。この時代に物の怪を信じるやつぁいねえよ
それよか俺としちゃあ、最近の街の雰囲気の方が薄気味悪く感じるぜ。やれ三丁目の長男が三日前盗みを働いただの、武蔵屋の長女が他人を手にかけその屍を山中へ捨てただの。どうにも嫌な噂が飛び交ってんだよなあ。聞くところによると、どうやら噂が
誰がどう調査したら人の個人的な咎やら悪事やらがそこまでわかるのやら。そっちのが妖怪変化の類が関わっていそうで怖いぜまったく
こんなもんでいいのか?…はあ、まあこの程度ならいくらでも。誰でも知ってる噂程度の情報だしよ。ほんじゃあな占い師さん。俺もなんか頼むかもしんねえから、そん時はよろしくな
男の背は雑踏に紛れて帰っていく。そしてこの後もずっとその日常が保たれ続けるのだろうと信じて止まない。しかしその男と不倫した相手には極刑もあり得る重い罰が下されることになるだろう。
江戸、明治時代は密通にとても厳しく
しかし最大の不幸は本来なら隠され日の下にさらされるはずがなかった男の咎がこの者に知られたことだろう。
「最近占い師っていうより探偵方みたいなことしかしてないな」
男の妻に依頼された内容を無事引き出した覚り妖怪は笠を深く被り男と反対方向に歩いていく。早々に仕事を終えたその足はされど軽いとはいえず草鞋をざり、ざりと鳴らしながら次にしなくてはならない事に頭を巡らせていた。既に浮気性の男については濁流の如き思考に流され一片たりとも残っていない。
「天狗ね」
そしてそう時間がかからずに妖怪は目的の掲示板の前にたどり着く。ほとんど期待せず始めたこれは意外なことに効果があり巷で有名になりつつあった。
「今日のネタはこれでいいか」
佐々木 伝七某、妻帯せし身ながら、太田梅なる女と密通仕り候。
顔を隠しながらそう記しその場を去る。下準備の終幕は近い。
妖怪山、というものがある。
山が妖怪なのではなく妖怪の山と書いて妖怪山。街から一泊する程度で着くこともありかつては山菜採りのような目的でよく訪れる人もいたらしいが現在ではその様子は見る影もない。
いつからか天狗が住み着き、鬼がそれを組み伏せ、人間との争いに嫌気がさし勝手に去っていった鬼の代わりにまた天狗が栄光を取り戻し早五十年。街程度が保有する戦力では到底討伐し得ない量、質の妖怪が住み着いていた。
さらにその妖怪山に住み着いている妖怪達は基本的に非協力的、敵対的である。妖怪ならば当たり前の話ではあるが他の妖怪と違い天狗は積極的に敵対行動をし近づく人間の首を鎌鼬のように掻っ切り殺してくる。単体で妖怪山同等の力を持つ大妖怪と言うべき妖怪もいるにはいるが気分屋な者が多いそれらと違いその妖怪山の妖怪達は進んで人間に害を与えようと行動している。組織だった行動も目立ち近隣の街にとってその場所は目の上のたんこぶだった。
故にいつ攻め込まれてもおかしくない近くの街、そして妖怪山はお互いに厳戒態勢をとっていた。お互いに目を凝らしていつ攻めに来られてもいいよう装備を整え士気を高める。
しかし双方ともに、なんとなく「数年はにらみ合いが続くのだろうな」という楽観的な考えが脳髄の奥に沈殿していた。
その平和はある妖怪に無意識に破られる。
ここ数日、犬走椛は困っていることがあった。役職の地位が高いとは言えず性格の合わない先輩、人間がいつ攻めてくるかわからない精神的ストレス。色々頭を悩ませることはあったがそれでも椛をここまで唸らせる出来事はこれまで数えるほどしかなかった。
「あー!椛お姉ちゃんだ!今日もお仕事がんばってるんだね」
「…また来たのか」
その元凶がこの覚り妖怪。
この覚りはここ数日、毎日のように妖怪山に侵入しては椛がその優れた眼で発見し追い返しているのだがそれでもバレないように山に入ってきてはそこらをうろちょろしている迷惑な存在だった。
普通ならば椛か椛以外の白狼天狗がしょっぴき牢獄にでもぶち込んでいるはずなのだがこの覚りの能力によるものなのか、気配を消すのが上手く捕まえようとしてもいつの間にか視界から消え毎回逃げられてしまっている。
もちろん死力を尽くして探し出せばすぐ捕まえることはできるのだろうが、この覚りは山にいる間なにか目的があるような行動を見せずただ彷徨っているだけで特に害をなそうとしている様子はなく、白狼天狗の中でも見つけたら追い返せばいいやくらいの認識になっていた。
勿論職務に忠実な椛も同じように件の覚りを見かけたら捕まえる素振りを見せ追い返していたがその思考が読まれ出したのか最近ではこうして話しかけられる始末。捕まえようとしてもすぐ見失ってしまうので無駄になるとわかっているからこそこの覚り妖怪に対して椛は手も足も出せずにいた。
「この山では部外者に命の保証はない。早く帰れ」
「今日はねー、じゃん!彼岸花が咲いてたんだ!面白い花びらしてるよね!」
「…手がかぶれるから花びらに触るのは止めておけ」
聞いちゃいない、とため息をつく。めんどくさいという感情と、それと同時にこの可愛らしい少女の妖怪に対して何か、職務上良くない感情が出てきているのを椛は感じていた。
手が伸ばせるほどすぐ近くにしゃがみ込み花びらを千切っては投げ捨てているこいし。緑色で触り心地のよさそうな質感のふわふわしていそうな綺麗な髪。それに思わず手が伸びそうになり、片手でそれを抑える。いったい、今自分は何をしようとしたのだろうか。その答えを敢えて出さずに感情を底に沈めていく。
「貴方がいるおかげで監視に穴が開いているんだ。迷惑だから早く立ち去れ」
「そんなこと言わないで、椛も一緒に探検しに行こ!あっちに上りやすそうな木があったんだよね」
「行かない」
ぽいっと千切ってきたであろう彼岸花を捨てて指さす方向を見ず否定する椛。
「えーいーじゃんいこーよー!」
「…っ」
わしっと自分より小さい体で抱き着いてくる覚り妖怪に椛は反射的に振り払おうと…ではなく抱きしめ返そうとしてしまう。
(やはり…私はこの覚り、こいしを無意識に友だと認識してしまっている)
これが椛の抱えている悩みの全貌だった。何度も交流を重ねていくうちに椛はこいしに絆され「侵入者は早急に排除する」という役目と友達にそんなことしたくないという感情に挟まれ精神的に参ってしまっていた。これまで碌な交友関係を築いてこなかったこともあり初めての友達ともいえるこいしに酷い事を椛はしたくなかった。決して口にはしないが。
天狗としては間違いなく突き放すべき、だがそれができるほど椛は自身の感情に鈍感ではなかった。
「…私には部外者を捕まえるという仕事がある。今その役目を全うすることに躊躇いはないぞ」
「でもでも、そんなことをいいつつも椛お姉ちゃんは私と仲良くなりたがっているのでした!体は嫌がってても心は正直だねってやつだよね」
こいしの手元にある第三の目は余ることなく私を写す。反射的に私は翼を広げた。
「っ、とにかく、もうここには来るな!」
宙に浮き、そのまま一心不乱に天へと舞い上がる。見透かされているこの心をこれ以上見られたくなかったからだ。
仕事を放棄しこいしにも曖昧な態度を取る。どっちつかずが最も好くないと自分でもわかっているのに。そう考えつつも山の頂上に至るまで椛は広げた羽を畳むことができずにいた。
都合が悪い事は連続するものである。何故ならその都合が悪い出来事というのはだいたいの場面において他でもない自らの手によって作られるというのが常であるからだ。直接的であれ間接的であれ、自分がなにか対応を変えなければ悪い出来事は数珠つなぎのように途切れることはない。
天狗としての生を、天狗の中では若輩ではあるもののそこそこ長く過ごしてきた犬走椛はその訓を若いなりに理解していたつもりだった。
「おや、椛さんじゃないですか。この時間に見るのは珍しいですね。たしかまだ仕事中だったのでは?」
だからこそ今だけ面倒事は勘弁してほしいという椛の願いは届くことはなく絡みづらい先輩に声をかけられてしまう。それも笑みを携えながら。
射命丸文。その妖怪は少なくとも自分が生まれる前より先に山に住み着いてる鴉天狗だ。口調も軽く態度も軽薄だが、妖怪としての力量が生きている年数に比例すると仮定した場合、椛の見立てでは彼女は見た目に反して相当の実力者のはずである。がしかし現在の彼女の地位はせいぜい自分の上司レベルというちぐはぐな立ち位置。それ故に礼節を重んじる椛は文との距離感を図り損ねていた。
そのうえ性格もまるで合わず、まるで風のように捉えどころのない彼女と椛は相性が悪かった。椛は致命的な悪口や態度を性格柄取らないのである一線を越えることはないが上司の部下の間柄ではあるが彼女らの関係性は日々悪くなる一方だった。
黒の羽根をたたんでその天狗は椛の前に降り立つ。
「いえ、その、えっと、なんといいますか、」
「?」
なるべく表情を見られないよう体の向きを明後日の方向に向けつつ言葉を返そうとするが、職務に忠実な自分と今のサボってしまっている自分とのギャップをどう取り繕えばいいのか。自分でも理由を想像できずさらに慣れない敬語で口が上手く動かない。
「え、どんな顔してるんですか。いつもの仏頂面が悪い意味で表情筋が崩れちゃってますよ」
飄々とした、されどどこか鋭いその視線が私を貫く、面白いものをみたようなその眼は完全に興味を持たれてしまっている。その事に椛は気分の落下を止められない。
しかしそれと同時に冷静になっていく自分もまたいた。
よく考えればこれはチャンスではないだろうか。言い訳にはなるがあれは職務上起こった問題だ。ならばその問題を報告しようと本部に向かうのはごく自然なこと。それはそれを口実に問題を先輩に丸投げできるチャンスだ。
「実はなんですが…」
…
「はえーなるほど。なかなかどうして、哨戒の方も面白い事が起きてるんですねえ。でも椛さんがこんなところにいる理由なくないですか?」
「捕まえられないのだから本部に事態を委ねるしかないという判断です」
「でもその覚り、いま自由に行動しちゃっているんですよね?大丈夫かなあ…」
意図してか無自覚かは知らないが嫌味たらしいその言葉尻にムカつきを覚えつつ、責を丸投げせんとさらに話題を広げていく。
「どうせその覚りが逃げようとすれば捕捉できなくなってしまうので関係ありません。まさか私の能力をもってしても逃がしてしまうとは思いませんでしたが…」
「それで、なにか指示はありますか?ないなら本部に仰ぎますが」
「あー…そうですねえ」
むむむと顎に手を当て思考を巡らせているであろう文。こいしに酷いことをしないだろうかと若干心配になり始めた所でついに口を開く。
「なら、次その覚りを見つけたとき私のところまで連れてきてください」
「…捕縛するつもりですか?先輩でも難しいと思いますが」
「違いますよ。椛さんの話だけ聞いてもほんとにふらふらしているだけか、なにか
椛さんの話だけじゃあ要領を得ませんしねえ。といい先輩は翼を広げた。
「では私は別の仕事があるので。またその覚りと会ったら私に伝えてください」
そう言ってどこかへと飛び立つ先輩の表情はどう見てもこれから仕事をする者のそれではない。彼の天狗は仕事をサボることで有名だ。まともに対応する気があるのかとため息交じりに思う。
そんな怠惰な先輩だが、しかし私は呆れこそすれ一応尊敬を忘れたことはない。千里先まで見通す私の能力は無論視力のみに限るのならば先輩のそれを凌駕しているが、あれでも私の先輩だ。心の揺れを読み取る力はいくら私の目が良いとしても先輩のそれに敵うとは思っていない。
もし、こいしを先輩の前に連れて行って、こいしがただ純粋な気持ちで私に遊ぼうと誘っていたのではなく、なにか企んでいたら…。
ふと目の前を木の葉が横切り思考をが現実へ引き戻される。紅葉により赤く染まり風にたなびいて地面に落ちていくそれらは永遠の美しさではなく時と時の間、瞬間にしか見られない輝きだ。いつかはこの景色は終わり雪が積もってまた葉が木に茂っていく。
終わらない思考は経験上考えていても仕方がないとわかっている。さくさくと赤く染まった道を歩いて私は自分の持ち場に戻る。そこにこいしはもういなかった。
その日から数日。こいしは私の前に姿を出さなかった。と言っても、仲間からの報告ではあいも変わらず遊んでまわる姿が散見されていたらしいので、わざと私を避けているというわけではないだろう。
だがここまでこいしを見ないのは久方ぶりだ。いつもは一日の合間も開けずにこいしの方から私の下へやってきていたが故にその隠密性も相まって私は否応なしに日々こいしに心を見られなければならなかった。
無論いい気持ちはしない。内面の発露を、それも一方的に読み取られる会話とは上辺で取り繕うという人間関係における安全策のような行為が取れないことを意味する。会話はコミュニケーションの道具だが親しくない相手との会話はただの儀式的行為に過ぎないというのが個人的な思いだ。私のような交友関係の少ない者にとっては特に。
しかしここまで考えて思う。一番「心を読み取られてしまう」事象に苦しんでいるのはこの気持ちすら読み取れてしまうこいし側なのではないかと。
腰にある無骨な剣が私の身動きに合わせて鞘と共に揺れる。持ち場から離れない範囲で周りを見渡し歩くが人影は見当たらない。
わかっていたはずだ。私は初対面時あまりこいしにいい感情を持っていなかった。
今では交流を重ねるうちにこいしの純粋無垢かつ日向のような心地いい笑顔と仕草にヤられてしまい私からも友にするような感情を持っている。が、そんな感情を持っているにも関わらず逃げてしまった。もしかしたら私はこいしに裏切るような行為をしてしまったのではないか?
二度とこいしと会えないかもしれない。言いようのない罪悪感と後悔が背筋を伝う。やけに周りの雑音が大きく聞こえ、木の葉の落ちる音、強張る腕、傾く平衡感覚。
「うわー!」
突如ぽすんと腹辺りに衝撃が来る。何かが私に激突したようだ。
「ぅ」
けほりと嗚咽をしつつ反射的に不審者の腕をつかみ拘束しようとして、何某の面が割れる。
「やっと見つけたー!いやーいる場所が変わってて見つけるのに苦労したよねー、まったくもう」
もしや避けていたのは私の方だったのかもしれない。
私は自身の質の面倒くささに自分でも辟易しながらも、頬を膨らませたこいしとの再会に口元をほころばせた。
「わ!かっこいい天狗さん二号発見!私はこいしだよ。あなたは?」
「元気な覚り妖怪は珍しいですねえ。私は清く正しい射命丸、射命丸文です。よろしくお願いしますね?」
「…」
この場にいるのは三者。私、先輩、そして件の覚りこと、こいし。
私は先輩に言われた通り遊びに来たこいしと先輩を対面させた。こいしは無邪気に先輩と会話し、そんな先輩はというと物腰柔らかくこいしと接していながら眼光を鋭くしこいしを真正面から堂々と見定めているようだ。幸か不幸かこいしはそれに気づいていないみたいだが。
「こいしさん。私達天狗はですね、この山一帯を哨戒しているんです。でもあなたがその警戒網を無視して通り抜けたおかげで哨戒部門が混乱してしまっているんです」
「うう…それはごめんなさい…」
こんこんと窘める先輩と雨で濡れた若葉のようにへにゃりと項垂れて謝るこいし。しょぼしょぼの瞳とずぶぬれの子犬のような表情は哀愁を誘う。手を伸ばしたくなるが筋を硬直させて動かぬよう一方の腕を手で抱えた。
(あのクソ真面目な椛さんも絆されていますしねえ...)
犬走椛のその様子を尻目に射命丸文はいまいち影を掴めていない目の前の覚りに目線を向ける。伸びたコードの中心にある第三の目はキョロりキョロりと周囲を忙しなく見まわしていた。
「これは天魔様から出禁を喰らっても仕方がないですねえ」
「そこをなんとかっ…なにとぞっ…!」
「んー、まあ、こいしさんがなんでこの山に何度も訪れるかを聞かせてくれるのなら一考の余地はあるかもしれませんね。天魔様次第ですが」
額を地にこすり付けそうな勢いで恩赦を願うこいしとさも今考えたかのように提案を出す先輩。
どうにかしてこいしを助けたいがあくまで私は天狗の立場。ここでその位置を転倒してこいしの立場につくのは天狗からの離反を意味する。何故なら今もなおこいしは部外者かつ侵入者の立場だから。
先輩は天魔様次第というが事実上は報告する先輩次第だ。だから私は祈ることしかできない。先輩の気に障らないこと。そしてこいしが何の隠し事もしていないことを。
「皆と仲良くなりたいからだよっ!」
けれどそれはもとより杞憂だったみたいだ。陽だまりのような言霊が私を貫く。私が惹かれたのはまさしくそれだった故に。
「そう、ですか。…なら大丈夫だと思いますよ。見たところ、こいしさんは私達をどうこうする気はなさそうなので」
一瞬、目を見開いた先輩は、けれど驚きをすぐに収め言葉を紡ぐ。どうやら先輩の目から見てもこいしは隠し事も
周囲の心を見透かす能力。それは使い方によっては埒外の力になり得るが、それは自身にすら牙を突き立てる薔薇のような、諸刃の剣だ。きっと嫌われただろう。きっと傷ついただろう。にも拘らず世間に漂う
「なに呆けているんですか椛さん。このことを天魔様に伝えに行きますよ」
コツンとやや不機嫌気味な先輩からの裏拳を後頭部でもらい意識が戻る。後ろを振り向くころには既に先輩は黒い翼で飛び立った後だった。
「あー行っちゃった…。文さんとも仲良くなりたかったのになあ」
こいしはそういつつ私の方へひょこひょこ歩み寄り手の平を出してくる。
「これからもよろしくね、椛お姉ちゃん」
陽だまりのような笑顔が私を貫く。
♢
「とかやってるんですかねえ」
後ろ髪を全く引かれない甘ったるい空気から抜け出しおっえーと射命丸文は胸焼けしそうな空気を吐き出した。そんな射命丸から見た彼の覚りのイメージは無知、しかし蒙昧でなく純真、されど靭やかだった。ふわふわとした口調とは裏腹に言葉の端々に芯を感じただ過行く時間に身を任せる埃のような妖怪たちと違い明確な人生観を持っているように感じた。
「みんなと仲良く、ですか」
だからこそ射命丸はそこに違和感を持った。その言葉に嘘は感じず恐らく真ではあるのだろう。だがそれだけでは納得できない彼の覚りの意思を感じた。必ず成し遂げようと、報いようとする意思が。
その仮定が正しいとした場合、彼女は一体何者に従っているのか。「何故」を聞かずただ命令を絶対遵守しようとする彼女の精神は正常ではない。少なくとも親しい隣人程度の間柄では為し得ない行動力だ。
絶対的な力による服従か。あるいは…。
「…さて」
山岳の頂にたどり着き奥に天魔が構える扉の前で翼を休める。一応犬走椛と共に報告する体での調査なので数分の後に来るであろう後輩を待つ。その間に射命丸は覚りの行動原因とその予測から事前に考えていた天魔への報告について思考を変える。即ち、拒絶か静観か。
「先輩…」
瞼の裏を眺めていた射命丸に追いついた犬走が声を掛け瞼を開ける。射命丸の瞳に映る犬走はどこか憂いを帯びその顔は如何にも"心配"だった。
「あはは、なにをそんなに顔を暗くしてるんですか。行きますよ」
結論は静観だった。未だに迷う心が本当にそれで大丈夫かと声を上げ続けるがそれらを無視して扉をノックする。情報は少なく判断材料は乏しい。そんな中で射命丸が導いた覚りの行動要因は『メッセンジャー』だった。
何かを天魔に伝えるために補装する。覚りの言う仲良くなりたいやら景色を見たいやらを本人の性格による行動とは捉えず何者かの指示であると考えるのならばそれが一番の候補だ。隠密が得意な者をむしろ晒すことで暗殺や諜報は企てていないというメッセージを無言ながら仮の参謀役である『私』に伝えているような気がしてならない、とそこまで射命丸は思考を到達させていた。
ならば、その何者かは『私』がここまで考える事まで見越して…?
扉の奥から入室を促す威圧感に満ちた声が響き、射命丸達は扉を開けた。
♢♢♢
皆分け隔てなく接する。気まずさの生まれない会話の環境構築。目と目を合わせて話してしまう魅力。"私"に対して決して嫌悪や憎悪を向けない理想的な友人。宝石のような容姿。迷わず友人になろうと言う精神。
アイドルになりたいという欲望を持っていないこと以外、こいし姉ちゃんはアイドルの才能があった。
服を借りてこいし姉ちゃんの最近の趣味である鴉羽色の帽子を深めに被り少し人目に付く場所を通れば老若男女問わず声がかかる。流石に返事を返せば不審に思われてしまいかねないから会釈だけで済ませるが心をつかむ才能はきっと誰よりもあるんだろう。
周囲を視て、俺に絡んできそうなくらいこいし姉ちゃんに心をやられてしまっている天狗を避けて上を目指す。というか本当に凄いな、まさか一週間でほぼ全ての天狗から認知されるくらい人気者になるとは思わなかった。あそこの白狼天狗とか生真面目そうな顔しておいてずっとこいし姉ちゃんのこと考えてるみたいだし。こいし姉ちゃんが入山した話題聞いた瞬間に天狗の身体能力と千里眼とかいうずる過ぎ能力を併用して探してきそうだしさっさと無意識纏っとこ…
そんなこんなで予め聞いていた一番偉いやつがいるらしき山のてっぺんを脚で踏みつける。やっぱ偉い奴は上から見下ろすもんなんだなあ一番強い奴は地下に潜ってったてのに。
コンコンコンと裏拳を扉に三発放ち上司でもなんでもないので当然だが許可も得ずに扉を開ける。部屋の奥にはいかにも偉そうな偉い奴が椅子に座って俺の入室に目を丸くしていた。
「俺たちは武力が必要でそっちは攻め入る機会が必要。まるでパズルのピースのようにぴったんこのいい関係になれると思いませんか?」
「…貴方は」
「どーも、部下たちを誑かしてる覚りの弟です」
後は、全てを片付けた後を憂うだけだ。
ハッピーバレンタイン!
とかを言い訳にしないとこの作品無限に終わらない