TSホビアニ転生:悪のTCG組織で実験体やってたけど、いつの間にか滅んだらしい 作:WhatSoon
ニーナが僕の家に住み始めてから、七日が経過した。
日常に変化が現れて、それでも少しずつ慣れてくる。
彼女は最近は、掃除、洗濯、料理までしてくれている。
曰く、「何もせず怠けていると罪悪感で死にそう」らしい。
正直、別に僕は気にしていないのだけれど、彼女のメンタル面を考慮すると家事でもして貰っている方が良いのかな……なんて思っている。
掃除、洗濯辺りは最初からある程度出来ていたけれど、料理の方は……うん、ボチボチって感じだ。
だけど、以前までの僕の夕食……外食か、買って来た弁当よりは良いかな……なんて思っている。
味は確かに……外で買って来た方が美味しいけれど。
それでも、僕は彼女が何かを作ってくれるのが嬉しかった。
「……今日のはちょっと失敗した」
食卓で、彼女がそんな事を言った。
確かに、今僕が飲んでいる味噌汁は少し塩っぱい。
彼女の言葉に「そんな事はないよ」と言うのは簡単だけど、無理に励ますのも逆効果だと思いとどまる。
結局何を言えば良いか分からなくなって、僕は苦笑した。
「いや、私がするからいい」
食器洗いも彼女がしている。
僕がやろうとしても「これが私の仕事だから」とか何とか言われてしまう。
……食器も増えたし、少しでも彼女の家事が楽になるように、食洗機でも買おうかな。
なんて、思いつつ僕はソファに座った。
「お風呂沸いたから、先入る?」
彼女がお風呂を洗って、お湯張りまでしてくれるから僕は家事をしなくて済んでいる。
本当に、僕は家事を何もしていない。
今までずっとしてきた事をやらなくて済むというのは、「有り難い」より先に「ちょっと落ち着かない」が勝つのだけれど。
「むっ、今からお気に入りの番組が始まる。リモコン貸してくれる?」
寝る前にバラエティ番組を一緒に見る。
僕は隣で学校の課題をしている事もあるけど。
昔はテレビを付けずに何かしていると、寂しい気がして付けていた。
惰性で見ていた。
それは今でも変わらないけど、何だか少しだけ……「どうでもいいこと」ではなくなった気がする。
「おやすみ、ヒイロ」
リビングの電気を消して、彼女は元・倉庫部屋に行ってしまった。
あちらにあるのは簡易のベッドぐらいだ。
寝室のちゃんとしたベッドを使っていい、と僕は言ったのだけれど……「それはヒイロのベッドだから」なんて言われて拒否されてしまった。
「おはよう、朝ごはん用意してる」
朝起きて、着替えてる内に朝ごはんが用意されている。
焼けた食パンに、ベーコンに乗った目玉焼き。
僕と彼女の分が机に置いてあるけれど、彼女の分は……目玉焼きというより、スクランブルエッグみたいになっていた。
多分、失敗した方を自分で食べようとしているのだろう。
それはきっと優しさだ。
僕のと取り替えよう、なんて無粋な事は言わず綺麗な目玉焼きを口にした。
「いってらっしゃい、ヒイロ」
学校に向かう僕に、彼女が手を振った。
何だかむず痒い感覚。
今まで、僕は一人で黙って家を出ていた。
黙々と用意をして、靴を履いて、鞄を持って……黙って家を出ていたのに。
変わったんだ。
だけど、それは決して不快ではない。
寧ろ心地よくて、新鮮だけど暖かくて、嬉しい。
多分、きっと、これが──
「うん、いってきます。ニーナ」
幸せなんだろう。
僕はそう思った。
そうして、いつも通りの学校生活を送る。
ミユちゃんに僕とニーナが一緒に住んでいる事を知られてしまったけれど、黙っていてくれた。
代わりに、定期的にコソコソと僕と彼女の関係について訊いてくる。
面倒に感じながらも、秘密にしてもらっている負目もあって適当に返事をしている。
昼食、僕は購買で買ったサンドイッチを口にする。
ニーナが「弁当も作ろうか?」なんて訊いて来たけれど、流石にそんな事をするとユウキくんにも訝しまれてしまう。
だから、申し訳ないけど断っている。
そうして、日が暮れて。
学校が終わり、僕は二人と別れる。
ユウキくんは「最近、付き合い悪いよな」なんて疑ってくるけど、何故かミユちゃんがカバーしてくれるお陰で何とかなっている。
彼女は僕に協力的だ。
絶対に何か勘違いしてると思うけど。
そうして、僕は帰路につく。
今まで、家に帰れば僕は一人だった。
だけど、今は違う。
その事実は、家族らしい家族が居なかった僕にとって──
「やぁ、ヒイロくん」
「うわっ!?」
背後から急に、肩を叩かれた。
慌てて振り返ると、そこにはボサボサ髪の女性……店長が居た。
「な、何してるんですか?」
中々見ない私服姿だ。
と、言っても……普段の姿から『ダイス』のエプロンを外しただけだが。
「何って……ヒイロくんを待ってたんだよ」
「こ、こんな所で、ですか?」
僕は周りを見る。
再開発の所為で人通りが少なくなってしまった商店街だ。
人通りが少ない、とはいえ全く人が通らない訳じゃない。
なのに、そんな場所で僕を待っていた……?
「うん。君、帰る時ここから帰ってるでしょ?知ってるんだよ」
「いやまぁ、そうですけど……なんで知ってるんですか?」
「んー?内緒」
僕が訝しむような目で見ると、彼女はニタリと笑った。
「嘘嘘、冗談。ミユちゃんから訊いてたんだよ」
出て来た名前に、冷や汗をかいた。
店長には、ニーナを見つけたら連絡するように言われている。
だけど僕は、店長の事があまり信用できなくて……黙っている。
僕とニーナの関係を知っているミユちゃんと店長が接触しているなんて──
「ん?どうしたの、ヒイロくん」
「な、なんでもありません」
店長の顔から、そういう意味じゃなさそうだと悟った。
ただ単純に、偶々ミユちゃんに訊いただけだろう。
「……ふーん」
しかし……僕は少し焦ってしまった。
その内心の動揺を見透かされたようで、僕は居心地が悪くなる。
そんな僕に、店長が口を開いた。
「ヒイロくんさ、ちょっと喫茶店に寄らない?」
「え?喫茶店、ですか?」
断りたい。
「嫌かな?奢りだよ」
「別に嫌ではないですけど……」
「じゃあ決まりだね。ほら、こっち」
店長に手を引っ張られ……入ったのは商店街内の喫茶店だ。
クラシックな雰囲気が漂う、お洒落な喫茶店。
僕のような子供が来るには少し場違いな気がして、肩身が狭い。
だけど、店長はそのまま僕を端のボックス席に座らせた。
「い、いいんですか?勝手に座って……」
「えー、いいのいいの。ここ、私の顔見知りがやってる店だから」
そんな事を言う店長に呆れながら、店内を観察する。
お客さんは……僕達以外に居ないみたいだ。
カウンター内でマスターが何やら仕事をしているけれど……僕達に注文を取りに来る気配はない。
僕は小さくため息を吐いた。
「それで……何の用なんですか?」
「え?そりゃあ、勿論──
店長が指を立てた。
「お願いしてたよね?あの銀髪の……レアカードハンター。あの娘と出会ったら連絡して欲しいって」
急に本題に入られて、僕はちょっと息を呑んだ。
「そ、そうですね。でも、僕はまだ会ってなくて──
「あ、いいよいいよ。分かってるから、大丈夫」
何が分かっていると言うのか。
何が大丈夫だと言うのか。
心臓が跳ねた。
「な、なんの話ですか?」
「……うーん、ヒイロくんってさ。嘘が下手だよね」
「嘘って……」
「まぁ、それは悪い事じゃないよ。嘘吐きより、嘘を吐くのが苦手な方が私は好きだし」
店長の前にコーヒーが置かれた。
そして、僕の前にも。
注文してないのに、マスターが用意してくれたみたいだ。
僕のコーヒーはミルクの入ったカフェラテ。
店長のコーヒーは……真っ黒なコーヒーだった。
彼女はそんな真っ黒なコーヒーに口を付けた。
「な、何が言いたいんですか……?」
「分かってるでしょ。君、そんなにバカじゃないし」
「それは……いや、その……」
店長のマグカップが、ソーサーに置かれて小さく音が鳴った。
「ヒイロくんさ、あの娘と何回も会ってるんだよね?それも日常的に」
それはハッキリと僕とニーナの現状を当てた訳ではなかった。
だからこそ、そこまで辿り着いている事に驚いた。
「……そ、そんな事ないですけど」
「多分、あの娘から自分の居場所を言わないで欲しいって口止めされてる。違うかな?」
「そ、それは……」
思わず少し身を引くと──
「ん?あ、いやいや!責めてる訳じゃないんだよ?ほら、コーヒーでも飲んで落ち着いて。ね?」
店長が慌てたように首を振った。
確かに、店長は得体が知れないけれど……僕に悪意を向けている様子はなかった。
勘違いでなければ、だけど。
店長が苦笑しつつ、顎に指で触れた。
「私はただ、あの娘を保護したいだけなの。分かるでしょ?」
「っ……分からないですよ。何も教えてくれないのに、どう分かれって言うんですか」
思わず溢れた言葉に、僕は自分の口を塞いだ。
失言だったからだ。
そんな失言に、店長は不機嫌になる訳でもなく吐息を小さく吐いた。
「まぁね……じゃあ分からなくていいよ。それで今、あの娘は何処にいるの?教えてくれないかな」
しかし、その態度に僕は少し苛立った。
「……言いたくありません」
僕が首を横に振ると、店長は少し眉を顰めた。
「え?なんで?」
「店長は僕に何も教えてくれないじゃないですか……何でニーナを保護しようとしてるのかも、店長が何者なのかも……」
「世の中にはね、知らない方がいい事もあるんだよ」
「だったら、僕だって言いませんよ……!不誠実じゃないですか!」
カチャリ、と僕の目の前にあるマグカップが音を立てた。
……少し、出過ぎた発言をしてしまったと反省する。
しかし、店長は怒るような素振りもなく、頷いた。
「不安だよね、私がちゃんとした大人か分からないから」
「だったら──
「でもね。知るだけで、要らない諍いに巻き込まれちゃうような事もあるんだよ」
店長は少し、懐かしむような顔をしていた。
だけど、僕には意味が分からなかった。
「今なら大丈夫。彼女は私達が保護する。その先で彼女は幸せになるし、ヒイロくんも今まで通りの生活に戻れる」
だけど凄く、腹立たしかった。
『戻れる』だって?
僕はそれを望んでいない。
「勝手に僕の気持ちを、知った気にならないで下さい……!巻き込まれるだなんて……僕はもう、充分巻き込まれてますよ!」
「……でもね、ヒイロく──
「何も教えてくれない人なんかより、僕は彼女を信頼してる……!」
僕は店長に視線を合わせる。
荒げていた呼吸を整えたくて、深呼吸をした。
「だから……教えてください。店長が何をしたいのか。何で僕に何も教えてくれないのか……納得できるのなら、僕は手伝います」
そう問えば、店長は表情を変えた。
「…………」
それは、初めて見る表情だった。
僕にも明確に分かるほど、感情を露わにしていた。
眉尻を下げて、口角も下がった。
それは、言うならば──
「……う、うーん?ど、どうしよ?」
めちゃくちゃ困っている顔だった。
目線はめっちゃ泳いでるし。
さっきまでの諭すような顔じゃない。
ただただ困っているだけの顔だ。
想定外の仕草に、僕もどうしたら良いか分からなくなってると──
「正直に話してみても良いんじゃないか?」
目の前にカゴに入ったスコーンが置かれた。
視線を向けると、そこにはこの喫茶店のマスターが立っている。
あれ?というかこの人、何処かで見た覚えがある気がする。
「え、だって私責任取れないよ!?それに、部外者に喋りすぎるのも良くないし」
「責任を取るのが大人の仕事です。そして、若人は大人の都合を知らないものですから」
あっ!
思い出した!
「もしかして……この前、店に来てたスーツの人ですか……?」
「え?気づいてなかったの?」
店長の言葉にちょっとイラっとする。
そんな店長の頭を、マスターが軽く小突いた。
「あいたっ!?」
「そういう言動が、貴女に対して不信感を抱かせているのです」
「そ、そんな事ないと思うけど……ね?ヒイロくん。私って、そんなに胡散臭くないよね?」
店長が縋るような目で見てくる。
……まぁ、確かに。
店長は別に悪い人じゃなさそうだってのは僕も信じてるけど……。
「……胡散臭くはない……と、思いますよ?」
そう口にすると、店長も顔を強張らせた。
そして、マスターが苦笑しつつ口を開いた。
「嘘が下手ですね」
「ヒイロくぅん、時として下手な嘘はね、正直な言葉より傷付く物なんだよぉ……?」
泣き真似をする店長に僕はため息を吐いて、首を振った。
「そんな事より、話して貰えませんか?店長が何故、ニーナを追ってるのか」
無理矢理に話題を戻すと、店長は姿勢を正した。
「まず、自己紹介するわ。私は斉木 サエコ。年齢は27歳。独身。趣味は──
「あの、店長?」
「なに?」
「……本題に入って貰っていいですか?」
「もう、ノリが悪いなぁ」
店長が頭をガシガシと掻いて、再び僕に目を向けた。
「私は『カードショップ・ダイス』を経営してる店長……でもあるけど、副業もしてるんだよね」
「……副業?」
「そう、実は私は『
「は、はぁ……?」
「……あ、あれ?反応薄くない?」
「いや、いきなり言われても実感が沸かなくて……というかICPOって、実在してたんですね……?」
「え、ひど……」
ICPO……なんて組織、漫画や映画なんかでしか聞かない名前だ。
実際に存在するなんて話は聞かないし、都市伝説のような物だと思っていた。
そして何より──
「その、ICPOが副業なんですか?本業じゃなくて?」
「そう!元々、そっちが私の本職だったんだけどね。今はカードショップの店長が本職なの」
「……どういう経緯なんですか、それ」
何があったらICPOの捜査局員という肩書きが副業になるのだろう。
「ちなみに、この喫茶店のマスター、ポールもICPOの捜査局の補佐官を副業にしてるよ」
「ええ、そうです」
笑みを浮かべるマスターに、僕は目を瞬いた。
この人も本職は喫茶店のマスターなんだ。
ICPOって副業でやるような物なんだろうか。
「さて、話を戻すけど──
店長が手を叩いた。
「ヒイロくんは彼女の事を何処まで知ってる?」
「何処までって……?」
「うーん。生い立ちとか?」
「それは、ええ……本人から聞きました」
ニーナはVAXによって作られた
家族は居ない。
身寄りもない。
「そう、それで彼女なんだけど……実はね、先天的な遺伝子の欠陥があるんだよね」
「……え?」
思わず、顔を上げる。
「彼女以前の
「い、遺伝子の欠陥って……大丈夫なんですか!?」
「まぁ、すぐにでも命の危機がある訳じゃないよ?」
その言葉に僕は安堵の吐息を吐いた。
「……良かっ──
「あまり長生きは出来ないけどね」
「……え?」
目の前が真っ白になる。
ニーナが、長生きできない?
ただでさえ、今まで不自由な人生を送ってきたというのに……これからの時間も奪うのか?
そんな僕の表情を見て、店長が何か納得したような口を開いた。
「何とかしたい?」
「……出来るんですか?」
「うん、元からそのつもりで話してるからね」
店長の言葉に、僕は一喜一憂している。
そんな僕を見つつ、店長が指を立てた。
「長生きできない……っていうのは、メンテナンスを十分に受けなかった場合だけだよ」
「メンテナンス……?」
「そう。私も詳しくはないんだけどね。投薬によって肉体の構成情報を正常値へ置き換える処置が必要……とか?根本解決じゃない対処法らしくて……ま、これはVAXでもしてたみたいだけど」
「あっ……」
僕は、ニーナがもずく酢を食べながら話していた内容を思い出した。
何かいっつも変な液体を摂取したり浴びてたりしていたって。
それが『このもずく酢に似てる』って。
食欲が無くなるような事を言わないでくれ……と思ったのを思い出した。
「そのメンテナンスを受ければ……!」
「そう……少なくとも普通の人間と同じぐらいは生きられるだろうね」
僕は目を瞬いた。
それなら、店長に協力すべきだと理解できた。
彼女を保護すべきだと……いや、待て。
保護……?
「店長……」
「うん?何だい」
「彼女が保護されたら……どう、なるんですか?」
僕の言葉に店長は少し、表情を強張らせて……ため息を吐いた。
「察しがいいね。そう、保護されたら……彼女はICPOの研究施設に送られるね。検査も治療も必要があるから」
「それは……その──
「多分、面会は出来ないね。施設があるの、フランスだし。機密情報もあるし」
僕は口を閉じた。
ニーナは……研究施設が嫌で、自由が欲しくて、今ああしてホームレスにもなっていた。
今まで彼女は好きな物を食べる事もできず、好きな事もできず、決められた人生を送っていたのに。
なのにまた、彼女を……彼女から、自由を奪わなきゃならないのだろうか。
きっと、ニーナは嫌がるだろう。
きっと、ニーナは望んでいない。
きっと、ニーナに恨まれてしまう。
だけど──
「僕は……店長に、協力します。ニーナを説得します」
「……そう。ありがとう」
恨まれたって……二度と会えなかったとしても、僕は……それでも。
彼女には生きて欲しかった。
だから、何とか説得しなければならないと思った。
店長がスコーンを齧り、足を組んだ。
「……今日はありがとう、ヒイロくん。ごめんね、難しい事を言ったし……難しい事を判断させちゃった」
「……いえ。こちらこそ、その……酷いことを言ってすみませんでした」
「気にしてないからいいよ。私も悪かったし」
頬を緩めて、店長は頷いた。
そして、机にタブレットを置いた。
「それじゃ、協力内容についてなんだけど……次、あの娘に会ったら頑張って足止めして貰うとして、私に連絡を──
そこで漸く、店長と僕が持っている情報に齟齬がある事に気付いた。
「て、店長……僕、ニーナの現在地には心当たりがあるんですけど……」
「え?マジ?何処にいるの?」
「その……僕の、家です」
僕の言葉に店長が固まった。
視線が揺れて、何度か瞬いて……そして──
「は?」
今日一番、驚いたような表情を浮かべた。
◇◆◇
喫茶店から出て、僕は帰路についた。
その頃には、空も少し暗くなり始めていた。
いつもと同じ帰路……だけれど、いつもと少し違う。
店長が付いて来ているのだ。
ニーナの保護は早ければ早い方が良い、という判断らしい。
僕は……まだ、少し、彼女との生活が名残惜しくて、もう少しぐらい待っても良いじゃないか……なんて思ってしまっているけど。
彼女の身体の状況がどうなっているか分からない今、治療や検査を早くしないと……と店長に言われて納得した。
納得してしまったんだ。
僕の我儘で、もし彼女に害があったら……僕は自分を許せなくなる。
だから、浅はかな気持ちは心の奥に押し込んだ。
ちなみに喫茶店のマスター兼ICPOの捜査局員補佐官であるポールさんは、同行していない。
人数が増え過ぎると要らない警戒をさせてしまうかも知れないから、だそうだ。
前回、ニーナはポールさん達、成人男性の補佐官を見て逃げ出していたから……妥当な判断だ。
そうして僕と店長は、自宅があるマンションまで到着した。
「……私より良い所に住んでるわね」
なんてボソリと呟いた店長の言葉は無視する。
マンションの敷地内に入って、自室のある4階までエレベーターで登る事にする。
「ヒイロくんはさ、あの娘の事どう思ってるの?」
エレベーターを待っている間に、店長がそんな事を口にした。
「……友達だと思ってますよ」
「そっか……私が思ってるよりも良い娘だったんだね」
「……ニーナは優しいんですよ」
止まったエレベーターに乗る。
そして静寂の中、また店長が口を開いた。
「……貰ってた報告書からは、結構荒んでるイメージがあったからさ」
「荒んでる?」
「いやぁ……VAXの施設の一部が破壊されててね。多分、彼女の仕業なんだけど」
「……そうだったんですか」
僕は頷いた。
ニーナも思う所があったのだろうか。
だけど、彼女にはその権利がある……そう思った。
「さ、行くよ」
エレベーターから降りて、僕と店長は自宅の前まで来た。
僕はドアを開けようとして──
鍵が閉まっている事に気付いた。
「あれ?」
ニーナが自宅にいるからと、僕は朝、鍵をかけなかった。
マンションに入るにもキーカードと番号認証がいるから、開けっぱなしでも良いという判断だった。
なのに、鍵が閉まっている。
……ニーナが、鍵を閉めた?
だけど、鍵自体は僕が持っている。
何で閉めたのか分からないけど、僕なら開けられる。
鍵を開けて、中に入る。
「ただいま、ニーナ」
そう声を掛けたけれど……物音、一つもない。
普段ならば、出迎えてくれる筈なのに。
「……ニーナ?」
洗面所のドアは開いている。
彼女の寝室を覗き込んでも居ない。
玄関の外から、店長が顔を出した。
「あれ?居ないの?」
「そんな筈はないんですけど……」
リビングまで来ても、彼女の姿は見当たらなかった。
そして机には……ラップで覆われた、肉じゃがが二つ置いてあった。
僕の帰ってくる時間に合わせて作っていてくれたのだろう。
だけど、居ない。
名前を呼んでも返事は返ってこな──
「……ヒイロくん、退いて」
店長が僕を押し退けて、ベランダが見えるガラス張りの戸を開けた。
鍵は掛かっていない……僕も店長につられて窓際に寄った。
「まさか」
そして、下を覗き込むと……居た。
地上に、ニーナが。
リュックを持って、僕達を見上げていた。
普段、閉じているはずの戸。
地上に降りているニーナ。
……このマンションのエレベーターは一つだけ。
そこから導き出される答えは──
「嘘でしょ……?あの娘、どんな身体能力してんのよ!」
店長が来ているのを察知したニーナが、玄関の鍵を閉めて、ベランダから飛び降りたという事実だ。
彼女の身体能力が常人より優れてる事は知っていた。
だけど、まさか……そんな、ここまで?
「ヒイロくんはここで待機してて!私は追うから!」
「た、待機って──
僕の返事も聞かず、店長がベランダの縁に乗った。
まさか──
「よっ……!」
店長まで、ベランダから飛び降りた。
室外機や、排気ダクトを足場にして降りていく……ニーナも同様の方法で降りたのだろうか。
そう思い、僕はニーナに視線を戻した。
彼女は降りていく店長ではなくて、僕を見ていた。
離れていて、表情はあやふやだ。
だけど……数秒、僕を見て。
顔を、逸らした。
「っ、あ……」
何か言わなくちゃならない。
勝手なことをしたと、謝らなきゃならない。
説得するために言葉を掛けなきゃならない。
だけど、声にならない。
喉まで詰まって、言葉にならない。
そして、そんな僕を無視して、ニーナが背を向けて走り出した。
店長に追いつかれないようにするためだろう。
「あ、あぁ……」
追いかけたい。
だけど、追いかけたって追いつける気配がしない。
違う。
僕は言い訳をしたいだけだ。
追いかけなくて良い理由を探しているだけだ。
勝手に彼女のためだと判断して、裏切ってしまった。
そんな僕が、どんな顔をして追ったらいいんだ。
きっとニーナは僕のことを裏切った奴だって──
机の上に置かれた料理が目に入った。
彼女が作ってくれた……ラップに包まれた料理を。
「く、っ……」
動悸がする。
情けなくて涙が出てくる。
膝は震える。
だけど、立ち上がって……僕は自室を出た。
ぐちゃぐちゃになった感情を振り払う。
ニーナに会わなきゃ。
追いかけないと。
そして、もう一度……話さないと。
まだ別れの言葉だって言えていないのだから。
◇◆◇
面倒な事になった。
私は夜になりつつある街を走りながら、そう感じていた。
ヒイロの家での居候生活は快適だった。
私には前世の、社会人一人暮らしの経験がある。
それを活かして……というか、思い出しつつ家事をこなしていた。
ヒイロは家事に協力的だし、実質的に一人暮らしよりも家事の量は少なかった。
住む所も、寝る所も、食う物にも困らない生活だった。
だが──
「…………」
ヒイロは見覚えのある女と一緒に帰って来た。
アレだ。
『カードショップ・ダイス』の店長だ。
つまり、私を追っている奴らの仲間だ。
だからこうして、逃げる羽目になっている。
「……はぁ」
随分と走った。
私はため息を吐いて、人混みの少ない路地裏に入る。
ヒイロが私を裏切った──
とは、思っていない。
やむを得ない事情か、それとも、あの女に誑かされたか……どちらかだろう。
彼は優しい。
だから、優しい言葉で説得されれば……。
私に責める権利はない。
結局の所、私も彼を騙して寄生していたような物だからだ。
フードを外して、自分の髪を手ですいた。
後ろ髪を引かれるような感覚は消えない。
私はそこから更に離れようと、足先を──
「……はぁ、はぁっ、やっと追いついたわよ」
女性の声。
それは間違いなく、『カードショップ・ダイス』の店長の声だった。
瞬間、地面を蹴って──
「逃がさない」
『『コンバイン』』
腕を引っ張られる感触があった。
目線を下げる。
私のバトルディスクから赤い光の線が伸びて、店長のバトルディスクと繋がっていた。
「ふぅ……久々に本気で運動したけど、やっぱり衰えを感じるわ。心臓が爆発しそう」
店長は手を団扇のようにして顔を仰いでいる。
「……何をしたの」
「うん?知らない?公務用のバトルディスクはね、犯人を逃さないようにこうやって拘束できるの」
知る訳がない。
しかし、公務……か。
「貴女、警察なの?」
「正確にはICPO……だけど、まぁそんな感じね」
聞き覚えのない言葉に眉を顰めて、向き直る。
「何か用?何で私を追うの?」
「身寄りのない子供を保護するのは大人の仕事だと思わない?」
「……保護、か」
「そう、保護。国の施設に保護するだけだから、別に悪い事をしようって訳じゃないの」
目線を合わせる。
嘘は吐いていなさそうだ。
だが──
「それを私は望んでいない」
「……自覚あるか分からないけど、ちゃんとした場所で治療を受けないと早死にするわ」
「そうだとしても、何処かの施設に縛られたくはない」
私の言葉に彼女は顔を顰めた。
「命は大事にすべきだと思わない?」
「どうしようが、私の勝手」
「もしかして……話し合いでは納得できない感じ?」
私は目を細める。
「私は貴女を信用できない」
その言葉に、彼女はそのボサボサな髪に手で触れて……ため息を吐いた。
「……はぁ、じゃあ気は進まないけど仕方ないか」
「分かったら、もう二度と追って来ないで。それと、この拘束を解いて欲しい」
私は赤いラインで繋がれたバトルディスクを掲げた。
このバトルディスクを捨てれば今すぐ逃げられるだろうが、それはつまりデッキも捨てる事となる。
これが無ければ、私は生きていけない。
店長は再度、ため息を吐いた。
「仕方ないって言ったのは、貴女を追うのを『諦めた』って訳じゃないの」
「…………」
「言葉で説得するのは『諦めた』けどね」
バトルディスクを構えられた。
赤いラインで繋がれて、引くも押すも出来ない。
「無理矢理、力ずくで連れて帰るってだけ」
その表情に覚えがあった。
そう、既視感だ。
カードバトルに、莫大な自信を持っている表情。
「……確かに。カードバトルで勝負をつけた方が私も楽かも」
私もバトルディスクを構える。
見た所、彼女のバトルディスクは待機モードではなく、
この拘束は
バトルディスクには一つの仕様がある。
カードバトルで敗北した場合、過剰なフィードバックが発生しないように強制的に待機モードになる仕様だ。
勝敗が決すれば、この鬱陶しい拘束からも逃れられるだろう。
ならば、答えは一つ。
「君を倒して、持ち帰らせて貰おうかな」
「それなら私は、貴女を倒して逃げ延びる」
互いに宣言すれば、私のバトルディスクが起動した。
『『オープン・ファイト』』
互いの都合を押し付け合うだけの戦いが、始まった。
次回はカードバトル回
主人公の絡まないカードバトル描写はいる?
-
いる
-
いらない