TSホビアニ転生:悪のTCG組織で実験体やってたけど、いつの間にか滅んだらしい 作:WhatSoon
夜が更けて、月も登って。
僕の家。
「「いただきます」」
温め終わった食事を前に、僕とニーナは手を合わせた。
彼女が作ってくれた肉じゃがを噛み締めて、視線を上げる。
ニーナは、僕の無様な引き留めようとする発言を笑って……そして、頷いてくれた。
これから彼女がどうするのか、それは分からない。
だけど、今だけは共に食卓を囲んでいた。
気まずくて、声も出せなくて……いつもより静かだけど。
……視線をずらす。
僕が普段寝ているベッドの上に、妙齢の女性が転がっていた。
店長だ。
流石に道端に捨て置く事は出来なくて、連れて帰って来た。
僕が運ぼうとしたんだけど、重くて……というか、そもそも女性を持ち上げるとかちょっとハードルが高くて。
ニーナがここまで運んできてくれた。
そんな彼女は、まだ気を失っている。
店長が目を覚ましたら……また、ニーナと争うのだろうか。
少し不安を感じながら、白米を口に運んだ。
酷く緊張しているというのに、空腹から凄く美味しいと思えた。
「ごちそうさま」
「……ごちそうさま」
二人分の食器をシンクに置いて、僕は机の前に座った。
普段ならすぐに食器を洗う所だけど、今はそんな気にはなれなかった。
ニーナと、向き合う。
「…………」
静寂の中、ニーナが茶を啜る音が聞こえた。
テレビも付けずに、無音の中、僕たちは向き合っていた。
「っと……」
何か言わなきゃ。
あれ?
でも、何を言おうとしてたんだっけ?
「その……」
目の前がぐるぐると回る。
思考が勝手に歩き始めて、定まらない。
僕は──
「ヒイロ、ゆっくりでいい。待つから」
そう、ニーナが口にした。
……情けないな。
自分が少し嫌になる。
だけど、自己嫌悪より先にやるべき事がある。
聞きたい事がある。
「……ニーナはさ」
「うん」
「これからどうするの?」
ニーナが湯呑みを机に置いた。
「逆にヒイロは、私にどうして欲しい?」
「僕?僕は……」
悩む。
ニーナには長生きして欲しい。
だから、店長の言っていたICPOの施設で治療を受けて欲しい。
ニーナには自由に生きて欲しい。
だから、このままどこかに行ってもいいと思っている。
二つ。
二つだ。
二つの道がある。
どちらも選んで欲しいけれど、片方しか選べない。
だから、僕は──
「長生きして欲しい。だから、無理強いはしないけど……ICPOの治療は受けて欲しいと思ってる」
その、二つの選択肢。
……本当に二つだけだろうか。
いいや、二つではない。
しがらみを全部無視して、自分勝手な理屈だけ通して、影響も考えなければ……僕がニーナにして欲しい事は──
一緒に居て欲しい。
何処にも行かないで欲しい。
現実味のない、僕の身勝手な願望。
言葉は口にできなかった。
僕は怯えていたんだ。
幻滅されないか、なんて。
「……そう」
ニーナがまた、湯呑みを手に取った。
そして、飲み干した。
彼女がため息を吐いた。
「……はぁ、少し待って」
ニーナがそう断って、立ち上がった。
そして、ベッドに寝転がっている店長に近付き……手を振り上げた。
今にも手刀を繰り出すか、と思えるその仕草に──
「ちょ、ちょっとニーナ!な、何をしようと──
「寝たフリしてるのは分かってるから、起こそうと思って」
「え、寝たフリ……?」
僕が店長の顔に視線を向けると……目を開けた。
そして、バツの悪そう顔をしながらベッドに座った。
「……起きてたんですか?」
「まぁ、ね。ちょっと気まずくて……えへへ?」
「えへへ、じゃないですよ」
態度に少し苛立ちながら言うと、店長は頬を指で掻いた。
「ごめんごめん、若人の青春を邪魔するような大人になりたくなくて……」
「何言ってるんですか、全く」
店長は苦笑しながら、姿勢を正して……ニーナと向き合った。
「それで?ニーナちゃん、何か話があるのかな?」
「私がICPOの研究施設に行ったとして、ここに帰って来れる?」
「無理。99%無理」
僕は思わず目を見開いて、店長を見た。
「じゃあ、もう一つ質問。その研究施設に入ったとして……私は人並みの扱いを受けられる?」
「それも無理じゃないかな」
僕は込み上げる感情をそのままに、立ち上がった。
「て、店長!何を、何でっ……!僕に嘘を吐いてたんですか!?」
「まぁ、そうなるね……」
「そ、そんなのって──
「だから、ごめん。ごめんなさい、二人とも」
店長が僕と、ニーナに向けて頭を下げた。
後頭部が見えるほど深く、頭を下げている。
そして、頭を上げて僕とニーナを交互に見た。
「元々、私にニーナちゃんを保護する気持ちはなかった」
「……て、店長?」
「これは私の幼稚さが原因。安易な方法を選ぼうとした私が悪い。ごめんね、二人とも」
悔やむような顔をしてから、店長はニーナに視線を戻した。
「でも今は違う。だから、正直に答えるわ。その責任はあるし」
「……そう?」
しかし、ニーナは気にしていないようで……というか、店長が何故謝ってるのか分からないのか困惑したような表情を浮かべていた。
そんなニーナに店長は口を開く。
「ICPOはあまり、ちゃんとした組織じゃない……というか、碌な組織じゃない。人の命よりも、世界平和を優先するような組織だし……そもそも、一枚岩じゃない」
店長は口をへの形に曲げて、ニーナに視線を向けた。
「いっつも派閥争いしてるし、足は引っ張り合うし、多分敵対組織のスパイとか居るし……って、そんな感じ。だから、そんな組織の研究施設に預けられても……ね」
「……そう。もし行ったらどうなる?」
「
「……VAXに居た時と大差ない」
興味なさそうに頷くニーナから、僕は店長に視線を戻した。
少し怒りを交えながら。
「店長……それなら、やっぱりICPOにニーナは預けられない」
「うん、そうだね」
「だけど……メンテナンスを受けないと、ニーナの身体は──
「今すぐって訳じゃないけど、ちょっと良くない事になるかな」
店長は自身のボサボサの頭を掻いて、ニーナへ視線を向けた。
僕もつられてニーナを見る。
無表情のままだ。
ショックを受けた様子はない。
「だからさ、ニーナちゃん。断ってくれて良いんだけどさ……」
「なに?」
「私と一緒にさ、ICPOに行かない?」
僕は目を見開いて、店長を凝視した。
「さっき、まともな生活は受けられないって言ったじゃないか!」
「何とかするよ、私が」
いつものヘラヘラとした表情ではなく、真剣な顔で僕を見て……ニーナへと視線を戻した。
「私これでもさ、ICPOの中で、昔はちょっと偉くてね。融通は利くし……何とかする。絶対に」
「……貴女に何の得があるの?」
「まず第一に贖罪って意味もあるけど……子供が困ってる時に何とかするのが、大人の仕事だと思ってるよ。まぁ、私は大人失格……だけどね」
そして、店長は目を細めて……自嘲気味に笑った。
「こんな事を言っても、正直、信用は出来ないと思う。この誘いを断っても、ニーナちゃんと敵対しない。でも、もし、ほんの少しでも……私を信用してくれるなら──
「分かった。信用する」
店長が驚いたような顔をしたけれど、それよりも驚いたのは僕だった。
「ニーナ、でもっ──
「ヒイロから見て、この人はどんな人?」
「どんな人って……」
僕は店長に視線を戻した。
バツの悪そうな顔をしている。
色々な感情が湧いてくる。
思い出も。
「店長は……」
少しずつ、思い出を言葉に換える。
「店長は隠し事ばかりする癖に、隠しきれてないし……」
「うっ」
「割と利己的だし、いつも気怠げで。身嗜みも整えてないし、だらしない。酒癖も悪い」
「……そ、そこまで言わなくても」
少し涙目の店長を見て、僕はため息を吐いた。
「それでも、僕やユウキくん、ミユちゃんがピンチの時には助けに来てくれたし」
指を一つ折る。
「遠出する時に車を出してくれたし、危ない事をしようとした時、心配して叱ってくれる」
指を二つ、三つと折る。
「家出したミユちゃんを探すために夜中の街を駆け回ってくれた事もあった。職を失った羽金さんの面倒を見てくれた……」
四つ、五つと。
それは思い出だ。
「……僕は、店長に嘘を吐かれたけど」
確かに、それは許せない。
今、店長はニーナに負けて考えを改めたみたいだけど、もし店長がニーナに勝っていれば……。
結果はどうであれ、店長がやろうとした事は許せない。
でも──
「それでも……ごめん、ニーナ。僕は店長の事を……信じてると思う。嫌いにはなれない」
嫌いになるには、僕は、僕達は店長に助けられ過ぎている。
当事者であるニーナに対して、そんな事を言うのは間違っていると思うけれど。
「……謝らなくていい。私も、別に怒ってないし」
そして、ニーナが店長へ視線を向けた。
僕もつられて店長に顔を向ける。
「…………」
「店長……」
店長は──
「……うっ」
「う?」
「ぐずっ……うっ、うっ……ごめんねぇ……うぅ、ホンドに……」
何か、泣いてた。
「え、えぇ……?」
大の大人が泣いている。
昂っていた感情が急激に冷めていく感じがした。
何だかまた、信頼できない感じがしてくる。
頼りない……なんて、思っていたらニーナに肩を叩かれた。
「ヒイロ、そんな引かないであげて欲しい。大人でも泣きたい時はあるから」
「そ、そうなの?」
「そうなの」
何だか『理解してます』って顔でニーナが頷いた。
まるで自分も『大人』を経験した事があるような発言に、僕は首を傾げた。
◇◆◇
「それじゃあ、ヒイロ……」
私は玄関で靴を履いて、ヒイロへと手を小さく振った。
「う、うん……」
心配そうな顔をしているヒイロの顔が見えて、外に出ようとしていた足を止めた。
「……心配なの?」
「まぁ……うん」
「そんなに信じられない?」
「いや、そういう訳じゃないけど……」
ヒイロは少し悩ましげな顔をしていた。
店長は既に外で待っている。
でも、私を急かすような真似はしない。
それどころか、私に気を利かせているつもりなのか、こちらに視線を向けないようにしてる。
「大丈夫、何とかなると思うから」
「……ニーナが言うなら、本当に何とかなる気がしてくるよ」
「だから心配は要らない」
「……だよね」
冬の夜風が私の前を通る。
暖かい室内と、寒い室外の間で……私とヒイロは向き合っていた。
「…………」
「…………」
互いに無言だ。
何か話したいけれど、何を話せば良いのか。
悩んで、悩んで……そして、口を開いた。
「ヒイロ、またね」
「……またね?」
「うん。また会おうねって意味」
そう口にすれば、ヒイロは顔を赤らめて頷いた。
それは寒さからか、泣きそうなのを我慢しているからか。
「あぁ、うん。また……また会おうね、ニーナ」
「うん、絶対帰ってくるから」
そして、私は両腕を前に突き出した。
「……え?ニーナ、何これ?」
「別れのハグ」
私が手を開いたり閉じたりしていると、ヒイロは少し気まずそうにした。
恥ずかしそうな顔をしているのはきっと、子供っぽいと思ってるからだろう。
だけど、ヒイロも両腕を開いて──
私とヒイロはハグをした。
ヒイロの身体は少し震えた。
きっと、私の手が冷たかったのだろう。
「……じゃあ、本当に、またね」
「うん、またね」
そして、離れて、私は外に出た。
玄関から離れて、店長の元へ歩み寄る。
「ごめん、待たせた」
「え?あ、うん大丈夫。気にしてないよ、ニーナちゃん……行こっか」
頷いた店長を連れて、エレベーターのある場所へ向かう。
ちら、と後ろを見ればヒイロがまだ玄関を開けたまま私達を見送っていた。
その視線を振り切って、私と店長はエレベーターに乗った。
深夜、私と店長、二人っきり。
一度は本気でカードバトルをした相手。
私からすれば、少し親しみを感じるぐらいだが……彼女は罪悪感を感じているのだろう。
少し挙動が固い。
気まずい静寂の中、店長が口を開いた。
「……ニーナちゃん、ちょっと質問していい?」
「いいけど」
ゆっくりと降っていくエレベーターの中。
真横に並んで立っている店長に、視線だけ向けた。
「どうして、私について来てくれたの?寿命より、自由が大事だって言ってたのに」
「それは……さぁ、何でだろう?」
私のはぐらかすような言葉に、店長が目を細めた。
「ヒイロくんのため?」
「……何で私がICPOの研究施設に行くのが、ヒイロの為になるの?」
「もし、ICPOに行かず何処かに消えたり、ヒイロくんの家に居候する選択を選んだら……どっちを選んでもヒイロくんは、自分を恨みそうだからね」
……図星だ。
「……分かってたんだ?」
「まぁ、ね。似たような経験があったからね……」
店長が頷いた。
彼女は秘密を沢山持っているからか、他人の秘密を暴くのも得意なのだろう。
きっと。
私は自身の耳の裏を掻いた。
私がどんな選択を選んだとしても、ヒイロはきっと「あの時、ああしておけば」と後悔するだろう。
私が短命で死亡したら、「ICPOに行くよう説得できていれば」と後悔する。
私と二度と会えなくなったら、「ICPOに行くように説得しなければよかった」と後悔する。
そういう悲観主義者だ、ヒイロは。
どうしても自分を責めずにはいられない。
一週間も一緒に暮らしていれば分かる。
彼は自分に自信が無くて、自責の念が強い。
だったら、せめて……こうして、希望のある別れ方をした方がいいと私は思った。
正直に言えば、私はICPOの研究施設に送られて帰って来られなかったとしても……最悪、まぁそれで良いかな……なんて思ってる。
もし、二度と会えなくなったとしても、ヒイロを悲しませたくなかったから……それでもいいか。
なんて思えた。
……はぁ、『自由』が一番大切な筈だったのになぁ。
どうしてこんな結論になってしまったのだろうか。
そもそも、ヒイロと暮らすというのも別に『自由』ではなかった。
誰かと過ごすという事は、その誰かに配慮しなければならないからだ。
それでも……別に、嫌ではなかったけれど。
一人で生きている時よりも、ずっと楽しかったけれど。
エレベーターのベルが鳴った。
エレベーターを降りて、夜道を歩く。
頭上には綺麗な月が浮かんでいる。
思わず顔を上げて……そして、マンションの方へ目を向けた。
ベランダから、ヒイロがこちらを見ていた。
「…………」
よほど、私が心配なんだろうな。
私は少し大袈裟に手を振った。
すると、ヒイロもこちらに見えるよう大きく手を振っていた。
「……ニーナちゃんってさ」
横から、声を掛けられる。
「うん?」
「ヒイロくんの事好きなの?」
根無し草だった私に帰る場所を用意してくれた。
一緒に暮らしていく中で、様々な配慮もしてくれた。
確かに、私は彼に友情を感じていた。
……けど、それは男女間の「好き」ではない。
店長が訊きたいのは、そういう事ではないだろう。
「友達としては、ね」
「そっか……」
ヒイロもきっと、そう感じているだろう。
大体、私は確かに顔がいいが、それは人工物だからだ。
その内面は成人男性のカードオタク。
ヒイロは顔もいいし、物腰も柔らかい。
さぞモテるだろう。
そんな彼が態々、私を好きになる理由はない。
そう思いつつ、店長の方へ視線を向ける。
「さっさと行こ」
「……そうね。ニーナちゃんが良いなら」
それほど長い時間、ヒイロと一緒に暮らした訳ではない。
だけど、私がこの世界に生まれて最も楽しかった期間かも知れない。
小さくため息を吐いて、店長と一緒に歩く。
目指すはICPOの本部があるフランス。
今日中に深夜便に乗って、向かうらしい。
半日ほど飛行機の中で過ごすそうで、睡眠はその時に取れば良いだろう。
私は一つ、欠伸をした。
我ながら緊張感のカケラもないな、なんて思った。
◇◆◇
ニーナと店長がICPOの本部へ向かってから、一週間が経った。
僕の日常は元に戻った。
戻ってしまった。
まるで、何もなかったかのように、ただ元に。
「…………」
今まで、一人で暮らしてきた。
それに孤独を感じては居なかった。
最初っから『そう』だったから、『それ』を孤独だと認識していなかったんだ。
だけど、今は違う。
ニーナと一緒に暮らして、僕は『それ』を知ってしまった。
「……はぁ」
今はただ、寂しい。
解消しようのない胸の奥のモヤモヤが、気分を落とさせる。
もう、朝だって言うのに。
ベッドから起き上がって、キッチンのシンクを見る。
今までコップを洗うぐらいにしか使っていなかったから、乱雑になっていたけれど……ニーナが来てからは少し綺麗になっていた。
彼女が手料理を振る舞っていてくれたからだ。
片付けられたシンクを見て、僕は彼女を連想していた。
きっと、何を見てもニーナの事を思い出してしまうんだろうなぁ……なんて、考えてしまう。
制服に着替えて、カバンを手に取る。
靴を履いて、玄関のドアを開けて──
「いってきます……」
誰も家に居ないのに、そんな言葉を口にした。
癖になってしまった言葉に、僕は少し顔を歪めた。
学校にいつも通り登校した僕は机に突っ伏していた。
何だか今は誰にも話しかけられたくない気分だから……寝たフリをしている。
「ヒイロくん、今日も元気ないね」
なのに、声が真横で響いた。
気怠い気持ちになりながらも、僕は顔を上げた。
幼馴染のミユちゃんだった。
その隣にはユウキくんも居る。
「ミユは何でか知ってるか?」
「……さ、さぁ?」
……ミユちゃん、何か勘違いしてるみたいだ。
後頭部を掻きながら、僕は身体を起こした。
「お、起きたか?」
「……起きてるよ」
そんな真横で僕の話題を出されていたら、寝たフリなんて出来ないだろう。
「ヒイロ、あー……放課後にさ、久々に『
「……あれ?店長、居ないんじゃなかったっけ?」
店長はニーナと一緒にフランス、ICPOの本部に行っている筈だ。
戻ってきたって話は聞いてない。
「おう?よく知ってるな。今日も代わりに、羽金さんが店頭に立ってるぜ」
僕は脳裏に、レジ前で寝ている彼女の姿を浮かべた。
失礼な妄想かも知れないけれど、多分、合ってる。
「あ、なら私も行くよ」
「久々の『カウンターズ』集会だな」
そんな事を笑顔で話す二人に、僕も頬が緩んだ。
多分、ユウキくんも、ミユちゃんも……元気のない僕を励まそうとしてくれているんだろう。
そう考えれば、嬉しい話だ。
そう思っていると、ミユちゃんが何か思い出したように手を叩いた。
「あ、そういえば……今日、日直で職員室の前通ったんだけど、何だか騒がしかったよ」
「え?何かあったのかな」
「さぁ、詳しくは知らないけど──
なんて話していたら、チャイムが鳴った。
各々が自席に帰り始めたのを見て、僕は安堵した。
例え、ニーナが居なくても……それはとても寂しい事だとしても。
僕の日常は変わらない。
変わらないのだから、こうして腐っていても仕方ないだろう。
少なくとも、ユウキくんやミユちゃんを心配させたい訳じゃないのだから。
朝の
今日の定例事項をいつも通り話して──
「それと、今日は少し大きなニュースがある」
なんて教師が手を鳴らした。
少し大きい……って矛盾してるような気がするけど。
「入ってきていいぞ」
なんて教師が促せば、教室のドアが開いた。
フワリと、制服のスカートが揺れる。
その入ってきた生徒に、僕は目を見開いた。
「今日からB組の新しいクラスメイトになる、転入生の──
教師が教壇前の電子白板を軽く叩いた。
すると、転入生の名前が表示された。
「斉木ニーナ、です。よろしく」
そこには、制服姿のニーナが立っていた。
◇◆◇
「何してるんですか!店長!」
『えへへ……?』
「えへへ、じゃないですよ……!」
スマートフォンの先で、頭を掻いている店長を幻視した。
そんな騒動から逃げた僕は、今、非常階段の下で店長に連絡をしていた。
「なんで、ニーナが転入してるんですか!?というか、斉木ニーナって……店長の苗字じゃないですか!」
『ま、まぁまぁ……なんでそうなったかって、少し難しくて複雑な理由があってね?』
「複雑な理由……?」
僕は脳内でICPO関連のいざこざを思い出した。
研究施設に行ったら、帰って来れないと言っていたのに。
「っ、ニーナは……ICPOで治療を受けられなかったんですか?」
『いや、受けれたよ?元気元気』
「……は?」
いつもより低い声が出た。
この人は、本当に良い加減な……。
僕の怒りが伝わったのか、店長が少し慌てた。
『と、とりあえず時系列順に話すから。ね?』
「……まぁ、いいですけど」
そして、店長は話した。
ICPOの本部で、ニーナを研究施設に連れて行った事を。
そして、身体のメンテナンスについては二ヶ月に一回……機械と薬品があれば、複雑な作業は必要ではないと結論付けられた。
それなら、負担も少ない。
僕達が住んでいる街に居ても、機械と薬品さえあればメンテナンスもできる。
研究施設への入居なども不要だ。
店長は機械と薬品の定期輸入を取り付けて、ニーナを日本に連れて帰る事にしたそうだ。
だが、研究施設はニーナの受け渡しを拒否した。
曰く、ニーナは遺伝子工学に於ける特異点らしく、彼女が研究に協力すれば常識が覆るらしい。
それでも店長は抵抗したそうだが、研究施設の局長は店長よりICPO内の地位が高い。
ニーナの受け渡しは却下されたらしい。
「そんな事が……それで、どうしたんですか?」
胸糞悪い話だ。
だが、ニーナは実際に今、僕と同じ学校に編入させられている。
店長が何かしらの手段で、ニーナを取り返したのだろう──
『反対意見を出した奴らを全員、『
「え、えぇ……?」
少し引いた。
『ニーナちゃんを解放しないなら、組織に敵対してメチャクチャにしてやるぞ!って脅す感じでね。手当たり次第にこう、ビシバシッと』
「は、はぁ……」
『騒ぎを聞きつけたニーナちゃんも協力してくれてね、研究施設の局長をボコボコにしてくれたの』
「…………」
何だかもう、言葉に出来なくなってきた。
それでいいのだろうか、ICPO。
国際警察機構ではなかったのか?
『そこにICPOの派閥争いが絡んでね。色々あって、穏健派のクーデターの旗印になって……所長は投獄。ニーナちゃんは解放されたって訳』
「……ま、まぁ良かった……良かったんですかね?」
『良かったよ。うん』
店長が多分、スマートフォンの先で頷いた。
……って、まだ肝心の事を聞いてない。
「というか……何で斉木 ニーナって名乗ってるんですか?」
『戸籍がないからね。私の親戚扱いにしたの』
「親戚……義理の娘ってコトですか?」
『は?私まだ27歳なんだけど?姪ね、姪扱い」
店長の家系図を僕は知らないが、姉か妹でも居るのだろうか?
「……それと、なんでウチの学校に転入してるんですか」
『それはね、ほら、子供は学校行くべきでしょ?』
「まぁ、それはそうかも知れないですけど……」
『学生生活がちゃーんと出来るのは、若い時限定だからね。そこは色々細工したり頑張ったのよ』
色々と言いたい事はあるが、諦めてため息を吐く。
別に、ニーナが僕のクラスメイトになるのが嫌って訳じゃない。
寧ろ、嬉しいし。
「それで……店長、なんで連絡くれなかったんですか?」
『あー、それ?それはね……ちょっと、忙しくてね』
「忙しい……?」
『さっき言ったでしょ?ICPO内部で色々あったって。今は後始末中なのよね』
「はぁ……そうですか」
電話の連絡ぐらいなら出来るだろう、なんて少し思ったが口にしない。
実際に忙しいんだろうな、とは思うし。
『あ、それでね?私、三ヶ月は日本に帰れないのよね』
「…………え?」
僕は目を瞬いた。
「ニーナはどうするんですか?どこに住むんですか?」
『そう、それを話そうと思ってたとこ──
「あ、ヒイロ。こんな所に居たの?」
「わっ」
突然、後ろから声を掛けられ、慌てて通話を終了した。
一応、ウチの学校の校則で校内でのスマートフォンの使用を禁止されているからだ。
しかし、冷静になると通話を終える必要はなかった。
言葉の主に向かって、振り返る。
「なんだ、ニーナかぁ……」
「ただいま。思ったより、早く帰って来れた」
学校の制服を身に付けたニーナが立っていた。
フード付きのコート姿と違って、顔がよく見える。
「うん、おかえり……良かったよ、無事で」
……やっぱり、凄く美人だな。
「で?ヒイロは何してるの?こんな場所で」
「さっきまで店長と通話してたんだよ」
「あ、なるほど」
ニーナが胸元で手を叩いた。
そして、僕に視線を向けた。
「じゃあ、
店長のこと、名前で呼ぶんだ……?
この一週間の間に、随分と仲が良くなったんだな……まぁ、色々あったんだろうな。
「話?聞いたよ、色々とね」
店長の親戚という身分を手に入れた事も、学校に転入させたのは店長だって事も。
「そっか。なら今日から、よろしく」
そして、ニーナが僕に手を出してきた。
僕はその手を握っ……柔らか、細っ。
「う、うん?よろしく……」
この『よろしく』は学生と立場になったから、だろうか。
なんて、思っていると──
「取り敢えず、荷物は放課後に持って行く。ベッドは前と同じ状態のまま?」
「……うん?」
ようやく、意識の差がある事に気付いた。
僕は目を瞬いて、彼女に質問する。
「何の話?」
「何って……店長から聞いてないの?」
僕は首を横に振る。
他に色々と聞いていたが、彼女の言動と合致する話はなかった筈だ。
ニーナは少し笑って、僕へ視線を戻した。
「今日からまた、居候させて貰うって」
「……え?」
「少なくとも、店長が帰ってくるまでの三ヶ月の間はヒイロの家に居候するって」
「え?」
「聞いてない?」
「……聞いてないよ?」
そう言うと、ニーナは眉尻を下げた。
「……そっか。ごめんね。今から、ホテル取るから──
「いや、嫌って言ってる訳じゃないから!大丈夫だよ!」
慌てて否定する。
正直に言えば、ニーナがうちに居候してくれる方が嬉しい。
だけど、それは僕にとって都合の良過ぎる妄想のような物だ。
僕が慌てて否定すると、ニーナは安心したように笑った。
「……うん、ありがとう。やっぱり、ヒイロは優しい」
「……そうかな」
何だか煽てられてるような気がして、気恥ずかしくなって頬を掻いた。
そんな僕を見てニーナは……ほんの少し、笑った。
次回から激闘!学園編です
カードバトル要素を
-
増やした方がいい
-
このままでいい
-
減らして欲しい
-
(アンケート結果だけ見たい)