TS少女は魔女に堕ちても、原作主人公を幸せにしたい〜盲目の魔女〜   作:廃棄工場長

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第二十話 グラスタウン②/遭遇

 

「――いやぁ、そこの君。一人かい? 良かったら、今から僕のお屋敷にでも来ないかい?」

 

 

 粘着性を帯びたような気色の悪い声が辺りに響く。その声の持ち主は私達の同年代の少年――らしきものであった。

 何故断定できないというと、その少年の容姿を表すには醜悪の一言がピッタリだった。

 

 

 背の高さは性別差であちらの方が僅かに高いのだが、その体型は標準からかけ離れている。一歩間違えれば、魔物に滅ぼされるような末法な世界観で、何を食べてこれほどに太れるのか。

 そんな疑問が尽きない程に、彼の肉体は醜く肥えていた。

 

 

 歩く――いや、一動作ごとに弛んだ肉をだらしなく揺らしながら、その少年はクロエの肩に馴れ馴れしく手を先の台詞と共に置く。

 

 

 いきなり見知らぬ人間――それも異性に気安く触れられたクロエは、それまで浮かべていた笑みを困惑した表情に変化させていた。

 

 

「あの……私に何か用でしょうか?」

 

 

 クロエは相手の神経を下手に刺激しないように、恐る恐る話しかけた。その理由は少年の服装を見れば明らかである。

 彼の脂ぎった不健康そうな肉体を包むのは、辺境の村育ちのクロエでも一目で分かる程の仕立ての良い服であった。

 そして先ほどの傲慢な物言い。

 この少年の正体は貴族の子息か何かだろう。それでクロエは相手の機嫌を損ねることのないように下手に出ているのだ。

 

 

 前世であれば、通報あるいは周囲の大人に助けを求める状況ではあるが――。騒動の中心となっている私達を避けるように、不自然にならない程度に人――恐らく客だろう――が離れていく。

 貴族の肥満少年の後ろに控える、護衛らしき二名の男性を除き、彼らの周りには人の姿はなくなった。

 

 

 周囲の人間の顔からは、一様に面倒事に関わりたくない、早く何処かに行け、というどこまでも他人事に対する冷たさや無関心さが読み取れた。

 

 

「何……用という程、大層なものじゃあない。さっきも言った通り、君に僕の屋敷に来る権利を上げると言っているんだ」

「……連れと買い物に来ていますので、その誘いはお断りさせてもらいます。その手を離して頂いてもよろしいですか」

「その連れというのも男だろう。そいつには、後で適当に断りでも入れておけば良い。大丈夫だ、安心したまえ。僕の父上はこの街で一番偉いからね」

 

 

 親から随分と甘やかされてきたに違いない。今までの発言の節々から、クロエがこの肥満野郎について行くことが前提であるように感じられる。

 

 

 民から徴収した税金でぶくぶく肥えた体に見合う愚鈍そうな顔には、相変わらず豚の方がマシになる笑みを浮かべて、その顔をクロエの耳元に近づけられる。

 

 

「さあ……行こうじゃないか」

「さっきから嫌だって言ってるじゃないですか!?」

「……っ!?」

 

 

 我慢の限界だったのだろう。耳元で聞かされる気持ちの悪い台詞に、荒い吐息。

 生理的嫌悪を隠そうともせず、クロエは肩に置かれた手を振り払った。

 

 

 そんな彼女の反応に、一応表面上は友好的な仮面を被っていた肥満少年はそれを一転、苛ついた表情に切り替える。

 

 

「こっちが下手に出ていれば、いい気になりやがって! もういい! 無理矢理にでも連れて行く! お前達、この女を連れて行け!」

「……了解しました」

「嫌っ!?」

 

 

 肥満少年の一声に、それまで空気に徹していた男達がクロエの体を抑えつけて、店の外に連れ出そうとした。

 

 

 ――その光景を見て、それまで我慢していた私の中で、何かが盛大に音を立てて千切れる。

 

 

 貴族と平民。その階級差が生み出す差別、一方的な強権の行使は、前世でもその手のフィクションで散々学習済みであった。

 そうでなくても、貴族には逆らうべきではない。それは不可逆の常識として、今は亡き今世の両親から再三言われていた。

 

 

 だから周囲の人間達の反応や態度を、私は責めることはできない。だってこの世界ではそれは常識で、彼らは何も間違っていないのだから。

 私が彼ら――無関係の第三者――の立場であれば、同じような行動を取っていただろうから。

 

 

 この世界では横暴な貴族によって、平民の女性が無理矢理に手籠めにされることも珍しくはない。

 それは今の周囲の人間達の反応からも伺える。黙って一人の少女を生贄に捧げれば、しばらくの平穏は約束される。

 これは彼らが身につけた、一つの処世術。余所者でしかない私が何かを言うべき権利はない。

 

 

 しかしその毒牙にかかるのが、クロエ(私の大切な人)であるのならば、話は別だ。

 

 

(――ちょっと!? 契約者様!?)

 

 

 背後から『前借りの悪魔』の慌てた声が聞こえるが、今は無視だ。

 一回断った時点で諦めてくれるような感性を相手に期待して、離れた場所で二人のやり取りを静観していた私は、考えるよりも先にクロエの元に直行していた。

 

 

 傍でハラハラとしていた『前借りの悪魔』に許可を取らずに、私は『前借り』の権能を行使する。現在の私が耐えられる六十レベルのステータスまで強化する。

 そしてクロエの体に触れようとした男性の手を軽く振り払う。

 

 

「……っ!?」

「――止めてもらってもいい? クロエが嫌がっている」

「――パトリシア!」

 

 

 軽くとは言っても、六十レベルのステータスの筋力で振り払ったのだ。そこそこの衝撃が発生し、振り払われると思っていなかった護衛の男性は驚きの視線をもって、こちらを見てきた。

 

 

(……感覚からすると、三十レベルくらいかな。一対一なら権能なしでも問題なく勝てるだろうけど……権能はこのまま発動を続行)

 

 

 クロエは私の姿を見ると、慌てて私の背後へと回った。そして私は彼女に代わり、肥満少年とその護衛(女性の敵)の前に立つ。

 

 

「何かな……君。この僕をグラス男爵家の子息と知っての狼藉かい? ……もしかして、君がそこの彼女が言っていた連れかな? 驚いた。てっきり彼女の連れは男だと決めつけていたけど、君のようなお嬢さんとはね」

 

 

 肥満少年の視線が私に向けられて、足のつま先から頭のてっぺんまで品定めするように見てくる。

 

 

「……君も後ろの彼女に劣らないぐらいに可愛らしいね。二人とも、僕のお屋敷に招待するよ。だけど、穏便にするのはもう止めだ。文句なら君の友人に言い給え。……お前達。多少の乱暴は許すができるだけ丁重に、店の前にある馬車に乗せろ。せっかくの上玉だからねぇ」

 

 

 自らの主人の指示を受けて、二人の護衛は私達を取り押さえようとしてくる。その内の一人は、私に若干の警戒の視線を向けてくる。

 先ほどの私が手を振り払ったことが起因しているようだ。しかし現在の権能による強化のみのステータスであれば、二対一であっても敗北するのは逆立ちするよりも難しい。

 

 

 それでも背後にいるクロエやお店側に迷惑がかからないように、迅速にかつ平和的に片付けなければならない。

 

 

 まあ今のステータスに物を言わせれば、楽に勝てるだろうが。

 

 

「……パトリシア。危ないことはしないでね」

(えーと……この場合、どう言ったら良いのかしら? ……契約者、ファイト?)

「……ありがとう。二人とも。すぐに終わらせるから、少しだけ待ってて」

 

 

 二人分の声援? に小声で返事をして、改めて私は男達に相対した。

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