TS少女は魔女に堕ちても、原作主人公を幸せにしたい〜盲目の魔女〜 作:廃棄工場長
「うっ……」
口からうめき声が漏れる。
快適さとはほど遠い感覚とともに、私の意識は覚醒した。いつの間にか寝室に運ばれていた私は、気怠い体を何とか起こす。
「確か……私は――」
意識を失う前までの出来事を回想する。シオンの誘いによって、グラスタウンに出かけていたのだ。街に着いて早々に別行動をして、友人にして同居人でもあるクロエと一緒に様々な店を見て回っていた。
その途中で立ち寄った店。そこは装飾品の類を売っている店であり、ある程度の金銭をシオンから預かっていた私達は陳列されていた品々を見て楽しんでいた。
その一時を邪魔する不届き者が居たのだ。傲慢が服を着たような、肥満気味の体型の少年。見た目だけでも褒められる要素がないのだが、その人間性は更に終わっていた。
いたいけな少女であるクロエを、無理矢理に自分の屋敷に連れて行こうとした。堪忍袋の尾が切れた私は、魔法を使いはしたができる限り穏便な形で事態を収めた。
異論は認める。
その後合流したシオンが暴走しそうになったりと肝が冷えたが、何とか無事にシオンの家にまで戻ってくることができた。
そこで私は視線を辺りにやった。ここ一ヶ月で私が使用している部屋だ。贅沢ができる身分ではない上に、借りている部屋とはいえ、年頃の少女らしさがあまり感じられない内装である。
あるのは最低限の家具程度。主な私物は村が魔物に襲撃を受けたあの晩に全て燃えてしまった為、仕方ないのだが。
現に同じ境遇であるクロエの方も、貸し与えられている部屋の内装に関してはどっこいどっこいだ。
しかし村で過ごしていた時や、ゲームでクロエについての過去回想の場面の背景には可愛らしいぬいぐるみがあった。
彼女が今よりも小さい頃に、村に立ち寄った商人から両親に買ってもらった物らしい。それを嬉しそうに語ってくれた彼女の顔は、私の脳内フォルダにしっかりと記録されている。
思考は逸れたが、部屋のベットで横になっていたということは、恐らくシオンが私をここまで運んでくれたのだろう。
彼女にはグラスタウンでの一件も含めて、迷惑をかけっぱなしだ。
とりあえずはシオンに感謝の言葉を告げる為に立ち上がろうとした瞬間に、私の耳に聞き慣れた人外の声が届く。
(ようやく目を覚ましたかしら、契約者様? よく眠れた?)
「まあ……うん。何か変な夢を見たような気がするけど、そのぐらいだけだよ」
(何よ、その微妙な反応。目を覚まして一番最初に見たのが我の顔で、テンションが下がったとでも言いたいの? ……悪かったわね。愛しのクロエちゃんじゃなくて)
私の曖昧な返事に、拗ねたような反応を示す『前借りの悪魔』。私の頭上で腕を組む彼女の姿に、染み染み思う。契約当初から、随分と私に対する態度が柔らかくなったものだ。
それこそ最初の方は言葉を一つ交わすだけでも、絶対に信用してはいけないという壁を自分から作っていた。
しかし『前借り』という権能の性質上、こちらの情報はある程度『前借りの悪魔』にも共有されてしまう。
それならいっそのこと自分から話してしまえ。そんな風に勢いに身を任せて、転生者であることを伝えてしばらくもしない内に、クロエとはまた違った関係性を築くに至った。
所謂相棒ポジションだろうか。自分で言っていても、少し表現が適当ではない気がするが、そのぐらいには彼女を信用している。
原作知識を始めとした秘密を共有できる存在に、私は心を救われているのだ。
日頃の感謝の意味も込めて、私は『前借りの悪魔』に言葉をかけた。
「別に、そんなことを思ってないよ。『前借りの悪魔』のお陰で私は色々と助かっているんだよ。今日私達に絡んできた、あの貴族を追い払えたのも『前借りの悪魔』の力があったからだし」
(そこまで言わなくても良いわよ……。契約者様の感謝の気持ちは受け取るけど……)
さっきまでの拗ねたような態度から一転。照れからくる恥ずかしさのせいか、頬を少し赤く染め私から視線を逸らす『前借りの悪魔』。
今の空気に耐えきりなかったのか、彼女は話題を切り替えてきた。
(……それにしても『変な夢』って、どういう夢だったの?)
「あー……何というか昔の記憶かな……? 内容も全然覚えてないし……」
(ふーん)
私の何とも言えない返しに、『前借りの悪魔』はすぐに興味を失ってしまったようだ。
実際の所、断片すら記憶に残っていない。楽しいとも、怖いとも言えないので、本当に答えようがないのだ。
けれど、ただ一つ。忘れてはいけない誰かに会ったような気がした。
しかしその違和感を『前借りの悪魔』に伝えることなく、夕食の準備が整ったと知らせに来てくれたクロエについて行く途中で、違和感自体を忘却してしまった。
正確に言えば、それを気にする余裕がなくなる程の事態が起ころうとしていたのだ。
元男でありながら、男の嫉妬とは時には女性のものよりも、蛇のようにしつこく執念深いものであると。この時には想像すらしていなかった。