TS少女は魔女に堕ちても、原作主人公を幸せにしたい〜盲目の魔女〜 作:廃棄工場長
太陽は数時間前に沈み、空には月や数多の星々が輝きを放っている。規模が小さく決して裕福ではない家庭が多い集落では、油にしろ魔力を用いる魔導具にしろ、無駄な消費は避けられる傾向にある。
この時間帯になれば、多くの民家が灯りを消して明日の為に少しでも早めの就寝に就くのだが、ことこの王都にそれは当てはまらなかったようだ。
表通りではある意味昼間以上の活気を見せていて、酒屋に足を運ぶ冒険者やそんな彼らに色目を使う露出度の高い服装に身を包む女性達。
まるで別世界のような雰囲気に様変わりしている。一人一人がその日にあった苦労を酒に溺れることで忘却し、話に花を咲かせることで次の日への糧にしていた。
騒がしく住民同士のトラブルが全くない訳ではないが、それすらも人々の営みの一つに過ぎず、今の王国を取り巻いている危機をまるで感じさせない。
その様子は一見平和そのものである。
しかしその裏でいくつもの思惑が交錯して、その内の一つが今ここに現れようとしていた。
「お、おい……あれ何だよ?」
「んー? どれのことだ?」
「あれだよ! あれ!」
とある男性冒険者の二人組。彼らも他の大多数同様に酒を摂取しており、思考と足取りは平時のものと比べると大分鈍っていた。それでも日中は一端の冒険者として、魔物相手に命のやり取りをしていることもあり、彼らの五感は一般人のものよりは優れている。
その優れた感覚が何かを捉える。二人組の内一人が上空に違和感を覚え、もう一人に声をかける。
彼らが揃って視線を空に向けた。いつもと変わらない夜空が広がっている――いや、闇夜とはまた別の黒点が一つ。確認することができた。
始めは酒で酔っぱらっているせいで、幻覚か雲を見間違えたと思った。だがその黒点はただ風に流されている雲の動きではなく、凄まじい速度で飛翔していた。
だんだんと高度を下げてきた黒点の正体を、彼らは理解した。
伝説上に語られる生物。英雄譚のとりを飾る怪物――竜。闇夜よりも深い黒色の鱗を纏ったその竜は、王都の一番高い建物にスレスレの位置を飛んだと思うと、迷いなくある方向へと向かっていった。
だが最早最初に黒点――黒竜を目撃した二人組だけの問題ではなくなっていた。当然ながら黒竜の姿は王都中の人間が見ており、酔いは吹き飛んでしまい辺りは混乱に包まれる。
そんな住民達には黒竜が向かった先について考えを巡らせる余裕など、あるはずもなかった。
■
「全くの予想外だな……!」
銀色の鎧を厳重に着込んだ一人の壮年の男性が、王城の一角にて上空を見上げていた。この男性の名前はユージン。アルカナ王国騎士団第一部隊の隊長である。
彼が率いる第一部隊を除き、騎士団の全部隊がとある任務――『破壊』の魔女を含めた複数の魔女の討伐作戦の為、南の方に出向いていた。
その為第一部隊が王城及び王都の警護を担当していたのだが――。
討伐対象であるの魔女達の行動は、全くの想定外であった。殺られる前に殺れという考えに基づいてなのか、現在第二部隊長ロナウドの指揮下にある騎士団と交戦中であるはずの魔女達が、巨大な黒竜を使役して王都に現れたのである。
当然王都中は大混乱で、城壁を無視して広大な庭園に降り立った黒竜と複数の――百人程の騎士達が戦闘中だ。
流石精鋭中の精鋭が集められているお陰か、突然の襲撃にも慌てずにユージンの指示なしでも、黒竜の対処に向かって行った。その他の騎士達も、国王を始めとした城内にいる貴人達の避難誘導を行っている最中だ。
そしてこの場における最大戦力であるユージンは、黒竜がどれだけ暴れていようとその場を一歩も動こうとしない。
だがそれはユージンが今の状況を楽観視している訳ではない。
(どこに行ったんだ……!)
ユージンは見ていたのだ。黒竜が王城に到達した時に、その背から一人の少女が飛び降りていた瞬間を。
ちらりと見えた少女の容姿。年齢はフィオナ王女と同じぐらいな、闇夜の中でも目立つ金髪の持ち主であった。
前回の討伐作戦の報告にあった、『破壊』の魔女とは別にいた魔女の一人であるとあたりをつける。
(ロナウド達の方はどうなっているんだ……!? まさか作戦自体が洩れていた? そもそも魔女達の目的は一体何だ? 万が一だが国王や姫様の命を奪いに来た可能性がある……。そうではなくても、魔女という危険な存在が一人でも城内を自由に闊歩している状況は良くない。部下達には悪いが、私があの魔女を倒して戻るまで黒竜を足止めしてもらわないとな……!)
悲鳴や怒号。混乱に満ちた喧騒。それらに惑わされないように神経を集中させ、雑念を払うユージン。
かつん。一種の明鏡止水に似た境地に達した彼の感覚が、侵入者の小さな足音を捉える。
「やっぱり気づかれちゃうか……」
ユージンがゆっくりと背後に振り返る。その視線の先にいたのは、探していた少女――幼き魔女であった。
彼女の金髪に月明かりが反射し、幼いながらも妖しい魅力を放っていた。もちろんそれに呑み込まれるような、軟弱な精神は持ち合わせていないユージンは、腰の鞘から一振りの剣を抜く。
その剣も月光に照らされ、神聖な輝きを放つ。
「――侵入者よ。その首を頂戴する」
「――私達の安全の為に、貴方は倒させてもらうよ」