TS少女は魔女に堕ちても、原作主人公を幸せにしたい〜盲目の魔女〜 作:廃棄工場長
「――だから、さっきも言いましたよね? 『勝手に動かないでください』と」
私を内側から食い破ろうとしていた『怒り』の感情は、その一言で強制的に抑え込まれた。先ほどと同様に、アリシアが私に嵌められている『魔女の枷』に命令を送り、それで私の動きを抑制してきたのだ。
と言っても、暴走寸前の魔女の力を完全に抑え込むには若干力不足なのか、私の首元で『魔女の枷』が僅かにヒビが入る。
「……あらあら、恐ろしいわね。よっぽど強い感情なのね、あんたの中で渦巻いているのは。それも良く見てみたら、一つだけじゃないみたい。……二つかしら?」
「ドリアさんも気がつきましたか?」
「これだけの違和感があったら、直で見れば嫌でも気がつくわ。これでも四天王なのよ」
自らの実力に自信があるドリアとアリシアは余裕そうに、私の状態について言い合っていた。その中には、ここに来るまでにアリシアと交わした内容も含まれていた。
彼女達は的確に、私の中にある『憤怒』以外の魔女の力の存在を言い当てる。その会話の内容が頭に入ることで、幾分かは冷静さが戻ってくる。
しかし依然として状況は悪く、私はドリア達の出方を伺うことしかできない。ドリアが私達の平穏を脅かしただけではなく、両親や村人達の仇であることは判明した。
今は抵抗の手段はなくても、絶対に隙を伺いその首を掻き切ってやる。
「まあ、ちょっと話は逸れてしまったけど、あんた達のことを私の友人が探しているのよ。こうやって無事に捕まえられたし、早く戻りましょう。アリシアはあっちの……黒髪の子供を運んでくれるかしら。元『破壊』の魔女は置いて行きましょう。特に必要ないし」
「分かりました」
無言の私を放置して、ドリアとアリシアの二人だけで今後の方針を決めていく。抵抗のできない私は文句の一つぐらい言ってやりたかったが、先ほどのアリシアから送られた「勝手に動くな」という命令のせいで、口を開くことすら叶わない。『魔女の枷』による強制力に抗おうとして、体をぷるぷると震わせるのが精一杯だ。
アリシアは会話を打ち切り、クロエの方に歩いていく。そして私の方にはドリアがすぐ傍に近づいてきた。
相変わらず私の体は動かない。
「そんなに怖い目で見てきても駄目よ。あんた達を連れて帰って、友人の目の前に転がしてあげる。でも顔に似合わず、お盛んなのね。あんた達。よりにも選って、私の友人の『兄』に手を出すなんて。その人の居場所も吐いてもらうわよ」
「……?」
ドリアが言う『友人』の『兄』という存在だが、私には一体誰のことを指しているのか分からなかった。
むしろこちらから質問したいぐらいであったが、私の口は依然として開くことができない。
「じゃあ、しばらくは長い旅になりそうだし、寝ていてね」
ドリアのその言葉に呼応するように、私の首を戒める『魔女の枷』から強烈な刺激が送られてきた。その威力は凄まじく、常に緊張状態にあった私の意識は容易く失われた。
■
「――ほら、いつまで寝ているんですか。『起きなさい』」
「――っ!?」
首元から全身に走る激痛によって、私の意識は覚醒した。悲鳴にもならないうめき声が上がる。
瞼を開くが、自然に浮かぶ涙で視界が滲む。
「ようやく起きましたか。捕まっているのに、随分と良いご身分ですね」
声がしてきた方向に視線をやる。そこにいたのは、冷めた目つきで、こちらを鉄格子越しに見てくるアリシアだった。
痛みが引いて意識がだんだんとはっきりしてくると、自分が今どこにいるかを認識することができた。
肌から伝わってくる冷たい床の固い感触。内外を物理的に分離する鉄格子。そして未だに私の首でその存在感を示して、私の自由を制限する首輪。
今現在の私は完全に、ドリア達の手に囚われてしまったようだ。
■
――再び意識を取り戻した後、私は地下牢のような場所で寝かされていた。首には『魔女の枷』が嵌められたままなので、今の私には抵抗する手段が全くない。
アリシアに強制的に起こされて、彼女が持ってきた食事――硬いパンと薄味過ぎるスープもどきだった――を終えると、地下牢から出されて知らない部屋に連れて来られて放置された。
その際にも、アリシアに「余計なことをせずに、その場で待機するように」と行動を制限されてしまった。
何もできることがない私は、やけに女性らしい内装の部屋に配置されたふかふかなベッドに腰をかけて時間を潰すことにした。
(ここは一体どこなんだろう? 気絶している間に『賢王の墳墓』から移動させられたようだし……クロエの姿も見えない。私とは他の牢屋に入れられているのかな? あいつら、シオンのことは置いていくって言ってたけど、無事だと良いな……。そう言えば『前借りの悪魔』との契約を破棄してから、誰もいない部屋で人目を盗んで会話する相手もいないんだよね。全部のゴタゴタが済んだら、クロエに頼んで『前借りの悪魔』と再契約でもしようかな。クロエとシオンと一緒に、大きい街に行って店で美味しい料理を食べたいな……)
一人でいると、次から次へと不安が脳裏を過ぎり気分が落ち着かない。そんな不安定な気分を、少し先の未来に思いを馳せることで紛らわせる。
それでも内心、暇潰しを兼ねて思い描く未来は来そうにない。そんな予感がしていた。
自分達をこの場に連れてきたドリアは、魔人の中では比較的に温厚な部類ではあったが、それでも魔人は魔人。人類の敵である。いくら私が多少イレギュラーとはいえ魔女の力を所持していることを考慮しても、碌な目に遭う可能性は低い。無理矢理洗脳されて、捨て駒として利用されるか、半永久的な寿命が続く限り幽閉されたままか。
私のたどる末路がどうなるかは分からないが、せめてクロエだけでも解放して欲しい。次にアリシアやドリアに会う機会があれば、絶対の服従を誓ってでもクロエの安全をもぎ取ってやる。
そんなことを考えながら、時間を潰していた。
ふと私は自分の体に視線を落とす。いつの間にか、私は服を着替えされていたようだ。ここに連れて来られるまでは、動きやすいような格好でスカートではなくズボンを履いていた。
今の私の服装は、それこそ貴族の令嬢やお姫様が着そうなドレスを着せられていた。それに長い白手袋に、無駄に歩き辛いヒールも合わせると増々高い身分の生まれになったような錯覚をしてしまう。
中身が私であることを考慮せずに、外見だけを見れば、純粋な女の子であれば誰もが憧れる一種の理想形そのものであった。
と言っても、私の首元でその存在感を示す『魔女の枷』でそんな雰囲気は台無しだが。
部屋に備えつけられた大きな姿見で、自分には似合わぬ格好を見せつけられるのも、中々羞恥心を煽ってくる。
しかしどういう風の吹き回しだろうか。捕らえた魔女もどきに、このような格好をさせる意図が分からない。
気絶させられる前までの扱いの感じからして、ドリアの『友人』が私達に対して何かしら恨みを抱いていそうな感じであったが――。
もう何度目か分からない思考の迷路に再び迷いそうになった時。部屋の扉を開けて入ってくる人物が二人。その姿を視界に収める前に、その内の一人はバッと駆け出してきて、身構える暇もなく私の体に抱きついてきた。
その際に感じられた柔らかい感触と鼻腔をくすぐる甘い匂い。それらから、私に抱きついてきた人物が女性――私と同じぐらいの体格であることも考慮して、少女であることが分かった。
「――――!?」
その少女の後に入室してきた人物が、何故か気不味そうな表情をしたドリアであることが気にならなくなるぐらいには、今の私が置かれた状況は意味不明であった。
そして少女の放った一言が、余計に混乱を齎した。
「――会いたかったよ! お兄ちゃん!」
私を『兄』と呼ぶ少女の声は、どこかで聞き覚えのあるものだった。