TS少女は魔女に堕ちても、原作主人公を幸せにしたい〜盲目の魔女〜   作:廃棄工場長

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第二章 束の間の平穏
第九話 すれ違い/仲直り


 目が覚めた。開けた瞼に映るのは、知らない天井。痛む体を起こして見回しても、見覚えのない部屋である。どうやらベッドで寝かされていたようだ。

 

 

「あれ……ここはどこ?」

(――契約者様! ようやく目が覚めたのね!)

「『前借りの悪魔』……。私は――」

 

 

 最近聞き慣れた少女――『前借りの悪魔』の声がした。心配の声色をしたそれに、ぼんやりとした思考で返事をしようとする。

 何か忘れているような気がする。そんな違和感を抱えていると、不意に体中を電撃が走ったような錯覚に陥る。自分が気を失う前に、どのような状況にいたのか。走馬灯の如く、脳裏を一瞬にして過る。

 

 

 炎に包まれる家々。碌に抵抗できない村人を玩具のように弄び、醜悪な笑みを浮かべる魔物の群れ。冷たくなった両親の骸。殺意の衝動のままに振るった槍越しに感じた、魔物の心臓や頭部を叩き潰す感触。

 

 

 いや、そんなことよりもクロエだ。彼女には魔物避けの効果を持つ『セイントシールド』をかけておいたが、効力も永遠ではない。

 彼女すら失ってしまったら、今の私は正気を保つことはできないだろう。どこにいるかは分からないが、すぐにでも探しに行かなければ。

 

 

「『前借りの悪魔』……。クロエを探しに行かないと。まだ村の近くの森に置いて来ちゃったままだ。権能を使わせて。急いで出発しないと」

(待ちなさいよ! 契約者様! 今の自分の体の状態分かってるの!? 外見では分からないけど、権能を無理やり行使した反動で、中身がぐちゃぐちゃなのよ! 完治せずに権能を使ったら、本当に死ぬわよ! それにクロエちゃんは――)

「所詮人間のことを餌としか思ってない悪魔に、私がクロエを大切にする気持ちは分からないよ!? ……あ」

 

 

 私もいっぱいいっぱいで、思わず失言をしてしまう。しかし吐いた言葉を取り消すことはできない。『前借りの悪魔』は私の発言にショックを隠せないようで、「……ごめんなさい。しばらく一人の方が良いわよね」と絞り出すように小声で呟くと姿を消した。

 

 

 謝る暇すらなかった。私はただ呆然と『前借りの悪魔』が立っていた場所を眺めていた。あの悪魔が自分から私の傍を離れるなんて、契約して以来初めてではないだろうか。

 

 

 先ほどの発言は全て本音という訳ではなかった。逆に一部は心の片隅で考えていたことかもしれない。

 しかし『前借りの悪魔』の存在に、私は救われていた。初めは打算から始まった関係であった。私はクロエを破滅の未来から救いたい。彼女は私の足掻く様を特等席で見たい。そんな歪な利害の一致が切っかけだったが、彼女は必要な時に力を貸してくれて、原作知識というクロエにも話していない爆弾を共有できた共犯者。

 クロエや両親とは違った意味で、私には大切な人――悪魔であった。そんな彼女を傷つけるような発言をしてしまい、意識を取り戻してから急降下気味の感情のジェットコースターは更に下る。

 

 

 クロエを探しに行く。それすらも頭の中から吹っ飛んでしまい、私は間抜けな面を晒し続けた。

 

 

「――随分と激しく言い争ったようね」

 

 

 独りぼうっとしていた私の耳に、女性の声が聞こえてきた。その声に答える気力は私にはなく、油の切れた機械のような動作で頭を動かして視線を向けるのが精一杯であった。

 視線の先にいたのは、それなりの身長に腰の半分まで伸ばした紫色の髪を持つ女性。体のラインが分からない程にゆったりとした黒色のローブを羽織っている。

 そんな女性の両手には、柔らかそうなパンとスープが入った皿を載せたお盆が握られていた。女性が口を開く。

 

 

「おはよう。体に異常はないかしら? 治癒魔法で外傷は塞がったけど、内臓までは完全に治った訳ではないから、しばらくは安静するようにね?」

「お姉さんは……」

「あ、そう言えば自己紹介はまだだったわね。私はシオン。この格好から見て分かる通り、森の奥でひっそりと暮らす魔法使いよ」

 

 

 紫色の髪を持つ女性――シオンの名前を聞いた瞬間に、私は何者であるのかを思い出した。

 『破壊』の魔女、シオン。それはクロエや『前借りの悪魔』同様に『闇の鎮魂歌』の登場人物の名前であった。ルートによっては裏ボスの一人として、プレイヤーの前に立ちはだかるが、大半のルートではお助けキャラで頼りになる人物である。

 

 

 『破壊』の魔女という物騒な二つ名ではあるが、その背景には他の登場人物に劣らない程の凄まじい過去が存在する。

 しかしそれは今は関係ない。シオンの発言が正しければ、私は彼女に助けられたらしい。――ということは!

 

 

「――私と同じくらいの女の子がいませんでしたか!?」

「ん? ああ、少し離れた場所で強力な結界で守られていた娘のこと? その娘は別の部屋でまだ寝ているわよ。貴女のお友達かしら?」

「は、はい……。でも無事で良かったぁ……」

 

 

 クロエが生きている。その事実を聞けただけでも、安心感で心が満たされていく。その私の様子に、シオンは優しげな表情を浮かべて見守っていた。

 しかしクロエが無事であるということは、先ほど『前借りの悪魔』が言おうとしていたのはもしかして……。そうだとしたら、さっきの失言は全面的に私に非がある。

 

 

 一刻も早く謝罪をしなければならない。クロエの顔を見たいという欲求を抑え込んで、『前借りの悪魔』の元に行こうとする。

 突然立ち上がろうとした私を、シオンは両手に持ったお盆を近くの机に置き、ベッドから起きないように静止をかけてきた。

 

 

「お友達の心配をするのは分かるけど、怪我の度合いは貴女の方が酷いのよ! もう少し安静にしてなさい!」

「で、でも……」

「でもじゃありません。そんなに気になるのなら、私が呼んできてあげるから。だけど、その前に軽食だけど摂りなさい。食べないと、体力も回復しないわよ」

 

 

 有無を言わさせない勢いで言い切ったシオンは、お盆を私の手に握らせると部屋から出ていった。

 あのシオンの言い方からだと、私が今会いたいと思っているのはクロエだと勘違いしているのだろう。完全な間違いではないが、『前借りの悪魔』への謝罪を優先するべきだ。

 

 

 でも、勝手に動いているのを見つかると、シオンに叱られてしまうだろう。どうするべきか悩んで、結論を出す。謝罪を優先しよう。私は再び立ち上がり、こっそりと部屋から出ようとした時。

 背後から私を呼ぶ声が聞こえてきた。

 

 

(……契約者様)

「わっ! 驚いた……。『前借りの悪魔』か」

 

 

 声の主は『前借りの悪魔』であった。普段よりもテンションが低い。バツが悪そうにして私と視線を合わせようとしない。

 『前借りの悪魔』がそういう様子である為、私もどう向き合えば良いのか分からなくなってしまう。お見合いの場でいきなり二人だけ放置されたような気まずさ、部屋を支配する。

 

 

 どのくらいの間そうしていただろうか。最初に言葉を切り出したのは、『前借りの悪魔』だった。

 

 

(……ごめんなさい。契約者様も気が立ってたことが分かってたのに)

「『前借りの悪魔』は悪くないよ。今回は私が全面的に悪いから。あんな言い方して、ごめんなさい……」

 

 

 謝罪を交わし合う。一度口を開けば、先ほどまでの静寂が嘘のように言葉が口から飛び出してくる。そうしている内に、私と彼女の間にあった溝は完全になくなっていた。

 

 

(そう言えば、あのシオンって言う魔法使い。我の姿見えているみたいよ。彼女に呼ばれてここに来たから)

「本当に?」

(そうよ)

 

 

 シオンの発言の意図を勘違いをしていたのは、私の方であったらしい。途端に恥ずかしくなってしまう。

 

 

(見ないで上げるから、早く食べなさい。まずは元気をつけることから始めないと)

「それもそうだね……。いただきます」

 

 

 すっかり冷めてしまったスープに千切ったパンを浸したりして、私は食事を進めた。

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