ドラゴンクエストXI 〜世界の創造主と勇者が過ぎ去りし時を求める話〜   作:しゃけ21

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 ドラクエ11が再熱して楽しくなったので書きました。
 最初はしっかり書いた方が後々面白くなるってバッチャンが言ってたので強くてニューゲームしながら書いていきます(遅筆)


一話 勇者と竜と再開の序章

 突如眩く白んだ視界。

 腹の奥底にまで響く轟音。

 前へと伸びているらしい左手は、懐かしくも熱を帯びていて。

 

『──無事に成功したようですね』

 

 不意に内側から聞こえてきた声に、ゆっくりと閉じていた瞼を開く。

 

「…………」

 

 どうやら勇者の使命というのは──勇者イレブンの新たなる旅路は、真にここからが始まりらしい。

 

「イレブン?」

「……はは、エマだ」

 

 久しぶり。

 隣で名を呼ぶ幼なじみに、イレブンは懐かしむように笑った。

 

 

 

 *

 

 

 

 とても苦しい夢を見た。

 過ぎ去りし時を求めた先で、かけがえのない大切な仲間たちを、その手で亡き者に変えようとする夢。泣きそうな顔で「頼む、やめてくれ」と懇願してくる仲間たちを、「お願い、イレブン」とボロボロになってまで呼びかける声を。全て片隅に押しやった上で、無惨にも切り捨てようとする夢。

 それがとにかくただ苦しくて、もうこんなこと続けたくなくて。けれど身体が動こうとするから、勝手に働く意思に背いて、手にした剣を己に突き刺す。もう二度とこんなことをしでかさないように、自分の足で立てないように。

 勢いをつけて強く、深く。

 

「っ……」

 

 すると数秒もしないうちに全身の力がフッと抜けて、がくりと膝から崩れ落ちた。口内に広がる血の味が苦い。傷口がズキズキと悲鳴をあげて、身体が燃えるような痛みを訴える。

 ……ああ、どうやら夢じゃなかったらしい。

 

「──いやっ! イレブン! イレブンッ!!」

「っ、ウソだろ……? おい……相棒、相棒ッ……!!」

「──っ、セーニャ! おじいちゃん! 蘇生してッ! 早くッ!」

「今やっていますッ! でも、でも傷口が……っ!」

「くっ……! なぜじゃ、なぜ治せないんじゃ! ワシは一体、なんのためにっ……!」

「そんな……ウソ、ウソよ! だってこんな、こんなのって!」

「っ、クソっ、死ぬなイレブン! 生きろ! でなければ俺は、まだお前に何も……!」

 

 段々と遠のく意識の中で、そんな仲間たちの声が聞こえる。ようやく見つけられたのに。やっとまた会えたのに。そんな懺悔にも似た悲痛さを含んで、涙混じりの震えた声で。お願い、死ぬな、死なないでくれと、イレブンに言葉の雨を降らすのだ。

 ああ、これが夢ならどれだけ良かった事だろう。どれだけ救われた事だろう。そんな悲しい顔をさせたくて、過去に戻ったわけじゃなかったのに。平和を望んだだけだったのに。

 ドクドクと血の流れるこの身体ではもう、口を開くことすらままならなくて。

 

「ご……め……」

「──っ!」

 

 唯一絞り出すようにそれだけ言うと、霞む視界の中、仲間達の目が見開かれる。涙の筋が頬を伝って、イレブンの手に雫が落ちた。

 みんな泣いているらしい。

 「喋らないで!」と怒ったのはマルティナだろう。それ以外にもカミュやベロニカ、シルビア辺りも言っていたかもしれない。「傷口が……!」なんてそれぞれに言われて、ああそんなに酷い有様なのかとまるで他人事のように思う。

 果たして最期の言葉は伝わっただろうか。ちゃんと「ごめん」と、そう言葉に出来ていただろうか。

 それだけじゃない。他にも伝えたい感謝と謝罪が、まだまだ沢山あったと言うのに。

 

「──気が付きましたか。光の子よ」

「……」

 

 結局何も伝えられないまま、邪神の歪な声を最後に、聖竜との邂逅を果たすだなんて。

 やはり現実は悪夢以上に残酷だ。

 「覚えていますか?」と尋ねられて、曖昧ながらも首を横に振る。

 

「──あなたは邪神ニズゼルファに心を蝕まれ、それからおよそ二年もの間、私と闘い続けていたのです」

「っ……」

 

 そして告げられた聖竜の言葉に、イレブンは一瞬驚いたような顔をして……けれどすぐさま諦めたように、目線を足元へと下ろした。「ああ、」と力なく声を発して、微かに震える両手を見つめる。

 一体なぜ今まで忘れていたのだろう。

 

「……そう、か。やっぱり夢なんかじゃ、なかったんだ……」

「──はい」

 

 残念そうに聖竜が頷く。

 どうやら記憶が混濁していた自分とは違い、向こうははっきりと覚えているらしい。

 

 ──二年前、過ぎ去りし時を求めた先で、全ての平和を掴み取ったあの日。ようやく訪れた安寧の世界で、勇者イレブンが取った行動はと言えば。それは故郷であるイシの村の復興でもなく、はたまたユグノア王国の再建でもなく。

 ただただ勇者を生んだこの世界から、その身を隠すというものだった。

 というのも、彼は旅をしていくに連れずっと、ある種の疑念を抱いていたのである。それこそ時を遡った先にて魔王ウルノーガを倒した後も、そして邪神ニズゼルファを倒した後も、ずっと、ずっと。

 使命が終わったはずの自分が、闇と表裏一体であるはずの勇者が。生きていることは正しいのかって。共に消えなくて良かったのかって。

 

 きっと「過ぎ去りし時に仲間を置いてきた」という罪悪感もあったのだろう。災いを呼ぶとされる悪魔の子が、濡れ衣を着せられ追われた勇者が、気付けば否定出来なくなるくらい、多くの災いを引き起こして。自分さえこの世に生まれなければと、そう考えた事は何も一度や二度じゃない。

 だって……勇者と魔王さえいなければ、世界はちゃんと平和なのだから。保たれた秩序と平穏の中で、のびのび暮らせるはずなのだから。

 それを脅かす片方の存在がこうして世界から消え去った今、けれどもう片方は生きているだなんてそんなのどう考えたっておかしい話だ。

 勝った光が残ったところでまたしても闇を産むだけなのに。

 

『……』

『どうかしたか? イレブン』

『……ううん、なんでもない。ちょっと考えごとしてて』

『ふーん……? まぁなんかあったらちゃんと言えよ。旅が終わるとはいえ仲間なんだし』

『うん。ありがとう』

 

 別れ際。心配そうに覗き込む相棒に、そんな言葉と笑みを浮かべる。

 本当は伝えるべきなのだろうけれど、とはいえそんなことを仲間やエマ達に言ってしまえば、彼らは本気で怒るだろうから。

 まるで自分のことのように傷ついた顔で、「バカなことを言うな」とかなんとか言って。もう二度と自分がそんな気を起こさないで済むよう、全員で傍にいようとするから。

 

『……』

 

 だからこそ、イレブンはその場から姿を消した。誰にも決意を悟られることなく、世界から身を隠したのだ。

 いつか来るだろう闇に備えて、一人で闘う覚悟を決めて。

 ……まぁとはいっても、困っている人が近くにいれば可能な限りで助けていたし、そんな行いが巡り巡って風の噂で仲間に届き、皆が怒って探しているとかめちゃくちゃ心配を掛けているとか、人づてに聞いたりしたこともあったけれど。

 なんにせよそこから二年も見つからなかったのだから、かなり頑張った方だろう。

 

 ──だというのに、だ。およそ一年が経ったあたりから、急に悪夢を見始めるようになったのは。

 思えばその時から〝ヤツ〟は巣食っていたらしい。夢の中で過ぎ去りし時に置いていった仲間達が、「どうして助けてくれなかったのか」とイレブンを糾弾し始めたのである。

 辛い、苦しいと涙を零し、再び闇が蔓延った世界で、懸命に武器を振るっていて。けれど最後には力が及ばず、皆イレブンの名前を口にしながら目の前で息を引き取っていくような、そんな夢。

 よろけた身体に手を伸ばしても、力の限りで叫んでも。それらは決して届くことなく、ただただ邪神の高笑いだけが響いて。

 

『──っ!! はぁっ、はぁっ…………っ、』

 

 そうして流れる涙と共に、いつも現実へと引き戻される。

 飛び起きるのはこれで何度目になるだろう。

 そしてそんな悪夢が毎夜毎夜と飽きることなく繰り返される日々を過ごしていくうち、いつしか「本当にあった未来なのでは」とイレブンは考えるようになっていった。

 もちろん置いていった仲間達を信じていない訳ではないし、ましてや「なんで見捨てた」なんて言う彼らじゃないことぐらい、自分が一番よく分かっている。……そう、分かっているけれど。だからって「そんな訳ない」と胸を張って言い切れるほど、自分のした罪もまた軽くはなくて。

 〝その後〟の未来を案じる度に、最悪の結末が頭を過る。じわじわと精神が蝕まれていく。

 

『っ、くそ……』

 

 だがそんな悪夢に簡単に屈してしまうほど、イレブンは決して弱い人間ではなかった。それどころか悪夢の原因が倒しきれなかった邪神だと踏んで、彼は解決策を見出そうと単身で旅に出たのである。

 それこそ割り切っていたのが良かったのだろう。ただ死ぬだけではダメだと察して、古代図書館に一人籠っては邪神にまつわる文献を漁ったり、どうにか封印する方法はないかと実際にサマディーまで調査に行ったり。──けれど果てには結果が得られず、最終的には相打ち覚悟で勇者のつるぎを手に入れようと、大樹の元まで一人向かって。仲間の誰にも頼ったりせず、助けを求めたりすることもせず。毎日悪夢に魘され続けては最適解を自力で見出す。そんな果てしなく長い行程を、およそ半年も。淡々と。

 ちなみになぜこのような芸当が彼には可能だったのかと言えば、それはあの大樹崩壊の残酷さを知るイレブンだからとしか言いようがない。訪れる悪夢も未来への不安も、あの最悪の時に比べればなんだって些細なものに思えたのだ。過去の仲間に恨まれたって、邪神に身体を蝕まれたって。

 ──あの日の「約束」を果たせるのなら、それこそ構わないとさえ思えるほどに。

 

「……あれからどれくらい持った? 僕は」

「──半年です」

「そっか……」

 

 まぁとはいえ、結局最期は邪神に身体を呑まれた挙句、あんな結末を迎えたわけだが。

 なんでも聖竜の元に辿り着いた時には既に殆ど意識が無くて、暴走しそうになっていた自分をどうにか抑え込んでくれていたらしい。

 「──力が及ばずすみません」なんて謝られて、先程とはまた違った理由でイレブンがふるふると頭を揺らす。

 

「ううん、聖竜は何も悪くないよ。……元はと言えば僕のせいだし」

 

 それは慰めでも自己犠牲でもなんでもなく、ただひたすらに本心から出た言葉だった。

 ……そう、全ては自分で蒔いた種なのだ。あの時邪神を倒しきれなかったのも、あまつさえ生きている可能性を懸念せず、みすみす取り込まれてしまったのも。

 全部が全部自分のせいで、周りは何一つ悪くなくて。

 

「ほんと、ごめん……」

 

 そんな謝罪がひたすらにこぼれる。謝ったところで済む話じゃないが、それでも言わずにはいられなかった。

 これが本物の勇者であれば今頃世界を救っていただろうに、実際は二度も世界を滅ぼした張本人なのだから笑えない。

 これじゃよっぽど「悪夢の子」の方が自分にはお似合いだったのだろう。

 

「……」

 

 涙すら出ずに立ち尽くしていると、頭を分かりやすく下げた聖竜が、否定するように首を横に振る。

 

「──いいえ、むしろ謝らなければならないのはこちらの方です。私が導き手として不甲斐ないばかりに邪神を抑え込むことが出来ず、また勇者を救うことも出来ず。果てには世界を崩壊させ、そのすべての責任をあなた一人に押し付けました」

 

 あなたは何も悪くないのに。そう申し訳なさそうに話す聖竜もまた、イレブンと同じく後悔の念に苛まれているようだった。

 こちらも否定しようと口を開けば、けれどそれすら拒否した聖竜がさらに話を継続させる。

 

「──あなたが大樹を訪れて以降、私は勇者のつるぎと共にあなたをこの地に隔離し、守り、邪神の力と勇者の力、その両方を抑え込んできました。……ですが一度倒されたことで邪神も学んだのでしょう。ニズゼルファは悪夢を通じ、あなたの精神を蝕むことで勇者の力を悪の力へと次第に変換させていったのです」

「じゃあ、僕が見ていたあの夢は……」

「──ええ、邪神が意図的に見せていたものかと」

「やっぱり……」

 

 どうやらイレブンの予想通りだったらしい。思えば邪神ニズゼルファが自ら悪夢に出向いていたのも、「今回こそは勇者に勝てる」という明確な自信があったからなのだろう。

 ひとまず正夢でない事にはホッとしたが、とはいえ恐ろしい力を有するだけでなく、まさか知能まで高いだなんて。

 

「──またこれは後から知ったことですが、どうやら邪神はあなたがた光の子らに討伐された瞬間、私怨のわずか一部を切り取り、あなたの影へと潜り込ませたようなのです」

「っ、影に?」

「──はい。その後はあなたも知っての通り、邪神は魔力を蓄えながら、勇者の力を支配しようと再び行動を起こしました。あなたにとって一番最悪とされる悪夢を繰り返し見せては精神を脅かし、そして心が弱りきったところで、完全に我がものと出来るように」

「一番、最悪とされる悪夢……」

「──ええ。あなたがあの世界を生きる彼らの身を案じていたからこそ、邪神はその隙をついたのでしょう」

「! あの世界って……」

 

 まさか気付いていたというのか。目を見開いて驚くイレブンに、聖竜がこくりと静かに頷く。

 以前勇者のつるぎを返納した際にはそんなこと少しも聞かれなかったし、またこちらもこちらで言わなかったので知らないとばかり思っていたのだが……流石は世界の創造主。意外にも見抜いていたらしい。

 

「……本当に、なんでもお見通しなんだね」

 

 感心したように力なく笑うと、心做しか、聖竜の放つ雰囲気に温かさが混じる。不思議な優しさと懐かしさを孕んでいて、もしかするとこれが聖竜の本来の姿なのかもしれないとイレブンは思った。

 その表情こそ変わらないものの、きっと内心では穏やかに微笑んでいるのだろう。

 

「──あなたは時のオーブを壊し、そして過去……すなわち〝今〟の世界へとやって来ました。その瞬間、あの世界とあなた自身は完全に切り離され、そこからもうひとつの世界線として今の未来が生まれたのです。……ここまでは理解していますね?」

「うん……大丈夫。過去に来る前に全部聞いた。確か〝平行世界〟って言うんだよね? 元々はひとつの世界だったものが、たくさんの分岐を重ねるごとに別の世界として独立するって」

 

 再び聖竜がひとつ頷く。

 

「──はい、その通りです。そして私は未来からやってきたあなたに異変を感じ……そこから背にした禍々しい剣を見て、すぐに事態を察しました。あなたが過去(こちら)に来なければ今頃、取り返しようのない絶望や悲劇が、この世を包み込んでいたのだと」

「……」

 

 思わずその場で黙り込む。

 沈黙は肯定になってしまうが、とはいえ「そんなことないよ」などと言ったところでもはや気休めにもならないだろう。

 

「──顔を上げてください、光の子よ。確かに世界は崩壊を迎えましたが、それでも、私はあなたに感謝しているのです。あなたが過去に来てくれたから、こんなにも長く平和が続いた。あなたが魔王と、そして邪神と戦ってくれたから、救われた命が沢山あった。全てを失ってしまったとはいえ、この事実だけは決して変わりません。あなたは最後まで光の子として、そして世界を導く勇者として。私と共に闘ってくれたのです」

「聖竜……」

「──だからどうか……どうか前を向いてください。最後まで懸命に闘ったあなたが思い詰めることは何もありません。責める必要すらないのです。それに……私はとある提案をするために、この神聖なる空間へとこうしてあなたを(いざな)ったのですから。肝心の勇者がその調子では、変えられる未来も変わらなくなってしまうでしょう」

「! それって……!」

 

 バッ、と擬音がつきそうな勢いで、イレブンがそれまで下げていた顔を上げる。聖竜はそれに強く頷くと、そこからひとつ緩やかに──実際にはやはり無表情だったが──笑って、上空からあるものを下降させた。

 丸く質量のある塊が重力に逆らってふわりと漂い、丁度イレブンの目線の高さでピタリと止まる。内包された光の粒が夜空に煌めく星々のようで、「綺麗だ」と呟く仲間の声が、今にも隣から聞こえてきそうで。

 

「っ……」

 

 脳裏を過ったかつての記憶に、ぐっと込み上げる何かを感じた。

 あれからそれなりに日が経った気がするが、最後に見たのはいつぶりになるだろう。

 

「──これが何を意味するか、あなたには既にお分かりでしょう」

「……うん」

 

 頼りなく眉を下げながら答える。

 

「──あなたをこの空間へとお連れしたのは他でもありません。私はあなたにもう一度、再び立ち上がって貰いたくてこの『時のオーブ』を用意したのです。全ては私の願いとあなたの願い、その両方を叶える為に」

「……聖竜の願い?」

「──はい。邪神の討伐とあなたの幸せ。それこそが私の願いです」

「っ、……」

 

 鼻の奥がツン、と痛くなる。聖竜の優しさが身に染みて、今にも泣いてしまいそうだった。

 ここで弱音を吐ける自分なら今頃どれだけ楽だっただろう。どれだけ幸せだっただろう。

 それでも否定しなくちゃと思って、自嘲するみたいに口角を上げる。

 

「……はは、いやだな聖竜。わざわざそんなこと願わなくたって……僕はもう十分、幸せだったよ」

 

 そうして必死に紡いだ言葉は──自分でも「こんなに」と驚いてしまうくらい、諦めを含んだものだった。胸が詰まって息が苦しくて、喉なんかまるで呪いにでもかかったみたいに正確な音を発しなくて。

 きっと今浮かべているこの笑顔だって、さぞ歪んでいるに違いないだろう。

 

「だってそうでしょ? 大樹の崩壊を未然に防げて、過去のみんなと約束した通りベロニカのこともちゃんと救えて」

「──……」

「あ、あとほら、他にもカミュとマヤちゃんが二人旅出来たり、ロウ爺ちゃんの念願だったユグノアの復興が始まったり」

 

 それから、それから……。言いながら、指を順々に折り曲げていく。ベロニカにセーニャ、シルビアにマルティナにグレイグにエマに……と挙げたらそれこそキリなんてなくて、後半は殆ど見せつけるように折りたたむ指の本数を増やした。

 まるで「これ以上望んだらバチが当たるだろう?」と、そう自分や聖竜に言い聞かせるように。

 

「……ね? これって世界が平和になったからこそ出来たことでしょ? 実際皆が嬉しそうにしているのを見れて僕も自分のことみたいに嬉しかったし、確かに世界は壊れちゃったけど……でも一時的とはいえ、そんな皆の幸せを守れて本当に良かったと思ってるんだ。あの時離れる選択をしたのも正解だったってよく分かったしね」

「──……あなたは、本当に」

 

 聖竜が悲しげな声音で呟く。途中で言葉が切れてしまったのはきっと、この気丈に振る舞う健気な勇者に痛々しさを覚えたからだろう。

 なんせ今挙げた仲間の幸せの中に、肝心のイレブン自身の存在が少しも含まれてはいなかったのだから。自分なんか元から居なかったみたいに「皆が幸せで良かった」と言って、本当は見守りたかっただろうに「離れて正解だった」と笑って。そのくせ悲痛な面持ちを浮かべるのだから、彼はなんとまぁずるい人間であることか。

 そんなボロボロに傷ついた勇者を叱って正してあげられるほど、自分は崇高でもなんでもないというのに。

 

「……それに、さ。仮に過去に戻れたとしても、最後にはまた、同じことの繰り返しになるような気がするんだ。魔王がいるから勇者(ボク)が生まれたみたいに、僕が平和を手にしたところで、いつかまた奪われてしまうんじゃないかって」

「──それは……」

「確かに今度は五年かもしれない。六、七年持つかもしれないし、それこそ上手く行けば何十年だって平和が続いていく事もあるかも。……けどさ、その希望とおんなじくらい、早い段階で同じ結末を迎える可能性もあるでしょ? それでもしそんなことになったりしたら……僕はもう、いよいよ耐えられそうにない。……自信が無いんだ。だってあんな奇跡みたいなチャンスを貰ったくせに、それでも失敗したんだから。それで『今度こそみんなの幸せを守る』とか、流石に調子が良すぎるよ。彼らは僕のおもちゃでもなんでもないんだし」

 

 変わらず自嘲じみた笑みを浮かべながら、けれど悔しさでイレブンが拳を握りしめる。それは暗に勇者イレブンから聖竜の……向こうが持ち出した提案への、精一杯の拒絶を意味していた。

 ──そう、決しておもちゃでもなんでもないのだ。イレブンが守りたかった世界は、人は。

 皆んな懸命に毎日を生きてて、夢や希望も沢山あって。そして……そんな尊い多くの命を、自分は二度も守りきれなくて。戻れる方法がある無い以前に、そんな自分が生きている事がただ申し訳なくて仕方がなかった。

 これなら邪神と一緒に消えた方が世界にとっては何倍も良かっただろう。

 

 果たして幸せだったと割り切って終わるか、それとも自身の我儘(エゴ)を貫いて戻るか。

 二つに一つの選択肢だが、少なくとも今のイレブンとってはそんなの悩むまでもなくて。

 

「……だからごめん、聖竜。君に散々迷惑をかけた上で申し訳ないけど、やっぱり僕は──」

 

 過去には行けない。

 そう続けようとしたイレブンの言葉を、上書くように聖竜が遮る。

 

「──あなたはあの最後の仲間達の表情を見て、本当に幸せそうだと思いましたか?」

「っ……!」

「──最後にあのような……あんなにも悲痛な別れ方をして。それでも仲間達は幸せだったと、本当にそう胸を張って言えますか?」

「そ、れは……」

 

 そうして放たれた聖竜の言葉は、イレブンの核心を突いて抉るのに十分すぎるほどの威力を持っていた。

 加えて聖竜の言葉選びも悪い。ただでさえ思い出すだけでも後ろめたさが尋常ではないというのに、その上誰よりも悔しそうな声音で互いに罪悪感が募るようなことを言うなんて。

 おかげで言い返すことすら出来なくなって、 イレブンが静かに口を噤む。

 ──胸を張って言えますか? なんて、そんなの言えるわけがないだろう。

 

「……随分とずるい事を聞くんだね、君も」

 

 完全な皮肉だと理解していながら、半ばやり返すような口振りでイレブンが聖竜を責め立てる。いくら鈍感な勇者と言えど、今しがた告げられた聖竜の言葉がどういう意味のものであるかは彼自身ちゃんと自覚していた。

 要は「逃げるな」と言いたいのだ。聖竜は、自分に。「勝手に終わるな、ちゃんと向き合え」と。そう伝えたくて。

 実際これが自分勝手な答えであるのも、またそれが到底納得されないような酷く最低な行為であるのも、イレブンは言うまでもなく理解している。だってもし仮に自分が仲間達側だったとして、二年もの間避けられた上に目の前で自害なんかされたら。「イレブンは幸せだったと思う」だなんて、勝手に決めつけられたりしたら。それこそイレブンじゃなくたって誰だって、すぐさま怒って否定するはずだ。

 ましてやただでさえベロニカの件で似たようなことをされた側としては、それがどれだけ残酷なことかはその身を以て体験している。

 

「……分かってるよ。最低なことしてるって」

 

 とはいえそうでも考えていなきゃ、どうにかなってしまいそうなのだ。せめてこの二年間は……あの僅かばかりの穏やかな日々の間は、各々幸せに満ち溢れていたと。きっと思ってくれていたはずだと。そう信じて願って戦わなければ、流石にやっていられなくて。

 

「それでもまた、皆を危険に晒すくらいなら、僕はっ……!」

「──……」

 

 再び拳を握りしめたイレブンに、聖竜がゆっくりと口を開く。

 

「──私は世界の創造主として、ずっとロトゼタシアの様子をこの大樹から見てきました。それこそあなたが生まれた時も、また半年前にやってきた暴走寸前のあなたを匿い、共に邪神の膨大な魔力を抑え込むようになってからも、ずっと」

「……」

「──あなたはなぜ、光の子らが最後あの場に……大樹に居たかはご存知ですか?」

「え……? なぜ、って」

「──あなたを邪神から解放し、本当の意味での平和を取り戻すためです」

「! なん、で……」

 

 驚愕の事実に顔が強ばる。

 まさか記憶が無い半年の間に、自分──正確には邪神だが──が何かをしたのだろうか。あの大樹が崩壊した時のような、平穏を一瞬にして奪い去るような何かを。

 

「──安心してください。少なくともあなたが想像しているような最悪の事態にはなっていません。彼らはあくまでも彼ら自身で、あなたの危機を感じ取ったのです」

「っ……そんな、どうやって」

「──先ほどの平行世界の話は覚えていますね? あなたが過去に戻った時点で、世界はふたつに切り離されたと」

「え……う、うん。覚えてる、けど……」

「──では……もし切り離されたその後の世界が、何らかの形で〝終わり〟を迎えてしまったとしたら。その世界を生きた彼らの記憶は、果たしてどこに向かうのでしょう」

「っ!? そ、それって」

 

 目を見開いて驚いていると、聖竜が力強く首を縦に振った。

 そして真剣な目をして言うのだ。

 「──終わりを迎えてしまった世界は、やがてひとつの世界に向けて、次第に収束していくのではないか」──と。

 

「──私はそれまで、平行世界のことに関して深く考えた事はありませんでした。ですがある時、その可能性について熟考せざるを得ない事態に直面したのです」

「熟考せざるを得ない事態……?」

「──はい。あなたを除く仲間達……いわゆる光の子らの記憶の覚醒です。彼らは邪神を討伐して以降、徐々に失われた記憶に関して思い出すようになっていたのです」

「……っ!」

 

 反射で下唇を噛み締める。言葉が思うように出ていかなくて、無意識に眉間に力が入った。

 とはいえそれが喜びの感情なのかと問われれば、イレブンは真っ先に否定するだろう。だってもし仮に聖竜の話が正しいとすれば、それは即ち世界の終わりを……つまるところ過去の皆の人生の終了を意味することにも繋がるのだから。ただでさえ悪夢を見ていたイレブンにとって、それこそ最悪と言っても過言では無い結末だ。

 そう思って念のため聖竜にも確認したのだが、残念ながら他の世界で起きた事の顛末を推測することは出来兼ねるらしい。「──私がお伝え出来るのはあくまでもこの世界の事だけです」と申し訳なさそうに言われてしまって、イレブンは咄嗟に謝罪を返すと聖竜に話の続きを促す。

 もちろん気にならないと言えば嘘にはなるが、とはいえここで聖竜を責められる資格など自分には到底ありもしなくて。

 

「──尤も最初は彼らの記憶も朧気で、まれに見る謎の既視感とやらに各々首を傾げたりするなど、あくまでその程度のものでした。あなたも見たことがあるはずです。『前にもこんなことがあったような気がする』と呟いていた彼らの姿を」

「うん……覚えてるよ。皆もかなり不思議がってて」

「──ええ、そうです。ところが……邪神討伐からおよそ一年が経ったころ、それまでただの既視感程度だと認識していたはずの彼らが、途端に全てを思い出したかのように各々行動を起こし始めたのです。まるで『なぜ忘れていたのか』と自らを叱責するように、瞳から大粒の涙を流して」

「……それが、過去の世界の崩壊と関係してるんじゃないかって?」

「──はい。もちろん確証はありませんが、少なからず私はそう考えています。未来を生きていた彼らの記憶が今の世界……即ち過去に集約したのではないかと」

「…………」

 

 考えきれなくて目を閉じる。正直受け入れたくはなかったが、とはいえ違うとも言いきれない、そんな絶妙な仮説だった。

 その上何が否定出来ないって、やはり未知の世界すぎる点だろう。なんせ自分もこれまで散々「勇者の奇跡」で片付けて来たのだ。それを今更「違う」だなんて、とてもじゃないが言えるわけがない。

 それこそ内容が内容でなければ今だって「そうかも」で片付けてるぐらいなのに。

 

「──彼らはその後すぐに文を飛ばし合い、デルカダールの城にて再集結を果たしました。そこから互いに情報を共有し、そして結論付けたのです。あなたは先の未来からやってきた〝あの時の〟勇者イレブンであり、また彼は自分たちの幸せのために、自ら離れる選択をしたのではないかと」

「……」

「──そして……彼らはその事実に激しく憤り、泣き崩れ、己の無力さを責めるようにして再び旅へと駆り出しました。あなたに溢れんばかりの謝罪と、何より感謝を伝えるために。なんとしてでも勇者の足取りを掴もうと、必死で」

「そう、だったんだ……」

 

 そういう意味では、先ほどの聖竜の「仲間が幸せだった思うか?」という問いかけも最もだったのかもしれない。

 自分はまさかそんな事になっているとは思わず、ひたすら逃げてばかりいたワケだが……それが却って皆を苦しめる事になっていただなんて。

 

「──そしてそれから丁度半年が経った頃でした。あなたが今にも邪神に呑まれそうな危うい状態で、この大樹へとやってきたのです。それを見て、私は酷く後悔しました。なぜならあなたがここへやってくるまで、勇者を脅かす邪神の存在に私は気が付きもしなかったから。ニズゼルファは極めて知能の高い存在ゆえに、いつしか私を凌駕するほどの力をその身に宿していたのでしょう。そのためあなたを匿った時には、既に私には打つ手が何もない状態でした。せめてあなたが呑まれてしまわぬよう魔力を抑えるのが精一杯で、けれど膨大な力の前ではそれさえも時間の問題で」

「聖竜……」

 

 ひたすら無念そうに語る聖竜に、イレブンは口を開いたり閉じたりしながら……けれど最後は観念したように、弱々しく謝罪の言葉を吐き出す。

 

「っ……ごめん、僕は元々君に……聖竜に頼るつもりはなかったんだ。ただ勇者のつるぎを使って戦えば、この手で邪神を倒せると思って、それで……」

「──ええ、分かっています。思えばあなたが古代図書館で何か探し物をしていたことも、こうして大樹を訪れたことも。全ては世界や仲間を守るための、大切で意味のある行動だったのだと」

「……」

 

 そうして返ってきた子供をあやすようなその言い方に、イレブンは若干のいたたまれなさと……そして有難みとを同時に覚えた。

 きっと自分がどう謝っても聖竜はこうして否定するのだろう。言い訳をしてしまった自分がなんとも情けなく申し訳なくて、それでも理解者がいるという事実が、どうしようもなく有難く思えて。

 せめて話を聞き漏らすといったことがないよう、引き続き聖竜の話に意識を注ぎ込む。

 

「──そして……そんなあなたの執った行動は、確かにあなたの仲間達にもしっかりと届いているようでした。それこそ記憶の覚醒が大きかったのでしょう。現に彼らはあなたが大樹に辿り着いてから僅か半年も経たない間に、勇者を苦しめる邪神の存在とあなたの行動の理由(わけ)を突き止め、全ての真実を解き明かすべくこの大樹へとやって来たのです」

「っ、そう、か……だからみんな、あそこに……」

 

 ギリ、とイレブンが歯を食いしばる。それでも悔しさが収まりきらなくて、気を落ち着かせるように息を吐いた。

 確かにおかしいとは思っていたのだ。「また会えたのに」という仲間の言葉も、ましてや本来自分と聖竜しか居ないはずだった命の大樹に、何故か全員が揃っていたのも。

 

「……前に古代図書館で読んだんだ。天空の祭壇に捧げたオーブは、一定期間が経ってしまうと再びどこかへ散らばってしまうって」

 

 あの話は本当だったのかな。

 確認するみたく話題を変えたイレブンに、聖竜が察した様子で応える。

 

「──はい、その通りです。あなたは呪文(ルーラ)で大樹に来たので実際には見ていないかもしれませんが……確かにあなたの仰る通り、彼らが大樹に辿り着くには再び散らばった六つのオーブを全て揃える必要がありました。ですが足取りも掴めていなければ移動魔法も使えない彼らです。唯一船だけは使えるといえど、そう簡単な道のりで無いことは確かでしょう」

「……だから、助けた?」

「──はい」

 

 悪びれもせず聖竜が頷く。「──どうせもう分かっているのでしょう?」と、そう言わんばかりの反応だった。

 だからだろう。手を貸した聖竜に怒りを覚えたりする事もなく、ただただ感謝の気持ちが湧いたのは。

 どうやら聖竜は「勇者がそれを望んでいないかもしれない」というイレブンの意思を汲み取った上で、それでも困っている仲間達のために自ら手を差し伸べてくれたらしい。

 

「そっか……ありがとう聖竜。僕の仲間を助けてくれて」

 

 素直な感謝を言葉にすると、聖竜はどこか申し訳なさそうに視線をイレブンからふい、と外した。

 てっきり責められるとでも思っていたのだろう。

 

「──いいえ、大したことはしていません。せいぜいオーブの隠された場所を、大樹の根を通して彼らにお伝えしただけですから」

「ううん。それでもだよ。実際聖竜が手を貸してくれなかったら皆も絶対に困ってただろうし、それに……君がそうやって頑張ってくれたから、最後にほんの少しだけとはいえ、皆に会うことも出来たんだ。逆にもうあと少しでも皆に会うのが遅かったらきっと、僕は自害を選ぶ間もなく邪神に身体を乗っ取られてたと思う」

 

 そしてこの手で皆の事を──。

 

「っ、」

 

 その先はとても考えたくなくて、イレブンは思考を放棄するように頭を左右に何度か振った。そこから大きく深呼吸をして、固まった脳に酸素を送り込む。

 出来れば思い返したくもないが、けれどもし仮に最後に見たあの場面が全て、本当のことであるとするなら。自分は一体何度仲間にその切っ先を向けたのだろう。何度切り付けようとしたのだろう。

 ──あんなに沢山自分の名前を、呼んでくれていた彼らだったのに。

 

「ほんと、最低だ……」

 

 噛み締めるように静かにつぶやく。後悔や懺悔、怒りに不安に不甲斐なさといった様々な感情が胸中で混ざって、スっと血の気が引いていくみたいに頭が冷える心地さえした。

 きっとこれが死んだ身でなければ今頃泣き喚いていただろう。弱くてごめん、ごめんなさいと、地面に膝をついていた筈だ。

 それでも思い出してくれた彼らを……また自分に会いたいと、会って話したいと願った上で、追いかけて来てくれた彼らの気持ちを。「嬉しい」と喜んでしまう自分は、「会いたい」と願ってしまう勇者は。きっとどこまでも最低で残酷で、情けなく弱いただの子供で。

 それでも──。

 

「──彼らはあなたに言っていました。『イレブンの居ない未来に幸せなどない』と」

「っ!」

「──彼らにとって、ただの平和には意味が無いのでしょう。それは仮初の平穏であって、本当の幸せではないのです。そこに世界を救ったあなたが──勇者イレブンが居なければ。絶対に」

「っ……!」

 

 涙の膜で視界がぼやける。胸が熱くて顔も熱くて、今の今まで自分が迷って悩んでいた事がてんで馬鹿馬鹿しくなってしまうくらい、深く突き刺さる言葉だった。

 文字通り馬鹿に思えてきたのだ。何をあんなに悩んでいたのか。どうしてすぐに決めなかったのか。

 心の奥では最初からずっと、答えはひとつしか無かったくせに。

 

「──私はそれを見て、そして聞いて……彼らの覚悟を感じ取った上で、改めて心から思ったのです。私はやはり、あなたに幸せになって欲しいと」

「っ、聖、竜……」

 

 追い打ちをかけるような聖竜の言葉に、いよいよ耐えきれなくて涙がこぼれる。

 ──それは世界を救ったあの日以降、初めてイレブンが流した涙だった。これまでずっと罪悪感を抱いていたということもあって、無意識に自制していたらしい。

 聖竜はそれを見てどこか安心したような雰囲気を纏うと、泣いているイレブンを気遣うようにして心の籠った声音で続ける。

 

「──とはいえ、もちろん迷いもあるでしょう。何よりこの先の旅路を思えば、あなたの葛藤も無理はありません。ここまで色々お伝えした上でこのようなことを言うのも卑怯ですが……それでもやはり勇者以前に、大切なあなたの人生ですから。あなたがどのような答えを出したとしても、私は勇者(あなた)の導き手として、その選択を受け入れましょう」

「……うん、ありがとう。聖竜」

 

 イレブンは未だ震える涙声のまま、聖竜に改めて感謝を伝えた。聖竜はそれに柔らかく微笑み、「──答えが決まったら教えてください」とそれだけ言って口を閉じる。一通り話終えたということなのだろう。

 流石に聞き慣れたセリフなだけあって、どうやら考えるだけの猶予を自分に与えてくれるらしい。

 

「っ……よし、」

 

 イレブンはそれに強く頷くと、流れる涙をグシグシと袖で強引に拭って、それから両頬を手のひらでバシッ! と叩いた。静かな空間に衝撃音が響き、聖竜が面喰らったような表情を見せる。

 

「──……」

 

 だがやけにスッキリとした顔のイレブンを見て、声を掛けるのは野暮だと思ったのだろう。

 イレブンはそれから頭を振ると、ようやくクリアになった視界で改めて自身の左手を見つめた。全ての始まりと言っても過言ではない、勇者の象徴とも言える痣を。

 

「……」

 

 ぐっと拳を握りしめる。一時は無くなってしまったとはいえ、それでもいつだって目に映るのはこの左手に宿る痣だった。きっと過ぎ去りし時を求めた先でもこの事実だけは変わらないのだろう。

 吹っ切れたと言うにはまだまだ不安も葛藤もあるが、それでも覚悟を決めた事は確かだ。これから訪れる苦難を前に、弱音を吐くにはあまりにも早い。

 それに……聖竜のしてくれた話──世界がひとつに集約するとか皆がいずれは思い出すかもとか──が仮に本当の事だとすれば、尚更今のイレブンにとって悩む余地など何一つなくて。

 

「聖竜……決めたよ。僕はもう一度過去に戻って、今度こそ邪神を倒した上で皆の幸せを守ってみせる」

「──!」

「……あとは、そう。僕自身の幸せもね」

「──……!」

 

 そうやって半ば宣言するように導き手へと意思を示せば。それまで穏やかだった聖竜の瞳に、今日一番の光が宿った。

 数分前とは打って変わった澄んだ瞳のイレブンを見ながら、聖竜が心底安心したように「──ありがとうございます」と言って微笑む。

 

「──私も全力で支援しますので、どうかよろしくお願いします」

「うん、よろしく」

 

 それがあんまりにも嬉しそうな声だったので、イレブンは尚更「今度こそ邪神を確実に倒さねば」と自身の胸に固く誓った。

 聖竜が自分の幸せを心から願い導いてくれるように、自分もまた、聖竜が幸せになれる世界をこの手で守ってやりたくて。

 

「……えっと、じゃあ早速過去に戻る前にひとつ聞いておきたい事があるんだけどさ、邪神を完全に倒すにあたって、何か確実な方法とかって聖竜知ってたりしないかな。一応古代図書館はまだ半分くらいしか制覇出来てないし、そっちでも探そうとは思ってるんだけど……」

 

 口元に手をあてながら、考え込むようにして聖竜に尋ねる。

 実際過去に戻るにあたって、一番の問題はまずそこだろう。

 もちろん敵は邪神だけじゃなく、ウルノーガだったりホメロスだったりと挙げれば本当に沢山いるのだが……それでも結末だけを考えれば、やはり最大の敵は邪神だ。せっかく過去で倒したとしても影に入られれば同じ事だし、解決策が見いだせぬまま同じ未来を辿るのだけは避けたい。

 

「──大丈夫です。確実な方法ならあります」

「え、ほんと!?」

 

 伏せていた顔をパッと上げる。

 

「──ええ、それも簡単な方法です。まずあなたと共に旅をする間で、私が存分に力を蓄えます。そしていざ邪神と対峙した際、私の力で漏れなく邪神の魔力を飲み込み、その存在ごと完全に消滅させるのです。そうすれば邪神が逃げる余地もありませんし、何より復活することも無いので方法としては確実でしょう」

「……ん? えっと」

 

 だが予想とは大きく異なるその返答に、イレブンは気付くと疑問符を浮かべていた。それはいざ聖竜に「──すみません、分かりません」と言われた時用に準備していた励ましの言葉とはまるきり違う、なんというか素の声であった。

 それどころかなんだかとんでもなく聞き捨てならないような話をサラッと言われた気分さえして、イレブンは必死に頭を回すとしどろもどろで聖竜に聞き返す。

 

「え? あ、いや、その、えっと……僕と一緒に旅? って……」

「──? 文字通り『あなたと私で過去の世界を冒険している間』という意味ですが……言っていませんでしたか? あなたが過去に戻る際には、私も同行させていただくと」

「え、いや、全然聞いてない、けど……」

 

 だがこの通りさも当然のように同行するテイで返されてしまって、イレブンは困ったように眉を下げると「ええ……?」と思わずその場で呟いた。

 てっきり一人で向かうと思っていただけに、この展開は予想外すぎる。

 

「……あれ、でも時のオーブって確か勇者にしか壊せないんだよね? しかも過去に行けるのは一人だけだって時の番人が言ってたんだけど……」

「──ええ、そうです。このオーブは勇者であるもの以外が破壊する事は不可能ですし、また実際に破壊した当人以外が同行することも出来ません」

「じゃあどうして……」

 

 不思議そうな顔で問うイレブンに、聖竜が堂々とした口調で続ける。

 

「──それは私がこの世界の創造主……つまるところ、ロトゼタシアの長だからです。これまではずっと平等な立場でこのロトゼタシアを見守って来ましたが……とはいえ世界が滅びてしまってはそうも言っていられません。過去の世界では分かりませんが、少なくとも今の世界──すなわち今いる空間においては、私は変わらず創造主のままです。なのでその気になればこの通りオーブを持ち出す事も可能ですし、それこそあなたの強さを保持したまま過去の世界へと送り出すことも、またあなたが集めた荷物や道具をそのまま過去へと持ち出すことも今の私には可能でしょう」

「…………へ、へぇ……それはまた、なんとも」

「──尤も試したことはありませんので、今のはあくまでも推測の話にはなりますが……」

「そ、そーなんだ……はは」

 

 果たしてどこからツッコめばいいんだろう……。若干申し訳なさそうな声で話す聖竜に、イレブンがいよいよ視線を彷徨わせる。

 ──どうやらこの聖竜という生き物、さっきから自分がしてる発言がどれだけイレギュラーな事であるかを全く理解していないらしい。

 力の継続や道具はともかく、オーブを勝手に持ち出すだなんて……そりゃあ「勇者の奇跡」だなんて言葉で片付けたくもなるというものだ。

 加えてなんだか怒っているような節まであるし、きっと見た目の穏やかさからは想像もつかないような邪神への殺意がその身には秘められているのだろう。

 

「えっと……じゃ、じゃあとりあえず道具の件? とかは可能な限りでお願いするとして……その、まずは一個ずつ順を追って話そうか。この状態で過去に戻ると色々弊害が起きそうな気もするし」

 

 今にもパンクしそうな頭をフルで懸命に稼働させつつ、イレブンが聖竜に待ったをかける。すると聖竜も似たような事を考えていたらしい。「──そのようですね」と一言だけ告げて、すぐにその長い首をゆっくりと縦に振ってくれた。

 またそんな世界の創造主いわく「──時間なら心配は要りません」との事──理屈は不明だがツッコんだら負けだ。いっそ受け入れた方が早い──なので、ひとまずここはお言葉に甘えてじっくり時間を使わせて貰うとしよう。

 

「えと、じゃあまず最初の質問なんだけど……」

 

 疲弊した頭に手をあてながら、聖竜に最初の疑問をぶつける。

 

「……その、聖竜も一緒に過去に行くとして、その場合君も僕と同じで、存在としては一つになるってことだよね? 前に過去に行った時の僕みたいに、実際は過去の僕なんだけど、記憶とかその辺は今の僕……みたいな」

「──いいえ。あなたの場合はその考え方で合っていますが……私に関しては違います。私は過去の私とは別の、あくまでも〝他の存在〟として過去へと戻るつもりです」

「他の存在……? それって聖竜じゃない別の何かってこと?」

「──はい。要は実体を持たなければ良いのです。それこそ邪神があなたの影に私怨を潜り込ませたように、私も自身の魂のみを人や物……そうですね、例えばあなたが過去に引き継ぐ道具のいずれかに移し込めれば、形式的にはその世界の物質として過去に存在することが出来ます。おそらく対象はなんでも構いません。それこそ装備でも素材でも。……とはいえ過去に戻ってしまえば自由に力も使えなくなるでしょうから、それなりに融通の効くものに依存するのが最適かとは思いますが……」

「……なるほど」

 

 顎に手を添えて考える。正直話を聞いた時点では色々と不明点があったが……ひとまずその方法なら納得だ。確かに過去の聖竜と一体化すれば、今の聖竜も大樹となってその行動も制限されてしまうし、そういう意味ではいっそイレブンの装備やら何やらに移ってくれた方が心強い。

 ……心強い、のだけど。

 

「ちなみにその依存先? ってさ、要するに過去にも存在してて、かつ僕が持ち越せる内容だったらなんでもいいって事だよね? 例えばユグノアの首飾りなんかは消えちゃうだろうから多分ダメだけど、武器屋で買ったりした武器とかだったら過去の世界にもあるから平気、みたいな」

「──はい。そう言う類のものであればひとまず問題は無いかと」

「そっか。──じゃあさ、僕にしなよ。その依存先ってやつ」

 

 その方が旅もしやすいだろうし。

 顎に添えていた手を胸に移動させながら、なんてことの無いような口振りでイレブンが聖竜に提案する。

 それはつい数刻前まで邪神に取り憑かれていたとは到底思えない、また恐怖を感じさせない勇者然としたそれで。

 

「──それは……」

「……ダメ、かな。良案だと思ったんだけど」

 

 その縋り付くような、はたまた訴えかけるような眼差しを向けてくるイレブンに、聖竜が珍しく言い淀む。

 

「──……いえ、それは出来ません。確かにあなたの言う通り、旅のしやすさで言えばそうする事が最善でしょう。ですが……それでもその提案だけは承諾することは出来ないのです。なぜならあなたに依存してしまえば、私は──」

「邪神と一緒に消滅できないって?」

「──……!」

 

 聖竜が思わず黙り込む。イレブンはそれに「やっぱり……」と呟いて、それから悲しげに眉尻を下げた。

 どうやら予想は当たっていたらしい。

 

「……なんとなく、引っかかってたんだ。だってさっき邪神のこと話してた時の聖竜の言い方、まるで『邪神を倒すためなら自分が犠牲になってもいい』って、遠回しに言ってるみたいだったから」

「──そんなつもりは……」

「ううん、分かるよ。……僕もずっと、そう思ってやってきたし」

 

 むしろイレブンだからこそ気付けた部分もあるのだろう。

 悲しいかな皆覚悟を決めた時は、決まって自らを犠牲にするものだ。そうでもしないと気が済まないから。その方がまだ楽だから。

 そんなことをしても自分も周りも、もっと苦しむだけだと言うのに。

 

「……あのさ、僕は別に、聖竜のその考えを否定するつもりは無いんだ。君の気持ちはよく分かるつもりだし、僕だってあの時そう出来たなら、きっと同じ道を選んでるはずだから」

「──……」

「でもね、それなら尚のこと、君は僕と一緒に居るべきだと思う。だって君の力も僕の力も、結局は似たようなものなんだろう? なら僕を使えばいいじゃないか。道具なんてそんな遠いものじゃなくて、もっと勇者の力を使えるような……僕を直接利用出来るような、そんな近い所に」

 

 言いながら、真剣な眼差しで聖竜を見つめる。

 胸が痛くなったのはきっと、自分に内緒で残酷な覚悟を一人決めていたこの聖竜に、色んな感情が湧いたからだろう。

 

「だから……だから一人で全部解決しようなんて、そんな悲しいこと考えないでよ。これから一緒に戦うって言うのに、隠し事なんて酷いじゃないか。僕はこれまで君に散々、返せないほど沢山助けて貰ってるのに」

「──……」

「もちろん仕方ない事だって分かってる。本当に邪神を倒したいのなら、そうするしか他に方法が無いってことも。……けど、それでも君が僕を助けたいとずっと想ってくれていたように、僕だって君を助けたい。持てる力の全てを使って、今度こそ君を幸せにしたいんだよ。だから君が自分を犠牲にして力を蓄えようとしているのなら僕がその半分を担うし、邪神と消えようとしているのなら僕が別の方法を見つけてみせる。──君を失いたくないんだ。絶対に、何があっても」

「──……!」

 

 聖竜の瞳がいっそう輝く。

 戸惑いと希望、葛藤やらが複雑に入り乱れたような雰囲気を放っていて、そんな不安を振り払うようにイレブンが明るい笑みを浮かべた。

 胸元にトン! と手のひらをあてて、強気な顔をして聖竜に言い放つ。

 

「大丈夫。利用上等、ドンと来いだ。だから僕が君を……世界をこの手で救うその時まで、僕の傍でちゃんと見ててよ。君が導いて良かったって思えるような、そんな勇者で居て見せるから」

「──……! ありがとう、ございます」

 

 聖竜に慈しむような感謝を言われて、イレブンもそれに強く頷くと更にニコリと笑みを深めた。

 もちろん聖竜の心の闇はまだ完全には晴れていないだろうが、それでも自分の言葉や想いは少なからず向こうにも届いたはずだ。まだお互いに出会って間もない──少なくともイレブンは覚えていないので、これが二度目の邂逅になる──事だし、残りはこれからの旅を通して色々知っていけたら良い。

 

「僕が必ず君を幸せにするよ。だから改めてよろしくね、聖竜」

「──……はい。こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 そして二人は互いに視線を交えて頷き合うと、その後改めて今後の方針について意見や決意を話し合った。

 ちなみに聖竜はここまでのやり取りで益々やる気が湧いたらしい。

 

「──一応お伝えしておきますが、私はあのような魔のもの(※ニズゼルファ)と違って、決してあなたの精神を脅かすような真似はしないので安心してください」

「え? いや分かってるよ、僕聖竜のこと信じてるし」

「──あとせっかくなのであなたが過去の世界へと戻る際に『つよさ』の上限解放と魔力の底上げ、それと過去の仲間と同じ装備やとくぎ、また呪文が使えるようにもしておきます。他にも過去に正常に持ち越せるかは分かりませんが、資金や例の道具の件についてもできる限りの事はしてみましょう。あの下賎な魔物(※ウルノーガ)や憎き邪神を完全に消滅させる為にもやっておくに越したことはありませんので」

「えーと? 上限解放に皆の装備──って、え!? いやちょっ、ちょっと待って!? そんなことしたら僕いよいよ化け物になっちゃわない!? 流石に人間卒業は嫌なんだけど!」

「安心してください。鍛治スキルもちゃんと引き継ぎますので」

「いやだからなに!? それ全然解決になってないから! いやまぁ確かに嬉しいけども!」

「──とはいえ自分の使える呪文や特技ですら使用するのは久しぶりでしょう。過去に行く前に少しこちらで練習するのが良いと思います。あとは旅の間に習得すればさして困るような事も無いかと」

「いやだからそう言う話じゃな……って、え? 今から? 本当に?」

「──はい。大丈夫です。時間なら心配は要りませんので」

「…………」

 

 ──と、このように決意と言うよりはもはや聖竜の一方的な条件提示の上に、謎に「自身の技を思い出す会」と称した特訓が突如として幕を開いたわけだが。

 どうやらこの聖竜という生き物、やはり物事の基準が人智を超えたものであるどころか、極めてスパルタな生き物だったらしい。

 

「──そうですね、ひとまずこの辺りで良いかと」

「はぁ、はぁ……よ、よし、じゃあ行こうか……」

「──はい」

 

 おかげで記念すべき旅立ちの瞬間だというのに、そこにいたのは肩で息をしながら勇者のつるぎを握る勇者──本当に全ての特技と呪文を繰り出す羽目になった。MP消費が激しすぎる──と非常に涼しい顔をした聖竜という、どうにも格好のつかない絵面がその場に出来上がってしまっていた。

 これで世の創造主と希望の勇者というのだからなんとも締まらない二人組である。

 

「──勇者……そして光の子よ」

「う、うん?」

「──最後まで、どうかよろしくお願いします」

「…………もちろん」

 

 こちらこそよろしく。

 言いながら、ニヤリと不敵な笑みを浮かべて勇者のつるぎをその手に構える。

 例え相手がウルノーガだろうと仇敵であるニズゼルファだろうと、きっとこの二人が……そしてかつての仲間が共に手を組んで戦えば、それこそ怖い物などないだろう。

 

「よし! 過去の皆と邪神の討伐、そして僕らと世界の幸せ! 二人で全部取り戻そう!」

「──はい」

「じゃあ行くよ! せー、のっ!!」

 

 そうして振り下ろされた勇者のつるぎは、ガキィン! と鈍い音と共に時のオーブを叩き割り、そして──。

 

「……イレブン?」

「……はは、エマだ」

 

 ──全ての始まりを告げたあの日に、彼らは戻ったのであった。

 

 

カミュ(序盤)に使って欲しい武器は?

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