以下ry。
目を覚ますとそこは見覚えのある場所だった。
またしてもここに連れてこられてしまったという焦燥感と、またしてもここに連れ来てくれたのかというある種の安心感のような思いが交錯していた。
「ここまでくると、観念してみんなの言う通りに過ごしたほうが良いのかな...。でも、仕事があるし、そういう訳にもいかないのが現実か。」
無意識のうちに爪を噛んでいた。なにか考え事をしているとき、ストレスを感じているとき、疲れているとき、気づいたら爪を噛んでいる。噛めるところなどないというのに、だ。血が出ても、痛くても、何故か止まらない。
手袋を付けているのはそのせいで。汚い指を誰にも見られたくない、という思いもあるが...。
「爪を噛んでいる...、ってことは拘束されてない?」
拘束されていることを前提としていたから気づかなかった。思い込みというものは恐ろしい。
「そういえば、手袋...、どこにいったんだろう。」
あれがないと落ち着かない。
手袋を探そうと、ぬーっとベッドから起き上がり、あたりを見回す。
そういえば、やけに静か...。
隣の部屋から声が聞こえてきてもいいものだが何も聞こえない。誘拐されている身で言うことではないけど、普通、誰か逃げないように監視する人、置いておくものじゃないのか。
好機だと逃げ出せばいいものを、何故だろうかそういう気は沸いてこなかった。
「とりあえず、部屋を出てみよう。」
前回ここへ連れてこられた時に、イロハたちが出てきた部屋を覗いてみることにした。
―って駄目だろう!立場を考えろ立場を!
誘拐されたとはいえ、ここは生徒の家。勝手に部屋を覗くなんて教師失格だ。
頭の中での葛藤を終え、結局負けた。
謎の緊張感と共にドアノブに手を伸ばす。
そーっとドアを開け中の様子を覗く。
「―ッ...。」
ほんの一部しか見ていないのも関わらず、中の光景に思わず息をのんだ。
「『先生おつかれさま会』?」
その文字を見てから部屋に踏み入る足は止まらなかった。
部屋のいたるところまで綺麗に飾り付けられ、プレゼントのようなものもたくさん置いてあった。
テーブルの上にはメモ用紙が張り付けられていた。
「買い物リストか。どれどれ...。」
大半は食料品の類だったが、一部私が好きであろうオモチャや、彼女らのお気に入りのものなんかも書いてあった。全員出払っていたからこんなに静かだったんだ。
サプライズでしようとしてくれていたことを事前に、しかも自らのせいで知ってしまった。
今から、お返しになるような物を買いに出かけるか?戸締りはどうする?鉢合わせたら?そもそも街の方へは少し時間がかかる、みんなが帰ってくる前に戻ってこられるか?
結果、大人しくベッドで寝ておくことにした。先ほどと同じ状況、同じ空間なのに、不思議と爪を噛むことは無かった。
―数時間後
人の話し声で目が覚めたことで、自分が眠っていたことに気が付いた。
「ふあ~、なんか久々によく眠れた気がするな...。」
よほど疲れていたのだろう、もうすっかり夜だ。
「こんばんは、先生。」
声のする方へ目を向ければそこには椅子に座っているサボり好きの少女が座っていた。
「よく眠れましたか?ものすごく心地よさそうな顔で寝てましたけど。」
部屋は暗くはっきりとは見えないが、そこにいるのは確かにイロハだ。
「そうだね、よく眠れたよ。最近全然休めていなかったからね。」
表情は見えない。
「先生、怒らないんですね。」
「まあね。」
結局、前回も今回も私がみんなを心配させたことが原因で起こったことだ。
『みんなが良ければそれでいい。』に自分を含めていない、と以前言われたこともあるが、キヴォトスに来てからもずっとそうだったのだろう。
「結局今回のことも私が悪いからね。怒る資格なんてないよ。前回のこともね。」
「そうですか。」
ヌーっとイロハが立ち上がり、
「みなさん、先生が起きましたよ。」
と声をかけるとともに部屋の明かりをつけた。あっという間に全員集合か...。
「本当はこんなことするつもりなかったんだよ~。」
「うん、分かってる。私が悪いんだよ。」
「なんですぐそう考えちゃうんすかね。」
「事実だからね。」
「私たちはそういうこと言わせるためにここに連れてきた訳じゃない。」
「...。」
「んあ~、もうじれったい!!もう聞いちゃお!」
カズサが顔を近づけ聞いてくる。
「何が先生をそこまでさせてるの?」
「私の性格、かな。」
「それだけじゃわかんないでしょ?せーんせーい?」
さらに顔を近づけてくる。
「わかった、わかった。話すからこれ以上詰めるのはストップ。」
先生の瞳を見つめる一同。重たいはずだった口は思ったよりも簡単に開いてくれた。
「自分で何とかしろ、人に頼るな、『大人』としての自覚を持て、導くものとして責任を果たせ、常に手本でいろ、誰も助けて難てくれやしない、誰にも何も求めるな。自分は特別ではない。周囲で悪いことが起これば全部自分のせい。休むな、働き続けろ、足りない部分は自分を犠牲にして補え。」
「先生、何を言って...。」
皆の顔が困惑に染まる。
「無価値、ロクデナシ、木偶の坊、ボンクラ、代替可能な存在、お前である必要はない、お前なんかいなければいい、どうせ何もできやしない。過去に言われた言葉。私が言われて嫌だった言葉。
いつからだろうか、そんな言葉を自分で自分にかけていた。否定して、現実から目を背けて、自分を押し殺して...。ただただ苦しいだけだったよ。」
「そんなのおかしいっすよ...。」
小さくとも怒りのこもった声だ。
「なんども言ってるっすよね?自分を大事にしてくださいって。」
心配して言ってくれてるの分かってる。私のことを好いてくれていて、言ってくれていると分かってる。
「それだよ!それ!すぐにみんな私を心配してくれるんだ!それが一番怖いんだよ。」
急に感情的に言ってしまった。みんなを驚かせてしまった。
「私たちの心配は無駄だった...?」
シロコが悲しそうな顔をしている、そうじゃないんだよ。
「大丈夫ですか?心配してるんだよ?無理してない?先生のお陰、助かった、頼りにしてるよ、先生じゃなきゃ駄目、先生にしかできない。ここに来て言ってもらえた言葉。言ってもらえてとても嬉しかったはずの言葉。でも、受け取り方が分からなかった。知ってる私のことを考えて言ってくれてることも、私のことを心配してくれていることも、私のことを好いていてくれて言っていることも。知ってる、全部知ってる、全部ちゃんと頭には届いてる。でも、心にはどうしても届かない、つながらない、つなぎ方が分からない。」
視界がボヤついているな。泣いているのか?私。
「それってどういうことっすか?」
「ここに来るまでそんな優しい言葉をかけてくれた人なんていなかった。だから受け取り方が分からない。私が触れてしまったら壊れて消えてしまいそうで怖い。だからこうなってる。だから自分に優しくできない、優しの受け取り方が分からない。」
これで納得してもらえるだろうか。
「違う。違いますね。先生のソレにはもっと根本的な問題があるはずです。逃げないで、きちんと答えてください。」
ぼやけた視界からでもわかるくらい、イロハの顔は真剣そのものだった。
「...。愛、だよ。私には誰かの『愛』を受け取る資格がないんじゃないかって思ってるんだよ。自己愛もなければ、他人からの愛の受け取り方もわからない上に、親にすら愛されなかったんだ...。」
「そんなの簡単じゃないですか。黙ってこうされておけばいいんですよ。」
そう言い終わるか言い終わらないかのうちにイロハは先生に向き合う形で先生に抱き着いた。
「え...、ちょっ...と。」
背中からはシロコが、右からはイチカが、左からはホシノが先生に抱き着き、カズサは立ったまま先生の頭を撫でていた。抵抗しようにも、ヘイローがない先生には無理な話であった。
あたたかい。ぼやけていた視界はいよいよ何も見えなくなるくらいに、涙であふれていた。
「資格がない?違いますよ。そもそもそんなもの存在しませんから。」
「むしろ逆っすよね。」
「うんうん。」
「先生には『愛を拒む資格』がない。」
「助けを求めたらすぐに来てくれる。」
「身を粉にして働いてる。」
「ヘイローがないくせに私たちのことを庇おうとするし。」
「簡単に命を懸ける。」
「『たかが生徒』でしかない私たちにです。」
「ん、もう一人の私なんて、そもそも生きてた世界が違う。」
「わかる?先生。こんなに人を助けておいて自分には愛される資格が~じゃないよ。」
「こんなに自分のために動いてくれる人を好きにならない人がいると思うっすか?」
「私たちにとっては、愛される資格とかどうでもいいんだよ。」
「キヴォトスの学校にいるみんなが先生のこと大好きで、」
「ここにいる全員が先生のことを愛してる。」
「それでいいじゃないですか。私たちが愛したいから勝手に愛してるんですよ。」
「先生がどう言おうと止まらない、止まれない。」
「過去は大事だけど、それに囚われてちゃダメっす。」
もう、何も言えなかった。止めどなく涙が溢れるだけ。
私って愛されていいのかな?いらない子じゃないのかな?極潰しじゃないのかな?
それにはさっき、周りにいるみんなが答えてくれたじゃないか。
いいんだよ、それで。過去にしがみ付かなくたっていいじゃないか。これからに目を向ければいいじゃないか。
「ここまでいくと、先生には私たちに愛される『義務』がありますね。」
「だね~。」
「わかりましたか?愛されるっていうのはこういうことです。人のあたたかさを心身ともに感じると分かるでしょう?」
「ん、遠ざけられてた私たちの気持ちにもなって!」
「まあまあ、シロコちゃん、ちょっと落ち着いて~。」
涙は止まらなかったけど、悲しい涙じゃなかった。
「あ...ありがとう。グスッ...、お..俺...、どうしてもっと早く...、こうしなかったんだろうな。」
こんな簡単なことだった。一度でも触れ合おうとしたか?っていう話だよな。
「「「「「俺?!」」」」」
ア、ヤッテシマッタ。
「今のは聞いてないことに...。」
「いやいや別に、ちょっとだけ、先生が『私』って言わないのが意外だっただけだから。そんな大事に捉えなくてもね、いいよ?」
「まあ、カズサが言うならいっか。」
「そうそう、それぐらい軽くていいんだよ?先生。」
「あ、うん。」
それはそれとして、現在のこの状態。どうしたらいいのかな。
「ちょっと、この体勢きつくなってきたかも...。」
「嫌っす。離さないっすよ。今まで躱され続けたきたぶん、くっつきさせてもらいますから。」
あたたかさ、もはや火傷するぐらいまで、熱を持った彼女らの思いは、確かに届いた。絶対零度まで落ち込んだ心を溶かすなら、生半可な優しさでは足りなかった。多少強引でも、無理矢理にでも、どうにかしようとしてくれたことに私は感謝すべきだろう。だから、この状態も甘んじて受け入れよう。
「過去は忘れられないし、負った傷も消えるわけではない。それでも、ここには『今』がある、『未来』がある、それに、『君たち』がいる。前を向いて生きていけるような気がするよ。」
先生の言葉から一呼吸おいて、
「それじゃあ、はじめよっか。」
とカズサが言うとともに、先生から離れて皆が声を揃えて言う。
「「「「「先生おつかれさま会!」」」」」
「お...お〜!」
知ってた、からうまく反応できなかった...。
「なんか反応薄くないっすか?」
懐疑的な視線を送ってくる一同。
「いや、気のせいじゃないかな?」
「ん、先生、隠し事はダメ。」
シロコが少し怒っている。さっきあんなこと言っておいて速攻で隠し事する私が悪いんだけどさ。
「いや〜、とても言いづらいのですが...。」
「ん、早く言って。」
「数時間前に一回起きててね、その時に隣の部屋覗いてみたんだ...。」
・
・
・
静寂。
「勝手に人の部屋を覗く悪い子には、おつかれさま会に参加する資格はありません。」
「イ、イロハ〜...そこをなんとか...!」
「ふふっ、冗談ですよ。それでは、始めましょうか。」
イロハに手を引かれ、会場へと連れられて行く。なんの変哲もなければ、会場も大きくない、参加者も多くなければ、最高級のおもてなしがあるわけではい。それでも、想いだけは他の何よりも勝っている。
この『おつかれさま会』は今までに参加したどんなパーティーよりも、どんな集まりよりも、いいものである、と確信した。
「「「「「先生、いつもおつかれさまです!」」」」」
そうして、楽しい一夜を過ごした。
―後日シャーレ執務室
「先生、この資料こっちでいいっすか~?」
「ん、先生、スケバンの制圧終わったよ。」
「先生、帰りにケーキ買ってきたから、冷蔵庫にしまっとくよ。」
「先生、今日の晩御飯はどうしましょうか?」
「眠れなかったら私に言ってね、先生。」
と言った具合に甲斐甲斐しく先生の身の回りの世話をするようになった面々。
「前までの私だったらこんな風に手伝ってもらってなかったんだろうね。」
「そうですね。まあ、素直になれてよかったじゃないですか。」
「そうだね。イロハ。」
「それに、私たちはシャーレ直属の委員会を作ってもらってそこに入れてもらえたわけですし。」
「でも、本当に転校しちゃってよかったのかな?万魔殿での仕事とかは大丈夫だった?」
「先生のためだったら、何でもするって決めてましたから。懐柔しに行ったはずが、いつの間にか私が堕とされてましたからね。」
フフフ、と頬を赤くして笑うイロハ。
「ん、イロハ、抜け駆けはよくない。」
「ああ、シロコ、おかえり。今日はホシノとのパトロール、だったよね?」
「今はそんなのどうでもいい。」
じっとイロハの方を睨むシロコ。
みんなが手伝ってくれるようになったのはいいんだけどさ、これがね...、ちょっと厄介なんだよな...。
「そうでしたね。シロコさん、あなたはアビドス高校辞めてないですもんね。そりゃあ必然的に先生と関わる時間も減りますよ。」
なんというか、余裕の表情だな。
「それで言ったら私だって、『先生救済委員会』の1人だよ。アビドスも大事だけど先生も大事。この委員会のメンバーとして、先生と過ごし時間は十分ある。」
「じゃあ、抜け駆けなんて言わないでくださいよ。」
「ん、それは...。」
これは、シロコ、困ってるな。
「イロハ、そこらへんしときなよ。シロコが困ってる。」
そうして、先生はシロコの頭を撫でる。
「大丈夫。頑張ってくれてるの、ちゃんと知ってるから。今度ライディングについて行くよ。もちろん、私はバイクでついて行くけどね。」
なんて、話をする三人を陰から見つめる三人。
「ずるいっすね。」
「私以外にもあんなこと言っちゃうんだ。」
「おじさんもそろそろ本気出さないとだね~。」
といった具合に日々、先生争奪戦が繰り広げられているが、先生は幸せそうだった。
先生という立場であっても、時には誰かに頼ったって甘えたっていい。そう気づかせてくれた五人には感謝している。大人の責任、先生としての責任、それは、1人で全部背負いこむことではない。
もうあの手袋を付けることはないだろう。
「ありがとう。みんな。」
今回の一件で、先生は『なんでも言うことを聞く券』をあげてしまったが、救済委員会のメンバーが何に使うかなど深く考えていなかったのだろう。後日この五人が正妻の座争奪戦を繰り広げた話はまた別の機会に。
大変遅くなりました。申し訳ございません。orz。
まだ√trueがありますが、失踪して何食わぬ顔で別のSS(シリーズもの)を書き始めるかもしれないです。
大学受験に入るので頻度ガタ落ちですがご容赦を。