目に付いた方、お楽しみいただければ幸いです。
とある場所に、魔法が根付いている社会があった。
しかし魔法といっても万能ではない。せいぜい物を浮かしたり手から火を出せる程度のもの。杖の一振りでお菓子の家を立てたり、呪文を唱えて万病が直せるなんてありえない。だからしっかり食べないと腹は減るし、不摂生なら病気で亡くなる。そんなものだ。
そんな世界な事もあり、手軽に健康の予防と治療を行える薬は日々の生活で重宝され、様々な薬を人々に届ける薬売りの仕事は人々に感謝の目で見られる事が多かった。
しかしそんな薬売りを生業としているのにも関わらず、泣きそうな顔で森をさ迷っている少女がいた。
「うえ~ん…ここどこなの、町に出るにはどこを歩けばいいのよ~…」
頬にはそばかすがあり髪は三つ編み、橙色のセーターに紺のオーバーオールとどちらかと言えば冴えない、どう言い繕っても優秀なビジネスマンとは言い難い彼女だが、手にしている『メディシカル薬品』という国内でも名が通っている製薬会社のロゴが入ったバッグがその矜持を保っていた。
「薬は全然売れてないしお客様も開拓できてない…私って本当にダメだな…」
そう嘆きながら彼女、プリシラは2週間前の事を思い出していた。
「プリシラ、お前に2週間の暇を取らせる」
「はい?」
唐突に上司である営業部の部長の呼び出しにプリシラは戸惑った。いきなり呼び出された第一声暇を与えるだなんて、出だしで強烈なインパクトを与える事が求められるティーン向けの連載娯楽小説でさえ、今日日見られないだろう。
「今らか2週間、オフィスに戻らなくていいから何かしらの新しいお客様と契約して帰ってこい」
「な、何で私だけなんですか…?どんなに外回りをしても、一回は営業報告を纏めに会社に戻るのがわが社の規則だったんじゃ?」
「何でってお前そりゃあ…」そう言いながら部長はゴソゴソと机の中から棒グラフのデータを取り出した。
「お前の営業成績が極端に悪いからだぁぁぁ!」
「ひぇぇぇぇ~!」
部長は力強く机を叩いて、立ち上がりながらデータを突き付けた。その勢いは机に置いてある湯呑が空中で一回転して伏せた状態になると思ったほどだ。思わずプリシラは情けない声を上げる。
「ひと月の売り上げが平均1万ルペンス!国立魔法学校の中等部の生徒の月の小遣いより低いじゃねぇか!城下町の大通りで1日募金を呼び掛けたってそれよりは稼げるぞ!!」
その部長の叫びにプリシラは「違います部長、今は不景気で学生のお小遣いは8000ルペンスに下がってますからそれよりは稼げてます」と異議を唱えてみたが
「言い訳すんな!お前営業でトップになりますとか豪語して入ってきたけど逆の意味でトップとってんじゃねぇよ!」
「ふぇぇぇ~!」勿論通じるハズはない。
全く、そういうと部長は一息ついたようにもう一度席に着いた。その姿は明らかに彼女にあきれている様だった。
「大体お前は何で営業をやってるんだよ…入社試験や研修でもっと適性が高いのがあっただろ?例えば…」
「それは私が営業をやりたいからです!なぜなら私は…」
「あ~はいはい、お前のその決意表明は過去に何十回も聞いた」
同じことを何度聞き返すのも面倒だというように部長は返した。
「とにかく!さっき言ったようにこの2週間で売り上げを10倍にでも伸ばすか、新しいお客と契約してこい!そうでなかったらお前は部署移動決定だ!」
部長の非情な言葉にプリシラは「そ、そんな~!」としか言えなかった。
そんな訳でこの2週間、外回りの営業を続けてきたがやはり上手くいかない。話を聞いてもらったのはいいが、既に他の人と契約していたり、契約していなくても言葉が回らなくて上手く宣伝できなかったり、それ以前に玄関から出てきた相手が強面だったので逃げてしまったという失敗を繰り返していた。
そして、今日の今朝方は野良犬の尻尾を踏みつけるというアクシデントさえ起った。野良犬から必死に逃げてきて、気が付いたらこの森にいたという訳だ。
「歩いても全く人がいる所に出ない…それに、少しでも時間が惜しいから殆どご飯も食べて無いし、おなか減った…」
人間の欲求である空腹に耐えられるはずもなく、プリシラの体力は限界に達していた。
「も、もうダメ…」
そう言いながらプリシラは地面に膝をつき、そのまま倒れこんでしまった。
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プリシラは夢を見ていた。幼い頃風邪をひいていたころの話だ。のども痛いし熱もあるが、傍には母がいて優しく自分の事を見守ってくれていた。
「お母さん、ごめんね…」
「何言っているの、あなたのせいじゃないでしょ?さ、これを飲んでゆっくり休みましょうね」
そう言いながら、母親はプリシラに自身で煎じた粉薬を飲ませた。自力で飲め無い私に、急須で水を飲ませてくれる優しさも身に染みた。飲み終えたプリシラは再び眠りについた。
「うわ~い!治った~!!」
翌日には完全に完治したプリシラが走り回って喜んでいる。
「はぅ!」あまりに興奮したせいか壁にぶつかったほどだ。
「うぅ…」
「ほらほら、じっとしてなさい。まだ病み上がりなんだから」母親は優しく諫める。
「うん!けどお母さん。お母さんの薬は世界一だね!みんながお母さんの薬を飲めば、病気で苦しい思いなんてしなくてすむね!」
「ふふ、ありがとう」
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「うーん」
意識が戻ったプリシラは徐々に自身の状況を把握する。横たわっているのは白いシーツが敷いてあるベッド。周りは木造の家具や柱で囲まれている家だ。私は外で倒れたのに何でここにいるのだろう?そう自問した。
「いったいどうして…」
「気が付いたかい」
プリシラは後ろを振り向く、そこには家の主である老婆が不愛想に立っていた。黒を基調とした服装に、ツリ目がちな目としわくちゃな肌、上向きに向いている鼻、その姿を見たプリシラは
「魔女だーーーーー!!!」そう叫び猛スピードで後ずさった。
「こ、殺さないでください!毒りんごも食べさせないで!私痩せていておいしくないし、キスで目覚めさせてくれる王子様もいないんです…!だから…」
「落ちつけぇ!」一人テンションが高いプリシラを老婆が静する。
「あんたはうちの前にいたんだよ。井戸に水を汲みに行ったら庭に前で倒れていてさ、びっくりしたよ。庭で死なれても迷惑だから中に運んだ。それだけさ」そう老婆は説明する。
「それを一方的に魔女だなんて…ずいぶん失礼な話だねぇ~!今からでも家から放り出してやろうかぁぁ~~!」
「ご、ごめんなさ~い!」プリシラは老婆に対してすっかり委縮してしまったのだった。
ふん、まぁいいと納得した老婆は再度プリシラに向かい合う。
「それで、お前さんは誰なんだい」
「は、はい!私はプリシア・ルクセンティーユ!メディシカル薬品の社員で、町の皆様にお薬を届けています!」
「なんだ、セールスかい」
「そうです!おばあさんどこか悪いところはないですか?良かったら私たちの薬を使ってみてください!」
熱心に詰め寄るプリシラに少々引き気味な老婆だが「別に特に悪い所なんて無いがついでだし頼んでみるか…私は体が凝りやすいからそれに聞く貼薬はあるかい?」
と場を収める為にも一応要望を伝えて見た。
「任せて下さい!わが社にあるオレンジクピードの花を配合したシップがあれば、そんなものは直ぐに…あ、あれ?」
バッグを探しているが、目的の物は一向に見つからない。
「しまったー!今日は飲み薬と塗り薬しか持ってきてなかったんだ~!」
絶望したように彼女は叫ぶ。
「あんた何しに来たんだい…」あっけにとられたように老婆はつぶやく。
「それならお婆さん、代わりにジョウトガエルの尿を配合した消毒液はどうですか!?これを傷口にかけたら傷何てたちまち…」
「いらん」
「だったらお婆さん!大分お年を召していますから、何処か内臓が悪いとか絶対にありますよね!!各臓器の病気の進行を遅らせる薬なら山ほど…」
「あんたは私を病気にしたいのか」
テンパっているプリシラに、もはやあきれるしかない老婆であった。
「そ、そうですよね…」彼女はその場にへたり込む。
「おしまいだ…最後の最後でこんなミスをやらかすなんて…明日には会社に戻らないといけないし、上司には無能営業の烙印を押されて配置換え…私は何てダメダメ人間…」
ネガティブな言葉を暗い顔でつぶやくプリシラに耐えかねたのか、老婆は
「あ~もう!ウジウジウジウジしてる子だね、シャキッとしな!あたしがあんたくらいの年は先輩に負けるもんかとバリバリ動いて強気に働いたもんだよ!!」
プリシラにそう大声で怒鳴った。
「ご、ごめんなさい…」本日何度目かのごめんなさいを言う。
その姿を憐れに感じたのか老婆は「はぁ…もういいよ。今日はもう日が暮れる。今夜泊めてやるからゆっくりしてきな。飯も用意する」とプリシラに話を持ちかけた。
「そ、そんな!行き倒れを助けてもらったのに図々しい…」と彼女は謙遜したが
「部屋なら余っているし、夜に外に出して何かあったらあたしの責任の様で目覚めが悪いんだ。ここはあたしに従ってもらうよ」と言われるだけであった。
「わ、わかりました…お世話になります」
プリシラは申し訳無さげにその提案を受け入れた。
「もうすぐご飯はできるから、そこで待っていな」そう言いながら老婆は台所に戻ろうとした。
「ありがとうございます!あの、お婆さんお名前は?」
名前を聞いていなかった事に気が付いたプリシラは尋ねた。
「マーシャだ」
そう言って老婆、マーシャは部屋を出て行った。
それから台所で食事を作っていたマーシャだが、後ろからマーシャさんと声をかけられた。プリシラだ。
「何か手伝えることはありませんか?私、薬は売れないけどお婆さんのお手伝いならできますから!」
鼻息が荒くプリシラは意気込んでいる。
「別に何もないが…じゃぁ食器や飲み物でも出しておくれ」
わかりましたと答えたプリシラはすぐ様言われたものを用意した。さて次は何をしようと思った所、プリシラの目に花瓶に入った花が目に入った。ミューティーミルクという、真っ白な一房の花弁が特徴的な花だ。
「マーシャさん、この花は?」
「あぁ、月に一度生活給付金を届けに来るヘルパーが置いていった花さ。花なんて柄じゃないけど勿体ないから飾っている」
その言葉を聞いたプリシラは今日の献立を訪ねる。シチューとの答えが返ってきた。
少し考えた後、プリシラは聞いた
「この花何束かもらっていいですか?」
「ああいいさ、どうせ来月には新しいのを持ってくるからね」
許可を得たプリシラは、花を手に取る。そしてその後
「おりゃぁぁぁ!」
花弁だけ摘み取り、それを会社から持ってきたすり鉢にかけて思いっきりすり潰していた。
「何してるだい!」
驚いたマーシャは叫ぶが「すりつぶした花びらをシチューに混ぜるんです。そしたらもっとおいしくなるんですよ!」との答えが返ってきただけであった。
「馬鹿な真似は良しな!料理に花を入れる馬鹿が何処にいるっていうのさ!」
流石に奇行も過ぎると思ったマーシャは止めたが、プリシラは私を信じて下さいと遠慮なしに花びらのすり潰しをシチューに投入した。
「あぁ…」
投入されたそれを見たマーシャは天を仰ぐしかなかった。
「いただきま~す!」
「…ます…」
上機嫌のプリシラに対して、気分がすぐれないマーシャ。
しかし作ったものは食べないといけない。それは食べ物を大切にする彼女の流儀だ。スプーンでシチューをすくい、恐る恐る口に運んでみる。
しかしマーシャは驚いた。美味しいのだ。
普段からシチューはよく作るが、野菜を煮込んだ際の特有の塩っけが薄くなり、水と一緒に入れたミルクの甘さがさらに深まり、いつも作っている物よりコクが増していた。
「美味しい…」
「でしょ?シチューの鍋を見たらすっごく美味しそうだと思ったからこれを入れたらもっと美味しくなると思ったんです!」
プリシラは無邪気にそう言った。
「これはアンタがいれた花びらのすりおろしのせいかい?」
「そう!ミューティーミルクはミルクの香りがする花だってよく言われるんだけど、すりおろせばその香りは何倍にも強くなるんです!おまけにすりおろした花弁を飲めば免疫も強くなると言われている万能薬!」
プリシラは興奮してるのか、さらに言葉を繋げる。
「分かる人にはわかる、隠し味!城下町の一級レストランでも採用しているシェフは少なくないんですから!」
そうプリシラは得意げにスプーンをクルクル回しながら答えた。そして再びシチューを口に運び料理を堪能している。
「うーん!最高!」
その姿を見ながらマーシャもまた黙ってシチューを口に運び続けた。
食事を終えた後、二人は風呂を沸かすための薪を外から運んでいた。
「これで薪は全部ですか?」
「あぁお前のおかげで完全に火が暮れる前に運べた助かったよ…」
そうよかった。そんな喜ばし気な様子のプリシラだが、ふと目を向けた先にある光景が目に入った。
それは畑だった。
畑と言うには少々小さいが花壇と呼んでいいほど小さい訳では無い。周りにクワなどの農具が散らばっているのでおそらくお婆さんが家庭菜園で使用していた畑なのだろう。プリシラはそう考えた。
だが今現在それを使用している様子は無い。土は整地されていないしパサパサだ。おまけに石や枝も無造作に転がっている。明らかに捨てられたと思われるその光景を、プリシラは悲し気に見つめていた。
「あの畑はマーシャさんの?」
「そうさ、若い頃は食べる野菜は全てこの畑で作っていた。好き嫌いが多かった息子も私の野菜だけは美味しいって食べてくれてね」
特にニンジンが大好物だったさ。とマーシャは語った。
「息子さんは今どこにいるんですか?」
「成人した20年前に、『こんな田舎はもういやだ』って言って王都に引っ越してそのままさ。連絡はたまに来るが返事を寄こした事は無い。自分から捨てていったくせに何名残惜し気に手紙を寄こすんだって話だいね」
言葉尻は憤るように見える、けれどそこには何処か悲しそうなマーシャの姿があった。
「だから畑はやらなくなったんですか?」
「元々息子の手があって成り立っていたからね。この老体一人にはちとキツイ。5年前に大嵐があって、さらに荒れ果ててからは猶更さ。どうせここには事務的な仕事しかしないヘルパーしか来ないからわざわざおすそ分けの為に作る気にもならない」
全く、恩知らずなバカ息子さ。とマーシャは付け加えた。
「どうもこの年になると、昔話が長くなっちまう。暗くなるうちに早く戻ろうか」
そう言い残してマーシャはすたすたと先を歩き始めた。プリシラは荒れ果てた畑を見つめていた。
「う~寒い…外にトイレがあるのって大変だな」
そう呟きトイレから戻ろうとしたプリシラに、再び荒れ果てた畑が目に入った。やはりこういった物を見るのは悲しい気持ちになる。彼女自身もよくガーデニングは行っていたからなおさらだ。
ふと彼女は足元に何かが落ちているのを見て拾い上げた。
石じゃない、種だ。小さいものだが家の外灯に照らされたのが幸いしてこうして夜の中でも見つける事が出来た。
「この種って、もしかして…」
プリシラは少し考えた後、ある結論にたどり着いた。そしてこう決意した。
(過去の思い出になってしまった息子さんとの触れ合いの思い出。このままにしておけないよね…)
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マーシャは夢を見ていた。息子と一緒に育ちきった作物を収穫している時の過去。
「やった~取れた!」
「おぉ、大きいね。今年一番の収穫だよ。大金星だ」
「やった!僕お母さんのニンジン大好き!今夜はシチューだね!」
「あんたは本当にシチューがー好きなんだねぇ」
そんな輝かしい記憶、しかし時がたてば無垢な子供の感情も色あせてしまう。
「どうしても僕と一緒に来ないのかい?母さん」
「ああ、嫌だね。どうして好き好んで薄汚れた都会の空気を吸いに行かなければならないのさ」
何度も言い合ってきた都会で一緒に暮らそうという押し問答。しかしそれが交わる事は結局無かった。
「母さんも年だ、王都に行けば医療施設も充実しているし何かあっても安心だ。ここだといざという時に困るじゃないか」
「私はこれまで病気になった事なんか一度も無いし、いざとなったら薬屋とでも契約するさ。馬鹿にするんじゃないよ?」
意固地な言葉に、息子はイラ立つ。
「分からないんだな、母さんは。年を取るってそんな甘い考えじゃないんだ…何かあって後悔しても遅いんだよ!」
息子の感情的な訴え。それに対してマーシャは冷ややかに言った。
「あんた私をダシにして、華やかな都会に出たいだけだろ?誰かに自分の願いを押し付けないでよ」
その言葉さすがの息子も胸に据えかねた。
「あぁそうだよ!こんな辺鄙な誰もいない家なんてもうウンザリだ!こっちから出て行ってやる!」
「二度と帰ってくるな!!」
それから息子は二度と帰ってくることは無かった。
~~~
「嫌な夢を見ちまったもんだね」
忘れていたと思ったが、思い出してしまった。おそらく昨日あの娘に話してしまったからだろう。とマーシャは内心舌打ちをする。
だが、いちいち気にしてもいられない。とりあえず朝飯を食べさせてあの子を街に返してあげないと。一度請け負った事を中途半端にしない事も彼女の流儀だ。
「開けるよ朝ごはんの準備を手伝いな」
プリシラの寝室をノックし、扉を開ける。しかしそこにプリシラはいなかった。荷物も部屋に置いていない。
先に台所に行ったかと思ったが、そちらを見ても誰もいない。
(まさか、夜の内に出て行った?この辺りは土地勘がある者だって迷うものは少なくない。自殺行為だよ!)
マーシャは慌てて外に出た。しかし整地された道に足跡は無く外に出た形跡はない。まさに忽然と姿を消してしまった。そんな感じだ。
雲一つない快晴と言うきれいな朝であったが、今のマーシャにそれを和む余裕はなかった。心臓が早鐘のようになる。動悸が激しくなる。
そんな矢先に「やった~完成~!」プリシラの声が裏庭から聞こえた。
マーシャは裏庭に足を向けた。
そこで見た光景は昨日までは荒れていてボロボロであった畑が見事なまでに耕されている姿であった。そしてそこには泥だらけになったプリシラの姿があった。
「あ、おはようございます!」
プリシラは天真爛漫に挨拶を返す。
「私もガーデニングが趣味なもんですから、どうしても気になっちゃったのでキレイにしちゃいました!それに、マーシャさんも昨日寂しそうにしていたから…あの、迷惑でしたか…?」
そう返事を求められた。どうもあっけにとられた顔をしていたらしく心配されたらしい。マーシャは慌てて我に返った。
「あぁ…いや。ていうかあんた寝ないで畑を直してたのかい?」
「これくらいの広さなら4・5時間でどうにかできるか思ったから。ちょっと時間がかかっちゃいましたけど」
そうはにかみながら話すプリシラに尻目にマーシャは畑を見つめる。
昨日まであった石や枝何て一つも見られない。土もふかふかで種もしっかり育ちそうだ。そしてその畑の姿は息子と仲良く触れ合ったあの心地よい思い出、そのままの姿だった。
言葉に言えない感情がマーシャの胸に湧き上がる。
「あんたがやってくれた事は嬉しいよ。けれど、いくら畑が戻ったって私はもう昔の様には戻れない…」
そう口惜し気にマーシャはつぶやく、そして「息子がいない今、もうどうでもいい事なのさ」とも。
「息子さんはマーシャさんの事を忘れてなんていない。むしろずっと思っていたんだと思います」
マーシャのつぶやきを否定するように力強くプリシラは答える。
これを見て下さいと、プリシラはマーシャにある物を見せる。
それは昨日プリシラが見つけた、種であった。
「ただの石ころじゃないか」
「違う、石じゃないんです。これは花の種。それもただの花じゃない。オレンジクピードっていう打ち身に効く湿布薬の材料になる立派な薬草花です」
続けてプリシラは語る。
「しかもこの種が持つ皺、水分の抜け具合からして放っておかれて20年は経っていると思います。それは息子さんが家を出てしまった時と一致している。そして昨日だれも世話を焼く人なんていないって言っていたじゃないですか」
一息を置いた後、プリシラはこう言葉を紡いだ。
「息子さんが畑に埋めて花を咲かせようとしていたんじゃないと無いんですか?自分がいなくなっても、この花を自分だと思って育てて欲しいという願いを込めて」
マーシャは信じられなかった。互いに言い合いになって折れることなく道を違えてしまった相手が、そんな優しさを与えてくれていたことに。
「そんな、あいつが…」
「けど蒔けなかったんですね。おそらく息子さん自身にも負い目があったからだと思います。」
だから私は放っておけなかった。プリシラはそう話す。
「この種はこれ以外にもたくさんありました。それは全て畑に埋めてあります」
見ていて下さい。そういってプリシラは畑に足を踏み入れる。そして土に掌を当ててこう言った。
「大地に眠る命の聖霊よ…遠く離れた想いをここに伝える為に、命を育む力をこの場に与えたまえ…ッ!」
そう唱えたプリシラの手が発光し、土の中から一斉に芽吹き、瞬時に大量の花を咲かせた。
それは目にまぶしいほどの橙色をした花であり、朝日に照らされながらその命の輝きを放っていた。
「自分が大好きだったお母さんのニンジンの思い出を、マーシャさんの体をいたわるこの花に代わって託した。そんな息子さんの気持ちが溢れている…私は、そう思うんですよ」
奇麗な花が咲き乱れている畑を見て、マーシャは涙を流した。今まで頑なになっていた自分の心が解けていく。そんな気がした。
「まったく、年を取ると涙腺が緩くなってよくないね…」
「けど疲れた~。少し一息入れよっと!」
そう言って地面に座り込んだプリシラはバックの中から栄養ドリンクを取り出し一息ついた。
「美味い!やっぱ疲れた時はこれよね~!」
そうやり切った感を出しているプリシラを見て。
「あんたそれ、営業に使っている製品じゃないのかい…」
「あっ…」冷静なツッコミに我に返ったプリシラは叫んだ。
「私、またやっちゃった~~~~!!!」
その言葉は青い空に大きく響き渡った。
「色々とお世話になりました!」
あの後朝食を済ませたプリシラは、帰路に就くためにマーシャにお礼を言っていた。
「…この地図に沿って歩けば街に出る。そこからは近場の駅の看板があるから楽だろう。列車の本数は多いから慌てずに行きな」
ぶっきらぼうながらもマーシャはしっかりとプリシラに案内をした。
「うん!ありがとうマーシャさん!」
「今度息子に手紙を出してみるよ…今の私なら、きっと最後の時より歩み寄れるんじゃないかと思う」
「そうね、息子さんもきっと喜びますよ!」
マーシャの決意に弾みそうな声で答えるプリシラ。自分のやったことが長年疎遠だった家族と繋がれるかもしれないというならそれもそうだろう。
「…聞いたことがあるよ」
別れ際にマーシャはプリシラに問い掛けた。
「聞いた事がある。この世界のありとあらゆる草木・花に精通し、どんな場所、どんな土壌にも関わらずありとあらゆる草花を最高の品質で育てる事が出来る天才栽培人。とある製薬会社の実技試験と実習を創立以来の最高得点を最年少で叩き出した子がいるって事を…」
それがあんただったんだね。そう言われたプリシラは鼻の下をかきながら恥ずかしそうにしている。
「あんた何で営業をやってるんだい?あんたなら苦手な営業をやらなくても開発職でもっと評価されてたんじゃないのかい?」
傍から見れば当然の疑問だ。問われたプリシラはきょとんという顔をした後、一時目を瞑った、その姿は自身に問い掛けるようであった。そしてすぐに顔を上げてこう言った。
「どんなに良い薬を作っても、それを手に取ってくれる人がいないと何にも意味がありません…」
プリシラは続ける。
「だから私はこの仕事をやりたいんです。『誰かを元気にしたい』その想いが詰まった薬を多くの人に届ける為に」
「その想いを託された私の心を誰かの心と通い合わせたい為に」
「あんた、大物になると思うよ…」
マーシャはなぜかそんな確信を持った。
へへっそう?じゃあ私はこれで行くね。照れくさそうに言ったプリシラは駅に向けて歩き出した。
「また来なよ…」
え?その言葉にプリシラは振り返った。
「私が欲しかった湿布薬、今回はもらってないからね。1か月後でもまた持ってきておくれよ…」
照れくさそうに言うマーシャ。その顔は何処か赤くなっている様だ。
その言葉にこみあげてくる嬉しさを感じるプリシラ。
彼女はとびっきりの笑顔でこう言った。
「オレンジクピードは季節が移り替わっても永遠に咲き続けます。けど1ヵ月ごとに花弁を詰まないと枯れてしまう…」
マーシャさん一人じゃ大変でしょ。だから…2週間後、花を詰みにまた来るわ!
「メディシカル薬品営業担当。プリシラ・ルクセンティーユをよろしくね!」
そしてこの日から、森の中の一軒家で2週間ごとに、仲睦まじげにオレンジクピードの花を詰んでいる一人の少女と一人の老婆の姿が見られるようになったのだった。
「いや~毛虫~!マーシャさん何とかして~!」
「…お前は本当に鈍くさいねぇ…」
~誰かとの心からの触れ合い、それは孤独という病の特効薬!~