お楽しみいただければ幸いです。
この世界は魔法が根付いている社会であった。
しかし魔法といっても何でもできる訳では無い。せいぜい物を浮かせたり、手を触れなくても動かせる程度のもの。そんなものなのだから、呪文を唱えてあらゆる病が治せるなんてありえない。だからしっかり食べないと腹は減るし、不摂生なら病気で亡くなる。そんなものだ。
だからこそこの世界は、手軽に健康の維持と治療の手助けを行える薬と言うものはとても重宝され、様々な薬を人々に届ける薬売りの仕事は人々から羨望の眼差しで見られる事が多かった。
王都から列車で5駅ほど離れた街のハズレに森林地帯がある。数多くの豊かな葉に覆われたこの地は普段は陽の光など届かず、昼でも大手を振るって歩くのは憚れる土地だ。
だがそんな森にも陽の光が差し込む場所はある。森の中心に位置するその場所は、円形に切り開いており、空を見上げれば太陽の光がさんさんと差し込めている。まるで神様が暗黒の地に一筋の希望を与えてくれたような、そんなものさえ感じられた。
広場に建てられた木造の家は、長い築年数さえ感じさせるもののどこか温かみを感じさせる。人の生命の息遣いがr聞こえてくるようだった。
そんな広場の片隅にある畑には橙色の花が一面に割いている。その畑で一生懸命野良作業をしている少女の姿があった。
「マーシャお婆さん!こっちは雑草の手入れ終わりましたよー!」
少女の元気いっぱいの声が畑全体に響き渡る。髪を三つ編みにした頬にそばかすがある少女、服装は橙色のセーターに紺のオーバーオールという、どことなく芋臭さが抜け切れていない彼女であったが、その姿には都会の女性が忘れかけているような温かみのある素朴さを感じさせた。
「あぁ…こっちは畑に肥料をまき終わったよ、プリシラ」
マーシャと呼ばれていた老婆は彼女に返事をする。ツリ目がちな目としわくちゃな肌に上向きに向いている鼻を持ち、言葉遣いもどこかぶっきらぼうな老婆は、まさにおとぎ話に出てきそうな魔女を連想させるが、実際は気前の良い老婆だ。言葉もどこか彼女に対する愛情が感じられた。
「ありがとう。今そっちに行くわ!」
プリシラと呼ばれた少女は元気よく、マーシャの元に向かった。
彼女の名はプリシア・ルクセンティーユ。王都に本社を構え、全世界に営業部署があるメディカル製薬の人間だ。彼女は本社直轄の営業社員として、あらゆる家庭に薬を届ける仕事をしている。まさに皆が憧れる「薬売り」だ。
だが、彼女自身はそんなことは無くまるで営業成績が残せないまさにダメ社員。元々親しい人以外にはとても引っ込み思案な事が幸いして、気の利いた営業トークなどロクにできないのだ。
しかしやる気こそはあったから必死の思いで営業に駆けずり回っていたのだが、ある日森に迷い込んでしまい行き倒れてしまったのだ、そこをマーシャ老婆に助けられた。
そこで一泊の恩を受けた彼女は、ひょんなことからマーシャとその息子の確執を知る。そして色々あってプリシアはその確執を解消したのだ。
こうしてプリシラは信頼を勝ち取り、マーシャはプリシアの初めてのお客様になったのだ。今や数週に一度マーシャの元を訪れて畑仕事を行うのは彼女の日常になっている。
「しかしあんたここの所、毎日と言っていいほどきてるねぇ…ここは王都から近いって訳じゃないし、あんたもそんなに暇はないだろう?」
しかし、ここ最近のプリシラはマーシャの家に毎日と言っていいほど訪れていた。当初は2週間に一度くらいだったから、急に頻度が上がった事に疑問を持つ事は必然であった。
「大丈夫ですマーシャお婆さん!ちゃんと理由があるので!」
プリシラはマーシャに理由を語り始めた。
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「それで、あの地域の新規顧客開拓を君が任されたっていうんだね」
「そうなの!営業部長も手ごわいお婆さんとの契約を取れたからしばらく任せて見ようだって!」
所はメディカル製薬本社の開発部。各所にある黒い塗料を塗られた長机には、ガラスでできた漏斗や三角形の形をしたグラスなど様々な実験器具が置かれており、周りには白衣を着た社員がせわしなく動いていたり、机にかじりついて原料で花の花弁を組み合わせて調合したりと、多種多様な働きをしている。
プリシアが話しているのはその開発部の人間だ。
彼の名はポロン・アルドロン。プリシアと同時に入社した社員の一人である。ボサボサの茶髪によれよれの白衣は、身に気を配っている余裕があるならば、少しでも多くの未知を探求したいという開発部の探求心を見に持って表している。けれどもかけているメガネの奥から覗いているクリっとした眼は、美男子とは言えなくても何とも言えない安心感を女性に感じさせる。
加えて、プリシアとは故郷を同じにした幼馴染だ。同年齢でもあり、常に冷静沈着で彼女を引っ張ってきたポロンは、プリシラからは大きな信頼を寄せられている。引っ込み思案な彼女がしっかりとしたコミュニケーションを取れる数少ない人物の一人である。元々営業部の人間は、新しい商品の売り込みが行えないか確認するために開発部に訪れる者は少なくないが、プリシラもその一人だ。
「それにしても部長も失礼よね~マーシャお婆さんはちょっと口下手なだけで優しい人なのに、手ごわいなんてさ~」
「…それ、君が言えた事?」
自分を棚に上げたようなプリシアの発言に、思わずポロンは突っ込んだ。
「ま、まぁそれはともかく、あの辺はあまりうちと契約しているお客様は多くないから、2.3ヵ月はお前が突っ込んでやってみろって命令をうけたんだよ。いや~がんばっちゃわないとな~」
ポロンのツッコミに慌てたように取り繕うプリシア。だが彼女の言葉からは浮足立った気持ちが隠し切れなかった。それもそうだ、今まで上司に叱咤さえされど褒められる事は無かった身だ。それが初めて上司から仕事を評価されたとあったは喜ばざるはいられないだろう。
しかしポロンは落ち着いた様子で、彼女に話しかけた。
「やる気が満ち溢れているのはいいんだけどね…あまり根を詰め過ぎないでよ。プリシアは距離が近い所があるから…」
ポロンのその言葉が気になったプリシラは、浮かれた様子を引っ込め、彼に問い掛けた。
「距離が近いって…どういうこと?ポロン君?」
その声は先ほどとは何処か真剣身を帯びていた。
「その通りだよ。昔からプリシアは情が深いというか相手の事を必要以上に考えちゃって、相手の事を自分の事のように泣いてしまうような子だったでしょ?仕事でもそんな事をしているとドツボにはまるよ?」
プリシアはむっとした。それはそうだ、自分の仕事に対して口を挟まれたのだ、笑って済ます事などできない。
「私は、誰かと心と心で寄り添いたいだけだよ…別に深い事なんて考えてはいないよ」
「同じことだよ。僕らはみんなの健康を守る仕事と言っても国から製造許可が出た薬を作って、それを売るモノ作りに過ぎないんだからさ…医者の様に自分の力で命を救ったり、カウンセラーの様に心を救う事なんてできない。僕たちは誰かを救うなんて大それたことなんてできやしないんだから」
ポロンのその言葉は何処か憂いを帯びていた。
「…別に私は誰かを救いたいなんて大きなことは考えていないよ…ただ、皆が作ってくれた薬で少しでも笑顔になってくれたらなって…」
「ならいいんだけどね。ともかくあまりお客様の懐に入り過ぎない方が良いと思うよ。今回はたまたま上手く言ったようだけど、次はわからないんだから」
「だから私は…」
何か言おうとしたがプリシアは口をつぐんだ。心では言いたいことはあるのだが、それをどう言葉にしたらよいのか自分でも分からなかったからだ。
互いに沈黙が続く、だがその沈黙を破ったのはポロンだった。
「まぁ、深入りする以前に気弱なプリシアの事だからね~。まずは人に話を聞いてもらえないと何ら意味は無いと思うから余計な心配かもね~」
余りの軽口にプリシアはカチンときた。まるで子供向けの娯楽絵物語に出てくる、額の怒りのマークすら出そうであった。
「ちょっと!ひどいよポロン君!じゃあ私がこの仕事で大きな契約を取ってきたら、王都中央公園のワゴン車が売っている新作スイーツ、チョコトッピング付きで奢ってよね!」
「いいよ、チョコどころか全てのトッピングマシマシで奢って上げる」
「言質取ったよ!それじゃあこうしちゃいられないから外回り言ってくる!」
勢いよく飛び出そうとしたプリシラに、ポロンは「待って」と声をかける。
「何よ!」
「ついでにそこに置いてある、花の種子を発芽させてくれる?いま素材管理課の人間が出払ってて手が付けられないんだ」
プリシアはポロンの後ろにある長机を見た。そこには濡れた脱脂綿の上に花の種が確かに置かれていた。
「あぁ、いいよ。はい」
プリシラは種子の上に軽く手をかざした。その手には光がポォっとともった。そして黒い種子は割れ、中から緑色の芽が顔をだした。
それを見たポロンは、感心したように言葉を発した。
「相変わらずだな…開発部にもここまでの練度で栽培魔法を使える人はいないよ」
そう、プリシアは営業こそ苦手であったが、開発における実技試験と新人研修を会社創立以来の最高得点をたたき出しているのである。彼女にとっては種を発芽させるなど造作もない事であった。
「今からでいいから開発部に異動しない?僕の課長何てまだラブコール送ってるよ」
「私は営業の仕事をやりたいから。自分の誇りが折れない限りはずっと続けるつもりだよ」
それじゃあ行ってくるね。そう言ってプリシアは研究室からでていった。
これが3か月前の出来事である。
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「という事があったので、しばらくはこっちを拠点にしているから大丈夫です!マーシャお婆さんにも沢山会いに来ますから!」
経緯を説明したプリシラは何とも満足そうであった。
「それで、肝心の仕事の方はどうなんだい?」
しかし、マーシャにビジネスの事を突っ込まれたプリシラは途端に落ち込んだ様子になった。
「それが…この3ヶ月何にも成果が無くって…チャイムを鳴らしたら押し売りは結構ですってドアを目の前で締められて、時には逆に変な壺を買わされそうになって…怖いおじさんの家には『声出せぇ!声ぇ!』って怒鳴られるし、お昼のレストランの食事をし終えた後にお金が足りない事に気が付いて平謝りしたり…散々なんですぅ…」
「嫌、最後のは仕事の失敗じゃないだろ」
さり気なく盛り込んでいた休憩中のミスに、マーシャは突っ込んだ。
「けど分かったよ、あんたが最近私の所によく来る理由。色んな人の所に行ったけど失敗続きで持ち玉が尽きて暇をしてるからなんだろ?」
「言わないでください!気にしてるんですから!」
マーシャのあまりな言葉に泣きそうになるプリシラであった。
「けどあんた私にはしっかり喋れてるんだからそういう感じでやればいいのに。最も気の許した相手にだけ舌が回る人間もコミュニケーションが不得意な証拠だけどね」
「それも言わないでください!最も気にしているんですから!」
マーシャはそんなプリシアを見てふぅっとため息をついた。
「それで、あんたはこれから宛はあるのかい?」
「それが…この辺にある家や会社は殆ど回りつくしてしまって…もうどうしょうも無いからその分マーシャさんに沢山薬を買ってもらってそれで補おうかなと…」
「あんた、普通に酷いこと言ってるね…」
マーシャが困ったように言う。しかし自信の無意識な辛辣な言葉にも気が付かない。今のプリシアはそこまで追い詰められていた。流石に3ヶ月も経って顧客の獲得が全く無いのはマズいだろうと。
「…仕方ないねぇ。手持ちがないならここに行ってみたらどうだい?」
マーシャはそう言って懐から紙を取り出し、プリシアに手渡した。
「えっと…『本日この町に引っ越してきました。町の皆様よろしくお願いします』これは何ですか?」
「何でも、一週間くらい前に届いた手紙だよ。何でも新しくこの町に移住してきた人らしくってね。町民の一人一人に手紙を送って引っ越しの挨拶をしているらしい、なんと律儀な人さ」
プリシアはもう一度手紙を読む。
「書かれている住所はエルド岬…町はずれにある海辺の丘の上にある岬ですね…」
「越してきたのが一週間くらい前なら、あんたが私の所に入り浸っていた時だったしまだ行ってないだろうと思ってね。噂によると建っている家も豪邸だと、豪邸だという話だからもしかしたらいいお客さんになれるんじゃないの?」
そういったマーシャはにやりと笑ってプリシアを見た。
「行き詰った時は人に頼るのも悪くないもんさ。どうせ暇ならいってみなよ?」
その言葉に感激したプリシアは、思わずマーシャに抱き着いて涙を流した。
「ありがと~!お婆さん~!!」
「全く…あんたは本当に泣き虫だねぇ…」
プリシラのその姿に呆れるマーシャだったが、そこには可愛い孫娘を心配する老婆心が含まれているようにも感じられた。
しばらくマーシャを抱きしめていたプリシアだったが、ふとマーシャの方に動いているものを見つけて飛びのいた。
「きゃ~!毛虫~!お婆さん助けて~!」
「あんたはガーデニングが得意なのに、なんで虫は嫌いなんだい…」
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「はぁはぁ…かれこれ20分は歩いているけど一向にたどり着かない…どうなってるんだろう…」
プリシラはマーシャから教えられた住所を元に、岬に向かって歩いていた。
道の両脇には、深い緑をした葉をつけている林がびっしりと並んでいる。おそらく潮風の被害を防負為の防風林だろう。プリシア歩いているのはそんな林の真ん中を横切るかのように整然と整地されている砂利道だ。
だがその砂利道は丘の上にある岬に向かっている為、勾配がある坂道になっている。不慣れな土地である事も加えると、プリシアの疲労は無理もない事であった。
「私は運動が得意な方じゃないのに…こんなんだったらダイエットも含めたジョギング位やって置くべきだったな…」
プリシラはそう弱音を吐きながら道を上っていった。
「けど坂道の終わりが見えてきたから、あと少しで岬にたどり着けそう。あと一歩、あと一歩と…到着ッ!」
プリシアは長い坂道を上り終えた。そこに見えたのは何とも言えない絶景の光景であった。
地面は緑の芝生で一面に覆われており、そこには野草や白い花弁を付けた花がそこらに植えられており、風に揺れている。
おまけに空は透き通るような快晴であり、太陽がさんさんと輝いている。青と緑のコントラストがとても美しかった。
吹きつける風は強すぎず弱すぎず、いい塩梅火照ったプリシアの体を涼ませてくれている。その風は潮風であり、どこか匂いすら感じさせる。
「キレイ…マーシャお婆さんの所も素晴らしい所だったけど、こんな素敵な場所があったなんて…」
プリシラは目の前の光景に思わず見惚れた。ふと周りを見渡すと草原の一角には畑の一角があった。そこには何も植えられてもなく、長年手入れもされていない様子であったが。土色が良いその場所は、しっかり手を入れれば、どんな作物もすくすくと育ちそうであった。
「いつかこんなところに家を建ててガーデニングが出来ればとても素敵なんだろうな…っと家は、あそこかな?」
岬の奥には、家が建っていた。マーシャからの話を聞いた通り、その家はまさに大きかった。
白を基調とした3階建ての家、漆喰でしっかり塗り固められたその家は、とても荘厳でお城のような壮大さすら感じさせた。プリシアの故郷は一階建ての木造建築の家が多かったこともあり、彼女は猶更そう思った。
「こんな家、王都の商業施設以外に建てる人もいるのね…本当に富豪さんが住んでいるのかもしれないわ」
色々と圧倒されているプリシア、だがこんなところで尻ごみなどしていられない。せめて話だけは聞いてもらわないとここに来た意味がない。改めて決心したプリシアは目の前の家の玄関に歩を進め。意を決してノックをした。
「すいませ~ん…だれかいらっしゃいますか~…?」
プリシアは遠慮しがちに玄関を叩いた。それに対応するかのように声も小さい。飛び入り営業はいつまでたってもなれない仕事ね。プリシアは内心そう思っていた。
しかし、中からは何も返事が返ってこない。仕方が無いのでもう少し声を大きくして尋ねてみた。
「私、メディカル製薬の営業の者なんですけど…少しお話を聞いてもらえないでしょうか?」
だがそれでも返事は返ってこない。こうなったら仕方がない少し力強く戸を叩いてみよう。プリシアはこぶしを握って後ろに振り上げた。
「すいませ~ん!」
そのプリシアの拳が降り下げられたとたん、勢いよく扉が開いた。
ぽふっ。
そんな音がするように、プリシアの拳は扉の中にいた住人にぶつかった。
「あっ…」
「あらあら、ずいぶん可愛いお客様ね。ふもとの町のお嬢様かしら?」
目の前に現れたのは、家と壁と共になるような、丈の長い白のワンピースを着ている女性だった。
肩甲骨まで伸ばした深いこげ茶色の髪は軽いウェーブがかかっており、彼女自身の気品さと快活さが醸し出されてた。顔には軽い皺こそ刻まれていたので、若者ではない40代前半若くても30代後半と言った所だろう。
だが、その青春時代はとうに過ぎ去ったであろう年齢は、彼女自身の落ち着きと大人の魅力をさらに引き出しているようにプリシアは感じた。要するに目の前の女性は貴婦人であった。
そしてプリシアはさらに考えた。ドアの中から現れたという事はこの人が家の者であろう。それを考えると今私は拳をぶつけた相手は…
「す、すいません~!!ノックをしようとした手がぶつかってしまいました!決して殴ろうとしたわけじゃないんです~!!!」
プリシアは涙目になって弁明した、それはそうだ。お客様になってくれるであろう人に拳をぶつけてしまう等営業活動によって失態以外の何物でも無かったからだ。
しかし、当の貴婦人はそんな事は異に返さずに穏やかな口調でプリシアに話しかけた。
「気にしないで、全然痛くなかったから。それよりあなたはどんな用事で来てくれたのかな?」
彼女の言葉はプリシアの不安を取り除くには十分であった。プリシアは直ぐに返事をする。
「は、はい!私は王都にあるメディカル製薬の営業社員、プリシア・ルクセンティーユと申します!いきなりで申し訳ありません!是非ともわが社の商品の魅力を知ってもらいたくてここに訪れた次第です。お話だけでも聴いてもらえないでしょうか?」
少々緊張気味になってしまったが、これがプリシアの精一杯の前口上だ。
「という事はあなたは薬売りなのね。懐かしいわ。私も前にいたところでは薬売りの方にとてもお世話になっていたのよ?」
「本当ですか!それなら是非ともこの新しい場所でも御贔屓にしていただきたく…」
「まぁまぁそんな慌てないで?せっかくだからお茶でも飲んでいかないかしら?私はここに引っ越したばかりで知り合いも全くいなのよ。話し相手になってくれたら嬉しいわ」
何とも好感触なファーストコンタクトだ、初めてでここまで好意的な人はいなかった。しかも人柄が良いので口下手なプリシアでも気兼ねなく対応できる。
(こんなにフレンドリーな方だったなんて…ありがとう!マーシャお婆さん!)
プリシラは内心マーシャに最大限の感謝をした。
「は、はい。それではお邪魔します」
プリシアは貴婦人に案内され、家の中に入っていった。
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プリシアは家のリビングのソファーに座っていた。
ソファーには本物の牛の革が使われている、赤茶色に着色されたそれは落ち着きた重厚感を感じさせた。中のクッションも本物の綿がふんだんに使われているのであろう。その座り心地はとても快適であった。
「まいったな…こんなソファーに座った事なんて無いから気後れしちゃうよ…」
そんなある種の居心地の悪さを感じながらも、プリシアは台所でお茶を入れている貴婦人を待っていた。
家の絢爛さを表す者はソファー以外にもいろいろある、おかれているレンガで作られている暖炉は非常に立派な物であったし、リビングの隅にある漆が塗られた木製の調度品置き場の戸はガラスの板で守られていた。中には立派なグラスがたくさん置いてある。これでワインでも飲んだらさぞかしおいしいだろう。
その他美しい風景画や陶器製の壺、鹿の頭のはく製など、客の芽を楽しませる装飾品が沢山飾られていた。
「やっぱりお金持ちの人だっていうのは嘘じゃなかったのかしら…」
「またせてごめんなさいね」
やがて貴婦人がティーポットとティーカップを持ってリビングに姿を現した。貴婦人はカップをテーブルの上に置き、ポットから丁寧にお茶を注いでいく。その動作はまさに洗練されていた。
「どうぞ」
プリシアはそう貴婦人からお茶を勧められ、ティーカップを口に運んだ。せっかくのご厚意だ。時間をかけて味わいたい。プリシアはそう思った。
「…美味しい、すごく美味しいです!このお茶!」
プリシアは思わず声を上げる。そう、まさにそのお茶は絶品であった。透き通った赤色をしたその湯は、飲まずとも気品さを感じさせ見るだけでも楽しめる。さらにいざ口に運ぶと、一瞬舌に苦みが通り過ぎるが、それが過ぎた後は何とも言えない清涼感がのどの中を駆け巡った。目の前に置いてある甘いお茶菓子をいっちょにつまむ事でその魅力はさらに引き立つ。そんなお茶であった。
「ふふっ。このお茶は最西部にしか咲いていない特殊な植物から抽出した茶葉なのよ。一人で楽しむにはもったいないって思っていたから、あなたが来てくれてよかった」
貴婦人も破顔して喜んでいるプリシアを見て、とても嬉しそうだった。
「自己紹介が遅れたわね。私の名前はシルファ。北の方の国から先週引っ越してきたの?よろしければあなたも色々な話を聞きたいわ」
「はい!任せて下さい」
こうしてプリシアはシルファとの会話に花を咲かせた。自分の故郷の話や、就職した会社の話、仕事の苦労やあってきた人々との話…プリシアにとっても特段人にこういった事を話す機会は無かったからついつい舌が弾んでしまった。シルファはプリシアの話に相槌を打ちながら、話の幅を広げてくれる。そんな会話のキャッチボールに二人はついつい酔いしれていた。
そうして時間を忘れて話していた二人であったが、シルファはお茶が切れた事に気が付き、立ち上がる。
「ごめんなさいね。今新しい湯を沸かして入れてくるわ」
そう言ってシルファは台所に戻っていった。プリシアは会話の余韻に浸っていた。
「話していてとても楽しい人だな…シルファさん。もしかしたら仕事の話もしっかり聞いてくれるかもしれない。というか仕事を抜きにしてもお付き合いを続けていきたいな…あれ?」
そんな多幸感に浸っていたプリシラであったが、ふとグラスがしまってある調度品置き場の上に置かれてある写真立てに目が入った。
ただの写真立て立ったら見向きもしなかったであろう、だがそれは写真が伏せられているように倒れていたのだ、本来なら飾るべき写真が見えないという事実に、プリシアは何とも言えないもどかしさを感じた。
「私が知らない間に倒してしまったのかな?だとしたら戻さないと」
そう思ってプリシアは写真立てを元に戻した。しかし同時にその写真の中を見てしまった。
写真の中には一人の少年が映っていた。
丈の短い洋服を着ているその少年は、年が幼い故の快活さが合われていた。おそらく年は10歳前後であろう。写真を前にしてにっこりと笑っている。
その少年の背後には、水色の花弁を付けた花が一面に咲いている。まさに夏の一幕と言った清涼感に溢れていた。
「これは…」
「見てしまったのね」
後ろから聞こえてきた言葉にプリシラは思わず振り返った。そこには新しいお茶を汲んできたシルファの姿があった。
「ご、ごめんなさいシルファさん!写真立てが伏せてあったので気になってつい…本当に申し訳ありません!」
平謝りをするプリシラ。だが幸運にもシルファは機嫌を悪くすることは無かった。
「いいのよ、見られたくない物だったら隠しておけばよかったのだし。悪いのは私だわ」
シルファはそう言って写真立てを再び伏せた。
~~~~~~~
そんなやりとりがあった後、二人は再びお茶を飲み始めたが先ほどとは違いそこには沈黙が支配していた。
(どうしよう…これじゃ本題のセールスに関する話なんてできないよ…)プリシラは心の中で困った。
しかし、ここで黙ってお茶を飲んでいるだけでは自分は何をしに来たのか分からない。何とか空気を取り戻そうと、プリシラは意を決して話題を振った。
「えっと…息子さんがいらっしゃったんですね。今は学校ですか?」
とりあえず、写真についての話題を振ってみた。場合によってはタブーに聞こえるかもしれないが、沈黙の原因が写真を見た事だったのだとしたら、とりあえず話に振る事で軽く流せるかもしれない。一種のプリシラの賭けであった。
「えぇ。私には一人息子がいたの」
「へぇ~やっぱりそうだったんですか。ってあれ?」
息子が『いた』。その言葉にプリシラは引っかかった。
「三年前に事故でね。死んでしまったの」
プリシラは思わずカップを手に持って固まってしまった。
「元々夫には先立たれてしまってね。私は息子を女で一人で育ててきたのよ」
シルファは出会った時の口調と変わらないまま、お茶をすすりながら話し始めた。
「最も夫の家は有名な資産家でもあったから、その遺産で一人親でも不自由なく育てる事が出来たわ。この家も夫が残してくれたお金のおかげ」
シルファは再びお茶を口に運び、のどを潤した。
「けど、やっぱり息子にとっては父親がいない日々は寂しかったみたい。普段はとてもいい子なんだけど。悲しい表情をする時が増えてきたの」
シルファはカップを置いた。カチャンとどこか悲しげな音が響いた。
「あの写真はそんな中で、息子の笑顔が見たくて旅行に行った時の写真よ」
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「わぁ!見てよお母さん!とってもきれいで広いや!」
とある海辺が眼下に広がる広い草原。そこにシルファと息子はいた。
「ほらほら、そんなに慌てなくてもお花は逃げないわよ」
「だってお母さん。見てよほら!こんな大きな花畑。僕の町じゃ絶対に見られないよ!」
息子は興奮した様子で話しかける、彼らの生まれは北の雪国だ。花が満開になる光景なんてそうそう見られない。だからこそ息子は夢中になって話しかける。
「そうね、お母さんもびっくりしちゃった」
「しってる?お母さん!!この花はヒャクツメ花って言ってね!今もこんなに綺麗な花を咲かせているけど、夜になるともっときれいな物が見られるんだよ!」
「へぇそうなの」
「だから、夜になったらもう一度見に行こう!僕お母さんにその光景を見せたいんだ!」
母を想う息子の気持ち。シルファは思わず胸が熱くなった。
「あらあら、じゃあ早めにお夕飯を食べてまた来ましょう。とりあえず写真を撮ろうね。こっちを向いて」
「うん!」
シルファは写真を構え、そのフレームに息子と花畑の両方を納めた。そのどちらも愛らしかった。
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「けど結局息子は、その帰る途中に馬車に惹かれてそのまま…私が目を離したすきに駆け出してしまった。完全に私の責任よ」
シルファは自身を嘲笑するように話した。その姿はとても痛々しかった。
「息子が無くなってからの私は魂が抜けた抜け殻そのものだった。けど息子が教えてくれた花の名前だけは憶えていたから、花だけは咲かせてみようと考えたわ。息子が愛した花を愛する事で私も救われるかもしれない。そう考えたから」
シルファは話し続ける。
「けど、結局咲いたのは白い花弁の花だけ。あの時みた青空の下に輝く青い花弁なんてどこにも見られなかった。それは何回植えても同じだったわ。一度あの場所へもう一度行ってみようとも思ったけど、どうしてもどこにあったか思い出せなかった。おそらく息子を失った悲しみで記憶の蓋が開かなくなってしまったのね。ここに引っ越したのもあの場所にどこか似ているからなの」
「シルファさん…」
「それが出来なかった以上、いくらお金があっても私の心は何も満たされず死んだままなのよ。あれから5年。私ももう疲れてしまったわ」
シルファはプリシラの目を見据えて言った。
「プリシラちゃん。あなたは薬売りだったわね。なら私に売って欲しい薬があるの」
どこかすごみがある言葉に、プリシラは思わずのどを鳴らした。
「ど、どんな薬でしょうか?」
プリシラの問いにシルファは答えた
「私を、天国に連れて行ってくれる薬」
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「それで、その場は怖くなって思わず逃げ出しちゃったって訳か…自殺願望があるお客様ね…こりゃ厄介な人を捕まえてしまった者だね」
「笑い事じゃないよ、ポロン君!何とかしてシルファさんを助けてあげないと…ッ!」
あの後シルファの家をお暇したプリシラは、本社に戻り事の顛末をポロンに報告した。開発部の彼なら自分がしらないシルファを救える薬を探せるかもしれない。そう考えたからだ。
しかしポロンは極めて冷静な様子で、机の上で実験結果のレポートを纏めていた。
「助けてあげるってその人は死にたがってるんでしょ?まさか毒薬でも渡してあげるつもり?そうなったら僕も君はクビになるどころか人殺しでずっと塀の中だよ?」
「別にそんなことは言ってないでしょ!!死ななくても飲めばしばらくの間は幸福な気分になれる薬とか…そういうのだったら大丈夫じゃないの?薬は人の命を救うためにある物なんだから!」
プリシラのその言葉を聞いたポロンは、ペンを置きプリシラの方を向いた。その顔はとても真剣だった。
「プリシラ…それは無理だよ…僕たちのメディカル製薬には絶対に守らなくてはいけない社是がある。君だって入社した時に教えられただろう?」
ポロンは諭すようにプリシラに話しかけた。
「社是…ええっと、まずは『私たちは、薬と言う真心を持って人々に健康を届ける事を誓います』それと『自身が人の命を司るという傲慢な気持ちを捨て、精一杯社会と人に向き合っていきます』あとは…」
プリシラは社是を復唱した、しかしそこに望む答えがあったのか、ポロンは途中で話を制した。
「そう、プリシラの考えは傲慢なんだよ。前にも言ったように僕たちは薬とは言え作っている商品を売る者づくり、物売りの仕事なんだ。そこに『誰かの命を救う』なんて対それた気持ちは持ってはいけない。僕たちは健康の手助けをするだけで、僧居られるかどうかはその人自身の心持なんだから」
「けど…!」
「プリシラの言っている事は人の心を救う事だ。それはカウンセラーがやる事で僕らが手を出していい範疇じゃない。興味本位で人の心に指を突っ込んじゃいけないんだ」
ポロンはズレたメガネを直して話し続ける。
「大体プリシラの言っている薬は人の脳や心に左右する薬だ。そんなものは一般薬として売る事なんてできないし医局でも慎重な制限や厳格な資格を持っている人にしか扱えない。つまりその人に渡せるものなんてないんだよ」
あまりにも残酷な言葉だ、しかしポロンの言っている事は社会通念に乗っ取った正論でもあった。
「だったら…シルファさんはどうしろっていうの」
「どうにもできないよ。プリシラも深入りする前に手を引いた方が良い。受け持とうとしたお客様が死んだとなったら君の身もどうなるか分からない。他にも探せばお客様はいるだろう?悪い事は言わないからそっちを探した方が君の為だよ」
もう関わるのはやめろ。ポロンはプリシラにそう言った。
だが情に厚い彼女の事だ、そう言われて引き下がる事は出来ない。
「もういい、ポロン君がそんな冷たい人だとは思わなかった!」
プリシラは身をひるがえして研究室から出ようと歩を進め、扉に手を駆けながら大声で言った。
「薬が出せないって言うなら、私が毎日シルファさんの話し相手になってそばに入る!人との触れ合いは、心の病の何よりの特効薬だから!!」
プリシラは、勢いよく扉を閉めて出て行った。あまりに勢いが強すぎたのか、扉はギイギイ音を立ててゆれていた。
(だから、深入りするなって言ったのに…)
ポロンの胸の中はとても複雑だった。
それからプリシラは毎日シルファの元を訪れた。
「シルファさん!来ましたよ!」
「あら、プリシラちゃん。私が行った薬は持ってきてくれた?」
次の日もそうした。
「シルファさん!この間のお茶にあうお菓子を買ってきました!一緒にお茶しましょう?」
「それなら一緒にお仕事の話もしましょうね?私はあまり苦しまずに逝ける薬が良いわ」
その次の日もそうした。
「シルファさん!私の故郷でとれた野菜を持ってきました。どうかお食べ下さい!」
「美味しいわ。天国に行ったら野菜嫌いの息子にも食べさせてあげたいな」
何も成果が出ないまま、5日が経過した。
プリシラは悩んでいた、ダメだ私じゃどうやってもあの人の心を癒してあげる事は出来ない。それが出来るとしたら無くなった息子さんだけだ、けど息子さんは亡くなってしまった。それならあの人の心はずっと亡くなったままなのだろうか。と
「せめてシルファさんの思い出の花だけでも咲かす事が出来れば話が違うのだろうけど…まったく咲くことが無かった花なんてどうすれば…ん?確かあの花は『ヒャクツメ花』だって…」
プリシラの中に一筋の光がともった。
ポロンは食堂で昼食を取っていた。彼は食事はできるだけここで取る事に決めていた。研究室は飲食が禁止されているし、何より人の行き来が激しいこの食堂からは、人の生命力が感じられるからだ。それを受けて「今日も人の役に立つ薬を作るよう頑張ろう」と、そんな気持ちになれるからだ。
「最近プリシラの姿が見えないな…こりゃ手遅れになる前に営業部長に報告した方が良いかも…」
そんな事を考えているポロンの前に、人が現れた。まさしく彼が心配していたプリシラだ。
顔所の顔は何処か青い。きっと睡眠もロクにとってないのだろう。ただその目の輝きは失われていなかった。
「…やぁ、プリシラ。どうしたんだい?」
どこか迫力さえ感じさせる彼女のすごみに、ポロンは動揺した。
「ポロン君…お願いがあるの…」
「えぇ!?ちょっと待ってよ?あれは在庫を切らしていて取り寄せるにしても時間がかかるんだよ?それを三日で寄こしてくれだなんて…」
「お願いポロン君!もうシルファさんは大分思いつめちゃってる!一刻も早く手を打たないと最悪の事態にもなりかねないの!」
「そりゃ、君の案はいいと思うけど、だからって…」
「ポロン君も誰かの命を救えるような仕事をしたいって昔から言ってたでしょ!?今頑張れば一人の命が助かるかもしれないんだよ?その機会を逃さないでどうするの!!」
「プリシラ…」
ポロンは驚いた。あの引っ込み思案のプリシラがここまでの熱意を見せた事を。一緒にいた時間だけは長いつもりだったが、彼女がこんな一面を持っていたことを彼は知らなかったのだ。
「…分かった。僕も何とかやってみるよ」
「ありがと!ポロン君!」
~~~~~~~
とある夜中。エルド岬にある一軒家。その主のシルファはリビングのソファーに座ってまどろんでいた。
性格にはまどろむといった穏やかな物ではない、全身の力が抜け、全ての気力を投げ出したかのように手足を放り投げて伸ばしていた。
彼女の話し相手になっていたプリシラも、ここ1週間姿を見せていない。正確には顔だけは出していたのだが、玄関で挨拶をしてすぐに帰ってしまう。
まぁそれも仕方が無い事だ。天国に行く薬何て所望されたところで彼女がそれを出してくれるなんて思えなかった。その事はシルファ自身も内心気が付いていた。
おそらく私に対してはさじを投げているのだろう。挨拶ですらもう少しで無くなるに違いない。
「なんか…彼女には悪い事しちゃったな…」
シルファは自分以外には誰もいないこの家で、人知れずつぶやく。
「けど、もう私も本当に疲れちゃった…死にたいのならだれにも迷惑をかけず一人で逝った方が良いよね…」
せめて岬の崖の下にでも身を投げよう。死体の処理の必要も省けるし、痛みもなく一瞬で死ねるよね。
そう思い立ったシルファは外に出ようと立ち上がった。
(ドンドン)
玄関の戸を叩く音が聞こえたのはまさにその時であった。この岬は町はずれで夜道も暗い。こんな時間に訪れる人なんてシルファには思い浮かばなかった。
「こんな時間に誰かしら…」
シルファはノックの主を確かめようと玄関を開ける。慎重に開けたためか、キィという重々しい音が響いた。
「こんばんわ。シルファさん」
目の前に現れたのはプリシラであった。彼女の顔は笑顔であり見たものを楽しませるであろう明るい物であった。
「どうしたのかしら、プリシラちゃん。こんな夜遅くに何か用?」
だが今の心中のシルファにとって彼女の笑顔は苦々しく思うだけであった。声も知らずの内に強張ってしまう。
「ははっ…お仕事の残業タイムってやつですね。うちの会社はみなし残業制なのでタイムカードを切らなくてもある程度は融通が効くんですよ」
「はぁ…」
返ってきた軽口がどうも癪に障る。これから私はやる事があるのだ、早々に帰ってもらおう。
「悪いけど私はこれから用事があるの、申し訳ないけど今日は返ってもらえないかしら?」
だがそう言われてたプリシラはひるむことは無かった。
「お願いですシルファさん。どうしてもシルファさんに見てもらいたいものがあるんです」
「見てもらいたいものって…こんな夜遅くに?日が昇ってからじゃダメなの?」
シルファは抵抗した。だがプリシラは引かなかった。
「むしろ夜じゃなきゃダメです!この一週間どうしてもシルファさんに見てもらいたくて頑張りました!どうか最後のワガママだと思って付き合って下さい」
「けど…」
「いいから、こっちです!」
プリシラは強引に腕を掴んでシルファを外に連れ出した。
シルファは諦めた。仕方がない気が済むまで付き合ってあげよう。それが終われば私はこの世にいないのだからせめてワガママくらい付き合ってあげようと。そう決めた。
こうして二人は外に連れだった。
~~~~~~~~
外はすっかり暗くなっていた。それもそうだ、もう夜はすっかり更けている。該当も無いこの場所は漆黒の闇そのものだ。
「こんな時間に連れ出して…この子は何がしたいのかしら」
シルファは不思議でたまらなかった。
歩いて2分位経ったであろうか。プリシラの歩みがゆっくりとなっていく。
その先には何か明るいものが映っている。まるで光に照らされているような、そんな感じだ。
「この辺に街灯なんてあったかしら…」
シルファは不思議に思った。
「あそこです。来て下さい」
そう言ってプリシラは目の前の明るい場所に一目散に駆け出して行った。
「ちょ、ちょっと急になんだっていうの?」
急に腕を掴んで連れ出したと思ったら。今度は話して一人で逝ってしまった、何が何だか分からない。
シルファはやっとの事でプリシラに追いついた。プリシラは先ほどの光が照らされている場所にいた。
「シルファさん。見て下さい」
(いったいこの子は何を考えているっていうの…)
もう付き合ってられない、そんな事を考えながらシルファはプリシラが指し示した場所を見た。
そこには信じがたい光景が映っていた。
岬の一角にある、小さな畑。そのふかふかの土壌には花が植えられていた。
そしてその花は水色の花弁を持っており、そこからは鮮やかな光を発していた。そう、その花はシルファが息子と一緒に目にした、あの時の花そのものであった。
「これは…!あの時息子と一緒に目にしたあの時の花!」
シルファは驚きの声を上げる。それはそうだ、自分が長年咲かそうとしていた花が目の前にあるのだ。
「驚きましたか?」
「驚いたって…まさかこれはあなたが植えたの?」
「はい、私が植えました。この一週間コツコツと。だから最近はシルファさんには挨拶位しかできなかったんです。ごめんなさい」
プリシラは頭を下げる。
「最も途中でバレてしまったらどうしようかと心配だったんですけど…この場所が家から少し離れていたので良かったです」
プリシラは一仕事が終わってホッとした様子で、言葉を繋げた。
「いったいこの花をどこから…」
「私の会社は花や草木を材料にした薬をを作っている所です。ヒャクツメ花も材料に使われる事はありますからね。会社を通じて種を取り寄せる事は出来るんです」
最も在庫を切らしていたので、取り寄せに時間がかかりましたけどね。プリシラは時間がかかった事をごまかすように、あははと笑いながらそう言った。
シルファは改めて畑を見る。そこには水色のヒャクツメ花が相変わらず光を発して土から伸びていた。
しかし、シルファは目の前の光景が分からなかった。
「私もこの花は前にいた街で何度も植えていたのよ…けどその時は白い花しか咲かなかった…なのにどうして…」
自分が何回やっても成し遂げられなかった事が、今目の前に存在している。シルファが抱く疑問はもっともだった。
「それは、この花が『ヒャクツメ花』なんです」
プリシラは言う。
「ヒャクツメ花はどのような気温や湿度という環境差にも関わらず、どんな場所でも自生できるという、花としては珍しい特性を持つんです。けれどその分花弁の色などの外観の特徴は咲いている場所の土地柄によって全く姿を変えてしまうんです」
だから、同じような花はその場所でしか生まれないんです。プリシラはそう答えた。
「花が持つ多種多様な色素の遺伝子が、環境によって全く違うものが発現する。別名『ヒャクメン花』とも言われる。これはそんな花何です」
「じゃあ、私が植えていたのは…」
「シルファさんがいた雪国は気温が低く湿度も低い。おそらくそこでは白いヒャクツメ花が咲くような場所だったんでしょう」
プリシラは目の前の畑に目を向ける。
「話に聞く限り、息子さんと訪れた場所はここの環境に似ていると思ったから、もしかしたら…と思ったんです。私はメディカル製薬の社員。営業と言えども環境さえあればどんな花でも咲かせる事ができる自信はあります」
二人はそう言いながら、しばらくの間畑を見つめていた。ヒャクツメ花からは相も変わらず光を放っている。
最も畑が小さいから植えられている数こそ多くは無いので、満開の明かりには程遠い。けどその淡い光は二人の心にしんみりと染み渡っていた。
「あの子が見せたいって言ったのはこの光だったのね…そして故郷では絶対に咲かない花だからみせたいって」
シルファの言葉からは、もはや玄関からのピリピリした様子は見られなかった。そんなシルファにプリシラは言葉を続ける。
「まだ、あるんですよ。ヒャクツメ花の魅力って」
シルファににっこりと笑いかけながら、プリシラは自分のズボンのポケットをまさぐり、ハンカチーフを取り出しそれを広げた。そこにはゴマ粒大の物が数粒包まれていた。
「これは確か…」
「はい、ヒャクツメ花の種です。それじゃあいきますよ~」
プリシラは目を閉じて、種に投げかけるように言葉を発する。
「大地に眠る命の聖霊よ…この物に命を育む力をこの場に与え、その輝きを我らの前に示したまえ!」
プリシラが発した言葉が終わった後、手にした花からは芽が顔を出し、その芽は凄い勢いで伸びていき花弁を咲かせていった。プリシラの得意の成長魔法の成果だ。
そしてその花の真ん中にあるおしべからは、多くの花粉が飛び出し、宙を舞った。
空を舞った花粉は輝いていた。それは赤かったり青かったり、黄色だったり桃色だったり、まさに百花繚乱の輝きであった。それはまさしく夜空に輝く星空の様に二人を美しく照らしていた。
「花粉に含まれる色の色素が空に飛んで燦然と輝く、ヒャクツメ花の特有の現象『カラフルシャイン』めったに見れない物なんですけど、無事に成功で来て良かったです…」
プリシラは胸をなでおろした。完全に上手くいく保証は全く無かったからだ。
「シルファさん、息子さんは亡くなってしまったけど。このヒャクツメ花も子供と同じように多くの可能性を秘めている花です。そんな息子さんの思い出の花を育てていく事で息子さんと一緒に生きてくことができる。私はそう思うんです。だから死のうだなんて考えないでください。私は天国に連れて行く薬何て渡しません」
「…」
「あっ!でも代わりの薬を持ってきました!これはそのヒャクツメ花が持つエキスを抽出した飲み薬でしてね。生涯の活力と健康を助けてくれる滋養増強には欠かせない今人気の…」
プリシラが言い終わる前にシルファはプリシラを抱きしめた。
「ありがとうね…プリシラちゃん」
「ご契約、してくれますね?」
「えぇ…」
「契約期間はいつまでにしますか?」
「私が命を全うする。その時までずっと」
~~~~~~~
ここは王都の中央公園。街中には珍しい多くの花や木が植えられており自然を存分に堪能できる。王都民の憩い場所だ。公園の中央には大きな噴水もあり、木々と水の両方の清涼感が味わえる。この日はとても晴れていて気持ちが良いことも合って。子供や若者のカップル、果てや夫婦や老人など様々な人がここに癒しを求めてやってきている。
プリシラはそんな場所の木製のベンチに座って、ワゴン車が売りに来ている新作スイーツを堪能しており、その様子を眺めているポロンの姿があった。二人は今日は休みなのである。
「う~ん、美味しい~♡」
プリシラは目の前のスイーツに心を奪われていた。
「全く…やたらデカい事をやってくれたね…」
「そうなの、今回の件は部長も褒めてくれたんだ!一生物の契約を取ってくるなんて大したものだって!」
しかも、富豪であるから太い顧客であることも大きかった。利益を求める会社にとってはまさに大手柄ともいえるだろう。
「けど部長も失礼よね。シルファさんをお金だけしか評価しないなんて。それを抜いても穏やかでとても優しい人なのに」
「それで、僕は君の約束を守るためにここにいる…と」
プリシラが大きな仕事を成し遂げたら好きなだけスイーツを奢る。二人が交わした賭けにポロンは負けたことになったのだ。
「ありがとうポロン君!けど結局賭けに負けて散々だったね~」
プリシラはからかうようにポロンに言った。
「全くだよ…」
ポロンは言った。
「本来なら1ヵ月は取り寄せるにはかかるヒャクツメ花の種を1週間で取り寄せるように調達部の人間に頭を下げて、挙句君には奢らされて…僕にとってはとんだ目だ。けど良かったね、満足いく仕事が出来て」
「そうそう、ホント良かった…あれ?」
プリシラはポロンの言葉に引っかかった。
プリシラがポロンにヒャクツメ花の種を取り寄せるように頼んだのは、シルファに見せる1週間前だ。1週間で届いたというならば、それより早く発注をお願いしないと間に合わない。ということは…
「ちょ!ちょっとまってよ!だったらポロン君は私が頼む前にヒャクツメ花を使うだろうって見通してた訳?」
「うん」
驚いたプリシラに対して、ポロンは至極平然としていた。
「いつから!?」
「君が初めてお客様に会って話を聞かされた時」
「何でわかったのよ!」
「丸わかりだよ。君は思い出とかそう言うのに弱いし、何年一緒にいると思ってんの」
ポロンは些細な事だというように、手に持っていた果実のジュースを口に運んだ。
「まぁ、君のミスは会社全体の信用に繋がるからね。フォローできるならできる限りのカバーをするのが社会人ってものさ」
「悔しい~!またポロン君に先手を取られちゃった~!!」
「僕を手玉に取ろうなんて100年早いよ」
悔しがるように隣の彼にじゃれつくプリシラ、それを黙って受け止めるポロン。
多くの人々の喧騒に中にまぎれた二人の姿は、空の太陽がしっかりと見守っていた。
そしてエルド岬の端にある小さな畑の空いた場所には、プリシラが植えた物とは別のヒャクツメ花が植えられていた。
その花の色は、あの時の水色よりも少し濃い青色であった。
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