バーボンなオリ主と降谷さん【現在公安ルート連載中】 作:ラムセス_
部屋がどうにも広く感じて、毛利小五郎は所在なさげに咳払いした。
「蘭、これであってっか?」
「うん、大丈夫。コナン君はお皿を運んでね」
はーい、というコナンの柔らかな声が部屋に満ちる。
下ごしらえを手伝うのもこれで5度目だ。
初めての家事に戸惑いながらも、ようやく慣れてきた新たな日課だ。
小五郎の弟子である私立探偵・安室透は、少しばかりの手紙を残したっきり、今も音信不通だった。
一通目は長くお世話になったことを感謝する手紙。
家事に仕事にとお世話になったのはこちらの方だというのに、たくさんの洗剤や家事用品の詰め合わせと共に、不可思議な宝石を彫ったと思われる花が添えてあった。
蘭いわく、この花はネリネ(ダイヤモンドリリー)というらしい。
花言葉は「輝き」「幸せな思い出」「また会う日を楽しみに」。
気障な男だ、と思う。そんなそつのなさが似合っている、とも。
今、花は探偵事務所の机の上に、奥の部屋でほこりをかぶっていた花瓶に入れて飾ってある。
二通目は小五郎に向けた家事の指南メモだった。
簡単な下ごしらえの方法から、洗濯物作業の一連の流れまで。
数枚のA4用紙にまとめられたそれに付け加えられていたのは、「これも無理そうなら下記家事代行サービスがおすすめですよ!」というメモ書きと安価でサービスもいい家事代行サービスの業者のリストだった。
どこまでも蘭の負担について考えているらしい彼の優しさに頭が下がる。
TVでは相変わらず、指名手配犯フォックステイルの素顔について持ちきりだった。
その顔写真はどう見たって弟子の安室その人だったし、名前は「安室透」と一字一句同じだし。
間違いようもなく弟子が凶悪な犯罪者であったことを示していたというのに。
小五郎には、彼がメディアが騒ぎ立てるような殺人犯とは思えなかった。
その時、玄関のチャイムがなった。
どうやら目暮警部が佐藤刑事と高木刑事、そして白鳥警部を連れ立って聞き取り調査に来たらしい。
独立して自分の班を持っているはずの白鳥警部がいるのは珍しいが、何か理由があるのやら。
玄関から顔を出すと、代表して目暮警部が頭を下げた。
「すまんね毛利君。幾度も時間を取ってもらって」
「いいんですよ警部。私もまだ信じ切れていないのですわ。アイツがひょっこり顔を出すんじゃないかって今も思ってるほどでして」
「毛利君……」
物憂げに目暮警部は視線を逸らした。
横から佐藤刑事が顔を出して問いかけてくる。
「あれから、安室透から連絡は来ていないんですね」
「ああ。この手紙が来たっきり、何の連絡も来てない」
ひとまず、立ち話もなんなので2階の毛利探偵事務所へと4人を案内した。
蘭のおかげで掃除の行き届いているそこに警察4人を招き入れ、ソファに座るよう勧めた。
その間に蘭にはお茶を持ってくるよう頼んでおいた。
ついでに、作りかけの食事にサランラップでもかけることもできるだろう。
机の上には安室から送られてきた手紙がまだ出しっぱなしだった。
消印は海外。
安物の花瓶に飾られている宝石花を見て、思わずと言った調子で白鳥警部が目を見開いた。
「これは……まさか、噂の宝石花ですか!?」
「……?何か知っているのかね、白鳥君」
何やら訳知りの様子の白鳥警部に皆の注目が集まる。
白鳥警部は恐る恐る、と言った様子で花瓶越しに宝石花を見分し、眉間に皺を寄せた。
「現在富豪の間で話題だという事で、前の事件で園子さんから少し聞き取り調査をした覚えがあります」
「ああ、例の富豪の集まるパーティで起こった一件の話かね」
「ええ。なんでも、とある職人が一本一本手彫りで作っているとかで、その価値は日本円にして数十億、あるいは数百億になるのだとか」
「す、数百億円!?」
ひっくり返った声を出したのは小五郎自身であった。
手のひらほどのサイズしかないこれが、数百億!?
「こ、こんなちっぽけな花の彫り物だぞ、嘘だろ!?」
「これが本物とは限りませんがね……それでも、ルパン一味の男からの贈り物です。念のため鑑定してもらった方がいいでしょう」
ひぇ……、と喉奥から絞り出されたような声が漏れてしまう。
あの古今東西の財宝をほしいままにする、ルパン三世の一味が残したものなのだ。
それこそ偽物である可能性の方が低いだろう。
こんなセキュリティが弱い場所においておけるものじゃない。
何なら普通の民家に置けるものでもない。
「私、園子にちょっと相談してみる…」と蘭がやや青い顔で己のスマホを手に取った。
佐藤刑事が宝石花をまじまじと見て、頭を振る。
「何を考えてこんな高額なものを……」
「どうせ安室のことだ。お礼の品だとかそういうことなんだろうよ」
大きなため息と共に小五郎は肩を落とした。
あの男が、これを小五郎たちのためを思って送ってきたのだろうことは間違いない。
ひょっとすると、これを作っているのはあの男なのかもしれない、と小五郎はふと思った。
安室は意外と凝り性で、小さいものを作ったり飾ったりするのが好きだった。
「蘭さんの方は連絡や何か変わったことはありましたか」
「いえ。特に……あの、安室さんが犯罪者なんてほんとなんですか?何かの間違いなんじゃ……」
「残念だけれど、本当よ。公安が独自で調査したとかでウチにはほとんど情報が流れてこないけれど。それでもルパンと共に少なくない数の殺人、窃盗、住居侵入等の罪を犯しているわ」
「そんな…」
こんな時うるさいほどに首を突っ込んでくるコナンが何も言わない。
ただ黙って机の裏にもたれ掛かってぼんやり外を見ているだけなのが、少々不気味といえば不気味だった。
事務机の上に置きっぱなしなのは工藤優作の新作だ。
書店入り口で平積みされているのは小五郎も見かけた覚えがある。
昨日コナンが置いていったのだろうか。
佐藤刑事がコナンを倣うように窓の外を見て、朝日の眩しい街路樹の緑を見やる。
「私も信じられない気持ちは一緒よ。人は見かけによらない、なんて言うけれど……そんなレベルじゃなくて、彼には人一倍の良心と正義感があったわ。それがまさか…」
「フン。なんかワケがあって探偵事務所に入り浸ってたんだろ。いい迷惑だっつの」
毛利小五郎はルパン一味の妖狐フォックステイルを見破った男として世間では随分取り上げられている。
どうせ今日の昼にもなればマスメディアの記者やカメラがまたわんさかと押しかけてくるのだろう。
これのおかげで仕事もずいぶん増えたから、迷惑なんて欠片も思っちゃいないが……思うところが無いわけでもない。
あの男、安室透のことを変に騒ぎ立ててもらいたくない、そっとしておいてほしい気持ちが、やはり小五郎の胸を締め付けていた。
彼はあれでも、毛利家にとってなくてはならない存在だった。
家族についてあること無いこと騒がれるのは愉快な気分ではない。
目暮警部が目深に帽子をかぶり直して目を伏せた。
「わしも、あれだけ近くにいたのにまるで気付かなかった。気付けなかった。気付けば何かが変わったのかは分からんが……歯がゆいのはワシも同じだ、毛利君」
「今頃、どうしてるんでしょうねぇ……安室さん」
ぼんやりと高木刑事が天井のシミを数えるみたいな表情で言った。
じーわじーわとセミが鳴いている。
日本は夏だが、あの男のいる場所も夏とは限らない。
それだけの距離を感じて、小五郎は一本、煙草を胸ポケットから取り出した。
失礼、と言い置いて火をつける。
燻った煙が白い筋を残し、そのまま部屋の空気に巻かれて消えてゆく。
どこか煙たい気配を残して、跡形もなく。
・ダイヤモンドリリーの宝石花
裏に刻印されたシリアルナンバーで本物であることが判明。
余りの金銭的価値に、当分の間鈴木財閥の金庫で預かってもらうことになった。
時々鈴木財閥の近代美術館に展示される予定。