バーボンなオリ主と降谷さん【現在公安ルート連載中】 作:ラムセス_
ある日の夕方。
珍しいことに、ルパンのアジトに来客があった。
「よお、オメェにお客さんだ」とルパンがクイっと手で合図をする。
入ってきたのは、中肉中背のヨーロッパ系中年男性だった。
猫背気味に肩を丸めている姿は実に気弱そうだが、その実、分厚いコートの下によく鍛え抜かれた筋肉がのぞいている。
私はパッと顔を上げて叫んだ。
「スタウト!?一体どうしてここに…!」
私の叫びに首を傾げたのは降谷さんだ。
覚えのあるスタウトとまるで別人だったのが気になったのだろう、私に問いかけてくる。
───どういうことだ。アレがスタウト?別人にしか見えないが…
───失礼しました。彼は…そう、スタウトの前任者です。私がまだ幹部入りしていなかった頃、お世話になったNOCです
───とすると、俺が寝ていた間の…。そうか
ややあってから、噛み締めるような声で降谷さんが独りごちた。
何を思っているのかは定かではないが、とにかく用件を伺わねばなるまい。
私は素早く立ち上がって向かいのテーブルの椅子を引き、彼を柔らかく案内した。
「お久しぶりですね。スタウト…いや、今は何と?」
「スタウトでいい。俺みたいなノーフェイス(顔無し)に決まった名前なんて無いんでね」
「では、ありし日と同じようにスタウトと。貴方が無事でよかった。組織は随分と貴方を探していたようですから」
何の変哲もない木の椅子に腰を下ろしたスタウトは、足を組んでぐたりと力を抜いたようだった。
「まったく奴らのしつこさと言ったら折り紙つきだ!犬っころでももう少し引き際ってもんを弁えてるさ」
「あの日は何もできなくてすみませんでした。僕にもう少し力があれば、貴方を苦労させなくて済んだかもしれないのに」
私の謝罪に、「まさか!」といって彼はひょうきんに笑った。
「俺があの日を乗り越えて生きていけたのは、お前が俺を逃がしてくれたおかげさ。なぁ、ウルフドッグ。間抜けな日本警察と違い、我が国にはお前を尊重する用意が整っている」
「!」
わざわざルパンのアジトを突き止めてまで彼が来たのは、このためだったらしい。
ギラギラとした眼差しには国家という立場の打算と共に、同じだけ私への心配が見え隠れしている。
彼には私が駆け出しの時、随分と世話になった。
ただの一般人だった私が殺人の重荷に耐えきれず、人知れず嗚咽を繰り返していた時。
彼が言ったのだ。
そういう時は「それはそれ、これはこれ」だ、と。
ただ心を切り離し、ひとときを耐えるための心構え。
潜入捜査官の嗜みだと、彼は別れ際に言った。
そのおかげで、私は今もこうして命を繋いでいるのだ。
「お前だってルパン一味なんだ。公安の裏には気が付いているんだろう?」
「………」
「お礼参りはしたくないのか?」
私はしばし押し黙り。
そのままゆるゆると、ゆっくりと首を横に振った。
「個人的な追及はする予定ではありますが……それでも、───俺達は桜の誓いを破ることはない」
「そうか。まぁ、そうだろうな」
彼は素直に、こちらが肩透かしを喰らうくらいにあっさりと引いていった。
彼もまた潜入捜査官。形なきものに奉仕する人間。
私たちの答えには察しがついていたのだろう。
「それにしても、お前、雰囲気が変わったか?」
「ああ、実は僕達…元々多重人格でして。主人格の方とはまだ話したことがなかったですよね───以前は安室が世話になった。俺は主人格の降谷零だ」
くるりと入れ替わって降谷さんが頭を下げれば、スタウトはパチクリと瞬いて言った。
「降谷……なるほど、俺と話していたのは副人格の方だったのか」
「順応早いですね」
「それはまぁ、当初お前と会った時から危うそうな雰囲気だったからな。何か精神に問題があってもおかしくないだろうよ」
「……そうか」
そんな当時から私は危うそうだったのか。
自覚がなかっただけに何とも言えない。
ジトっと降谷さんが深層心理の底で「お前…人のこと言えた義理じゃない状態だったろ…」と私に視線を向けている。
いやぁ、まあ過去のことだから。知らぬ知らぬ。知らーぬ。
スタウトが軽く咳払いをしてから、そのどうにも平凡な顔をニヒルに歪ませて笑った。
「何にせよ、無理はするなよ安室。お前の立場なら、お礼参りも多少なら許されるだろうさ」
「そう、でしょうか」
私たちの困った雰囲気を感じ取ったのか、今まで横でタバコを吸っているだけだったルパンがモゾっと上体を起こした。
そして横にあった書類の山から数枚を引き抜き、手の中で遊ばせる。
「これ、なんでしょー?」
「と、唐突ですね…何らかのデータのように見えましたが。ええと…?」
にかっ、とルパンが満面の笑みを浮かべる。
「公安の後ろ暗いところ一覧ン〜!この俺様にかかればちょちょいっとな」
「ぶっ!?!?」
「前に俺たちが潰した例のマネーロンダリング先、公安のお偉いさんも使ってたみたいねぇ。やだやだ」
「………」
スタウトがくたびれたベレー帽を引き下ろす。
ただ沈黙だけが場に満ちる。
私は何をいうべきか迷って、俯く降谷さんを横目に確認するだけしかできない。
「ウルフドッグについても、排斥の意を示してたのはマネロン経路を使ってた奴ばっかり。あーあ、正義ってのは難しいもんだぜ、なあ?」
降谷さんの顔色が青い。
分かっていたことではあったが、正しい倫理観のもと処罰されたわけではないことをこうもまざまざと見せつけられては平常心ではいられない。
ピッと、書類を私達の方へと投げ渡して、ルパンは目を細めた。
「どうする?」
「───……少し、考えさせてくれ」
手の中に収まる汚職の証拠に、私は言葉もなく俯くほかなかった。
・スタウト
MI6のおじさん。
「それはそれ、これはこれ」の産みの親。
特徴に残らない顔と卓越した身のこなしであらゆるところに溶け込むプロ中のプロ。
誰も彼を覚えてないため、全然出世できないのが個人的な悩みらしい。