バーボンなオリ主と降谷さん【現在公安ルート連載中】 作:ラムセス_
マーク・ウッズは目の前に広がる信じられない光景に息を呑んでいた。
まず、彼は鉄甲のようなものから一本刃を取り外して、専用の持ち手に差し込んだ。
それをもって作業を行うらしい。
なんだか彫刻には向かないように見える、珍妙な形をした刃だ。
次に彼は小ぶりの各種色とりどりの宝石を机に並べ、その中央に片手を広げたぐらいはある大きなラピスラズリらしき石を置いた。
「まず、外側から作っていきましょうか。卵形で、底面の小さな取っ手を回せば花のように開く機構のものにしていきます」
「?あの、設計図とかはないんですか?」
「設計図はないですよ。いや、あるにはあるんですが頭の中にといいますか。お見せできるような形ではありませんね。後で図面を起こしましょうか?」
「できればぜひ!」
後ろでアンがカメラを回しているし、カメラ係のウォルツもいるので建物内は少々手狭だ。
しかし工房から発せられる奇妙な緊張感からか、マークはちっとも圧迫感を覚えなかった。
狐は笑って、チベットスナギツネの被り物がカクカクと動いた。
締まらない絵面だ。
「ではいきますね。あ、お伝えした通りハイスピードカメラは持ってきましたよね?」
「え、ええ。しかし…そんなに速く削るなんてできるんですか?貴方が斬鉄すら可能なサムライだとは知っていますが」
「勿論。では、今から斬りますのでご刮目を」
沈黙が工房を満たして1秒。2秒。
そして3秒に僅かに右手がブレた。
狐は振り返ってマークに向かって微笑んだ。
「では、斬った宝石を慎重に抜いていきます。これが一番面倒なんですよね」
「………え」
「普段は宝石自体を振ったり叩いたりしてたのですが、時々割れたり欠けたりすることがあって。今回は特に細かい細工になりますので、このブラシとピンセットで作業します」
「え?え?」
慌てて、カメラのアンに指示して先ほどの映像を確認すれば、確かに、およそ人とは思えない速度で卵状に均等に宝石をくり抜いていた。
その上、撫でるだけにすら見える速度で、内側外側両方にアラベスク模様を思わせる緻密極まる模様すら彫っている。
許可をとって慎重にデジタルノギスで模様の幅を測れば、どこをとってもぴたりと0.5mmちょうどだった。
「これ、どうやってるんですか?何かコツとかあるんでしょうか?」
「んー、目測ですねぇ。脳にある図面を目に投影して、それをなぞるだけと言いますか」
「まさに極まった職人の技ということですか…凄まじい限りです!」
コツは何もわからなかったが、ひとまず常人には再現不可能なことは十分に分かった。
音響のウォルツが食い入るように作業を見ているのが目に入る。
「では次です。この小さな宝石達を花畑と鳥、木々の彫刻にしていきます」
「完成形はどうなる予定なんですか?」
「一応、エッグを開いた中身は小さな楽園にしていきたいと考えています。鳥が歌い草花が生い茂り、木々が青々としているような」
「なるほど……そいつは凄い!」
と、会話している間にも手が僅かにブレること3度。
再び目にも留まらぬ速さで個々の彫刻を終えたのか、狐が手に持った刃物をブラシへと持ち替えた。
「あ、不覚。ちょっと失敗しました」
「ええ!?大丈夫なんですか!」
「宝石は無事なんですけど、間違えて机を少し斬ってしまいました。やはりカメラの前に出ると緊張しますね……」
チベットスナギツネは悟った目をしたまま恥ずかしそうに頭をかいた。
やはりこの被り物は失敗だったんじゃないかとマークは思った。
「進行に影響はないんですか?」
「ええ、ちょっと欠けただけなので問題ありませんよ。後で師匠に謝っておかないと…」
そう言って、宝石たちを特殊な接着剤で組み立てながらテキパキと作業を進めていく。
あまりに細かいのでピンセットを使っているが、それにしても早い。
工業製品の組み立てでも見ているかのようだ。
「よし。最後に駆動部品の歯車と機構の方になります。使うのはこっちの端に寄せてある部品ですね。あと精密ドライバー等」
「まだ15分も経ってないんですが……凄まじいスピードですね」
「ははは。流石にこれだけじゃ尺が足りないでしょうし、後でもう何点か作りますよ」
「助かります……!あと、図面を起こすところも撮りたいんですが大丈夫でしょうか!」
「構いませんよ。別に門外不出というわけでもないですし。それに」
ちらり、と作業の手を止めて狐はマークの方に振り返った。
「図面だけでこの技術、再現できるものならしてみるがいい。ってね」
狐が不敵に笑ったように感じたのはマークの錯覚などではないだろう。
残念ながらチベットスナギツネは相変わらず細い目で遠くを見ていて、締まらないことこの上なかったが。
「あ、嫌ですよ流石に劣化パチモン大量生産は。この図面には愛着とプライドを持ってるんですから」
「ははは。そんな大それたことをする奴が現れるとは思いませんが…」
「その時は僕自らが出て不心得者を処罰しましょうか」
「……ふむ、狐の彫刻家が自らの作品を守るため立ち上がる…密着取材第二弾……」
思わず、ルパン一味(犯罪者)の件に触れないようにどれだけの視聴率を稼げるかを皮算用していると、狐が笑い出した。
「本当に貴方は強かですね!あ、出来上がりましたよ。今回のは機構自体は単純でした。流石に『世紀末の魔術師』ほどのカラクリは僕も難しいので」
「!なるほど、これはインペリアル・イースターエッグを真似て作ったものだったんですね」
「はい。一度現物を見る機会がありまして。こんなのを宝石で作れたらな、と思っていたんです」
目の前にあるジュエル・イースターエッグの精巧さと言ったら、美しい宝石に楽園をそのまま閉じ込めたように感じられた。
1秒未満で作られただろう宝石の小鳥は翼を広げ今にも飛び立ちそうで、花畑は一つ一つが違う宝石で作られている。
中央に置かれた椅子には聖書が置かれていて、ふんわりと布がかけられている。
柔らかでつまめそうな布すら宝石製というのだから、もはや驚嘆するばかりだ。
「では、奥から紙を取ってきますので少々待っていてくださいね」と言って狐が席を外す。
マークはチラリと後ろのアンを見て、「凄いとしか言いようがないな」と肩をすくめた。
ハイスピードカメラの位置を細かく直してから、アンがようやく口を開いた。
「正直どこの気狂いを引っ張ってきたのかと思ってたけど…まさか本物の狐の彫刻師だなんて。しかもその正体はルパン一味だっていうし。本当に大丈夫なの?」
「勿論さアン!彼はいい人だ。突然押しかけた僕に取材OKしてくれて、茶菓子まで出してくれたんだから!」
「……どこから突っ込めばいいのかわからないわ。でも、これで私達のチームが安泰なのは確か。本当に信じられないほど幸運なのね、貴方って。私に通報する気はないわ。ウォルツはどう?」
「俺も。この仕事が続けられるんならルパンなんざ関係ないね。こんなとくダネを間近で見れるんだ。最高だよ!」
マークは力強く頷いた。
この番組なら視聴率がとれるのは確実だ。
人間を超えた驚愕の彫刻技術に、美しい作品達。そして秘蔵の図面を起こす一部始終!
間違いない。これは博物館にデータを譲って欲しいと懇願されるほどのフィルムとなる!
「よし!全会一致だ。この仕事、成功させるぞ!」