バーボンなオリ主と降谷さん【現在公安ルート連載中】   作:ラムセス_

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公安の膿

 

 会合当日。

 警視庁の灰色の会議室に呼び出された私は、威圧的な様子の男四人に敵対的に歓迎された。

 

 すでに50代には足を踏み入れているだろう公安のお偉方は、降谷さんを値踏みするようにじろじろと睨め付けた。

 そして当然のように自分たちは上座に座り、面接もかくやという態度でパイプ椅子を顎でしゃくった。

 

 降谷さんは無言で男達の向かいのパイプ椅子に座った。

 ぎし、と古いパイプ椅子が金属の軋む音を立てる。

 

 油っぽい髪を後ろに撫で付けた男がおもむろに口を開いた。

 

「本日、君を呼び出したのは他でもない。このメモがどういう意図か、話を聞きたくてね」

 

 口調だけは穏やかだが、その目はギラギラと敵意に満ちている。

 

 このメモ、というのは先日風見さんを通して上へ届けさせた走り書きのメモのことだ。

 

 内容はといえば、以前に公安がカルト組織に立ち入って情報を得たマネーロンダリング経路を、そのまま公安が流用して資金洗浄用に使っている、という裏情報だ。

 また、それだけでなくいくつかの反社会的組織と癒着して資金を得ていたとも記載したかな。

 

 そして、それを警視総監に密告したと書いたのだ。

 

 せせら笑うような挑戦的な表情で降谷さんが答えた。

 

「メモの通りですよ。特に嘘も偽りもなくね」

「ふざけるな!こんな根も葉もないことをよくも大量殺人犯如きが!」

「そうだ!身の程を弁えたまえ!君が今捕らえられていないのは我々の温情だというのが分かっていないのか!」

 

 口々に喚き立てる姿の何と醜いことよ。

 私達がいかに愚かな犯罪者なのかということを代わる代わる恫喝し、男達は口角から唾を飛ばしている。

 

 降谷さんは凍えるほどに冷ややかな瞳でそれを見ていた。

 そしてぽつり、と視線をあげて問いかける。

 

「……根も葉もない?それはどうでしょうね」

 

 手元から取り出したのは数枚の資料だ。

 A4用紙3枚。裏表印刷。

 実に簡潔だが、そこには彼らがそのマネーロンダリング経路を利用した動かぬ証拠が銀行口座の金の流れと目撃証言、写真付きで記載されている。

 

 男達はそれをしばし確認してから、重苦しく沈黙した。

 

「これ、どう思いますか?」

「………出鱈目だ。もし事実があったとして、下のものが勝手にやったことだろう。私はなにも知らん」

 

 やっぱり、認めることはないようだ。

 ここまでは想定通りと言えるだろう。

 

 醜悪な怒りの相貌をさらに醜く歪ませて、顎髭をきっちりと切りそろえた男が赤黒い顔を降谷さんに生理的嫌悪を催す距離まで近づける。

 

「警視総監が貴様のような有象無象に耳を貸すとも思えんが、万が一本当だったとして何の問題もない。今ここで君を逮捕することだってできる!」

「…武力でフォックステイルに勝てるとでも思っているのですか?」

「抵抗すれば、やはり君は犯罪者だったというだけの話だ。犯罪者の持ってきた犯罪の証拠など、信じるに値しない」

 

 めちゃくちゃな理論だ。

 だが、それが通る場面もあることを、降谷さんはよく知っていた。

 世間における印象操作とはそういうものだ。

 

 降谷さんはひとつ、大きなため息ついて首を振った。

 

「観念したかね?」

「……できれば穏便に済ませたかったのですが。ここまでくれば仕方ないでしょうね」

 

 養豚場の豚でも見るような温度の無い瞳で、降谷さんは冷え冷えとした声色で扉の方へと振り返る。

 人払いされて誰もいないはずのそこに、ギシリと軋むような気配がある。

 

「どうぞ、入ってくださって構いません、白馬警視総監」

「は……?」

 

 きい、と古びた立て付けの扉が開いて軋んだ音を立てる。

 

 そこに立っていたのは警察という組織における最高責任者。

 全国30万の警察官の頂点に立つ御人。

 口髭を蓄えた温厚そうな顔を厳しく引き締めて堂々と立つ姿は、権力者としての威厳に溢れている。

 

 公安のお偉方は泡を食って一斉に立ち上がり、頭を下げた。

 降谷さんも遅れてそれに倣う。

 

「ご苦労、君たち。座って構わないよ」

「け、警視総監!?いったいなぜこのようなところに……」

 

 ふらりと倒れ込むような声色で男が聞き返す。

 狼狽えてお互いに目配せし、なんとか席につく様子は先ほどと打って変わって干からびたカエルのように弱々しい。

 

 警視総監は優しく穏やかな口調で、しかし断定するような口調で語った。

 

「君達がやったことは、許されないことだ」

「ま、待ってください警視総監!まさか本当にこんな犯罪者の証言を信じるというのですか!?」

「まさか。彼の証言は証言として受け止めるが、それだけで君たちを処罰しようなどとできようはずもなかろうに」

 

 にっこり、と白馬警視総監が男達に笑いかける。

 わずかな希望らしきものが男達の目に浮かぶ。

 

「では!」

「ふむ。ではこの録音データを聴いてくれないか」

 

 警視総監はすっと持ってきた小ぶりの折りたたみPCを開き、音声を再生した。

 ざざざ、とノイズが激しいものの、そこから漏れ聞こえてきた音声は間違いなく目の前のお偉方の声に聞こえる。

 

 それは決定的な、マネーロンダリング経路を使うよう下に指示していると言える証拠であった。

 

 再生を終了させ、警視総監は顔を上げた。

 男達の浮かべる表情はそれぞれ違うが、皆顔色は揃えたように土気色だった。

 

「これ以外にもいくらでも証拠はある。彼が集めたからね。全て確認するかな?」

「警察庁内部を…勝手に、盗聴などと……犯罪だ!」

「そうだな。だが、君たちのしたことがそれで帳消しになるわけではない」

 

 畳み掛けるような言葉は相変わらず穏やかで、世間話をするかのように優しい。

 白馬警視総監はパイプ椅子から立ち上がり、ゆったりと机を迂回して男達の後ろに回った。

 

 そしてぽん、と肩を叩く。

 

「今なら依願退職にできる。私としてもあまりことを大事にしたくないのだよ。世間に与える影響があまりに大きすぎる」

「………っ!」

「どうだね。君たち。君たちにも家族がいるのだろう?あまり不名誉なことには私もしたくないんだ。分かってくれるね?」

 

 パクパクと口を金魚のように動かすが、それでも何も言葉は出てこない。

 男の一人はばったりと椅子に座り込んで放心しているようだった。

 

 そんな凄惨な有様を一顧だにせず、「来なさい」と降谷さんに言って警視総監は部屋を出る。

 慌てて降谷さんもその後に続いた。

 

 不自然に誰もいない廊下は公安の男四人によってあらかじめ人払いがされていたのだろう。

 死んだような空気が灰色の廊下に満ちている。

 

 警視総監はしばらく歩いた後、降谷さんににっこりと微笑んだ。

 

「君、もう行きなさい。あまり長居すれば我々も動かねばならなくなる」

「いいのですか?」

「はっはっは、かの石川五エ門の弟子、フォックステイルに無策で挑もうなどとは思わんよ。顛末はまた後日、君の元部下を通して伝えよう」

「……この度は話を聞いていただきありがとうございます、白馬警視総監」

 

 降谷さんが深々と礼をする。

 それを鷹揚に受け止めて、白馬警視総監は眉を下げた。

 

「私が不甲斐ないせいで君のように若く能力ある青年を失ったのは、まさに警察組織の損失だった」

「大袈裟すぎますよ」

「君の能力を思えばとても大袈裟などという言葉は使えないさ。君を元の地位に戻すことはできないが、今後便宜を図るくらいはできる」

「それは……犯罪者と裏で通じることになるのではありませんか?」

「違法捜査は公安のお得意ではなかったかな、降谷零君」

 

 茶目っ気たっぷりに警視総監がウインクした。

 それに降谷さんもわずかに笑って、もう一度深く礼をした。

 

「では、私ができるのはここまでだ。公益通報感謝する、降谷零君」

「こちらこそ、耳を貸していただいてありがとうございました、警視総監」

 

 

 

 

 

 

 あっけない、と言えるだろう。

 

 万一のために逃走用に腰回りから出しておいた九つの太く透明な触手が、狐の尻尾のように歩みに合わせて揺れている。

 

 背後に見える警察庁の建物を一度だけ振り返り、降谷さんは瞳を閉じた。

 

「覆水盆に返らず、か。せめてもの救いは、これで公安の膿が一掃できたことぐらいか」

「ええ。虚しさだけが残る顛末とはいえ、得たものは確かにあった。それは間違いなく救いでしょうね」

「そうだな」

 

 無意味なことに見えても、仄かに残るものがある。

 それが分かっただけでも、収穫としては十分なのかもしれなかった。

 

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