バーボンなオリ主と降谷さん【現在公安ルート連載中】 作:ラムセス_
殺されたと思っていた速水玲香さんが、山梨県河口湖の周辺から生きて発見されたそうだ。
犯人が人質二名を殺したのが明らかになってからは、それこそ見ていられないほど金田一君は落ち込んでいたからな。
よかったよかった。
犯人の狙いは最初からマネージャーの安岡さんだし、トリックのために彼女の存在は必要不可欠。
原作通りに事態が動けばよっぽどでない限り大丈夫だとは思っていたが……。
金田一君系の犯人って「自分につながる手がかりは消しておこう」ぐらいのノリで手早く連続殺人を犯すからな。
実際のところ少し心配していたのだ。
仮設置された警視庁の対策室の中で真面目な顔をしていた金田一君は、ふと気がついたように剣持警部の元に走っていく。
私はといえば、その時現場にいた人物として取り調べを受けている最中だ。
とは言っても今回の私には組織が用意した意外としっかりした身分証がある。
この身分証はアメリカでベルモットが用意してくれたもので、警察官達もこの裏どりは結構苦労することだろう。
チラリと剣持警部がコチラを見たが、それどころではないのか金田一君に急かされてどこかへと走っていく。
恐らくは山梨県にある犯行現場となった小屋に行くのだろう。
車で片道3時間かかるので、当分は戻ってこないはずだ。
私の方も英語の喋れる刑事さんが来るまでしばらく休憩として解放された。
うーんと小さく伸びをして今日の晩御飯に思いを馳せていれば。
ちょうどその時。
後ろから声をかけられた。
振り返れば、冴えない風貌のサラリーマン風の男が仏頂面で立っていた。
こくり、と感情の薄そうな顔で頷いて男は口を開く。
「どうも。社長秘書小渕沢です」
「ああ、こちらこそ。『お久しぶりですね』、室井ララです」
男は僅かに首を傾げ、何かを思い出すような仕草をした。
その様子に不審なところは何一つない。
「どこかでお会いしましたでしょうか?」
「前に列車が爆破予告に遭って停車した時に一度。覚えがありませんか?」
ニヤリと笑って問い掛ければ、男は観念したようだった。
両手を降参のポーズにして嘆息し、私の隣のパイプ椅子に優雅に腰掛ける。
「…………なるほど、流石は獣。あなたの嗅覚は本物のようだ」
そして、どこから持ってきたのかティーカップにポットに入ったままの紅茶を優雅に入れた。
その一つ一つがいちいち様になってるあたり、降谷さんと同じ系譜……即ちプライドエベレストの片鱗を感じて仕方がない。
そう。
小渕沢など単なる偽名でしかない。
彼の名は高遠遥一。
地獄の傀儡師を名乗る、悪辣なる犯罪コーディネーターである。
高遠が勿体ぶったように髪をかき上げて私に高圧的に問いかける。
「どうして私の芸術に手を出さないんですか?口惜しいですが、貴方はすでにこの犯罪のカラクリが分かっているはずだ」
彼の独特な感性を秘めた瞳からすれば、私が事件の真相を全て知っていることぐらいお見通しらしい。
エスパーか何かか?と思いながらも口にはしない。
私は平静を装って答えた。
「人は皆自分勝手ですから。助けたいものを助け、助けたくないものは助けないものだ」
「……犯人に同情したと?」
「平たく言えば。僕とて、殺人全てを否定するには手が汚れすぎていますからね」
これは本心。
義務感で目に見えるもの全てを救おうなんて大それたことしたくはない。
バイキング形式の朝食のように、好きなおかずだけ手にとって少量ずつ楽しんで食べる。
その程度の救済が私には相応しい。
しかしその答えを高遠遥一は気に入らなかったようで、思いっきり顔を顰めて吐き捨てた。
「中途半端に人に寄った、幼稚な獣だ。信念のかけらもない傲慢で独善たる神のようだ。がっかりしましたよ」
「何事も尖っていればいいというのは中学生まででしょう。貴方も、芸術家にしては浅過ぎるのでは?」
売り言葉に買い言葉。
批判するような言葉を言ってみせて、しかしながら私はこの地獄の傀儡師という存在が嫌いではない。
何故なら彼もまた「金田一少年の事件簿」という物語を語る上で欠かせないキーパーソン。
神に愛された人物であるからして。
そんな私の心境すらも把握しているのか、高遠は眉間の皺を深くする。
「私は貴方を計りかねている。…貴方の作った彫刻を見せてもらいました。世間の評判に違わぬ美しい造形。緻密かつ計算され尽くした美」
「……」
「間違いなく貴方は芸術の神に愛されている。それだけの技がそこにあった」
どうやら私が狐の彫刻師だと向こうも把握しているらしい。
金田一ファンの彼のことだ。金田一君の持つ彫刻から私のことを調べたのだろう。
「それはどうも。作った甲斐がありました」
「彫られたピエロの怒りと拭い得ぬ悲しみに歪んだ鬼気迫る表情!人間を鷲掴みにする手の圧力!あれほどの表現力を持ちながら……」
高遠が言葉を切る。
その目には悲しみさえも宿っているように見えた。
「貴方はどうにも不完全だ」と不可解なものを見る目で彼は立ち上がって私を睥睨する。
「この作品の作り手は間違いなく、人間に対して距離を置き突き放したような態度と概念的な愛を抱く人物だ。だから─」
「───御託はいい」
「!」
ぴしゃり、と降谷さんが唐突に表に出て言った。
どうやら短気な降谷さんはもう痺れを切らしてしまったようだ。
どうせ早く本題を言えとかそういう話だろう。
「それで、俺に何の用だ。ご高説を垂れるためだけに来たと言うなら俺は帰るが?」
「………!……そうか、そういうことか!」
「こう見えて俺達は忙しい。次の仕事も入っている。お引き取り願おうか」
感動にか、高遠は体をうち震えさせた。
「一人の人間に、価値観は一つとは限らない。なるほど、勉強になりましたよ」
「さっさと失せろ。お前の疑問も晴れたんだ、もう用はないだろう」
「ええ。僕もお暇させていただきます。一人の人間に二つの価値観が同居することで得られる、ダイヤモンドの光の反射のように複雑な美か……こればっかりは再現不可能ですね」
実に残念そうに瞳を伏せ、高遠は満足げに息をついた。
まったく芸術家というのは分からない。
少なくとも、私は気に食わなくとも降谷さんに対してはなんらかのシンパシーのようなものを感じ取っていたらしいが。
立ち上がって一礼し、高遠が踵を返す。
「また、貴方を良き先達として参考にさせていただきますよ」
「勝手にしろ」
小渕沢の仮面を丁寧に被り直し、「少し買い物に行ってきます」と警官に言って彼は部屋を後にした。